これこそが求めていたもの
村長アーサーの家で振る舞われた食事を終えた透(駆逐艦・葉月コス)は、村の広場に戻っていた。夜が明け、村人たちは黒狼の群れが残した爪痕を修復し始めていた。皆の顔に、昨夜の恐怖と、それを救ってくれた「魔法戦士」への敬意が混ざり合っている。
(くそ、疲れた……)
内心、透は冷や汗をかいていた。レベル2のスキル効果で身体能力は上がっているものの、徹夜明けの戦闘と、慣れない女装コスプレを完璧に演じ続ける精神的疲労は大きかった。
村長アーサーが深々と頭を下げてきた。
「戦士殿。貴方様のおかげで、村は救われました。心から感謝いたします」 「……気にするな。通りすがりの務めだ」
葉月(駆逐艦キャラ)らしいクールな態度で答える。 その時、広場に駆け込んできた一人の若い村人が、興奮気味に声を上げた。
「村長! 戦士殿! お願いがあります!」 「どうした、トムよ」 「東の森で、黒狼の群れがまだ残っているようです。畑がやられ始めている! しかも、見たこともない大きな黒狼がいると……」
村人たちはざわめいた。「もう一度襲われたら……」という恐怖が伝わってくる。 透は、スーツケースの中の他の衣装のことを考えた。戦闘用の「駆逐艦葉月」コスは、まだ致命的な損傷は受けていないが、これ以上消耗させたくない。しかし、ここで「素の自分」に戻れば、誰も自分を相手にしないだろう。
(ここで断ったら、俺が英雄じゃなくなる……)
その瞬間、透の頭の中で、会社で発言を無視された時の光景がフラッシュバックした。誰も見向きもしない、存在感のない自分。 しかし、今は違う。皆が自分を見つめ、救いを求めている。この快感を手放したくない。
「わかった。私が行こう」
葉月は、肩の模型砲塔(実体化した武器)を構え直した。
「ですが戦士殿、お怪我をされると……」 「問題ない。海軍の誇りにかけて、全弾命中で仕留めてくる。この村は、私が守る」
キャラになりきった口調は、もはや躊躇がない。村人たちは歓声を上げ、老若男女が透に感謝の言葉を浴びせた。 「頑張って!」「ご無事を!」「私たちの英雄だ!」
(すごい。これが俺の求めていたものだ……!)
透の胸は高鳴り、全身が熱くなった。承認欲求が満たされる感覚は、まさに甘い蜜の味だった。このために、女装だろうがなんだろうが、必死に演じるのだ。
「行ってくる!」
透は村人たちに見送られ、東の森へと向かった。
森の中で、透は巨大な黒狼の群れと対峙した。群れの中心には、一回り大きなリーダー格の黒狼。その体毛は鉄のように固そうだ。
「ふふ、丁度いい。ちょっと派手にやらせてもらうぞ」
透はウィッグを整え、砲塔の出力を上げる。
《スキル〈コスプレ〉発動継続中》 《完成度:83% 効果レベル:2》
透は戦闘に特化した「葉月」の能力を最大限に引き出すため、ゲームの必殺技のセリフを叫んだ。
「水雷戦隊、突撃! 魚雷管準備、発射!」
肩の砲塔から、光の魚雷が唸りを上げて発射された。魚雷はリーダー格の黒狼を正確に追尾し、森の木々を縫って突き刺さる。**ドカン!**という炸裂音。黒狼は遠くへ吹き飛ばされ、一撃で戦闘不能となった。
リーダーを失った群れは混乱し、逃げ惑う。透は残りの群れに対し、連続で砲撃を浴びせ、完全に撃退した。
村に戻った透は、傷一つない「英雄」として凱旋した。
「やったぞー!」「本当に返り討ちにしてくれた!」
村人たちは喜びで広場に集まり、透の周りを取り囲んだ。子供たちはキラキラした目で、彼(彼女?)のセーラー服を指差す。村長アーサーは目頭を押さえていた。
「まさか、一晩で二度も……! 戦士殿、貴方は本当に、この世の英雄です!」
透の心の中は、かつてないほどの興奮で満たされていた。
(すごい、すごい……! これが、現実なんだ。誰にも気にされない俺じゃなく、この「駆逐艦葉月」が、皆の中心にいるんだ!)
彼は、その場の「英雄」という役を完璧に演じ続けた。
「ふむ……。これで奴らもしばらくは来ないだろう。まぁ、礼はいらないと言ったはずだ」
しかし、アーサー村長は譲らなかった。 「そうはいきません! これを受け取ってください」 村長は、透の手に硬貨の詰まった小さな革袋を握らせた。
「これは……」 「ささやかですが、我々の心からの感謝です。そして……どうか、この村にしばらく留まってはいただけませんか?」
透は革袋の重みを感じた。初めて、自分の**「コスプレ」で稼いだ報酬だ。それは、会社で受け取る給料とは全く違う、「存在価値」そのものの対価**のように感じられた。
(資金稼ぎのメドもついた。そして、何よりこの快感……)
透は、もう「佐藤透」として元の世界に戻ることを、一瞬、忘れていた。 「……わかった。君たちの気持ち、受け取っておこう」
彼は笑顔を見せた。それは「葉月」の笑顔ではなく、「称賛を浴びることに快感を覚える」透自身の、心からの笑顔だった。




