ノリやすい歌姫
村を出て数日後、透(発音ミナコス)は目的地である商業都市連合エルドラントの城壁を前にしていた。地方の村とは比べ物にならない喧騒と、様々な人種が行き交う活気に、透の胸は高鳴る。
(すげぇ。これが中央都市……。まさにファンタジー世界って感じだ!)
しかし、この世界の中心地でも、ピンクのツインテールにフリルのミニスカートという透の姿は、異彩を放っていた。道行く人々は、露骨な好奇心と、わずかな軽蔑の視線を送ってくる。
(へへっ、いいぞ。注目されてる! これが「バズ」だ!)
透の承認欲求は満たされ始めていたが、同時に危機感もあった。「駆逐艦葉月」の時に稼いだ硬貨は、旅路と宿代で既に底を突きかけている。
「よし、やるぞ! 歌で稼ぐ!」
透は、最も人通りが多く、最も賑わっている酒場を狙った。その名は**『踊る竜亭』**。
『踊る竜亭』の扉を開けた瞬間、透はむせ返るような酒の匂いと、雑多な人々の熱気に包まれた。冒険者らしき屈強な男たち、商売人、そして酒場の女たち。誰もがピンクの髪の透を見て動きを止めた。
透は一歩も引かず、カウンターにいた強面の店主に、愛らしい「発音ミナ」の笑顔を向けた。
「あのー、ちょっと! 私に歌わせていただけないかしら?」
店主は怪訝な顔で、透の全身を上から下まで見つめた。 「なんだ、お前。その格好は。うちの客は、そんなヒラヒラした子供のお遊びには興味ねぇぞ」
――無視。現実の佐藤透なら、ここで心が折れていた。
だが、透は「発音ミナ」だ。
《スキル〈コスプレ〉発動継続中》 《完成度:86% 効果レベル:3:歌唱力、魅了強化》
透の青い瞳がキラリと輝いた。
「あら、そうかしら? 私の歌は、聞く者を虜にするのよ? もし、それで客が喜んで、酒をたくさん飲んでくれたら、貴方にもメリットがあるんじゃない?」
キャラ設定通りの自信に満ちた口調。 そして、Lv3の**〈魅了強化〉**スキルが、店主の警戒心をわずかに削ぎ落とした。
「……フン。ま、一曲だけだ。気に入らなきゃ、すぐに叩き出すぞ。金はいらねぇ。気に入ったら、そこの投げ銭箱に客が勝手に金を入れるだろうよ」
透は、ステージ代わりの木製テーブルに上がった。 騒がしかった店内が、一瞬の静寂に包まれる。皆が、ピンクのツインテールの少女を、値踏みするような視線で見つめている。
(よし、一発でぶちかます! この世界にない、最高の「バズ」を!)
透は、現代で大ヒットしたポップソングを、頭の中で再生した。この世界の楽器では再現できないシンセサイザーの音色を、全て自分の声で表現する。
「いくよ! いくぜ、ミナの最強チューン!」
透が声を上げた瞬間、Lv3の〈歌唱力強化〉スキルが炸裂した。
♪───
彼の歌声は、澄んでいながらも、酒場の隅々まで響き渡る圧倒的な音量と、聞き手の心の琴線に触れる特別な響きを帯びていた。
この世界にはない、リズミカルでアップテンポなメロディ。何よりも、その歌声には、聞く者を陶酔させる「発音ミナ」固有の〈魅了〉の魔力が込められていた。
「な、なんだ、この歌は……!」 「全身がゾクゾクする……!まるで、天上の調べだ!」
屈強な冒険者たちは、酒を飲む手を止め、透に見入る。商売人たちは、その歌声に商売の疲れを忘れ、恍惚とした表情を浮かべた。
透は、歌いながら客たちの反応を見た。 彼の歌声が、彼らの心を支配している。彼らが佐藤透ではなく、「発音ミナ」を崇拝している。この感覚が、たまらなかった。
歌が終わると同時に、酒場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「アンコール!」「もう一曲歌ってくれ、歌姫!」 チャリン、チャリン! 投げ銭箱は、瞬く間に銅貨や銀貨で埋め尽くされた。
店主は口をあんぐり開けて、その光景を見ていた。
「こいつは……すげぇ! 魔法だ! お前、一体何者だ!」
透は、満足のいく笑顔を浮かべた。
「私は『歌姫ミナ』。貴方たちの退屈を、最高の快感に変えてあげるわ」
その夜、透は酒場の専属歌手として雇われ、驚くほどの報酬と、街中の噂話(情報)をかき集めることに成功した。
(駆逐艦の英雄? そんなの、もう過去の栄光だ。これからは、歌姫ミナとして、この世界を「バズ」らせてやる!)
透は、この新しい「顔」での成功に酔いしれ、元の自分(佐藤透)が、異世界に転移したことすら、もうどうでもよくなっていた。




