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06. 古の通信技術

「さぁトオル、移動しますよ。偽装布のフードをきちんと被ってください」


 アルはSIM情報を戻して電源を切ったスマートフォンをトオルに返しながらそう言った。


「ついにA-インダストリへ行くのか」


 トオルは緊張してきた。フードにかける手が若干震えているのが分かる。


「いえ、ホテルです。近くに繁華街から外れた位置に建つ少し寂れたビジネスホテルがありますので。まずはそこに向かいますよ」


 荷物を担いで歩きだしたアルを見て、トオルも慌てて干していた制服と紙幣を回収して後を追う。


「ねぇ、どういうこと?」


 部屋を出ると外は明るかった。日光に当たるのはたった半日ぶりだが、トオルにはずいぶん久しぶりの日光に感じて目がくらむ。

 アルを見れば二枚の長方形太陽光発電(ソーラー)パネルが羽のように突き出していた。自身を稼働させるための電力を自家発電しているようだ。


「ホテルって、寝泊りならここで十分だよ。そのくらいボクに配慮しなくても大丈夫だって。あ、もしかして風呂入るとか?」


 ゴミ捨て場でアルを拾って爆発に巻き込まれ、水路で水に潜り廃ビルで一晩過ごしたのだ。トオルとアルの体は非常に汚れている。こんな小汚い人間とロボットがA-インダストリといった大企業に行けば怪し過ぎるだろう。

 だからトオルはまずホテルで体を洗うのかと思ったのだ。


「いえ、Wi-Fiをお借りしに行きます。五分以内に二段階認証を終えないと入手したPASSが無駄になりますからね。ほら急いで」



 誰にも会わないよう注意して裏路地を進む。監視カメラのある場所ではアルが背中のソーラーパネルを収納するため、バシュッ、バシュッというパネルの展開、収納音が定期的に小さく響く。

 アルのすぐ傍を歩くとパネルに当たりそうで怖い。トオルは少し距離を開けてアルの後に続く。


 急ぎ足で進んでいたトオルは、周りを見てこの風景に見覚えがあることに気付いた。

 昨晩はかなりの時間移動していたためここは自宅から相当遠い場所なのだと勝手に判断していたが、どうやらまだ自身の生活圏内のようだ。普段見慣れないメカメカしいトラックを何度も見かけること以外は非常に見慣れた風景だった。


 そうして三分とかからずに寂れたビジネスホテルまで移動したアルとトオルは、ホテル裏の路地に入って身を隠し、そのままアルは動かなくなってしまった。


「ねぇ、何してるの?」


「こういったホテルのWi-Fiは客の利便性を優先して接続PASSが分かり易くなっています。PASS総当たり(ブルートフォース)を仕掛けるまでもなく特定文字列のみで(ディクショナリ)トライ(アタック)で突破しやすいのです。SSIDがホテル名のAPに接続トライを繰り返しています。トオルは駄目ですよ。不正アクセス禁止法違反で捕まりますから。……接続成功」


 アルはホテルの壁に顔を向けたままトオルに答えた。


「え、それってフリーWi-Fiじゃダメだったの? ってか、接続してログとかからアルだってバレないの?」


「フリーWi-Fiは危険過ぎます。接続には一応MAC(物理アドレス)を偽装していますよ。A-インダストリ社内ネットワークへの接続は、気休めですが海外プロキシも経由しておきます。しかし二度目は無理でしょうね。今回の接続で可能な限り根こそぎ情報を頂く予定です。……A-インダストリ社内ネットワーク接続用VPNサーバ確認。VPNクライアント構築。接続、コード送信、二段階認証クリア」


 トオルには理解できないが、どうやらアルのA-インダストリ社内ネットワークへのハッキングが始まったようだ。


「ねぇ、ネット接続するなら公安に連絡すれば良いじゃ?」


「今は公安内部も信用できません。だから単独行動で捜査しているのです」


 件のAIが外部AIモジュールや外付けデバイスを介して国内にバラまいたマルウェアによる洗脳が、公安内部までは影響してないと言い切れない状況だ。そのためアルは公安や警察機関の支援を受けられない。


認証(ラディウス)サーバの存在を確認。パケット監視。認証情報確認。突破。県内のA-インダストリ社関連施設の構内見取図取得。想定されるAI筐体のサイズから設置可能な部屋を持つ施設を絞り込み。本社端末を経由して該当施設のローカルネットワークに接続。総務部情報確認。使用電気料金履歴取得。高性能AIの動作に必要な電力以上を消費している施設を絞り込み。該当三施設。該当施設の共有データサーバ内および共有ディレクトリ内のデータを全ダウンロード開始。……推定所要時間十三時間。時間がかかり過ぎますね。ダウンロードキャンセル。取得するデータを絞り込みます。ダウンロード開始、……推定所要時間四十四分。仕方ありません」


 アルはトオルに顔を向けた。ボーッとしていたトオルはその美貌に思わずドキッとした。


「トオル、申し訳ありませんがデータ取得完了まで一時間程お待ちください」


「う、うん。分かった」


「その間、ついでに私自身も充電させてもらいましょう。太陽光発電だけでは稼働電力が足りなくなるところでした」


 アルの視線の先のホテルの壁面には、雨に濡れないようカバーに覆われ下向きに設置されている100Vコンセントがあった。アルは体から引っ張り出した電源ケーブルをそのコンセントに挿す。


「トオル、そこは監視カメラの画角内です。いくら偽装布を被っているとは言っても騙せるのは画像処理AIだけなのですから、カメラに映らないことが理想ですよ。もっとこちらに寄って」


「う、うん」


 トオルはアルのすぐ隣に身をかがめる。隣り合って密着している体制だ。偽装布のフードから除くアルの美貌にトオルは鼓動が高鳴る。昨日はあんなに気になった生ゴミ臭も、自身も汚れて慣れてしまったからか気にならない。

 このまま見ていると自分の浅はかな考えがアルに悟られそうで、トオルはアルの顔から視線を外した。


「私は……」

 十数分経過後、アルがおもむろに声を出す。


「うん?」


「これまで単独行動ばかりでした」


「うん」


「公安施設外でこれ程長く誰かと行動を共にしたことは初めてです」


「うん」


 トオルはアルの顔を見る。表情は読み取れない。そもそも可動部のない金属製パーツは形状変化しないため、表情が変わる筈ないのだ。


「誰かと行動を共にすることが」


「おい! 君達そこで何してる!?」


「わっ!?」


 突然、ホテルの警備員らしき人物二人がアルとトオルに声を掛けてきた。驚いたトオルは思わず声を出してしまう。

 このような寂れたホテルにまさか人間の警備員が居るとは思わず油断していた。性能の劣る安価な警備ロボット程度しか居ないだろうと決めつけていたのだ。

 偽装用布で素体(ボディ)を覆っているため変位センサによる物体感知は使用できない。そのため本来なら頭部メインカメラによる映像認識で周囲を常に警戒しておく必要があった。

 しかし警戒を怠ったアルは警備員二人の接近に気付くことができなかった。アルは情報収集中にトオルとの会話に気を割いたことを後悔する。


「え? 田中さん、何を言っているのですか? そこに何か居るのですか? 声が聞こえましたが、確かにそこに何か違和感を……」


 どうやら警備員の片方はアルとトオルを視認できないらしい。

 外見が人に近いアンドロイドか、もしくは視力を画像処理AI内蔵カメラに置き換えた人間なのだろう。偽装布の効果によりトオルとアルを認識できないのだ。


「お前こそ何を言ってるんだ。そこに小汚いのが二人居るだろ? こら、何コンセント挿してるんだ。盗電だぞ!?」


「あ」


 それを聞いて、純粋な人間ではない方の警備員が短い声を上げる。まるで表情が抜け落ちたような反応を示した。

 それを認識したアルは電源コードを引き抜き展開していたソーラーパネルを収納、トオルを担いで駆けだした。


「ジャミング展開。すみません、敵対勢力に発見されました。ダウンロードするデータ量を欲張り過ぎましたね。やはり時間をかけ過ぎでしたか」


 走りながらアルはトオルに状況を説明する。


「え?」


「先程の警備員の片方。見た目は人間でしたがどうやらアンドロイドだったようです。しかも件のAIの影響下にあったようです。洗脳状態から操られた状態に遷移しました。私達を視認できなくとも同僚の発言で私達が居ると判断できたのでしょう。ジャミングを展開しましたが、既に我々の位置情報が件のAIへ送信された可能性が非常に高い。そのため逃走を開始しました。データダウンロードは不完全ですが、まぁ問題ないでしょう」


 キキーッ!


 突然メカメカしいトラックが現れアルの進行方向を塞ぐ。そしてコンテナの扉が開いて小型の地上走行ロボットとドローンが複数台現れた。

 それらのロボットに銃火器が搭載されているのを見てトオルは目を剥く。さらに後ろからも同型のトラックが迫ってきていた。


「押し通ります!」


 そう言ってアルは担いでいた荷物から網を取り出し、まるで投網漁のように前方のロボット集団に投げつけた。ドローンのプロペラが絡まり地に落ちて、さらに地上ロボットを巻き込んで複雑に絡まり合う。


 タタタタタッ!


 絡まり合った網の中から機銃が掃射された。

 しかし偽装布の効果でアル達を正確に映像認識できないロボット達の射撃精度は著しく低い。各種センサー類も網に邪魔され認識精度を落としているのだろう。銃弾のほとんどは明後日の方向へ飛んでいく。


 絡まった網とロボットの塊をアルは悠然と飛び越えた。そのまま目前のトラックも飛び越える。

 どうやら無事に逃げ切れそうだとトオルには感じられたが、しかしその前にさらに別のトラックが現れた。


 アルはジャンプしてアパートのベランダに飛び乗りさらにジャンプして別建物の屋上へ、それを走り抜け近くの民家の屋根に飛び下りと、一般人に被害が出ないよう配慮しつつも立体的に逃げ回る。

 トオルは動画サイトで観たパルクールを思い出した。端から見ているだけならかっこいいと思うだけだが、自身をかかえてやられると恐怖でしかない。



「おかしい。ジャミングにより通信できない筈ですが、敵の連携が良過ぎます」


「トラックのっ、上の、アンテナのせい、じゃない!?」


 アルが走る振動に耐えつつ、トオルは思ったことをそのまま口に出した。

 トラックのコンテナの上には如何にも優れた通信ができそうな見たこともないアンテナが設置されているのだ。


「トラックの上のアンテナ? そのようなものありませんが……、まさか認識妨害!? そのアンテナの詳しい形状を教えてください!」


 トオルの発言を受けて、アルは即座にある可能性に気付くことができた。

 こちらが相手の画像処理AIの物体認識を誤魔化す敵対的サンプル模様の布を用意したように、相手もアル(こちら)の画像処理AIの物体認識を誤魔化す技術を持ち出してきたらしい。


 走る振動により上手く喋ることができないトオルだが、それでも何とかそのアンテナの外見的特徴を伝える。

 八本の細い棒が円状に並び、それらが一本の棒で支えられている珍しい形状だ。全体的に円筒状に見えるそれは、まるで電子武器のようにも見えた。大きな立体的フォークのようにも見える。

 色は白と黒と灰色のモザイク模様が施されており背景に紛れるため、トオルでも形状を把握しづらくなっていた。


「……第二世代コードレス電話システム!? ジャミング帯域変更、いえ、通信傍受します」


 第二世代コードレス電話システム、つまりPHSは主に1.9GHz帯を使用する(いにしえ)の通信技術で、この時代では失われた技術の筈だ。

 アルには視認できないが、どうやら敵のトラックにはその失われた筈のPHS基地局アンテナが設置されているらしい。

 銃撃の中逃走しつつ、アルはそこまで理解した。


 アルが今展開しているジャミングは意図的に1.9GHz帯を避けている。何故ならこの時代のその通信帯域は病院などの館内通信で使用されているため、そこにジャミングを展開してしまうと重大な医療事故が発生する可能性があるのだ。


「舐められたものですね。基地局情報取得、流石に基地局位置情報は偽装されていますか。しかし敵の数は把握できました」


 PHSは暗号化されない通信規格だ。そのため帯域さえ合わせればどの端末がどの基地局に位置登録しているか、誰と誰が通信しているかなどといった情報が丸見えとなる。それを第三者が不正に傍受してもPHSネットワーク網には履歴が残らない。


 アルは旧式のため比較的古い情報も保持しており、さらに記憶容量が大きく不要な情報を削除する必要もない。

 アル以外では、PHSの技術情報など保持している者などほぼ居ないだろう。広く活動している公安の現行機種相手であれば、ジャミングの中でも問題なく気付かれずに通信できる非常に有効な手だったに違いない。

 しかもそのアルでさえ、トオルが居なければ認識妨害によりPHS基地局アンテナを視認できず敵がどのような通信を行っているのか気付けなかったのだ。

 アルとトオルが揃っていたことが敵に取っては不運だった。


「RCR STD-28プロトコル上でTCP/IP通信を(おこな)っているようですね。トランスポート層は判読可能ですがアプリケーション層は流石に暗号化されているようです。この場での複合化は困難。通信内容までは把握できませんか」


 進行方向を不意に変更したり物陰に隠れることで敵の銃撃をやり過ごしながらアルは通信傍受を続ける。


 後期のPHS通信はCS呼(音声通話)だけでなくTCP/IP通信、つまりインターネット接続やEメール送受信が可能であった。その通信は階層構造になっており、敵は暗号化されていない通信方式を使用しているものの、その通信で送受信しているデータそのものは流石に暗号化しているようだ。

 通信内容の把握を諦めたアルは、その通信から敵の動きを割り出すことに専念した。


「敵端末の位置登録状況を監視。基地局切替(ハンドオーバー)遷移状況から敵の位置と移動方向を把握。敵行動予測、逃走ルート検討、完了」


 PHSは一つの基地局で通信できる範囲が狭い。

 そのため移動しながら通信する場合、複数の基地局を切り替えながら通信することになる。アルは敵端末が基地局を切り替えていく状況を全て把握し、敵の移動ルートを割り出したのだ。そしてそこから逃走ルートを確立した。アルには最適ルート選択外部AIモジュールもインストールされているのだ。


 しかしトオルには何も理解できない。アルはトオルのために自身の行動内容を口に出しているが、トオルにとっては未知の単語が多過ぎる。

 だからトオルにできることは、ただひたすらアルを信じて運ばれるだけだった。


 そうしてアルとトオルはなんとか敵の包囲網から逃げ切った。



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