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冒険者ギルド

 甘く熟成された芳香が染み付いた執務室に、仰々しい勇者一行の姿があった。

「あった。これね」

 レイラが僅かに埃の被った書庫を漁ると、机上に一つの纏まった書類を置いた。書類には金銭の流れと取引内容が記されている。それは勇者一行で経理を担うクロードにとって、常日頃から目にしているものだった。ただ、大きく異なっていたのは、その内容が公式とは掛け離れていた事だった。


「裏帳簿ね」

 一通り書類に目を通しながら、レイラが声を低くして言う。紙面には過去数年に渡る不正な蓄財や徴収、果てには特権を独占した違法取引まで記録されていた。

「...思った通り。どうやらかなり悪事を働いていたみたいよ、あの領主」

 レイラの指先が一つの項目で止まる。そこには小さく、『出納先。奴隷商人』と記載されていた。

「奴隷商人だと!?」

 これには皇太子のエルリックも驚きを隠せず、気障な彼に似付かわしくない声を上げる。人間界では十数年以上も前の人魔大戦を最後に、奴隷制度は廃止されており、魔族と停戦状態にある現代において、奴隷売買は重罪と見倣されている。国を管理する立場にある彼が、驚きの声を上げてしまうのも無理はなかった。


「不正と隠蔽だけでも重罪だと言うのに...奴隷売買まで加わるとなると死罪は免れないでしょうね。本当に残念だわ」

 そう告げるレイラは口惜しそうに唇を噛んでおり、彼女が心の底から悔やんでいる事が見て取れる。それは隣にいるクロードも同様で、只々無念の表情を浮かべるばかりであった。


「とにかく、この事を野放しにするわけにはいかないですよ。エルリック殿下」

「ああ...分かっている。直ぐに自警団を呼んで彼の身柄を引き渡そう」

 エルリックが案内人の執事へ指示を出すと、応接間に早足の音が立つ。

「こんな時、騎士団が居れば迅速に事が運んだのだが、生憎と所在が掴めていないからな」

 続けざまに彼が不満をこぼす。バルクエに到着してからというものの、未だに騎士団の姿は目にしていない。当初は、エルリック本人もエミールからその事を聞こうと考えていたのだが、肝心の領主が汚職に手を染めていたと知った今では、信憑性は薄いものとなっていた。


「その事も含めて、一度冒険者ギルドで話を聞きに行きましょう。どのみち依頼の受注もしなくてはなりません」

「ふむ、そうだな。しかしこれは暫くは後処理に奔走する羽目になるぞ。世間には何と公表したら良いものか...」

 醜聞の事後処理を想定して、エルリックが頭を抱える。

 エミールの醜聞は明日にでも国内全体へ広まる事となるだろう。その際に王家の威厳を損なわないかつ、民が納得のいく形で事態を収束する事が必要となる。その苦心が第一皇太子である彼には容易に想像がついた。今回の相手が大都市の領主ともなれば尚更である。


「ま、ここで悩んでいても仕方がないな。そっちの方は父上や弟のエスター達が上手くやるだろう。今の私が優先すべきは救世の旅だからな」

 エルリックが、心労から目を逸らすようにかぶりを振るう。彼は王位継承権一位を持つが故に多くの公務を担ってきたが、今は勇者一行での活動を優先しており、その間の公務は皇太弟のエスターや、妹のマルグリットに一任していた。


「エルリック皇太子殿下。たった今、自警団と連絡が取れました」

 急ぎ足で戻ってきた執事が告げる。

「ご苦労。では我々は冒険者ギルドへ向かうので、くれぐれも後の事は頼んだぞ?」

 念を押すエルリックの言葉には、余計な事はするなよ、という意味合いも感じられる。室外で賢者が口にした真意を改めて理解した執事は、ただ頷くしかなかった。



 領主の館を出て、再び大通りを歩くこと数分。勇者一行は一段と目立つ建物の前へと到着した。

 ここバルクエにある「冒険者ギルド支部」は、国内でも多くの冒険者が在籍しており、商業機能と併せて大きく発展しているようだった。近隣の建物を含めて、破損の痕跡が少ないのは、ここが冒険者の活動拠点となっている為だろう。


 冒険者ギルドとは、冒険者の支援や依頼の仲介、物品の売買などを行う機関の事を指す。冒険者に身分や年齢などは一切関係なく、犯罪歴でもなければ基本的に誰でもなることが可能である。

 冒険者の中には気性の荒い者や癖の強い者も多いが、魔物討伐や民間で流通する資源の調達など、治安維持にも貢献している。


「やっと着いたわね。もう歩きたくないわ」

 冒険者ギルドへ着いて早々、ミリーが項垂れる。

「レイソン嬢、まだギルドに到着したばかりです。本題はこれからですよ」

「今日はもう宿屋でお休みしたいわ」

 駄々を捏ねる聖女の姿に、クロードが苦笑する。大通りには他の住民の姿もあり、勇者一行は嫌でも目立ってしまう。そんな衆目でみっともない行動を取れば、聖女のイメージも損なわれてしまうだろう。本来それは避けるべきなのだが、多忙な日程の中で動くクロードには、彼女の気持ちも理解出来てしまう。そんな状況でも、勇者一行の頭脳担当はブレなかった。


「ミリー様、そんな子供みたいに駄々を捏ねないで下さい。聖女の名が聞いて呆れますよ」

「何よ、別に駄々なんて捏ねてないわよ。あと聖女は関係ないでしょ」

 反論をするミリーだったが、レイラが一言。

「大有りです。私達は国の看板を背負っているんですから、民に示しをつけなくては」

 その言葉で観念したのか、ようやくミリーが重い腰を上げる。

「レイラは本当に無慈悲だわ。あなたでは聖女は到底務まらないわね」

「あら、それは光栄です。なんてったって私は賢者ですから」

 火花を散らして睨み合うレイラとミリー。そんな二人の様子に、クロードとエルリックは顔を見合わせて、手を広げるしかなかった。


 勇者一行が分厚い木製の扉を開くと、一斉に入口付近へと視線が集まる。毎回恒例である。始めの頃は、この圧の篭った瞳の数々に気圧されたものだが、今となっては慣れ親しんだものだと、クロードは若干の懐かしさを覚えた。

「相変わらず無粋ね。あまりジロジロ見ないで欲しいわ」

 周りに聞こえない程度の声量でミリーが呟く。冒険者の中には、彼女の美貌に惹かれて邪な目を向ける者も少なくない。これに関しては慣れるとかの問題ではない為、恋人であるエルリックが牽制の意を込めた視線で返す。


 そのまま四人が受付口へ進むと、若い受付嬢が声を掛けてきた。歳は大体二十代半ば程だろうか。

「ようこそ、バルクエ支部冒険者ギルドへ」

「こんにちは、今日は救世の旅の任を受けて参りました」

 クロードが懐から一枚の依頼書と冒険者カードを提示する。

「勇者一行の皆様ですね、お待ちしておりました。ギルドマスターからお話は伺っております」

 受付嬢が冷静に告げる。その反応がクロードには何処か新鮮に感じた。

 これまで各地の冒険者ギルドを点々と渡ってきたが、どの受付嬢も最初は驚きに声を上げるものだった。しかし、この若い受付嬢は特に驚くわけでもなく、あくまで冷静な対応をしている。大都市のギルドに所属しているだけあって、肝が据わっているようだ。


「一週間前にバルクエを襲った魔物の一件ですよね?」

「はい。今すぐにでも依頼を受注したいと思っているのですが、可能でしょうか?」

「もちろんです!少々お待ち下さい」

 受付嬢が棚から一枚の上質紙を取り出すと、静かに受付口へと広げる。用紙には依頼内容と依頼主が記載されており、隅には法人実印が押されていた。その依頼内容の部分を見た瞬間、クロードは思わず息を呑む。


「...これは本当ですか?」

「はい...残念ながら事実です。今回皆様に討伐していただきたい魔物は、あのミノタウロスになります」

「嫌な名前が出てきたわね...」

 魔物の名前が出るや否や、レイラが神妙な面持ちで呟く。

 ミノタウロスとは、牛頭人身の堅牢な大斧を携えている魔物の事である。彼等の実力は非常に高く、冒険者界隈で強敵として知れ渡っていた。


「まさか『Aランク』の化物が相手とは」

 クロードが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 冒険者にはグレードが設定されており、「E」が最も低くて「S」が最も高い。この冒険者ランクの基準に則って、魔物にも適正ランクが指定されており、今回のミノタウロスはAランクにも相当する強敵だった。

 

 冒険者は登録時はEランクから始まり、数々の依頼を成功する事によって、段階的に昇格を果たしていく。勇者一行も名義上は冒険者だが、救世の旅を使命とする為に、国から最高ランクであるSに指定されている。そんな彼等の目から見ても、このAランクという基準は重いものだった。


「おいおい、これはまた随分と骨が折れそうだな...」

 これにはエルリックも驚きを隠しきれず、普段の甘いマスクが剥がれては、周囲の視線も忘れて苦い顔をしている。

「場所はバルクエ岬...ここから西の方角にある海岸ね」

「かなり近いな」

 彼等が揃って懸念を抱く。バルクエ岬はここから徒歩で大体二十分ほどで着く距離にあり、そんな近場に高ランク帯の魔物が潜んでいるのだとすれば、一刻の猶予もない事態だった。


 取り急ぐようにクロードが言う。

「それと一つお聞きしたいのですが、ここに着いてからまだ騎士団の姿を見かけていませんが、何か知りませんか?」

 そう尋ねられると、受付嬢が露骨に表情を固くした。

「それが...騎士団の方々ならバルクエ岬へ向かったきり戻っておらず、我々も所在が掴めないでいます。ギルドとしましても、新たにAランクの冒険者パーティを派遣したのですが、彼等も未だ戻ってきておりません」

「そう、ですか」

 クロードがエルリックへ視線を向けるも、彼は首を横に振るうだけで、何も口にしなかった。


「騎士団がいないんじゃ、バルクエの守りが不安ね。その辺りはどうなっているの?」

 レイラが暗い顔をする受付嬢へ尋ねる。

「その事につきましては、ギルドマスターが領主へ直談判をしたのですがまともに取り入って貰えず、結局は冒険者へ依頼を出す形で防衛対策を取っております」

「流石はギルドマスターね。でもこれだけ大規模の都市となると、自警団と冒険者だけじゃどうにもならないわよ」

「それは、そうなのですが...」

 言葉の後半部分は消え入りそうな声量だった。解っているが現状はどうしようもない、そんな思いが見え隠れしている。そんな彼女へレイラがやや明るい口調で告げた。


「だから、直ぐに国から騎士団を派遣してもらいましょう」

「え、そんな事が可能なのですか!?」

「この場には頼れる皇太子殿下がいるのよ?彼が表明すれば、国も動かざるを得ない筈よ」

 目配せしながら、レイラが背後の第一皇太子に手を向ける。

「やれやれ、君は本当にお膳立てが上手いね。今言った通り、騎士団の方はこちらで手配しよう。君はこの書簡をギルドマスターへ届けてくれるかい?」

 そう言って、エルリックが受付嬢に王家の封蝋が押された書簡を渡す。これは彼が緊急時用に皇帝より持たされていた書簡で、有事の際は彼の元へ騎士団が駆けつける手筈となっていた。


「それを早馬で届け出せば、三日もしない内に騎士団が駆けつけるだろう。領主の不正についても一筆加えておいたから安心したまえ」

「あ、ありがとうございます!って、領主の不正?」

「おっと、これはまだ公に出来ないのだった。今のは忘れてくれ」

「は、はあ...」

 困惑を浮かべながらも、第一皇太子の言葉に耳を傾ける受付嬢。それを一瞥すると、改めてクロードが告げる。


「では、俺達はバルクエ岬へ向かいますので、後の事は宜しくお願いします」

「は、はい!ご武運をお祈りしております!」

 平静を崩した受付嬢の声を聞きながら、勇者一行は件の岬へと向かった。


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