怪人、コスプレ三面相
村の裁縫師リーネの家から村長宅の一室に戻った透(駆逐艦・葉月コス)の足取りは重かった。小さな穴を塞いだ麻糸の継ぎ目は、彼の視界の隅でチカチカと不格好に光り、**「完成度:80%」**という冷酷な数字を突きつけていた 。
「くそ……。この世界じゃ、ラテックスもポリエステルも作れないのか」
彼は初めて、この異世界での「活動限界」を意識した 。 最強の戦闘キャラである「駆逐艦葉月」の衣装は、戦闘すればするほど消耗し、その性能は低下していく 。いつかスキル効果がLv1(見た目だけ)に落ちれば、彼はただの女装した一般人、すなわち「影の薄い佐藤透」に戻ってしまう 。
(嫌だ。絶対に嫌だ!)
会社で発言を無視された屈辱。誰も自分を見向きもしなかった虚無感 。 それに対して、村人たちの歓声、硬貨の入った革袋の重み 。一度味わった「英雄」としての快楽を手放すことなど、透には耐えられなかった。
透はスーツケースの前に座り込んだ。 この中には、まだ**2つの「顔」**が残っている 。
魔法少女アニメ「魔法少女ドアかマドか」より「兎目まどか」(回復・支援魔法) 。
合成音声ソフト「発音ミナ」(資金稼ぎ・情報収集) 。
「葉月」の衣装は、本当に致命的な敵と遭遇するまで温存するしかない 。 となると、次の活動の目的は、情報収集と資金稼ぎだ。村長アーサーが言っていた、中央の**「商業都市連合エルドラント」**を目指す必要がある 。
(商業都市で、金と情報を得るためのコスプレ……決まりだ!)
透は、ピンクと白のフリルが特徴的な衣装を取り出した。 合成音声ソフトの擬人化キャラクター、「発音ミナ」のコスチュームだ。 露出度は「葉月」ほど高くないが、その可愛らしさは異世界で際立つだろう。
「発音ミナ」の能力は、設定上「歌唱力」と「魅了」 。 異世界に「コスプレ」という概念がない以上 、この姿で街の酒場に立てば、たちまち「天上の歌姫」として注目を集められるはずだ。
――承認欲求のにおいがする!
透は疲労を忘れ、急いでメイクを落とし、新しい顔を作り始めた 。 長くて鮮やかなピンクのツインテールのウィッグを装着し 、瞳の色を青いカラーコンタクトに変える 。
そして、鏡台代わりの水桶を覗き込む。 そこに映るのは、先ほどのクールな軍人ではない。 誰もが振り返る、愛らしい「歌姫」の姿だった。
「ふふっ……、いける。これなら、あの街でも、俺は**『誰か』**になれる!」
《スキル〈コスプレ〉発動確認》 《完成度:86% 効果レベル:3》
「葉月」の初期完成度(83%)を上回る86% 。 この「発音ミナ」コスは生地の素材がシンプルで、透自身が制作に力を入れていたためか、スキルレベルはLv3に達していた。
(Lv3! 強力な効果! 最高だ! 歌唱力と魅了、情報も金も、全て俺の思い通りだ!)
「葉月」がクールな軍人であったため、「佐藤透」の生真面目さが演技を支えていた 。 しかし、この「発音ミナ」は、明るく奔放なアイドル。彼自身の内に秘めた「バズりたい」という願望が、このキャラへのなりきり度を極限まで高めたのだ 。
透は、弾むような声で村長アーサーに別れを告げに行った。
「村長! お世話になりました! 私は、次の使命のために旅立ちます!」 「おや? 戦士殿、そのお姿は……?」
アーサー村長は、駆逐艦の軍装から、フリルとツインテールに変わった透の姿を見て、目を白黒させた。村人たちも、そのあまりの変わり身にざわつく。
透は、笑顔(発音ミナの笑顔)を崩さなかった。
「ふふん。私は色々な顔を持つ戦士なの。これも、敵を欺くための秘策よ! じゃあね!」
彼は軽やかに手を振り、村人たちの驚愕と熱狂的な視線の中、商業都市連合エルドラントへと向けて旅立った。
(さぁ、行こう! 歌と、俺の新しい顔が待っている!)
彼の胸に宿るのは、不安ではなく、新たな「顔」で世界に認められることへの、抗いがたい快感だった。




