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荒廃した大都市

 商業都市バルクエ。貴族層を中心に幅広い人気を誇る大都市である。

 最新鋭の技術で加工された宝石類は美しく、帝国の貴族が身に着けている装飾品の数々も、ここバルクエで作られたものが殆どだと言われている。その話題性は国内のみに留まらず、他国からも観光で訪れる者が増えてきている。膨大な利益を齎すことから、帝国では主要都市の一つといえるだろう。そんな大都市が魔物の被害に遭ったのは、今から、およそ一週間ほど前のことだった。


「ここが商業都市バルクエなのか...?」

 都市を眺めるクロードが懐疑的な声を出す。町並みは至る所で荒れた痕跡が目立ち、かつて栄えていた都市は酷く荒廃してしまっている。市街地には住民と思わしき人が疎らにいるが、ざっと見当たる人口だけでも、もとの十分の一にも満たなかった。仮にこの景観を他国の人間が目撃したところで、かつて大都市であった場所だとは信じてはもらえないだろう。


「騎士団はこんな状態になるまで何をやっていたんだ...!」

 眉を顰めるエルリックが怒りを滲ませる。総勢一万五千人からなる帝国騎士団の役割は、国内の治安維持及び、国家の防衛である。しかし、魔物が蔓延る近代においては、時として魔物討伐も任務に含まれる。

 また、騎士の殆どは貴族出身であり、文官と武官に分かれて国を支えている。戦場に立つ機会の多い武官は国から領地を与えられる事もあり、過去にはバルクエでも騎士団出身の領主が存在したほどである。そんな歴史も名声もある現地での惨状が、第一皇太子である彼には許せなかった。


「エルリック様、お気持ちは痛いほど察しますわ。ですがここには疲弊した民もいますので、どうか落ち着いて下さい」

 彼の隣にいるミリーが寄り添う。王族の権威を尊重しつつも、被害者を慮る姿は正しく聖女であった。

「...そうだねミリー。ここで憤っていても始まらないよな」

 エルリックが落ち着きを取り戻すと、パーティを仕切るリーダーへ声を掛けた。

「クロード君」

「はい。ひとまず領主へ事の詳細を聞きに行きましょう」

 クロードが言うと、仲間の三人も軽く頷く。大通りは入口付近よりも人が多く、何軒か無事な建物もあった。その光景だけでも溜飲が下がる思いであったが、未だ騎士の姿が何処にも見当たらない事が気がかりだった。


「あ、勇者一行だ!」

 領民の一人が声を上げると、周囲の人々もクロード達に気がつく。あっという間に男女十人ほどの人の輪が出来上がった。

「勇者様、どうか私達の街を救って下さい!」

「このままだと、おちおち休んでもいられねえ。頼む、早いとこ魔物を倒してくれ!」

「エルリック様、どうかお願いします!」

 次々と懇願の声が飛び交う。領民達は擦り切れた服装や出で立ちをしており、切羽詰まった様子をしていた。


「えっと...」

「き、君達、落ち着きたまえ」

「ちょ、ちょっと...分かったから、そんな近づかないでよ」

 前触れもない事態に、思わずクロード達が戸惑う。これまで勇者一行として各地を渡り歩いてきたが、そのいずれもが深刻な被害には陥っておらず、地域の治安は保たれたままだった。

 しかし、今回は例に漏れて都市が甚大な被害を被っており、これほど行き詰まった状況は彼等の経験になかった。当然、彼等の期待に応えたい気持ちはあったが、まずは状況を把握しない事には滅多な事も言えない。そんな五里霧中の中、機転を利かせたのは小さな賢者だった。


「はいはい、みんな一旦落ち着いて。そんな一片に喋られても聞き取れないわよ」

 レイラが手を二度叩くと、それに合わせて周囲が静かになる。決して表には出さないが、内心でクロード達は胸を撫で下ろした。

「賢者様お願いします!どうか街を救って下さい」

「当然でしょ?私達はその為に来たんだもの」

 毅然とした態度を取るレイラ。その冷静沈着な対応は賢者と呼ぶに相応しく、それを受けた領民達もまた、次第に冷静さを取り戻していった。


「まずは領主から詳しい話を聞きたいから、何処にいるのか教えてくれる?」

「あ、はい...エミール様でしたら、この大通りを真っ直ぐ進んだ所に屋敷を構えております。大きな建物なので直ぐに分かるかと」

「そう、ありがと。それとあなた達は随分前からここに居るようだけど、早く家に帰りなさい。またいつ魔物に襲われないとも限らないわよ」

「それが──...」

 レイラの言葉に領民全員が押し黙る。それを見たクロード達が疑念を抱いていると、やがて一人が歯切れ悪く口を開いた。


「実は我々の住まいは魔物に破壊されてしまい、食料も奪われてしまいました。現在、手持ちの金でどうにか食い詰めてはいますが、それもいつまで保つか...」

 領民が沈痛な面持ちで告げる。どうやら魔物に住処も食料も奪われてしまい、生活苦に陥っているようだ。

 件の魔物は酒場や食堂を中心に狙ったようで、瓦礫の中から店の看板も見える。命が助かったのはせめてもの慰めではあるが、当人達からすれば死活問題である事に変わりはない。


「領主には掛け合ってみたの?」

「もちろん掛け合いました!ですが...エミール様は復興作業に忙しいらしくて、まともに取り合ってもらえませんでした」

 半ば食いつくように、領民が声を上げる。彼等の表情からは、怒りや失望や期待と、様々な感情が読み取れた。

「そう、クズね」

「く、くず?」

「ええそうよ。領民がこんなにも困っているのに、忙しい事を理由に何もしないなんて、少なくとも真っ当な領主のやる事じゃないわ」

 率直な物言いに領民全員が呆然とする。レイラの発言は貴族に対する不敬に当るものであったが、路頭に迷っている人々からすれば、幾分か気が晴れる思いだった。そんな彼等へ彼女がさらに言葉を続ける。


「この街の教会はまだ無事なのかしら?」

「え、ええ。教会の近くには冒険者ギルドもありますし、幸いにも魔物の手は及ばなかったようです」

「良かったわ。なら、あなた達はそこで保護してもらいなさい」

 レイラが建設的な意見を述べる。帝国各地にある教会は大々的に女神への信仰を目的としているが、民からの献金を元に、貧困者への支援も行っているのだ。


「し、しかし...我々は献金を収めておりませんし、受け入れてもらえるかどうか...」

 領民の一人がそう口にするが、レイラがそっと微笑んだ。

「それなら大丈夫よ、私達には頼れる聖女が付いているもの。ですよね?ミリー様」

「えっ、私!?」

 急に話題を振られて、ミリーが肩を上下させる。まさか、自分に話が回ってくるとは思わなかった様子だ。

「ミリー様、彼等に教会への紹介状を書いてもらえますか?」

 静かにお願いするレイラ。教会に所属する聖女は枢機卿に次ぐ権限を持ち、序列で言えば三番目に当る。そんな彼女の紹介であれば、教会も無碍に扱う事はしないだろう。


「聖女様お願いします!我々をお救い下さい!」

「わ、分かりましたから、皆さん落ち着いて下さい」

 領民に囲まれたミリーが狼狽すると、懐から一枚の紹介状を取り出す。まるで追い剥ぎにでも遭遇したかのような光景に、隣のエルリックも頬を引く付かせていた。

「ありがとうございます!これで何とか飢えなくて済みそうです!」

「い、いえ。あなた方の行く末に幸多からんことを」

 着衣の乱れを正しながら、ミリーが常套句を口にする。彼女にとっては動転する形となったが、レイラの提案は領民全員を暗闇から救い出した。


「それじゃ私達は先を急ぐから、後は自分たちで頑張ってね」

 勇者一行が人混みを通り過ぎていく。やがて人の輪が遠目に差し掛かると、ミリーが恨みがましくレイラを見た。

「ちょっとレイラ、急に私に話を振らないで!お陰で服が汚れちゃったじゃない!」

「ごめんなさいミリー様、あの場合ああするしかなかったもので。それに民が苦しむ事に比べれば、服が汚れるくらい大したことではないではありませんか」

「それとこれとは別よ!私が綺麗好きなのは知ってるでしょ!」

 不満を露わにするミリーに対して、レイラが苦笑を浮かべる。彼女の本性は三年に渡る旅の中で把握しているが、改めて民には見せられないと思った。


「まあ何はともあれ、事態を収める事が出来て良かったじゃないか」

「本当ですね。レイラとレイソン嬢のお陰です」

 エルリックの発言にクロードも同調する。事態の収束を図れたのは偏に、レイラの柔軟な対応とミリーの信望と地位の高さによるものであった。その事実を誇らしいと思うも、クロードは若干の歯痒さも感じていた。

「本当だったら、リーダーの俺が対処しないといけないのにな」

「リーダーだからといって、全部を背負う必要はないわよ。交渉事とかは賢者の私に任せなさい」

 一人責任を感じるクロードを宥めるレイラ。彼女の言葉は暖かく、気負い過ぎていた勇者は肩の荷が下りるのを感じた。

「ありがとう」

 小さくも頼もしい賢者が、屈託のない笑顔を浮かべた。



 領民から聞いた情報通り、領主の屋敷は大通りを抜けた郊外に構えられていた。屋敷の外観は石造りの重厚な構造をしており、幾重にも連なる窓には外向きの装飾が施されている。邸宅の離れには小さな別館まで建てられており、それが更に屋敷の壮大さを強調しているようだ。


「随分と大仰な屋敷だな...流石は大都市の領主館だ」

 遠目から屋敷を眺めるクロードが言う。彼が辺境の村から都会の方に出て三年経つが、これほど豪華な建築物は帝都の宮殿を除いて見たことがないものだった。それは同じ村出身のレイラも同様で、屋敷を見上げながら唖然としている。

「ふん、何よ。私の実家の方がもっと凄いんだから」

「まあ、領主の邸宅にしては見栄えが良いではないか。我が家の宮殿には遠く及ばないがね」

 貴族のエルリックとミリーが妙なマウントを取る。その会話に若干の妬みを覚えながら、クロードが屋敷の門へと進む。


 門前には衛兵が二人立っており、クロード達は早々にその歩みを止められた。

「止まれ!貴殿らは何者だ?」

「我々は勇者一行です。今回のバルクエ襲撃に関しまして、領主のエミール卿から話を伺いに来ました」

「勇者一行だと?」

 丁寧に告げるクロードに対して、半信半疑の様子の衛兵二人であったが、背後にいる第一皇太子の姿を確認すると、直ぐに顔色を青くした。


「た、大変失礼致しました!勇者御一行様ですね、直ぐに上の者に取り次いで参ります!」

 衛兵の一人が逃げるように屋敷の方へ去っていくと、暫くして、屋敷から一人の執事が慌てた様子で出てきた。

「勇者御一行様、大変お待たせ致しました。中で領主がお待ちしておりますので、ご案内させて頂きます」

 丁寧なお辞儀をしながら告げる執事。歳は大体六十代後半くらいだろうか。豊かな白髪と深まった頬の皺が貫禄を感じさせるも、皮膚の弛んだ目元は優しそうな印象を与えていた。


 執事の案内の元、クロード達が屋敷の中へと足を踏み入れる。屋敷内は外観と同じく豪華な造りをしており、広間はインテリアにも凝っていた。足許の絨毯は表面が柔らかくも高級感に溢れ、壁には敷き詰められたように装飾品で飾り付けられている。天井付近に掛けられているのは代々当主の肖像画だろうか。そのまま広間を抜けて廊下を歩いていると、執事が応接間の前で足を止める。


「領主はこちらでお待ちしております。皆様、中へどうぞ」

「ありがとうございます」

 早速クロードが室内へ入ろうとすると、彼の服の袖をレイラが掴んだ。

「ちょっと待ってクロード」

「どうした?」

 唐突な行動に彼が疑問を覚えるが、レイラは後方にいるエルリックとミリーの方を見た。

「突然のお願いで恐縮ですが、エルリック殿下とミリー様はここで待機していてもらえますか?」

 急な要求に二人が首を傾げる。


「一体どうしてだい?我々も同席させてもらえなければ、魔物の情報が得られなくて困るのだが...」

「そうよ。どうして私達だけ除け者なのよ」

 真っ当な異議を唱える両名だが、レイラはあくまで冷静に諭すように言う。

「実は私に少し考えがありまして。情報は後から必ず共有しますので、今は騙されたと思って私に従っていただけませんか?お願いします」

 小さく頭を下げるレイラ。その姿にエルリックとミリーが互いの顔を見合わせると、数秒の間を置いて小さく溜息を吐いた。


「そこまで言われたら仕方がないな。分かったよ、我々は外で待機しているとしよう」

「ええそうね。でも私はエルリック様に従うだけだから、勘違いしないでよね」

「お二方のご協力に感謝します」

 二人から了承を得ると、レイラが再び頭を下げる。

「いや、君の事だからきっと何か考えがあるのだろう」

 エルリックが小さく苦笑をこぼす。街中での一件もそうだが、賢者である彼女が適当な事を言う筈がない。それを理解しているからこそ、彼等は納得せざるを得なかった。


「その代わり、後で必ず情報は共有してもらうよ。ミリーが言うように、我々だけ除け者だなんて御免だからな」

「勿論です」

 話が纏まったところで、レイラの視線は傍の執事へ移る。

「そういうわけだから、あなたも余計な事はしないでね」

「は、はあ...」

 レイラが執事に念を入れると、クロード達は応接間の扉を開いた。


 応接間には広間で見かけた肖像画の、一番右に映っていた人物が貴族服で控えていた。

 長い金髪は後ろで束ねられており、貴族ならではの高貴な雰囲気を持っている。歳は大体三十代後半から四十代ほどで、豊かな生活で培った艶のある肌と小太りの体格をしていた。

 エミール・ラウド侯爵。かつて人魔大戦が本格的だった頃に国境防衛という重職を担い、騎士の身でありながら当時の皇帝より爵位を賜った、所謂成り上がり貴族。──その子孫である。


「これはこれは勇者御一行様、ようこそおいで下さいました」

 開口一番、エミールが恭しく振る舞う。その態度は上流階級の貴族らしい品のあるもので、街で聞いた印象とは違う。そんな事を考えながら、クロードが軽く胸に手を当てて挨拶をする。

「急な訪問にも関わらず、お時間を取っていただき有難うございます。私は勇者一行で勇者を務めております、クロードと申します」

「同じく賢者のレイラと申します」

 クロードとレイラが丁寧な挨拶をする。彼等の故郷カカオット村では礼儀作法の習慣はなく、基本的に村人同士の付き合いは規律の緩いものであったが、ここ三年の間で二人は人前に出ても恥じない作法を身に着けていた。それは貴族社会に生きるエミールから見ても、自然と受け入れてしまうほどだった。


「いえいえ、かの勇者御一行様ともあれば無碍にするわけにもいきますまい。ところで、剣聖様と聖女様のお姿が見当たらないようですが?」

 エミールがこの場にいない剣聖と聖女について尋ねる。

「彼等なら別件で席を外しておりますので、今回は我々の二人で伺った次第です」

「ほう...左様ですか」

 エルリック達の不在が分かった途端、エミールの態度が少し変化する。彼は襟元の帯を緩めると、音を立てて応接間の椅子に腰を掛けた。

「ふむ、それで?勇者様と賢者様が私にどういったご用命でしょうか?」

 明らかに変貌した態度にクロードが一瞬だけ戸惑う。帝国は貴族主義の思想を掲げており、基本的に政治的、経済的な特権は貴族が持っている。その為、貴族の中には身分の差から平民を見下す者も少なくない。

 クロードとレイラがカカオット村出身である事は世間でも認知されており、このエミールという人物もまた、この場に貴族であるエルリックとミリーがいない事で態度を急変させたのだ。クロードはそっと、先ほどの考えを改めた。


「今回はバルクエ襲撃に関しまして、詳しい話をお伺いしたく参りました」

 葉巻に火を点けるエミールに対して、クロードがあくまで礼節を弁えて告げる。

「ほほう...バルクエ襲撃の件についてですか」

 一瞬、エミールの表情が固くなったのをレイラは見逃さなかった。


「詳しい話と言われましても、我々もまだ調べている段階でしてね。大した情報は提供出来ないかと思いますよ?」

「どんな些細な事でも構わないんです。魔物の特徴だとか、どのような手段で都市を襲ってきたのかとか。何か知っている事はありませんか?」

 クロードが尋ねると、エミールが卑屈な半笑いの表情をして言う。

「生憎と私は街の復興に忙しい身でして。それに、そういった事は冒険者ギルドの方が詳しいのではないですか?」

「ええ、もちろん冒険者ギルドにも伺うつもりです。ですが国から使命を受けている以上は、一度領主へ伺いを立てるのが礼儀だと思いまして」

「ほほう、平民のあなた方が礼儀を語りますか」

 エミールが眉を顰めながらクロード達を見た。


「存じておりますよ、あなた方二人はカカオット村の出身だとか」

「...それが何か?」

「いえ、実に奇妙なものですよね。まさか只の村人が誰もが羨むスキルを授かってしまうだなんて、女神は何を考えているのやら」

 意地の悪い笑みを浮かべるエミール。彼の発言は明らかに攻撃的なもので、クロード達の身分を蔑んでいた。これには流石のクロードも感情的になりかけるが、グッと拳を握り締めて堪える。そんな時、意外にも涼しい顔をしたレイラが一歩前に出た。


「はいはい、今さら私達の身分の紹介なんてどうでもいいのよ。《《そんなこと》》より、本当にあなたは何も情報を持っていないのね?」

「何ですか藪から棒に...ですから、そう言っているでしょう」

 そう告げるエミールを見て、レイラが大げさにかぶりを振るった。

「そう、だったらあなたは相当な無能なのね」

「何だと...?」

「だってそうでしょ?バルクエが襲撃されてから一週間も経っているのに、領主のあなたは魔物の生態はおろか、領民の管理すらまともに出来ていない。これを無能と言わずして何て言うのよ」

「口が過ぎるぞ小娘。勇者一行だからと下手に出てれば調子に乗りやがって。たかが平民風情が付け上がるな」

 明確な敵意を示すエミールだったが、レイラがまるで物怖じせずに倦む。


「あなたは無能な上におバカさんなのかしら。私達は皇帝からの勅令を受けてこの場にいるのよ?つまり今の私達は国の庇護を受けているも同然なのよ。そんな相手に挑発的な態度を取ったらどうなるか想像も付かない?」

「それがどうした。今この場にいるのは私とお前達の三人だけだ。仮に他の者へ告げ口をしたところで、只の虚言にしかならんぞ。分かったらさっさと土下座して許しを請うことだな。それか...お前が私の愛人になるのといのなら、或いは許してやらんこともないが?」

 舐めるようにレイラの体を眺めるエミール。その醜悪な表情はとても領主とは呼べないものだった。

「お前、いい加減にしろよ!」

 ここでついにクロードの抑えが効かなくなるが、レイラが彼をそっと手で制する。


「あくまで私達平民とは対等に接する気はないのね?」

「当然だろう、元々貴族と平民では住んでいる世界が違うのだ。たかが領民が数人どうなったところで、私には何の支障もないからな」

「そう...残念だわ。──だそうですよ、エルリック殿下」

 レイラがそう告げると、応接間の扉が開かれる。そこから現れたのは、エミールがこの場にいないと思っていた剣聖と聖女の姿だった。


「なっ...エルリック皇太子殿下にレイソン伯爵令嬢!?な、なぜここに...」

 エミールが狼狽しながらレイラを凝視すると、彼女は自らの頭を指で軽く二回叩いた。

「話は全て聞かせてもらった。残念だよ、ラウド侯爵」

 エルリックが無表情で告げる。その声色は何処までも冷たいものだった。

「貴族の務めは弱き者を助ける事にある。ましてやそれが領主であるならば尚更だ。それを放棄した君に貴族を名乗る資格はない。此度の君の過失は私の方から皇帝陛下に伝えておこう」

「お、お待ち下さい!まさか貴方達がいらっしゃるとは思わなかったのです!何卒お許しを!」

 顔を青くしたエミールが土下座をする。その姿に貴族としての気品は微塵も感じられなかった。


「あら?それはつまり、私達が居なければ先ほどのような振る舞いをしていたと?」

「そ、それは──...」

 ミリーの言葉に口を噤むエミール。もはや彼が言い逃れをするには手遅れだった。肩を落として絶望する彼の目の前で、小さな賢者がしゃがみ込む。

「直ぐに被害に遭った領民の生活を支援しなさい。あなたの最後のお仕事よ」

「さ、最後...?」

「あら、そんなに疑問に思うことかしら?第一皇太子殿下に対してあれだけの無礼を働いたんだもの、除籍処分は免れないんじゃない?」

「わ、私は決して皇太子殿下にそんな事は...!」

「仮に他の者へそう告げたところで、只の虚言にしかならない...あなたが自分で言った事よ?」

 エルリックが無表情のまま頷く。エミールは身から出た錆に顔を落とすしかなかった。


「それと、この都市についても詳しく調べる必要がありそうね」

「な、何故そんな事を...」

「だって可怪しいでしょ?街をざっと見て回ったけども、復興が行われている気配すらないんだもの。大通りですらあの惨状だもの、疑問に思うのは当然だわ

 レイラの言葉にエミールがさらに顔を青くする。彼の額からは、遠目から見ても分かるほど脂汗が滲み出ていた。

「そうね、まずは領地の運営体制から検めてみましょうか。例えば、領民の収めている税がどこに消えているのか...とかね」

「あ...ああ...」

 その発言がきっかけとなったかのように、エミールが項垂れた。


「あ、そうそう!それとさっきの返事を返していなかったわね」

 勇者一行がその場を後にしようとした時、レイラが何かを思い出したようにエミールの方へ笑顔を向けた。

「あんたの愛人になるなんて死んでも御免よ。その腐った性根を叩き直してから出直してきやがれ」

「ぐ...うおあああ...」

 泣き崩れるエミール。その光景は客観的に見ても不憫なもので、いつの間にか、クロードの中で燻っていた怒りも消え失せていた。一方でレイラは何処か晴れやかな顔をしていた。

「どうかした?クロード」

「あ、いいえ。なんでもありません」

「何で敬語になってるのよ?変なの」

 首を傾げる賢者を眺めながら、彼女の事は極力怒らせないようにしようと、クロードは一人誓った。


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