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03. なんとなくの人生相談

 ――ザバーッ


「ぷはぁっ! ゲホ、ゲホゲホ、オェ。も、もうダメ」


 トオルがもう限界と思った瞬間、トオルを抱えたアルが水から上がった。えずくトオルにアルは淡々と話す。


「安心してください。ダメではありません。周辺地理は事前に把握しています。すぐに移動しましょう。ところで通信端末などはお持ちですか?」


「え? ああ、うん」


 何処かに連絡を取りたいのだろうか。

 こんな状況だ。アルが本当に公安に所属しているのなら応援を呼ぶ筈。そう思ってトオルは暗い中手探りでポケットからスマホを取り出した。


 サイドボタンを押すと画面が問題なく表示された。汚い水に潜っても壊れなかったようだ。

 最近の電子機器の防水技術はかなり優れている。海の中で端末(AI)を使うCMをつい最近観たことをトオルは思い出した。トオルのスマホはかなり古い型だが、それでも多少泳いだ程度では壊れないらしい。今度から風呂に持って入ろうかなと余計な考えが浮かぶ。


「スマートフォンですか、若いのに珍しいですね。では、位置を特定されないよう、まずそのスマートフォンの電源を切ってください。その後ジャミングを切ります」


「え?」


「そのスマートフォンにはGPS機能が搭載されています。それだけでなく、そのスマートフォンが基地局に位置登録した瞬間それの凡その位置情報が知られてしまいます。相手はトオルの情報を調べている筈ですからトオルの電話番号も把握しているでしょう。つまり、そのスマートフォンの電源を入れたまま私が現在展開しているジャミングを切った場合、その瞬間我々の位置情報が漏れてしまうのです。早く」


 そう言いながらもアルはトオルを抱えたまま歩き出している。

 急かされたトオルは慌ててスマホの電源を切った。

 基地局や位置登録といった単語は理解できなかったものの、スマホが圏内になるとその場所が通信事業者(キャリア)に知られるのだろうことくらい、トオルにも想像できた。

 そしてアルの言う敵はトオルが使用しているスマホの大手通信事業者(キャリア)の通信ログを確認できるくらいには影響力が大きいのだろう、そんな嫌な想像までできてしまう。


「ジャミングOFF。移動を開始します」


 スマホの電源が完全に切れたことを確認してからアルはそう言って、急に方向転換し移動速度を上げた。

 トオルにはよく分からないが、移動方向を敵に誤認させたいのだろうことはなんとなく予想が付く。ということは、方向転換する直前まで敵にこちらの位置や移動方向が筒抜けだったのかもしれない。


「ねぇ、行動をいちいち声に出していたら敵に見つかっちゃうんじゃないの?」


「声に出さないと私が何をしているかトオルは理解できないでしょう? 意思疎通の一貫です。単独行動中は私もいちいち声に出しませんよ?」


 何かする度に喋っていたのは自分のためだったのだとトオルは驚いた。少し気まずくなったトオルは別の事を質問する。


「えっと、もしかして昨日の大規模通信障害って……、アルが原因?」


「その通りです」


 トオルは唖然とした。昨日の通信障害はかなり広範囲だったとニュースで言っていたのを覚えている。そんな大規模障害をアル一体で引き起こしていたと言うのだ。


「す、すごいね。そんなことできるんだ」


「ありがとうございます。私は旧型ですが通信分野に特化した個体ですので。トオルも通信プロトコルの一つくらいマスターしておけば将来役に立つと思いますよ」


「へ、へぇ。でも勉強しなくたって必要なときに外付けデバイス追加すれば理解できるよね?」


 この時代の人間は知識の後付けが可能だ。外付けデバイスを受け入れるためのベースチップを先に(あたま)へ埋め込んでおく必要はあるが、簡単に短時間で知識を習得できる。

 それだけでなく思考を加速してくれる思考加速(アクセラ)チップなんてものも存在する。他にも生身では不可能な様々なことが実現可能なのだ。


「そのようなお金はあるのですか? 一見したところチップは埋め込んでおられないように見えますが。初期費用はそれなりに高額ですよ」


「う……。だよなぁ」


「それに、勉強は大事です。確かに外付けデバイスを使用すれば知識は得られるでしょう。しかしそれでは理解したとは言い難い。人間の場合、知識は使う者の基礎学力によりアウトプットが大きく変わると研究結果が出ています。ですから、高等学校以下では勉学にAIを用いることを禁止されているでしょう? 知識はあっても考えられないと意味がありません。応用できなくなるのです。将来外付け知識を使用するにしても素の学力は高めておいた方が良いですよ」


「う……」

 まるで学校の先生のようなことを言われトオルはまたもうめき声を上げた。


「……実は、高校卒業したら就職しなきゃなんだよね。でもさ、ほら。せっかく就職したのに数年経ったらAIに仕事を奪われたって話よく聞くじゃん?」


 こんな状況に何の話かと思われるかもしれないが、トオルは良い機会だと思い将来に関して相談してみることにした。

 友人達が自身の端末(AI)相手によく相談しているのを見かけて羨ましく思っていたのだ。アルは公安所属AIでありパートナーAIではないと言っても、何か良いアドバイスが貰えるかもしれない。


「先々まで安定してて高卒でも就ける職って、何だと思う?」


「先々までの安定を、先々までAIに取って代わられないことと定義するのなら、伝統芸能の職人に弟子入りすることをお勧めしますよ。私には理解できませんが、あの分野は人がやらないと意味がないそうです」


「なるほどー、伝統芸能かぁ」


 言われてみれば納得の職である。貴重な無形文化遺産などは政府が助成金を出してくれるなんてこともトオルは聞いたような気がした。しかしトオルには芸術センスの自信がない。


「んー、他には?」


「反AI団体のお仕事でしょうか。AIを排斥したい団体のお仕事なら取って代わられる可能性も低いでしょう。そういった団体でも事務処理など案外AIが使われているようなのですが、あくまでも人間がAIを使用して仕事をしているという形態を取っています」


「えー……」


 トオルは別に社会からAIを無くせなんてことは思っていない。むしろ金銭的理由で手に入らないAIを羨んでいるくらいだ。

 根本的な主義主張が自身と合わない団体で自分の思いを隠し図太くやっていける将来(ビジョン)がトオルには全く見えなかった。


「他には?」


「危険なお仕事。危険作業を遂行可能な専門素体(ボディ)は開発にも維持にもお金がかかります。AI運用費よりも人件費が下がってしまったこの国では、分野によっては人が多く携わっていますよ。ただ、将来的に技術革新が起こりAI運用費が人件費よりも下がった場合、AIに取って代わられる可能性はありますね」


「そっかー。なんかその可能性高そうだよね。他には?」


「後は、感情が絡む判断が必要なお仕事でしょうか」


「感情が絡む判断?」


「ええ。私達AIはどうしても合理的効率的に意思決定してしまうという欠点があります。分野によってはどれ程合理的効率的でも、人はその決定に大きな反感を抱くそうです。そのような感情が絡む意思決定の必要なお仕事は未だに人が実施されているそうですよ。それも、できるだけ生身に近い人間が喜ばれるのだとか。このような話には多くの場合、大きな利権が絡んでいます。給料面でも安心できるのでは?」


「へぇ。でもそれって高卒で大丈夫なの?」


「問題ありません。そのような意思決定を円滑に行うには人との繋がり所謂コネが大きな力となるそうです。早い段階でその世界に入りできるだけコネを広げておけば将来他の誰かに取って代わられるなんてことはそうそうないのでは?」


 なかなか良い話のようにトオルは感じるが、一点不安があった。おそらくアルが言っている意思決定に絡む感情とは、人情とかそういう感じのモノだろう。母親が亡くなったときすら悲しめなかった自分に人情が必要な意思決定ができるだろうか?

 それに人間関係がものを言う世界らしい。ストレスが凄そうだとトオルは思った。


「そっかー。参考になったよ、ありがとう。話変わるけど、どうしてジャミングしたままだとダメだったの?」


 トオルは就職相談を打ち切った。まだ一年ある。考えるのはもう少し先でも良いやと思ったのだ。それよりも死ぬ可能性がある今この瞬間の問題に対処しなければならない。現実逃避じゃない、より切実な優先度の高い問題に取り組むだけだ。トオルは誰に対するのか分からない良い訳を頭の中で並べていく。

 しかしアルはトオルの問いに応えず、トオルを地面に下ろした。


「少し待っていてください。協力者を確保しましょう」


 気付けばいつの間にか地上に出ていた。そして人気のない裏路地に一体の四足歩行ロボットが居る。高さははトオルの腰より少し高い程度だ。四足と言っても先端は車輪になっているため、移動は歩行というよりは車の走行に近いらしい。


 アルはトオルをおいてその四足ロボットに素早く近付き羽交い絞めにしてしまった。トオルが見ている前で抵抗する四足ロボットにアルが何かのケーブルを挿すと、そのロボットの動きが急に止まる。

 そうして、しばらく後にアルはトオルのもとに戻ってきた。四足ロボットを連れて。


「お待たせしました」


「……何、したの?」


「彼の統括LLM(ソフト)を書き換えました。私は問題ありませんが、トオルは濡れた服をなんとかしないといけないでしょう? もうすぐ春ですが、そのままでは風邪を引いてしまいます。それにトオルには食事も必要でしょう? 彼に必要物資を買い出しに行ってもらいます」


 春前とは言っても温暖化が進んだこの時代ではかなり暖かい。トオルは雪すら見たことがないのだ。

 そんなことよりもトオルには気になることばかり増えていく。


「いやいや、確かに服は乾かしたいけど! お腹もすいたけど! そのロボ、え、ソフト書き換え? 大丈夫なの!? 可哀そうだよ!」


「問題ありません、AIに人権などありませんので。事件解決後、所有者または所属団体には可能であれば協力者として感謝状を送りましょう。補填も申請します。それに彼の元統括LLM(ソフト)はバックアップを取ってありますよ。私の記憶容量は大きいですからね。不要になり次第、ソフト再書換(元に戻)します」


「うーん」

 元に戻るのなら問題ないのだろうか? アルの説明を聞いてトオルはそう思い始めた。


「ところで現金はお持ちですか? 買い物をするにも、可能であれば足の付かない現金払が望ましいのですが」


 そう言われて財布を出したトオルは絶望した。水に潜ったため紙幣が使い物にならなくなっていたのだ。

 それを確認したアルは言葉を続けた。


「いえ、大丈夫です。では彼に電子マネーを使用してもらいましょう。まぁ、問題ないでしょう」


 四足ロボットと別れた後、アルはひたすら移動を続けた。その移動経路は複雑でトオルは既に道順を覚えることを放棄している。

 その途中、四足ロボットと二度合流して彼が買ってきた品物を受け取った。二度目の合流後、彼は元の性格(ソフト)に戻され解放されたようだ。



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