07. 大手を振っての入館作戦
その日、トオルが通っている学校では朝に緊急で全校集会が行われた。
昨夕、在校生の自宅が爆発事故で吹き飛ぶという事故が発生し、それがただの事故ではなく違法爆弾製造中の誤爆である可能性があると朝のTVニュースで放送されたのだ。
トオルが通う学校の教師陣は爆発事故は把握していたものの、トオルの爆弾魔疑惑は寝耳に水であり、朝から保護者やマスコミからの問い合わせで大忙しとなってしまった。
「おいマジかよ。二年のアイツだろ? あのパッとしないちょっとナヨっとした奴」
「俺知ってるぞ。ああいう奴はいつか犯罪犯すと思ってたよ」
学校中の生徒がトオルに関して好き勝手に噂話をしている。それを見てあまり多くはないトオルの親友であるカイトとマナブは苛立った。
「トオルが爆弾テロを企ててたって? そんなワケあるかよ。皆テキトー良いやがってさ」
「そうだよ。自宅で爆弾製造疑惑つってもワイドショーが勝手に言ってるだけで警察の正式発表は何も無いんだろ? 視聴率取りたいだけで面白おかしく有ること無いことぶっこいてるだけだって」
しかしそんな状況の中、さらに大きな速報が入ってくる。
一人の生徒が突然大声を上げた。
「おいおいおい! ネット見てみ! 近くで銃撃戦だって!」
「え、マジ!?」
第一報を受け各自が各々の手段で事件の詳細を調べ始める。そして件の爆弾テロ犯疑惑のあるトオルが警察相手に派手に銃撃戦を繰り広げ逃走したという情報が学校中を駆け巡った。
「機動隊ロボ相手に一人で撃ち勝ったとかガチ?」
「えっぐ! なんか超高性能な凶悪AI使ってるらしいよ?」
「徒歩で逃走だって。機動隊ロボ相手に徒歩で逃走とかヤバくない? めっちゃ強者感あるじゃん」
「いやー、でも広範囲の検問設置したって。流石にすぐ捕まるでしょ」
この時代でも日本は拳銃を一発発砲しただけで大きなニュースとなる。それなのに自分たちの住む町で銃撃戦。多感な高校生達のテンションが上がらない筈なかった。
「ちょっと男子! 不謹慎だよ!」
正義感の強い少数の生徒が反感の声を上げるが、死者負傷者が一人も出なかったことにより大部分の生徒において不謹慎という感情は限りなく薄く、ただの物珍しいイベントと捉えられている。そのため彼ら彼女らのテンション上昇には歯止めがかからない。
「チッ、何が超高性能な凶悪AIだよ。そんな訳あるか。アイツは端末も持ってないんだぞ」
「ああ。未だにスマホで連絡取ってくるような奴だもんな」
――ピンポンパンポーン
「先程、この近辺で、凶悪事件が発生しました。そのため、県警から本校を含むこの付近一帯に、外出制限のお願いが発表されました。生徒の皆さんは、速やかに帰宅し、自宅から出ないようにしてください」
「うおおおお!?」
「ひゃっはー!」
「いぇー! 授業なくなったぁ! 帰れるぅ!」
「うぉぉ! 二年の何とかって言う爆弾魔ありがとー!」
珍しいタイミングで鳴り始めた校内放送に耳を傾け静かになっていた生徒達は、速やかに帰宅という言葉を聞き取り一気に騒がしくなる。
授業がなくなり帰宅できると聞いて、遊び盛りの勉強嫌いな一年二年の生徒達が一斉に喜び始めた。ただし卒業間近の三年の半数程度は複雑な感情だ。
「繰り返します。生徒の皆さんは、速やかに帰宅し……」
「おーい、カラオケ行こうぜ!」
「マジ? 帰らんの?」
「大丈夫だって。包囲突破して遠くに逃げたんでしょ? この辺はもう安全だって」
「なー、俺らも遊びに行こうぜー」
「お、良いね」
突発的に授業が無くなった生徒達は、各々の仲良しグループで遊びに行こうとする。日本では事実上、罰則適用可能な外出禁止令は法的に発令不可能であり、警察からの外出制限はあくまでお願いであって禁止ではない。
生徒達は皆それを理解していた。
「チッ。なぁ、マナブ。トオル捜しに行かん?」
「え、マジで言ってんの? 警察も見付けられてないんだぞ。メッセージ送りまくっても返信どころか既読すら付かないのに?」
「んー、何とかなるって。根拠はないけど」
カイトは自身の端末へ相談した結果をマナブに見せる。そこには探した方が良いとの回答が示されていた。
学校への端末持ち込みは禁止されているが、誰もそんな校則など守ってはいないのだ。
「マジか。……よっしゃ、探そか。友達だもんな!」
トオルを捜すことを決意したカイトとマナブの二人は教室を出る。
正門前には早くもマスコミが集まってきていたが、ぞろぞろと帰宅していく他生徒達に混じってマスコミに声をかけられることなく学校を出たのだった。
◆
その頃トオルとアルは、ビルとビルの間の路地とも言えない狭い隙間に身を隠していた。逃走中に展開していたアルのジャミングは、ここに来るまでに既に切られている。
――バラバラバラバラ
トオルが上を向くとビル間の細い空をヘリコプターが横切っていくのが見えた。聞こえてくるプロペラ音からそこそこ多くのヘリが飛んでいるのだろうことが分かる。銃撃された現場から相当離れたここですらこの有様だ。銃撃現場はさらに多くのヘリが飛んでいることだろう。
「ニュースによりますと、私達が県警の管区機械化機動隊と銃撃戦を行ったことになっているようですね」
「銃撃戦て、一方的に撃たれただけなんだけど……。ニュースって何時確認したの? さっきWi-Fiに繋いでたとき?」
「いえ、現在視聴中です。私は通信分野に特化した個体とお教えしていたでしょう? 小型TV放送受信アンテナも当然搭載しています。同時並行でラジオも確認中ですよ。TVやラジオは良いですね。いくら視聴してもこちらの受信履歴が相手に伝わりません。今飛んでいるヘリも大半は報道ヘリのようです」
「ふーん。ねぇ、あれって警察の機動隊ロボだったの? あのトラック、警察車両には全然見えなかったけどなぁ。自衛隊って言われた方がまだしっくりくる見た目だったよ」
「ええ、管区機械化機動隊ではあり得ません。地上走行タイプは自衛隊配備機によく似ていましたが細かい箇所が異なっていました。おそらく自衛隊所属でもないでしょう。所属不明機です」
アルは忙しなく周囲を見回しながら答える。先程の警備員のように何かの接近に気付けないという失態は二度と起こす気などないのが、その態度から見て取れる。
「しかしニュース映像では、私たちが相手しているモノは管区機械化機動隊所属機体になっています。映像加工されていますね」
トオルは頭が痛くなってきた。
国中が敵となる可能性があるとは思っていたが、当然のようにニュース映像も加工されるとなると、もうトオル個人では疑いを晴らすことなんてできないだろう。
「それにしても、私の特性はかなり正確に相手に把握されてしまっているようです。目立ち過ぎましたね。まさか、第二世代コードレス電話システムを持ち出してくるとは思いもよりませんでした。ジャミングを何度も展開している私が言うのも何ですが、1.9GHz帯電波を無許可で噴くことは電波法に抵触します」
「へぇ、そうなんだ」
トオルとしては、無断で昔の通信を行うよりも何度も広範囲に通信障害を起こしているアルの方が重罪に思えたため、気のない返事となってしまった。
「ところで何時までここに居るの? 追手は来てないっぽいけど」
「しばらくお待ちください。現在データ解析中です」
トオルがボーッとアルを眺めていると、しばらく後に突然またアルが喋り始めた。
「暗号の複合化に成功。パケットから送受信データ組み立て。データサイズと一致するバイナリ列検索。検出、データサイズ情報位置特定。ヘッダ部またはデータ部のサイズとヘッダ内バイナリに一致するバイナリ列の組み合わせを検索。検出、データ部先頭位置特定。ヘッダ部情報確認。先頭バイナリ列に該当する公開情報なし。データ部文字コード解析。……該当文字コードなし。独自プロトコルまたは独自ファイル形式の可能性大。データサイズも想定される通信内容に比べ非常に小さいですね。なるほど」
「なになに? 何か分かったの?」
「分からないことが分かりました。おそらく敵は独自言語を創作して会話しているのでしょう。人間に理解させる気はない言語のようですね。文字単位ではなくビット単位での言語のようです」
「なるほど、分からん」
人が誰かと音声通信する場合、その音声をデジタル化して送受信する。
どのような手法でデジタル化するのかによって送受信されるデータサイズは変わってくるが、その一音をどこまで圧縮したとしても、データの最小となる1ビットまで圧縮することは不可能だ。故に会話データはどうしてもそれなりのデータサイズになる。
しかしAI同士で会話する場合、声である必要は全くない。その会話は1ビット毎に意味を持たせることも可能なのだ。故に先程敵が行っていた通信のデータサイズは異様に小さかったのだろう。それは最早、独自の通信規格と言っても過言ではない。
「珍しいことではありません。AIのみで集団行動させた際に独自言語が産み出される現象はこれまでもしばしば観測されてきました。人間的に言いますと、稀によくある、というやつですね」
トオルは少し口角が上がる。
アルのことがなんとなく理解できてきたトオルは、最後の言葉はアルなりのギャグなのだろうと感じたのだ。おそらく自分を笑いでリラックスさせてくれようとしたのだろうと。
しかしかなり古い言い回しだ。全く面白くはなかったが、その気遣いは嬉しいとトオルは思った。
「ところでさ、あっちはどうなったの? ほら、A-インダストリからダウンロードしたデータ」
「そちらの解析は済ませてあります。この近くにA-インダストリと取引のある小さな町工場があるようですよ。まずはそこで作業着を入手しましょう」
「どういうこと? あ、A-インダストリに侵入するのに変装するってこと?」
「その通りです。トオル、私達が今被っている偽装布、これは明日以降あまり効果を発揮できなくなるでしょう。不運にもこの模様を人間に認識されてしまいました。あの人間の警備員は今頃アノテーション作業を強制されている筈です」
「アノテーション作業?」
アルが移動を始めたので、その後を追いながらトオルは質問する。
「古い教師あり機械学習手法の一つです。記録された私たちが映っている映像をフレーム単位で連続画像にして、あの警備員はその画像一枚一枚に対し画像内の何処の部分が私達なのかマーキングする作業を実施させられているでしょう。そしてマーキングされた部分のドットパターンが私達であると機械学習するのです」
少し広めの裏路地に出てアルは背中のソーラーパネルを展開する。パシュッという小さい音が響いた。
「記録映像の半分をテスト用検証用にするとして学習用画像全てにアノテーション作業が完了するのが夕刻過ぎ。学習、調整、再学習といった一連処理完了が夜更け。そこから全AIへ学習モデル配布、適用が完了するのが明日早朝といったところでしょう」
話しながらも移動を続ける。外出制限が出ているため出歩いている人は極端に少ない。そのため人間に見つかる可能性は低かった。
「うーん……。詳しいことは分からないけど、要するにこの布の対策が明日の朝までに取られちゃうってことか。アルもトラックのアンテナを認識れなかったっぽいけど、そっちは対策しなくて良いの?」
「そちらは現状対策できませんね。トオルにアノテーション作業を実施していただくことは可能ですが、機械学習機能が私個人には搭載されていません。私が学習するには外部の機械学習用サーバを使用する必要がありますが、追われている現状では不可能でしょう。まぁ、一度こちらに通用しなかった手です。学習して認識できるようにしたところで、相手は同じ偽装基地局アンテナなどもう出しては来ないと思いますよ」
「そっか」
「それにあの基地局アンテナを学習して視認できるようになったとしても、別の物体に認識阻害を施されますと、そちらを私は認識できません。今回はアンテナでしたが、武装に認識阻害を施されるとかなり危険ですね」
「え、ヤバいじゃん」
「そうですね。そういった物が出てきましたらまたトオルに外観を確認して頂くことになります。頼りにしていますよ」
「え? あっ、うん」
トオルはこの一件を通して自分がお荷物でしかないと思っていた。まさか自分がアルに頼られることがあるなんて。相手は人間ではないのに、可愛らしい少女に頼られると男子高生のトオルはテンションが上がる。トオルは若干赤面していた。
「心配いりませんよ。私にはまだまだ奥の手が搭載されています。たとえばコレとか」
アルはそう言って左手をトオルに向ける。アルの手の平の中央には丸い何かが付いていた。
「何それ? 手の平からビームでも撃てるの?」
「ちがいます。これは分光測色計、色を計測できる測定器です。……まぁ、今は不要な話ですね。それより、ここからは大通りを渡る必要があります。報道ヘリに混じって相手方のヘリも飛んでいるようですから注意してください。トオル、少し失礼しますよ」
「わ」
アルはトオルをお姫様抱っこした。そしてジャンプを繰り返し建物を壁面や屋根を移動していく。ロボットとは言え少女にお姫様抱っこされるのは男として複雑な気持ちにさせられる。
しかしアルの顔を見上げても当然感情なんて読み取れなかった。
そうしてとある建物の屋上まで移動した。そこから一つの町工場が見える。シャッターが開けられており作業場が外から丸見えだった。裏手に洗濯物がいくつか干されており、幸運なことに目的の作業着も干してある。
銃撃された場所からかなり離れたためか、この周辺にはヘリも飛んでいないようだ。
「トオル、しばらくここで待っていてください」
そう言ってアルは背中のソーラーパネルを収納すると大きくジャンプし、町工場の近くへ着地して素早く侵入して作業着を奪取する。そしてすぐにトオルのもとに戻ってきた。さらにアルの手には作業着だけでなく帽子も握られている。
「さて、次はデータを印刷したいのですが。幸いこの周辺は開放的な中小企業が密集しているようです。条件の良さそうなプリンタを探してみましょう」
そう言ってアルは屋上から周囲の建物を見渡す。少ししてトオルを抱え別の屋上へ移動、また周辺を見渡すといったことを繰り返した。
「なかなか良い場所を見付けました。あそこです」
「んー?」
アルが指さした建物をトオルも見る。しかし何が良い場所なのか全く理解できない。周りの建物と同じようにしか見えなかった。
「まず、プリンタが窓際にありその窓が少し開いています。そしてそのプリンタはネット接続された複合機。そのまわりに人影が見えません。そして初期設定から設定変更されていないWi-Fiルーターを使用しているようです。では、またしばらく待っていてください」
トオルを残してアルはまた飛び出していく。そして好条件と言った建物二階の窓に張り付き手を伸ばして、そう思った次の瞬間には離脱して地面に着地、あっという間にトオルの所まで戻ってきた。
アルがプリンタを不正利用した会社は、サイバー攻撃を受ける程の規模や重要度の会社ではないためもともとセキュリティ意識が低かった。
その上、今は近くで大規模な銃撃戦が行われたという刺激的なニュースが入ったばかりで従業員は業務そっちのけで盛り上がっている。
そのためアルの早業には全く気付くことはなかったのだった。
「お待たせしました。印刷成功です」
「……何印刷したの?」
「侵入予定のA-インダストリ施設の入館証です」
「うへぇ」
「この周辺は宝の山ですね。次は首掛けカードケースを探してみましょう」
トオルはようやくアルが何をしようとしているのか理解した。取引会社の作業着を着て正式な入館証を持ち、大手を振って施設に入ろうとしているのだ。
トオルは学校で情報セキュリティの授業も受けている。しかしそこで習った内容は、セキュリティソフトをインストールして最新に保ちましょうとか、通信にはパスワードをかけましょうとか、データは暗号化しましょう、パスワードは分かりづらい英数字記号混じりの長い文字列にしましょう、外部接続型AIの使用は控えましょう、記憶媒体を持ち運ぶ際は盗難や紛失に気を付けましょう、そういった対策ばかりだった。
しかしアルが行った電話での情報収集や、これから行おうとしている入館証の偽装はそういった対策では全く防げないように思う。
トオルは公安って恐ろしいなと思った。




