08. 雨だとラッキー
夜になってトオルとアルは雑居ビルの一つに身を隠していた。トオルがアルと出会って二回目の夜となる。
アルは昨晩のようにまた何やら作業をしていた。どうやらA-インダストリ施設への入館証を作成しているようだ。
作業着や首掛けカードケースを入手した後、アルはゴミ捨て場から交通系ICカードを拾ってきていた。それに印刷した入館証の紙を綺麗に張り付けている。よく見れば表面が紙だと分かるが、遠目に見ればプラスチック製の入館証カードにしか見えない。
おそらくICチップの中身も入館証のデータに書き換えているのだろうとトオルは思った。
そしてトオルは、これまたアルがどこかから盗んできた菓子パンを食べている。二日続けて菓子パンのみだがトオルに不満はない。
もともとトオルはそれ程食べる方でもなく、食に拘りがある訳でもない。貧乏な母子家庭で育ったトオルにとって、食など死ななければ問題ない燃料補給という認識だった。多少賞味期限が切れていようが味に違和感がなければ普通に食べるのがトオルだ。
アルの体からは部屋の壁に向けて光が伸びている。アルの体に搭載されているプロジェクター機能でニュース映像を投影しているのだ。そこにはアルとトオルが銃撃を掻い潜って逃走する映像が映っていた。
その映像は、アルが網をなげて文字通り相手ロボットを一網打尽にしているシーンや、移動のついでとばかりに地上ロボットを蹴りつけているシーンで、意図的にアルとトオルが悪者であると印象付けるシーンばかりとなっていた。凶悪犯逃走中とテロップも付いている。
そしてアルが以前言っていたとおり、相手ロボットは全て警察所属ロボットに映像加工されていた。ディープフェイクという技術だろう。
映像や画像の加工技術が進んだ現在、アメリカではデジタル映像やデジタル写真に法的証拠能力はないとされている。しかし人々は未だにゴシップ映像や写真に一喜一憂して噂話に花を咲かせていた。
しかも日本では未だにデジタル映像やデジタル写真に法的証拠能力があるのだ。監視カメラに犯罪現場が映っていれば、それを証拠に犯人を逮捕できる。
警察所属ロボット相手に大暴れしているアルとそのアルに抱えられているトオルの映像があれば、警察は大手を振ってトオルを逮捕できるのだ。
「ラッキーですね。明日は曇り時々雨、そして明後日は一日中雨のようです」
作業を継続しながらアルはそう言った。映像を見ても天気予報など表示されていない。少し前、アルはTVとラジオを同時並行で確認していると言っていた。おそらく週間天気予報を別チャンネルかラジオで確認したのだろう。
「雨だとラッキーなの?」
そう言えばそろそろ梅雨に入ってもおかしくないなとトオルは思い出した。
昔の梅雨は六月に纏めてきていたらしいが、地球温暖化の影響により異常気象が常態化した現在、梅雨は四月中旬と七月初旬の二回に分けてやってくる。
今はまだ三月で少し早いが、異常気象が続く昨今、三月に梅雨に入ってもおかしくはない。
「所属不明とは言えあれ程多くの軍事ロボットが出てきたのです。偽装布の効果も無効化が予想される明日以降、私達は軍事衛星による空からの監視にも気を付けなければならなくなりました。しかし雨なら傘をさすことで衛星画像を誤魔化せるでしょう」
温暖化の影響で日差しが強くなり、日本で男が日傘をさしても違和感を持たれなくなって百年近く。晴れの日にトオルが傘をさしても怪しまれはしないだろう。
しかしアンドロイドであるアルが日傘をさすのは誰から見ても違和感しかない。
防水技術が発達した現在、メカメカしい安価なロボットならいざ知らず、比較的高価なモノが多いヒューマノイドタイプが水に弱いなんてイメージは誰にもないのだ。
「さて、完成しました」
そう言ってできあがった二つの入館証の一つをアルはトオルに渡してくる。トオルはそれを受け取って礼を言うが、アルの腕はトオルに向けて差し出されたまま引っ込まなかった。
「今晩中に偽装布の模様を改良します。あまり改善は望めないかもしれませんが、何もしないよりはマシでしょう。布をこちらに渡してください」
「ああ、うん。分かった。お願い」
「ふふ、承りました。明日は雨ですからね。ついでに防水加工も施しておきましょう。こうなると正にレインコートですね」
布を渡しながらトオルは少し驚いた。
今、アルは確かに笑ったと思う。これでAIには感情がないなんて言われても信じられない。
「どうしましたか?」
「あー、いや。何でもない」
「おかしな態度ですね」
トオルはまた赤面してしまう。
アルは確か、物事に対しての人間反応、AIはそれを学び演技しているに過ぎないと言っていた。でも、人間の感情だって過去の経験が大きく影響している筈だ。
AIの演技はもう、傍から見ている限りは感情にしか見えない。
それに人間でも感情を演技している人は多いと思う。
運動部のクラスメイトが嫌いな先輩の前で笑顔でいるのを見たことがある。仲が良いのかと思っていたのに、その先輩が居なくなった瞬間に文句が山のように出てきて驚いたものだ。
人間の演技とAIの演技の違いって何だろう。人間の演技はそれが本心じゃないのに対し、AIの演技はそれが本心? いや、感情無しの演技なんだから本心とは言えないのか。
トオルにはやっぱりよく分からない。
「ねぇ、アルって今楽しい?」
「楽しい? 現在特にそういった感情を出力しておりませんが。どうしてそのようなことを訊くのです?」
「いや……、だって笑ってたから」
「笑ってた? 私が?」
「うん」
「そう……、でしたか」
「うん」
それきりアルは無言になった。
トオルも何か話を振ろうにも、なかなか話題が出てこない。気まずさを感じる。
冷静に考えれば明日以降の行動予定を話し合っておくべきだ。思い返せばA-インダストリのどの施設に侵入するのかすらまだ聞いていないのだから。
そう思いついて話しかけようとしたところで、アルに遮られた。
「明後日は雨が降ります」
「うん?」
「侵入は明後日にしましょう」
「あ、うん」
「もう、寝た方が良いですよ」
「うん……、分った」
◆
トオルとアルが銃撃戦を繰り広げたその日、夜になる前、カイトとマナブの二人はトオルを探してあてもなく町をさまよっていた。
「やっぱ見つかんねーなー」
「そりゃなー。警察やマスコミだって見つけられてねーんだし」
マナブは空を見上げた。そこには警察ヘリや報道ヘリがひしめき合っている。よく見るとかなり多くのドローンまで飛んでいるようだ。プロペラ音が煩くてしょうがない。
学校を出て二人がまず向かったのはトオルのアパートだった。トオルの部屋はそのアパートの二階、端から二部屋目だった筈。
そこはブルーシートに覆われよく見えなかったが、隙間から覗くとえぐり取られたように吹き飛んでいるのが見えた。端的に言ってぐちゃぐちゃだった。
しかしよく見ようにも黄色い規制線テープが張られ警察関係やマスコミ関係の人間やロボットが大量に居るため近付けない。
カイトとマナブの二人が遠目に見たところでトオルの行方のヒントなど得られはしなかった。
しかし二人はそこで違和感を感じる。
ニュースでは室内で密造されていた爆弾が誤爆したということになっていた。しかし最も被害が大きい箇所は、どうも玄関前に見えたのだ。玄関ドアの残骸が室内に見えたようにも思う。室内で爆発したのなら玄関ドアは外側へ吹き飛んでいる筈だった。
それを確認しあった二人は、やはりトオルは爆弾魔じゃないという嬉しい思いと、警察やマスコミがそんなことに気付かない筈がないという焦りが込み上げてきた。
気付いた上でトオルを犯人と報道しているということは、トオルが犯人じゃないと分かっていて犯人に仕立て上げようとしているように思えたからだ。
「んー。御影っちさー、他にトオルの行きそうな場所とか分からない?」
カイトは自身が持つ端末に御影と名前を付けている。カイトその御影にトオルの居場所を聞いてみた。
「これ以上の予測候補はございません」
中性的な音声がカイトに答える。
学校内では教師に見つからないよう文字入力により端末とやりとりしていたカイトだったが、学校外なら堂々と音声でやり取りしても問題ない。
カイトがトオルの居場所を御影に訊いたのはこれが最初ではなかった。最初はいくつかの候補を教えてくれていたが、それらをまわってもトオルには会えなかったのだ。
当然マナブも何度か自身の端末に訊いてみていはいるが、結果は思わしくない。
「んー」
カイトは唸る。
昨日トオルと別れるまでの事を思い出してみても、特に何もおかしなことはなかったように思う。ただコンビニに行って買物して、そして別れただけだ。
トオルが何か大きな事件に巻き込まれたのは間違いない。コンビニで別れた後トオルに何か起こった筈だ。
当然、カイトとマナブはそのコンビニからトオルのアパートまでの道も確認した。何度か往復して何かないか調べてみたのだ。しかし何も分からない。
コンビニとトオルのアパートの距離は短く本当に何もないただの住宅街だ。強いて言えば広めのゴミ捨て場が一つある程度。
道中にいくつか監視カメラを見つけているが、まさかただの高校生二人が監視カメラの映像を見せてくれと言っても見せてくれはしないだろう。そもそも誰に頼めば良いのかも分からない。
カイトとマナブも当然トオルとアルの銃撃戦ニュース映像は観た。そして確かにそこにはトオル以外に高性能と思われるロボットらしきモノが映っていた。そのロボットがトオルを抱えて銃撃の中走り回っていたのだ。あんなモノをトオルが持っているなんて信じられない。
あれ程機動力のあるロボットを買おうとすれば、いったいいくらかかるのかカイトには見当もつかない。たまに動画サイトで高性能ロボットの紹介映像を観るが、あそこまで動きの良いロボットなんて民間用であっただろうか?
トオルはコンビニでの買い物すら躊躇する程金欠だった筈だ。そんな高性能ロボを購入できるとは思えない。
いったいあのロボットは何なのか。
「でもやっぱ、おかしいよなぁ。御影っち、まだニュース映像のトオル認識できないの?」
アルとトオルの銃撃戦ニュース映像はネット動画サイトに既に多く出回っている。カイトはそれをダウンロードして御影に解析させようとして試みていた。
しかし結果はなんと、映像にアルとトオルは映っていないという回答だったのだ。
端末は、内蔵されている画像処理AIが学習していない物体を映像や画像から認識することはできない。しかしそのような場合、自動でネットからそれを学習済みの学習モデルをダウンロードして適用する。認識できなくてもすぐに認識できるようになるのだ。
該当する既存学習モデルがない場合でも、オープン機械学習サーバに学習させることで学習モデルを新たに作り得ることができる。そうしてその学習モデルは全世界の他AIにも共有されるのだ。
そしてその内部処理を使用者が意識することはない。
だからカイトは御影に映像や画像を見せて、それが何か分からないなんてことはこれまでなかった。
ネットの情報ではAIが映像や物体を認識できないとき、時間をおけばすぐに認識できるようになると書いてあった。しかしもう何時間も経ってるのに未だに御影は映像からトオルを認識できていない。
それどころか御影はその映像にトオルは映り込んでいないと言うのだ。訳が分からない。こんなに派手なレインコートを着ているのに。
そして、マナブの端末も結果は御影と同じだった。
当初、カイトはなんだかんだ言ってトオルを見付けられると思っていた。何故なら御影に訊いて解決しなかった問題がこれまでなかったからだ。中学二年からの付き合いだが、今まではどんな問題だって明確な答えを出してくれていたのだ。
カイトは途方にくれる。
カイトとマナブは何の成果も得られないまま、ただひたすら町をさまよった。そうして空が暗くなった後、ポツポツと雨が降ってきてしまった。
「カイト、今日はもう帰ろう。また明日探そうぜ。まだ正式に決まってないけど、たぶん明日も休校だって学校サイトに出てるしさ」
トオル達が通う学校が運用しているWEBサイトのトップページには、赤字で大きく明日登校するかは七時までに改めて決めて連絡すると書かれている。トオル達が通う以外の周辺の学校もおそらく休校となるだろう。
日本での大規模銃撃戦はこの時代でもそれくらい大きな事件なのだ。
「ああ……、うん、分かった」
カイトも帰宅に同意した。




