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09. 友人探して廃墟を巡る

 大規模な銃撃戦が発生した翌日、大方の予想通り周辺地域の小中高の学校は休校となった。凶悪犯が逃亡中だからなのだが、大半の無邪気な学生達はただただ喜んでいる。


 朝早くに不要な外出は控えるようにと学校グループメッセージで通知されたが、カイトとマナブはその通知を無視してトオルを探すために安物の傘を片手に家を出ていた。そして今は電車に乗って移動している。


 空はかなり曇っているものの、昨夜降っていた雨は幸いやんでいた。首都圏ではあるのに車窓には田畑がポツポツと見え始め、かなり郊外まで来てしまったなとマナブは感じている。


 当初トオルとマナブは、今日もトオルの生活圏内でトオルが行きそうな場所を片っ端からまわってみるつもりだった。

 しかし二人が持つ端末(AI)が状況を一変させる。急にトオルの居場所を示したのだ。昨日はどれだけ見せても認識できなかったニュース映像内のトオルも、何故だか今日は認識できていた。


 多くのAIは使用者が何も指示しなくても、分からないことがあれば勝手に学習してくれる。

 だから二人の端末(AI)も一晩かけて勝手に学習したのだろうとカイトは思い深く考えなかった。目的を達成できるのならAIの技術的な話などカイトにはどうでも良いのだった。


 カイトとマナブは御影(カイトのAI)の指示で電車を降りる。

 御影は中世的な声をしている。カイトが端末(AI)を購入したとき、本当は女性AIを求めていた。しかしパートナーAIに女性AIを使用している男はモテないと聞いて、仕方なく妥協して中性(タイプ)を選んだのだ。

 対してマナブの端末(AI)は男性(タイプ)であり特に名前も付けていない。


 電車を降りると濡れたコンクリートの臭いがムワッと広がった。まだまだ春前だというのにかなり蒸し暑い。

 改札を出てカイトは改めて端末(AI)に表示されている地図を確認する。そこにはトオルが居るかもしれないという候補地点が十カ所以上表示されていた。

 何故端末(AI)がそこにトオルが居る可能性があると判断したのかは分からない。しかしあてもなく町をさまようよりも可能性がある場所をまわった方が効率的だろう。


 カイトが地図を見ながら歩き始め、マナブがそれに続く。

 目をカメラに換装している人なら視界に直接ナビゲーションを表示できるらしい。視界に写る道に直接、進行方向を示す矢印や目的地までの距離を表示してくれたりするのだ。

 しかしカイトもマナブも目は生身のままのため、そういったナビゲーションは受けられない。

 目や(あたま)を弄る機械化は、事故で怪我をしたなどの理由がない限り十八歳まで禁止されているのだ。学生の場合は通う学校にもよるが、基本的に卒業まで禁止である。


 目をカメラにしてしまえばカンニングなどし放題であろうし、(あたま)を弄れば勉強などしなくてもテストで高得点を取れるだろう。だから禁止は仕方がないのかなとカイトもマナブも考えている。二人はせいぜい買物時の支払いが自動になるプリペイドチップを体に埋め込んでいる程度しか機械化していない。



「ちょっと君達ぃ? 学校はぁ?」


 カイトとマナブはビクッとして声の方を向いた。

 幸い声を掛けられたのは自分達ではないらしい。二人組の警官が三人組の高校生らしき年齢の男女に声をかけていた。


「えー、今日学校休みですぅ」

「そーそー、なんか昨日途中で帰らされたしー」


「でも外出制限出てるでしょ。駄目だよー、用もないのに出歩いちゃぁさぁ」


「えー、それって法的拘束力ないんでしょ? 別に出歩いても良いじゃん」

「そーそー」


「駄目駄目。近くに銃撃戦するような凶悪犯がまだ潜んでるかもしれないんだから」


「えー? でも一般人に被害出てないんしょ?」

「ってかウチら超重要な用事あるし。ガチで」

「ねぇ?」


 大声で笑いあう三人組を警官はうんざりした顔で眺めた後、無言で頷き合う。


「じゃぁちょっと、その超重要な用事ってのを署で詳しく聞かせてもらおうか。さぁ、ほら」


「え、ガチ? これって補導?」

「うっわ、えっぐ! 休みの日に家出たら捕まえるとか、そんなの許されて良いのかよ!?」


 カイトとマナブは警官に連れられていく三人の男女を物陰に隠れて見送った。

 どうやら警察に見つかると自分達も補導されてしまう可能性があるらしい。これでは堂々とトオルを探すことができない。


 カイトはできれば今日中にトオルを見つけたいと思っている。明日からは本格的に雨が降り出すらしいからだ。まだ三月なのに早くも梅雨に入るのかもしれない。

 雨は関係なくても早く友人に会って安心したいという思いもある。会って何ができるのかなんて考えはカイトにはなかった。


「おい、どうする?」

 マナブが訊いてくる。


「警察に見つかったら面倒っぽいな。でもまぁ、気を付けて隠れながら進めば大丈夫っしょ」


 カイトはマナブより遥かに楽観的だ。幸い御影(AI)が示しているトオルの居場所候補は全て繁華街から外れている。とっとと駅前を離れれば、遊び場所もろくになさそうな場所まで警察も見回りに来ないだろう。

 そう思ってカイトは物陰から出た。


「あ、やべ」


 しかし先程の警官二人がまだそれほど遠くに行っておらず、一人がこちらを振り返っていた。

 完全に目が合った。カイトはそう思ったが、警官二人は三人組を連れてそのまま行ってしまった。


「はぁ、良かった」


 警官も忙しいのかもしれない。三人組を連れていく最中であったし、それに大きな事件が起きたばかりなのだ。おそらく見逃された。カイトはそう感じた。

 そして、多少見つかっても問題無さそうだなという持ち前の楽観的考えも湧いてきていた。


「おい、気を付けろよ」

「わりぃわりぃ。じゃ行こか」


 カイトは全く悪いと思っていなさそうな笑顔でマナブにそう応え、改めて地図を見て歩き出した。



「ここ?」


「ああ、ここ」


「マジ?」


 一つ目の候補は三階建ての廃墟だった。窓ガラスなど一枚も残っておらず、元が何の建物だったのかすら判別できない。ガラスの無い窓から内部が見える筈なのに、曇り空の下では建物内部は真っ暗で何も見えなかった。

 マナブはかなり及び腰になっている。


「なぁ、ちょっとこれは……、準備が必要じゃない?」


「ん?」


「ほら、懐中電灯とか」


 二人は端末(AI)と傘しか持ってきていない。プリペイドチップを体に埋めているため財布すら持っていない。

 先日から断続的に発生する通信障害のためプリペイドチップが使えない可能性があるため、カイトは部屋から発掘した唯一の現金である五百円玉をズボンのポケットに忍ばせているくらいで、他には本当に何も持っていなかった。


 端末(AI)にはライトも付いているが、目の前の廃墟を照らすには心もとないように思える。

 マナブが端末(AI)に廃墟探索に必要そうな物を訊ねた。


「んー、懐中電灯と、それにマスクと手袋もあった方が良いって。あと虫よけスプレー。あー、それから今俺ら半袖シャツだけど長袖にした方が良いらしい」


「ええ? 一回帰ってまた来たら結構な時間ロスだぞ」


「だいたいコンビニで揃うって。一回出直そう。な? 端末(AI)もそう言ってる。あ、ほら、国道に出ればでかい店あるっぽいし」



 国道沿いにあった総合ディスカウントストアで色々と買い込んだ二人は、再び廃墟まで戻ってきた。


「えぐい程時間かかった……」

「ごめん、思ったより遠かったな……」

「いや、こっちこそ。それに良いの買えたしな」


 かなりの距離を徒歩移動した二人はすでに疲労困憊だ。

 気を取り直し柵を越えて敷地内に侵入した。廃墟とは言え不法侵入だ。

 膝まで伸びた草を掻き分け建物まで進む。


「うっわ、めっちゃ濡れるじゃん」


 昨晩に降った雨で濡れていた草を掻き分けたため膝下がかなり濡れてしまった。地面もぬかるんでおり非常に危険だ。

 建物の入り口まで来るとだんだんと恐怖が込み上げてきた。中まで草が生い茂っており、カイトとマナブはまるで肝試しに来た気分になる。二人は幽霊など信じていないが、それでも暗闇は怖いのだ。


「んじゃ、超高輝度ライトってのの明るさを試してみますかな。って、うお」


 カイトが買ってきたとても明るいことがウリのライトを点ける。すると建物奥までハッキリと見える程の光が広がった。


「うっわ、ガチでめっちゃ明るいじゃん! ウケる」


 マナブが買った普通の懐中電灯は精々数十メートル先までしか光が届かないのをみると、その違いは一目瞭然だ。

 その明るさに二人は無理やりテンションを上げ、恐怖に打ち勝とうとする。



「おーい、トオルー!」

「トォルー!?」


 一階をまわりきったがトオルどころか人影すらない。そのため二階に進もうとしたが、階段が今にも崩落しそうなので進むことに躊躇した。


「なぁ、冷静に考えてここには居なくね? もし居たら外から光くらい見えると思うんだけど」


「いやでも、警察とかに見つからないように隠れてる可能性あるじゃん?」


「この地点にトオルさんが居る可能性は低くなりました。次の候補を探索されることを推奨します」


 二人が話し合っていると突然、中性的な声が発された。御影(カイトのAI)の声だ。声に反応してカイトが端末(AI)を見ると、十カ所以上表示されていたトオルの居場所候補がわずか三カ所に減っていた。


「あれ? 御影っち、なんで候補減ってんの?」


「これまでの状況を整理し、より確度の高い候補地に絞り込みました」


「ふーん、ありがと」


 カイトもマナブも御影がどういう情報からどう判断して候補地を絞り込んだのかは理解していない。しかしその判断を疑うようなことは微塵もなかった。AIとはいつも人間より正しい判断をしてくれるモノだという考えがあるからだ。


 そうして一カ所目の廃墟を出て絞り込まれた候補地に行ってみたのだが、そこにもトオルは居なかった。その後遅めの昼食を取り、通算三カ所目の候補地を探索中、異変が起きた。

 暗闇の中から懐中電灯の光に照らされてふわりと白い物が現れたのだ。何かが空中をふわりふわりと漂いこちらへ近付いてくる。


「おわ!?」

「うっわ!」


 二人は思わず逃げ出した。

 数メートル逃げたところで、後ろを振り返っても何もないことに気付きようやく立ち止まる。


「くそ、なんなんだよ」


 再び懐中電灯を当ててみると紙ヒコーキが落ちていた。さっきは絶対に落ちてなかった筈だ。

 カイトはおそるおそる戻りそれを手に取ると、その紙ヒコーキには文字が書いてあった。紙を広げて内容を確認する。


「端末の電源を切れ? どゆこと?」

「なになに?」

「ほら、これ」


「うわ、結構長文じゃん。えっと……、端末の電源を切れ。最寄駅で電車に乗り一つ北の駅まで移動しろ。西口改札から出て地下街を通り一つ目の公衆電話ボックスに入れ。絶対に地上へ出るな。トオル」


「トオル!?」


「いや、でもトオルの字じゃないぞこれ。手書きだけど字が綺麗過ぎる。まるで印刷だ」


「ホントだ。でもここに来て偶然なんてあり得ないだろ。ってかこれ飛んできたってことは……」


 マナブはそう言って紙飛行機が飛んできた方向に顔を向ける。そしてカイトは高輝度ライトの光を向けた。しかし誰も居ない。何もない。


「トオル?」

「おい、そこに居るのか?」


 返事はない。物音もしない。尻込みしながらも進んでみたが、やはり誰も居なかった。


「おい、どうする?」


「……従ってみるしかないんじゃないの? 御影っちはどう思う?」


「お勧めしません。指示に従うにしても、せめて端末(わたし)の電源は入れておくことを推奨します」


「ほら、端末(AI)もお勧めしないって」


 マナブは乗り気でなく御影(AI)も反対している。

 普通に考えればこんな紙切れの指示に従うなんて危険だろう。しかし、ようやく見えた進展だ。今のところこの紙ヒコーキ以外に成果はない。指示内容だってただ移動するだけだ。従ってみて損はないのでは。カイトはそう思う。


「……いや、従おう。マナブも電源切れ」


 カイトはそう言って御影(AI)の電源を切る。御影(AI)を購入して四年程になるが、御影(AI)の提案を完全拒否するのは今回が初めてだった。


「マジかよ……。なぁ、カイト。……ごめん」

「ん?」


「俺、帰るわ」

「……」


 マナブは暗い顔で目線を合わせずポツリと呟いた。カイトは何も答えられない。今回の件では薄々温度差を感じていたのだ。何処かしようがないという思いもある。


「だってさ、ほら。冷静に考えてみろよ。確かにトオルは心配だけど、だからと言って俺達が見つけてもさ、何もできなくない? トオルが爆弾魔だなんて思ってないけど! でもトオルを警察から匿うなんてのも何か違うと思うし! 正しいなら捕まっても無罪になると思うんだ!」


 マナブの言い分が廃墟に響く。

 確かにトオルは心配だが、だからと言ってマナブを危険に晒して良いのかという思いもある。警察が絡む事件なのだ。下手に関わるとことらも犯罪者になりかねない。


「わかった。俺一人で行く」


「ごめん……。ホントごめん」


 マナブは小さな声で謝った。誰も居ない音のない廃墟だというのに、辛うじて聞き取れるかという程、マナブの声は小さかった。罪悪感を感じているのだろう。


「謝まんなよ! こっちも悪かったって。ま、ちょっと移動するだけみたいだからさ、たぶん何もないよ。結果は明日知らせるわ」


 カイトは必要以上に明るく振舞う。

 そうしてカイトとマナブは別れたのだった。



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