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誘蛾灯におびきよせられし

商業都市連合エルドラントの酒場『踊る竜亭』でのデビュー以来、透(発音ミナコス)は、瞬く間に街の「時の人」となっていた。


《スキル〈コスプレ〉発動継続中》 《完成度:86% 効果レベル:3:歌唱力、魅了強化》


Lv3のスキル効果による「天上の歌声」と「魅了」の魔力は絶大だった。透が歌えば、客たちは陶酔し、投げ銭は文字通り山となった。店主は笑いが止まらず、透に破格の報酬を支払った。


(ふふ、この調子だ。駆逐艦のコスを消耗させる必要もない。俺の承認欲求は満たされ、資金は貯まり、情報も酒場に集まってくる……完璧な現実逃避だ!)


透は、今や『踊る竜亭』の専属歌手「歌姫ミナ」として、街の有名人だった。


しかし、大きな成功は、必ず大きな厄介事を引き寄せる。


ある日の夜の公演後、透は投げ銭を数えていた。銀貨や銅貨が革袋の中で心地よい音を立てる。


その時、店の奥の個室から、一人の男が透の前に現れた。


男は分厚い絹の服を纏い、太い金の指輪をいくつも嵌めている。護衛らしき屈強な二人の男を従えていた。街の商業ギルドの総代であり、この都市の裏の権力者、ザイデルだ。


ザイデルは、透のフリル付きの衣装を舐め回すような視線で見てから、下卑た笑みを浮かべた。


「ほう。噂に聞く『歌姫ミナ』か。確かに、素晴らしい声だ。まるで、天使が下界に降りてきたようだ」


「ふふ、ありがとうございます。貴方のような裕福な方が聞いてくださると、歌い甲斐がありますわ」


透は「ミナ」として、愛嬌のある愛想笑いで応じた。


ザイデルは、透の投げ銭箱から、無造作に銅貨を一枚取り上げた。


「ワシはな、美しいものが好きなのだ。特に、珍しいものがな。お前の歌は、この街どころか、この大陸でも聞いたことがない『貴重品』だ」


そして、彼は懐から、手のひらに乗るほどの大きな白金の延べ棒を取り出し、テーブルに置いた。


「どうだ、ミナ。ワシの『専属』にならないか? この酒場のような汚い場所ではなく、ワシの豪華な屋敷で、ワシのためだけに歌うのだ。もちろん、報酬は、この程度の金塊では済まさん」


透は、その延べ棒の輝きに一瞬、目が眩んだ。これがあれば、数年間は楽に暮らせるだろう。


だが、彼は同時に、その提案に隠された「本質」を見抜いた。


(専属、だと? それはつまり、『籠の中の鳥』ってことじゃないか!)


透が求めるのは、不特定多数の観客から浴びせられる「称賛」という名の『バズ』だ。たった一人の権力者のために歌うなど、彼の承認欲求を満たす手段ではない。それは、会社で上司に媚びへつらっていた、あの時の「佐藤透」に戻ることと同じだ。


透は、きっぱりと拒絶した。


「ごめんなさい。私は、誰か一人のために歌うつもりはないわ。私の歌は、皆のものよ。それに、私を閉じ込めるなんて、きっとすぐに飽きてしまうわ」


ザイデルの顔から、笑みが消えた。


「……ほう。このザイデル様の誘いを断る、勇気ある娘だな」


彼は、金塊を握りしめ、透の頬に触れようとした。


「お前がどこから来たのかは知らんが、ワシの目についた以上、お前の身柄はこのワシのものだ。そうだろう?」


透は、反射的に彼の腕を払いのけた。


「触らないで! 私は、貴方たちの所有物じゃない!」


この瞬間、Lv3の〈魅了強化〉スキルが、透の意図に反して暴走した。


ザイデルは、透に拒絶された怒りではなく、逆に彼の「払いのけた手」の動きと、その抵抗する姿に、異常なまでの執着心を掻き立てられてしまったのだ。


「いいや、違うな。そのツンと澄ました態度も、また愛らしい。ワシは、お前が欲しくなったぞ、ミナ」


ザイデルはニヤリと笑い、護衛たちに目配せをした。


「強引で悪いが、連れて行け。少し強めに扱っても構わん。逃げ出せないよう、屋敷の鍵の掛かる部屋に入れておけ」


護衛たちが、透に向かって踏み込んできた。


(くそっ! やってしまった! 魅了スキルは、友好関係を築くためのものだ。こんな風に執着を引き起こすなんて!)


ここで「ミナ」の衣装を傷つけるのは避けたい。だが、このままでは本当に連れ去られてしまう。


逃げるには、一瞬の隙が必要だ。


「……仕方ないわね」


透は、ウィッグが崩れないよう細心の注意を払いながら、周囲に目を配った。


「私が、本気を見せてあげるわ。発音ミナ、全力チューン!」

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