自分のバズは蜜の味
前話の終わり、佐藤透——今は駆逐艦・葉月のコスチュームを纏った彼は、遠くに見える村へ向かって森を駆け抜けていた 。
透の身体能力は普段の「佐藤透」とは比べ物にならないほど高まっていた 。木の根を飛び越え、地面を蹴って進んでいく。森の中を疾走しながら、彼は興奮と恐怖で胸を鳴らしていた 。
「スキル〈コスプレ〉。レベル2。……すごい、本当に効いてるんだ」
砲塔の轟音で吹き飛ばされた獣は、村へと向かっていた群れの一部だった 。村に近づくと、土壁の家に囲まれた広場に、武装した男たちが慌ただしく集まっているのが見えた。
「来たぞ! 黒狼の群れだ!」
村人の叫びとともに、数頭の黒狼が広場に突入する。男たちが持っているのは、かろうじて鋭く研いだ程度の槍や農具だった。透の心臓が冷える。ここが現実ではないにしても、誰かが怪我をするのは見たくなかった 。
透は迷わず広場に飛び出した。
「待て! 駆逐艦・葉月、現着!」
突然の「美少女」の登場に、村人は一瞬動きを止めた 。奇抜なヘソ出しセーラーの軍装、ショートカットのウィッグ、そして肩に担いだ模型のはずの砲塔 。
「なんだ、あれは……!?」
村長らしき老人—後に村長アーサーとなる人物 —が目を疑う中、透は砲塔の照準を合わせた。
「12.7糎連装砲、斉射! 逃げるなら今のうちだよ!」
彼が叫んだのは、ゲームキャラの台詞だった 。
ドォン! ドォン!
炸裂音とともに、砲撃が黒狼たちを次々に吹き飛ばした 。レベル2の能力では必殺とまではいかないが、その威力は獣を確実に怯ませ、戦闘不能にするには十分だった 。
一瞬の静寂の後、黒狼の群れは逃げ去った。
広場に残されたのは、煙と、立ち尽くす村人たち、そして軍装の少女(透)だった。
村長アーサーは恐る恐る透に近づいた。
「お、お嬢さん……いや、戦士殿。あなたは一体……?」
透はとっさに「葉月」のキャラクターを思い浮かべる。クールで、少し生意気だが、義理堅い軍人。
「……通りすがりの放浪の魔法戦士だ。この村に魔物の匂いがしたからな。まぁ、礼はいらない」
そう言いながら、透は心の中で叫んでいた。
(ちょ、魔法戦士って言っちゃったよ! なんで俺、こんなスラスラ嘘が言えるんだ……!)
しかし、村人たちの反応は透の予想を遥かに超えていた。
「魔法戦士だと!?」 「ありがとうございます! 命の恩人!」
村人たちは透の足元にひざまずき、涙ながらに感謝の言葉を浴びせてきた。彼らの目には、透が会社で経験した「影の薄い男」を見る時の虚無感は一切なかった 。そこにあるのは、純粋な尊敬と、心からの畏敬の念だけだった。
その時、透の心に電流のような快感が走った。
これが、承認欲求の味か!
「英雄」として歓迎されるという、異世界ならではの状況 。誰にも気づかれない日常から、突然、世界の中心になったような感覚。透は恍惚とした表情を隠せなかった 。
アーサー村長は透を村長の家に案内した 。
「どうぞ、お上がりください。ささやかながら、お礼をさせてほしい」 「……いや、本当に、礼など……」
そう言いかけた透だったが、ふと自分の服装に視線が落ちる。
(まずい。これ、明日のコミコレのために作った衣装なんだ。汚れたり破れたりしたら、能力が落ちる 。それに、ずっとこの格好ってわけには……)
彼は、まだ異世界の技術では衣装を修復できないという致命的な問題に気づいていなかったが 、「消耗」のリスクは本能的に察知していた 。
村長の家で食事を振る舞われながら、透は「流浪の魔法戦士」として振る舞い続けた 。
「剣の腕も立つのですか?」 「いえ、僕はどちらかといえば、近距離での水雷攻撃が得意で……」
食事が終わり、透は村長に訊ねた。
「この先、一番大きな街はどこですか?」 「でしたら、中央の商業都市連合エルドラントが。そこなら金もある、情報もある 。……戦士殿、なぜ街へ?」
透はスーツケースの中身を思い浮かべた。
艦隊むすめ「駆逐艦葉月」
魔法少女「兎目まどか」
合成音声ソフト「発音ミナ」
「……これはきっと夢なんだから、やりたいことやんなきゃね」
彼は、もう一人の自分を創り出すという選択を、迷うことなく選んでいた 。それは現実逃避であり、自己喪失への第一歩だったが、彼にとっては「存在証明」という名の快楽だった。




