プロローグ
勇者──。それは勇敢な者を指す呼称である。
一つは困難。誰もが目を背けたくなる事態へ立ち向かう者は勇敢といえる。
一つは偉業。困難な道のりの先で掴んだ栄光は、多大なる功績として大衆に広く知れ渡る事となる。
そして一つは救済。命の危機に瀕した人を救う者がいるとすれば、それは紛れもなく当事者にとって勇者となり得る。
この広大な世界「ハルジオン」にはスキルが存在していた。スキルとは個人が持つ特殊能力の事で、剣を上手く扱えたり、優れた魔法を操れるようになったりと効果は様々だ。その中でも取りわけ優れたスキルが存在している。それが勇者、聖女、剣聖、賢者の四つである。
この四つのスキルは人知を超えた力を秘めており、人々の間では英雄の総称で認知されてきた。──根源は”魔族”との戦いから。
魔族とは、魔力と身体能力に長けた種族を指し、頭部から生えた角や長い耳が特徴的な容姿をしている。当時の人々はそんな魔族に畏れを抱いており、異質な存在として彼等を排除しようとした。
それは実に短絡的な行為であったが、現地の人間からすれば、一種の生存本能によるものだったのかもしれない。人間と魔族による主導権を賭けた大規模な戦争が引き起こされる事となる。通称「人魔大戦」である。
もっとも、人間と魔族では生来の能力に差があるため、すぐに戦況は魔族側へ軍配が上がった。それでも人々は知恵を振り絞り、魔力を活用した「魔導具」や軍用兵器を用いて奮戦した。
しかし、それでも種族間の差は埋まらず──。ついには魔族側が大陸を統一する手前まで差し掛かる。もはや人間の存亡は絶望的、誰もがそう思った。そんな時に現れたのが「勇者一行」であった。
彼等は女神より授かった、人知を超えた力をもって戦況を一気に覆すと、壊滅状態だった人間界に希望を齎した。その勇姿は衆人環視のもとで目撃され、彼等が英雄と称されるのに時間はかからなかった。
ついには、魔族側の王である「魔王」を追い詰めるまでに至り、当時の勇者一行は大陸を一つの色に塗り替えた。しかし、これは人間と魔族の戦いの始まりに過ぎず、魔族の遺恨を大いに募らせる形となる。
それから幾百年の月日が経過した現在。かつて広大だった大陸は三分の二にまで面積が縮まり、所々に戦争の波及が色濃く現れている。未だ人間と魔族の遺恨は晴れないままだったが、”一時停戦”という形で世界には一時の安寧が齎されていた。あまりに絶えない犠牲を目の当たりにして心痛した、人間側の王が持ちかけた交渉である。
代替わりして間もない魔王はこの要求を受け入れた。当然、この決断には魔族から反発の声が上がったが、終わりのない地獄を繰り返すより、共生への第一歩を辿る事を選んだのだ。
だがそれは、来たるべき再戦の時に向ける方便に過ぎなかった。
人間は国を王国と帝国に分かち、両国を代表国家として諸国を併呑して統一を図ると、着々と領土の拡大を進めていた。一方で、魔族側は魔王国として正式に国を興し、国の繁栄に努めながら人間界の動向に目を光らせた。
現代では文明レベルと技術力も発展を遂げており、戦争当初では考えられないほど利便性の整った環境となっている。それらは民の生活基盤を向上させるに至ったが、戦争へ導入する技術としても優れたものであった。またいつ戦争が始まっても不思議でない。誰もがそう察していた。
しかし、そんな両国が無視出来ない事態が巻き起こる。それが「魔物」と呼ばれる新たな種族の出現である。
魔物は人間と魔族、そのどちらにも属さず、本能の赴くがままに破壊と蹂躙を繰り返す生物だった。魔力を用いた戦争の影響なのか、まるで既存の動植物が突然変異を遂げたような見た目をしており、突出した個体の力は時に魔族をも上回る。両国に第三の勢力が現れた瞬間であった。
それに伴い、人間界では魔物の討伐を生業とする「冒険者」という職業が新たに生まれ、各地に帝国騎士団や王国軍団などの防衛組織が配置される事となる。
勇者一行の定義も大きく変化し、本来の目的であった魔族の打倒ではなく、”各地に蔓延る魔物の脅威から民を守る”ものとして、救済を目的とした任が国から義務づけられるようになった。
対して、魔族界も魔物の存在を軽視するわけにもいかず、鎮圧に向けて”特殊な環境”を生み出して、同胞へ被害が及ばないように画策した。世は停戦状態だが、争いの種は少しも尽きてはいない。この瞬間にも、世界のどこかで誰かが悲劇に見舞われている。
女神は次なる英雄を選定し始める。まるで神々が盤上の駒を操るかのように、時代の波が移り行くのを目撃して、地上の誰かがこう言った。
──天界のハルジオンと。