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【短編小説】スイカ割り

掲載日:2025/12/26

 はじめてペイントを触った子供が塗ったような単色の青空に、加減を知らない馬鹿が冗談として置いたみたいに輝く太陽がはめ込まれていた。

 夜空をひっくり返したような群青色の海は穏やかに凪いでいて、まるで大きな水たまりみたいだった。


 だが目隠しをされるとその景色が遮られ、さざ波の散る音だけが聞こえる。

 グルグルと十回ほど回されてから「始めィッ!!」と言う勇ましい声がかけられた。

 同時に野太い太鼓が打ち鳴らされる。

 どん、と言う鈍い振動が内臓を揺らせた。



 足の指で掴んだ砂が熱い。指の間までが熱に侵されていく。

 すり足で進む。

 どん、と太鼓が打ち鳴らされる。

 再びすり足で進む。

 どん、太鼓が打ち鳴らされる。

 足が止まる。

 呼吸をしては足を進める。

 どん、太鼓が打ち鳴らされる。

 どん。

 どん。

 どん。

 前に進むたびに太鼓が鳴る。


 俺は既に方向を失っていた。

 前に出したはずの足は、それが真っ直ぐだったのかもわからない。

「へいへいへい!」

「ビビってんのか!」

 野次が飛ぶ。

 声の方向に飛びかかって木刀を振り下ろしたい衝動を抑えながらほかの声を聴く。

「いいぞ、そのまま進め!」

「今のところ真っ直ぐだぞ」

 俺はさらにすり足で進む。

 どん、どん、どん。



 さざ波と太鼓、そして野次。かもめが鳴き、風がぜんぶをかき混ぜる。

「遅えぞ!遅えぞ!日が暮れる!」

「喉が乾いた!早よ食わせ!」

 うるせぇ、黙れ。

 俺はすり足で進む。

 どん

「少し曲がった!左に半歩!」

「行き過ぎだ、右に修正!」

 どん、どん、どん。

 探る様にすり足で進む。

 汗が腕を伝い、木刀を握った拳から垂れる。



「ナイスバルク!」

 どん

「いいよ!切れてる!」

 どん

「お前の肩筋カレーパン!」

 どん。

 違う、そうじゃない。

「そのまま真っ直ぐ歩けるか!」

「湖にドボンかも知れないぜ!」

 ここは琵琶湖か?

「海は死にますか!」

 どん

「山は死にますか!」

 どん

「風はどうですか!」

 どん

「空もそうですか!」



 俺の、知ったことか。

 どどん

「生きていてもいいですか!」

 俺が、聞きたい。

 どどん。

「なんで生きてるの!」

 そこに、意味は。

 どどん。

「あの時どうしてああ言ったの!」

 だって俺は

「いいって言ったじゃない!」

 どん

「愛してるって言ったじゃない!」

 どん

「お前だけだって言ったじゃない!」

 違う、違う、違う。

 どん、どん、どん。



「いいぞ!そこだ!」

 俺は足を止める。いよいよだ。太鼓が連打される。強い風が俺の汗を吹き飛ばし、大きな波が野次も太鼓もかき消すように大きな音で砕ける。



 俺は右足に力を込めた。

 丹田に意識を置く。

 細長く息を吐き、大きく踏み込むと同時に木刀を振り下ろした。

 どん。

 絞った両拳に厭な感触が伝わる。

 野次が止み、寄せては返す波の音だけが聞こえる。

 木刀を放す。ざん、と音を立てて熱い砂が跳ねた。



 目隠しを外す。

 死にたくなる様な夕暮れの赤に染まった俺の青春が頭を割られて舌を出していた。

 振り向くと青春の俺が立ち並んで静かに笑っている。

 どん。

 俺が撥を振るい、野太い太鼓が鳴る。

 太陽が一瞬の緑色を放ちながら水平線の向こうに沈む。

 俺は俺の人生が終わったことを悟った。

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