タイトル未定2025/09/25 23:17
「酒井舞さんが亡くなりました」
教室に入ったときにはもう泣いていた担任は、自分が発したその一言に感化されたように、嗚咽を漏らした。
私は、その様子を異界での出来事のように見ていた。きっと周りもそのくらいのことにしか思わなかっただろう。
酒井舞は死んだ。そんなこと言われる前から、彼女が大人になれないだろうことをみんななんとなく察していた。毎日毎日、彼女はどこかに傷を抱いて学校に来た。虐待じゃないか、誰もがそう気がついていた。
「お父さんね、私のことほんと大事にしてくれるんだよ」
父と二人暮らしの彼女は、ことあるごとにそう自慢した。小枝のように細い腕をぶんぶんと回して、長袖の服からちらちらと見える痛々しいあざや傷を抱えて。
誰も救いの手を差し伸べなかった。「かわいそう」「なんとかしてあげたい」そんな形ばかりの言葉でまるで優しい人間かのように自分を飾って、彼女のために労力や時間を一瞬さえかけようとする人間はいなかった。
担任はまだ泣いていた。まるでその涙を、なにもしなかったことへの免罪符とするかのように。
かわいそう。彼女をそう表現する傍ら、私は彼女を軽蔑していた。なんで救いを求めないんだろう。なんで父親に愛されているなんて幻想ばかり見て生きるための行動をしようとしないんだろう。なんで生きるためにもがこうとしないんだろう。
かわいそう。その言葉が、もし必死に我城を立てて自分を守っていた彼女の行動に向いていたのだとすれば、その言葉は私たちにも刃を向けるのかもしれない。
彼女の机に咲く花が、私たちなど歯牙にも掛けないといった様子で、どこまでも続く空を見つめていた。




