05. 電話で始めるハッキング
「トオル、トオル。起きてください、トオル」
「ん……、うーん……」
トオルが目を覚ますと機械的な美少女顔が視界を埋める。アルだ。
昨晩はあれ程眠れないと感じていたのに、いつの間にか寝ていたようだ。部屋は締め切っているため今の時間は分からない。スマホも電源を落としたままだ。
美少女に朝起こしてもらうという夢を叶えちゃったなぁという馬鹿らしい考えと、昨日のアレコレは夢じゃなかったかぁという諦観がトオルの頭に湧いてくる。
トオルは体を起こそうとして、自分の体に布が掛けられていることに気付く。親切にも寝ている間にアルが掛けてくれたのだろう。
上半身を起こして座った状態になる。床で寝ていたからかトオルの体は悲鳴を上げた。体中が痛い。
「おはようございます。それは力作ですよ。サイズが合っているか確認してください」
「う、おはよう。……それって?」
アルはトオルの体に掛かっている変わったカラフル模様の布を指さす。
「物体認識AIを騙す模様です。これを被っていれば可視光映像を記録する通常の監視カメラや定点カメラに映っても、映像をチェックしている画像処理AIは私達を認識できません。全ての画像処理AIを完全に騙せる訳ではありませんが、A-インダストリ社の影響下にあるAIは高確率で騙せる筈です。彼らが物体認識学習に利用しているビッグデータから逆算した敵対的サンプルですからね」
トオルは言われたとおり布を被って立ってみた。見ればアルも同じ布を被っている。全身を覆うフード付きの形状になっており、形だけならレインコートのようだ。しかし模様が奇抜過ぎる。
「公安が考案したこの複雑な模様は、物体認識そのものを妨害するだけでなく連続画像ベクトル計算処理に高負荷をかける効果もあります。そのため画像処理AIは何かが動いているということすら認識できなくなるでしょう」
アルは何処か得意げだ。本当に感情がないのだろうか?
寝起きのハッキリしない頭でトオルはそんなことを考えながら説明を聞き流す。考案が公安、駄洒落だと指摘したら怒るのだろうかとトオルは無駄な思考をする。
「ロボットが相手でもカメラでの視認はされづらくなります。可視光外カメラや音や熱、振動などの他センサ類まで誤魔化すことはできませんが、これで行動範囲を広げられますよ。昨晩は廃ビルまで来るのにも苦労させられましたからね」
トオルには専門用語は分からないが、なんとなく概要は理解した。
人が見れば十人中九人は振り返りそうなこの奇抜な模様をロボットは視認できないということだ。
「えーと、それってアル自身は大丈夫なの?」
「安心してください。公安所有のAIには既にこの模様を正確に認識できる学習モデルが画像処理AIモジュールに適用されています。ただ難点は、素体各所に設置されている変位センサが布に遮られ使えなくなることですね」
「ダメじゃん」
「微々たる問題です。と言う訳ですのでさっそく移動しますよ、と言いたいところなのですが」
金属製の顔で表情などない筈のアルのこれぞドヤ顔としか言いようがない表情が突然真顔に戻る。
「ん? どうしたの?」
「実は件のAIの設置場所が不明なのです。この県内のA-インダストリ社関連施設のいずれかというところまでは絞り込めているのですが」
「ダメじゃん。どうするの? まさか関連施設全部まわるとか?」
「関連施設総当たりは最終手段ですね。公安が大きく動き過ぎますと左派の方々が騒ぎますので。よって追加調査を実施します」
アルがトオルに手を向ける。
「……なに?」
「という訳ですので、スマートフォンを貸して頂けませんか?」
トオルは若干躊躇する。トオルは金欠なのだ。通信費とか払ってもらえるのだろうか。一度何処かへ連絡を入れる程度なら良いのだ。しかし調査と言われると長時間使われるイメージがある。
それに、スマホの電源を入れると自分達の場所がバレるのじゃなかったのか?
しかしアルがそんなことを忘れている筈がないだろう。お金の問題はひとまずおいておいて、トオルはとりあえず素直にスマホをアルに貸すことにした。
ポケットからスマホを取り出して、こちらに差し出されているアルの手の上におく。
「感謝します」
スマホを受け取ったアルは躊躇なくSIMカードをスマホから取り出す。
「ちょちょ、何するの?」
「SIM情報を書き換えます。このまま電源を入れると私達の場所が知られてしまうと言ったでしょう? ですので異なる電番に書き換えます。トオルはこのようなことしては駄目ですよ? 無許可での書き換えは犯罪となる可能性があります」
「え、誰か別の人の電話番号を使うってこと?」
「いえ、公安がこのスマートフォンの通信事業社と契約しているものの、使用はしていない電番がいくつかあります。その中で私が自由に扱える電番をこのSIMに書き込みました。他人が使用している可能性のある電番は使用しませんよ。同じ電番の複数の端末が基地局に位置登録すると、すぐに通信事業社に警報が上がりますからね。無駄な騒ぎは起こしません。それから、端末側の固定識別番号も書き換えておきます。……では」
おもむろにアルは電話をかけはじめた。
「オデンワ、アリガトウゴザイマス……」
「ハズレですね」
そう言ってアルはすぐに通話を切る。
そしてまた違う番号へ電話をかけ、そしてまたすぐに切る。
「これもハズレ」
何回か繰り返したあと、たまらずトオルは何をしているのか尋ねた。
「A-インダストリ関連会社の問い合わせ先のうち、相手が自動音声ガイダンスではない番号を探しています」
「へぇ……」
◆
「お電話ありがとうございます。A-ハイテックです」
その後何回か繰り返した後、アルが突然声を変えて喋りだした。
「お世話になります~。私エフイーテックの松田と申します。人材のご提供のご提案をさせて頂こうとお電話させて頂いたのですが、人事担当者は居られますでしょうか~?」
声色を変えるとかそのような次元の変化ではなく、まるで中年男性の声だ。トオルは本気で驚き目が限界まで開いた。自宅が爆破されたり突然水に飛び込んだりと昨日から様々なことがあったが、ここまで目を見開いたのは一連の騒動の中では今回が初めてだ。
「申し訳ございません。こちらはカスタマーサポートの番号となっておりまして、そういったご提案は担当の部署へおかけくださいますようお願いします」
「ははぁ、いや申し訳ありません! すみませんがその担当部署の部署名とお電話番号、可能であれば担当者名とかお教えお願いできますでしょうかぁ?」
「……はい。申し訳ございませんがこちらでは担当者までは把握しておりません。番号はXXX-XXXX-XXXX、人事部ですね」
「あー、ありがとうございます! 復唱させていただきますね! XXX-XXXX-XXXX。こちらで間違いなかったでしょうか!?」
「はい、そうです」
「ありがとうございます! あと、すみませんがアナタのお名前頂いても?」
「……CS部の佐藤です」
「ありがとうございます! それでは失礼いたします~」
「はい」
――プツ
「え、誰? 何? さっきの声? エフイーテックの松田? 何それ」
「架空の会社と架空の人物です。気にしないでください。次行きますよ」
――プルルルル
「はい、A-ハイテックです」
「あ、私エフイーテックの松田と申します。そちらA-ハイテック様の人事部でお間違いないでしょうか?」
「はい、人事部の遠藤です。……どういったご用件で?」
「お世話になります~。実は人材のご提供のご提案を」
「営業? これ営業の電話です? 人材派遣?」
「……はい、そうです」
「結構です」
ガチャ。
「失敗じゃん。切られちゃったじゃん」
「いえ、成功です。A-インダストリの子会社であるA-ハイテックのCS部に佐藤、人事部に遠藤という人物……、人格ありAIの可能性もありますが、佐藤と遠藤という存在が所属しているという非公開情報を得られました。この調子でどんどん行きますよ」
――プルルルル
「はい、こちらA-インダストリ高橋です」
「お世話になっております。A-ハイテック人事の遠藤です」
トオルはまた目を見開いた。アルの声が先程電話に出た遠藤とかいう男の声にそっくりだったからだ。アルは遠藤になりすましてA-インダストリに電話をかけたのだ。
そうして様々な番号へ様々な人物になりすまし電話をかけ続けるアルは、とうとうA-インダストリ所属AI技術者の名前を何人か得ることに成功した。
「……ねぇ、そんな電話かけまくってて大丈夫なの? 絶対怪しまれるって」
「確かに、中小企業相手には危険な手ですね。しかし大企業相手なら有効です。A-インダストリ社のような規模で電話の一本一本といった情報を末端人員までリアルタイムに情報共有など不可能です。一日くらいなら問題ありませんよ」
そう言ってアルはまた電話をかける。
――プルルルル
「はい、AI保守」
「あ、お疲れ様です渡辺です。伊藤って今社内に居ますか?」
「お疲れ様です。伊藤さん? えーと、少々待ってくださいね……。あー、伊藤さんは今週埼玉出張ですねぇ。また客先で風が語りかけますとか言われてると思いますよ。知ってます? あのCM二百年近く前からやってるんですって」
「あははは、アレそんな昔からやってたんですね。で、伊藤は埼玉でしたか。そう言えばそんなこと言ってたっけなぁ。すみません、手間とらせちゃいました。それじゃ本人の携帯にかけてみます。では失礼しまーす」
「はい、では」
――プツ
「……風が語りかけますって何?」
「気にする必要はありません。埼玉県民が好むローカル鉄板ネタですよ」
――プルルルル
「あ、渡辺? 俺俺、伊藤」
「……伊藤? 番号違うけど?」
「あー、出先でさぁ、電池切れてさぁ。で、今お客様に電話借りてかけさしてもらってんの」
「おいおい、客に電話借りるとか相変わらず強いなお前。ウケる。で? 何?」
「いやー、ちょっと今客先で打ち合わせしてて、ちょっと休憩ってことになって抜けてきたんだけどさ。その打ち合わせでどうしても必要な資料をさ、PCに入れてくんの忘れちゃったんだよね……。ほら、埼玉の案件の」
「え、やべーじゃん。でも会社にはデータあんだよね? さっさと会社からデータダウンロードすれば良いんじゃないの。何電話してきてんだよ。VPNの繋ぎ方くらい知ってんだろ?」
「そうなんだけど、そうなんだけどね! ちょっとIDとPASS忘れちゃってさぁ? お願い、ちょっと教えて。助けてホント!」
「え、電話でパスワードとか嫌だよ。コンプラどうなってんだよお前」
「ホント、ホントごめん! 今回だけ!」
「今回だけってお前、前のときも……。いや……。あー、もう、しょうがないなぁ……」
◆
「A-インダストリ社内ネットワーク接続ID、PASS、二段階認証コードを入手しました」
「うわぁ……」
トオルはドン引きした。




