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一期一会、使い捨て

村長アーサーから硬貨の入った革袋を受け取った透(駆逐艦・葉月コス)は、一瞬の歓喜に浸っていた 。誰にも見向きもされなかった「佐藤透」ではなく、「駆逐艦葉月」として、初めて得た報酬であり、「存在価値」の証明だった 。



村人たちが復旧作業に戻るのを見届け、透はそっと村長宅の一室に戻った。


「ふう……」


ドアを閉めた瞬間、彼は力を失い、壁に寄りかかった。一晩中続いた極度の緊張と、キャラを演じ続けた疲労が一気に押し寄せてくる。


(やばい、疲労度が半端ない……でも、それ以上にこの快感が……!)


透は、その興奮を冷めさせないために、まずは衣装の確認に入った。これが、彼の生命線であり、存在の証明だ。


ウィッグを外し、鏡台代わりに使った水桶でメイクを確認した後、彼は軍装のセーラー服を脱ぎ始めた。


そこで、息を呑んだ。


右腕の肩の部分。砲塔の熱か、巨大な黒狼の爪のせいか、わずかだが、生地が焦げ付き、熱で溶けたような小さな穴が開いていた。


「うそ……」


それは、会社のスーツに開いた小さなシミなどではない。彼の異世界でのステータスを左右する、致命的な損傷かもしれない。


《スキル〈コスプレ〉発動継続中》 《完成度:82% 効果レベル:2》


戦闘直後の83%から、わずかに**1%**の低下 。たった1%でも、このまま損傷が広がれば、レベル1に落ちる可能性もある 。




「まずい、直さないと……!」


透はスーツケースを開け、常備している裁縫セットを取り出した 。普段のイベント会場での応急処置用だが、この程度なら自分で直せるはずだ。


彼は穴の周囲を慎重に繕い、手持ちの補修用布を裏側に当てて接着剤で固定した。しかし、彼の衣装の素材は、ポリエステルやラテックスのような現代の化学繊維。異世界の空気とは違う、独特の光沢と強度を持っている。


(俺の裁縫キットじゃ、あくまで応急処置にしかならない。専門家に見てもらって、ちゃんと直してもらわないと……)


透は、村長アーサーに事情を説明し、村の裁縫師を紹介してもらった。透は「魔法の戦衣は特殊な素材でできていて」と説明を濁した。


村の裁縫師は、白髪交じりの老女で、リーネと名乗った。リーネは透の衣装を見るなり、驚きの声を上げた。


「これはまた、見たこともない布じゃ。光を弾くようで、しなやかさも持っておる。どこの国の織物じゃろう?」


透は、焦げ付いた部分を差し出した。


「これを、完全に元通りにしていただきたいのです」


リーネは老眼鏡をかけ直し、透のセーラー服の生地を触った。木綿や麻、獣の毛皮といった天然素材を扱ってきた彼女にとって、それは全くの異物だった。


「うーむ。この焦げは、何か強烈な熱を受けたようじゃが……。修復はできる。しかし、完全に『元通り』にはならぬかもしれん」


リーネは棚から、村で最も上質な麻糸を取り出した。その糸で、焦げた穴の周りを丁寧に縫い合わせていく。


数分後、リーネは修復を終え、透に衣装を返した。


「これでどうじゃ。穴は塞いだぞ」


透は恐る恐るその箇所をチェックした。穴は塞がれていた。だが、そこにはっきりと違和感が残っていた。


光沢のある濃紺の化繊生地の中に、素朴でざらついた感触の麻糸が、醜い継ぎ目のように浮かび上がっている 。手触りも強度も全く違う。


(だめだ……!)


彼は再び視界の端に目をやった。


《スキル〈コスプレ〉発動継続中》 《完成度:80% 効果レベル:2》


わずかな時間で、完成度が更に2%低下した 。異素材で繕う行為自体が、コスプレの**「再現性」**を損ない、結果としてスキル効果を下げてしまったのだ。


「すまない、戦士殿……これが、この村の最上級の技術じゃ」 リーネは申し訳なさそうに謝った。


透の顔から、血の気が引いた。


「この布は……もしかして、直せない? この世界では、この素材を、再現できないのか……?」


彼の耳に、設定資料の警告が蘇る。「修復困難:異世界の技術では元の素材を再現できない」 。


(この衣装は、使い捨て……? 俺の最高のコスプレは、有限なんだ……!)


冷たい汗が背中を流れる。この最強の「葉月」コスを失えば、またあの「誰にも見向きされない佐藤透」に戻ってしまう。初めて味わった「英雄」としての快感、この「存在証明」が、刻一刻と失われる恐怖。


彼は革袋の中の硬貨を強く握りしめた。これでは、稼いだ金で新しい服を作ることはできても、この「葉月」コス自体を直すことは永遠に叶わない。


しかし、そのスーツケースの中には、まだ2着の衣装が残っている。


(この「葉月」は、本当に危ない時まで温存するしかない。……そうだ、俺には、まだ、他の顔がある!)


透は決意した。この村を去り、新しい場所で、新しい「誰か」になる時が来たと。

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