5
「宮下さん」
と隣から声をかけられたのは、授業……じゃないか、入学式後の学園説明がすべて終わった後。
幸せで不幸せな「担任の先生」の話が終わった後、気持ちがもやもやしていた時だった。
「ぁ、うん……」
わたしは曖昧に返事を返す。実を言うと、たった二時間ほど前の一緒に帰るという約束は忘れてしまっていた。
――だって、あまりにも気持ちがごちゃごちゃだったから、何かを考える余裕なんてなかった。
「一緒に帰ろ?」
彼女――和宮さんにいわれて、そこで帰る約束をしていたことを思い出す。
「うん……そうだね」
わたしは一瞬だけ迷って――先生、お兄ちゃんに会いに行こうかなとか考えて――でも、それをすることがいけないことだと思って、ううん、それをすることが怖くなって、でも、すぐには諦めきれず、また曖昧な返事で頷いた。
そんなわたしの心の中の葛藤を和宮さんは分かっていたのかもしれない。だから、くすりと笑って、
「じゃあ、行こうか」
とわたしを促して、自分の鞄を手に取った。
「…………」
「…………」
一緒に帰るといっても、数時間前は全然知らなかった相手。
だから、どう会話をしたらいいかも分からなくて……でも、なにかを話さないといけない気もして。あーでもない、こーでもないとさっきまでとは違うもやもやをわたしが心の中で繰り返していると、
「宮下さんさ」
と切り出したのは、和宮さんのほうだった。
――これは後から気付いたことだけれど、和宮さんは周りに学園の生徒がいなくなる時を待っていて話をしなかったのかもしれない。
「担任のこと好きでしょ?」
「っ――」
わたしが返事をする前に続いた和宮さんの言葉に、わたしはびくっとして息だけじゃなく身体までも止まってしまって動けなくなってしまった。
和宮さんは二三歩歩いてからわたしが立ち止まっていることに気付いて、振り返る。
「同じ名字だし、もしかしてお兄さんとか?」
「――――」
――その言葉で、わたしは完全になにも考えられなくなって――身体に力が入らなくなって。
そのまま、ぺたんと座りこんでしまう。
「ごめんっ、大丈夫?」
和宮さんは、慌てて近寄り、
「ごめんごめん、そういうんじゃないの。違うの」
そういった彼女の言葉の意味を、わたしは最初は理解できなかった。
でも、手を差し出して、にこっと――悲しそうに笑うと、その言葉を続けた。
「わたしと同じだね」
わたしは和宮さんを見上げたまま――言葉を理解するのに数秒、気持ちを整えるのに数秒――それくらいの間を置いて。
「……ぇ」
小さく、それだけしか言えず……同じ? 同じってなに?って心の中で何度も繰り返して。何が同じなのか、まだ理解できていなくて。
「同じなの、わたしもね、兄が……兄さんが好き」
だから、和宮さんのこの言葉を聞いた時、わたしの中で「すとん」って……なにかは分からないけれど、「何か」が全て分かってしまって。
「……そっか」
それだけ呟いて、差し出された和宮さんの手を握った。
――その後のことは、少し恥ずかしい。
わたしは何故だか大泣きしてしまって、ずっと和宮さんに――舞ちゃんに抱きついていた。
舞ちゃんもわたしを抱きしめてくれて、泣き止むまでずっと背中をさすってくれて――
きっと周りからは変に思われたに違いない。でも、もうそんなことは関係なくて。
そして、この時から、舞ちゃんとわたしは友達で親友で運命共同体で――そして。
「一目惚れだよね、しかも、相思相愛」
わたしが泣き止んだ後、そんなことを言った舞ちゃんに、わたしは笑った。
友達で親友で運命共同体で――そして、結婚相手になった。




