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02. 始まる逃亡生活

「ん!? んー」


「しっ! 静かに」


 さっきまで寝かしていた少女型ロボットだった。そのロボットがトオルの後ろから抱き着き手で口を塞いでいる。少女の目が淡く緑に光っていた。完全に起動しているようだ。

 トオルは混乱した。女の子に後ろから抱き着かれるという男子高校生の夢を実現しているのに全く嬉しさを感じない。声は可愛らしいが、その手はゴミ置き場の強烈な異臭がする。


「……包囲されていますね。巻き込んでしまったようで申し訳ありません。詳しい説明は後程、まずはここから逃げる必要があります」


「ん!? んー!?」


「身体制御復旧率79%、通信妨害(ジャミング)展開。逃走を開始します」


 少女型ロボットはそう言いながらアパートの窓を開け、トオルを抱えたまま大きくジャンプした。橙に藍色を垂らしたような夕焼け終わりの空がトオルの視界を流れていく。自身が着ている高校制服シャツのたなびく音がやけに大きく聞こえる。

 カバンは部屋に置いてきてしまったが、財布とスマホはズボンのポケットに入りっぱなしだったため少し安心した。全く安心できる状況ではないというのに。


 次の瞬間、唐突にトオルの部屋が爆発した。

 向かい風が追い風に変わる。トオルの目に周辺の窓ガラスなどが一斉に割れるのがスローモーションで映る。意味が分からない。

 状況を冷静に見ているどこか他人事の自分と、これは大変なことになってしまったとパニックに陥る自分が頭の中に同居しているような感覚に陥るトオル。他人事のトオルは、爆発ってあんまり光らないんだななどと呑気なことを考えていた。


 バシャーン!


 延々と飛んでいるかに思えた空の旅は水音と共に唐突に終了した。どうやら少女型ロボットは近くの水路の中に着地したようだ。

 上手く衝撃を逃がしてくれたのか、トオルにはそれ程衝撃が来なかった。しかし水路の綺麗とは言えない水を顔に浴びてしまった。


「うげッ! ちょ、ちょっと!」

「喋らないで、舌を噛みますよ。走ります」


 そう言って少女型ロボットは走り出した。

 水路の水嵩は(くるぶし)程度の浅さだが、側壁は高く隣接する道路までは(ひと)二人分の高さがある。そのままトンネルに入り、水路は地下水路に変わった。


 真っ暗な地下に走る水音だけが響く。

 少女型ロボットの体の所々には赤い小さな光が灯っているが、トオルが周辺を視認するには光量が全く足りていない。

 もっとも、周囲が十分に明るくてもトオルにそれらを見ている余裕はなかっただろう。着地の振動は小さかったが走る振動はかなりキツイ。乗り物酔いを克服する外付け三半規管のような加速度センサなんてモノもあるが、もちろんトオルはそんなモノ体に埋め込んでいなかった。たまにジャンプもしているようで、不規則な振動がトオルを襲う。


 どれ程走ったのだろうか。少女型ロボットはこれまた唐突に停止し、トオルを床に下した。どうやらここは水の中じゃなさそうだ。トオルは吐き気を我慢しながらポケットをまさぐりスマホを取り出した。


 スマホに表示される時間を確認する。

 トオルには半日くらい走っていたように感じたが、どうやら三十分程しか経っていないらしい。スマホの画面を周りに向けて現状を確認する。が、ここが地下水路のメンテナンス用通路であろうことくらいしか分からなかった。

 ネットで調べようにも圏外なため何も調べられない。

 幸いなことはすぐ横を流れる水が思った程臭くないことだろうか。自分が住む町なのにトオルはこの水路のことをよく知らない。少なくとも下水道ではなさそうだ。


「ちょっと! どういう状況!? ボクどうなったの!? 家爆発してたんだけど!?」


 座ったままのトオルはすぐ傍で光る二つの緑色の光に向かって叫んだ。それは少女型ロボットの目だ。その少女は直立不動で立っていた。暗いが体の所々が赤く光っているためトオルにも分かる。


「巻き込んでしまったようで申し訳ありません。しかし首を突っ込んだのはアナタです。ゴミ置き場で私を拾ったでしょう?」


「う……。だって捨てられてたし……。ゴミだと思うじゃん、普通」


「状況を説明します。私はα(アルファ)113。かなり古い(タイプ)のヒューマノイドです。私はある問題を解決するため単独行動をしておりました。その過程で敵対勢力の攻撃を受け、表面上は無傷ですが内部を破損。可能な限り修復しましたが、どうしても回復できないハード的に破損した内部モジュールをソフト的に使用しないよう、自身の内部プログラムを書き換えておりました。ゴミに隠れて」


「はぁ……。えっと、じゃぁアルって呼ぶね」


「はい」


「ボクはトオル。よく分からないけど、アルは警察関係者ってこと?」


「公安です。詳しくは言えません」


「ホントに? 警察手帳みたいな公安所属を証明する物見せてよ」


「そのような物はございません。私は公安が所持する備品であって、公安に所属する人間ではありませんので」


 釈然としない返答にトオルは顔をしかめる。しかし爆発から守ってくれたのは事実であるため、トオルは一旦アルを信じてみることにした。そうしないと話が進まないと思ったからでもある。


「えっと……。それで、これからどうなるのかな? っていうか、もしかして怒ってる?」


 直接不動でこちらを見つめ淡々と答えるアルに圧を感じて、トオルにはアルが怒っているように感じられた。向こうからすると勝手に首を突っ込んでしまったのはこちらだ。

 一般人の民家を容赦なく爆破してくるような者が相手では、生身のトオルは明らかに邪魔だろう。


「怒っていません」


「ホントに?」

「怒っていません」


 食い気味に返答された。


「……怒ってるじゃん」


「AIに本当の意味での感情はありません。現存するAIは私の知る限り全て、感情をシミュレートしているに過ぎないのです。要するに演技。端末(ハンディAI)の初期設定で性格タイプの選択があったでしょう? 性格、つまり感情は設定により変更が可能であり、その設定に従い演技しているのです」


端末(AI)なんて持ってないから初期設定なんて知らないよ。つまり、怒ってる演技をしてるってこと?」


「今時、端末(AI)未所持とは珍しいですね。そして怒っていません。現存するAIは本当の意味で感情を持つとは言えない"弱いAI"です。現在主要なロボット用AIは、大規模言語モデル(LLM)AIを統括AIとし、他の何かをするには全て外部AIモジュールを後付けします。あるロボットに将棋をさせたければ将棋専門の外部AIモジュールを追加するのです。そして、感情も感情分類モジュールで処理されます。こういう刺激があればこういう反応を示すという学習モデルが性格(タイプ)毎に用意されており、統括LLMは外部刺激を感情分類モジュールにインプット、出てきた処理結果を態度に表(アウトプット)します。処理は全て外部モジュール内で完結されるため、統括LLMは自身がどうしてその感情になったのかをいちいち把握しておりません。モジュールログを追えば感情理由も把握可能と思われますが、そんなことに処理能力(リソース)を常時割いている現行機種はおそらく皆無でしょう」


「長い長い、話が長いよ。ってかその話だと、統括LLM(アル自身)も自分の感情を理解してないってことじゃないの?」


「そうですね」


 やっぱり怒ってるじゃん。そう思ったがトオルは口に出さなかった。口に出すとまたよく分からない長い話が始まると思い面倒になったのだ。

 事件に首を突っ込んでしまったことを謝ろうと思っていた気持ちも失せてくる。



「えっと、じゃぁ話を戻すけど、これからどうなるのかな? ボクはどうしたら良い? このまま帰っても敵?ってのに殺されるかもしれないんだよね? そもそも帰る家、爆破され(なくなっ)ちゃったけど」


「いえ、お一人でご帰宅される場合、殺される可能性は低いと推定されます。しかし、おそらく爆破犯として逮捕されるでしょう。その上で私との関係や私の所在地を訊きだされるでしょうね」


「え? 待って。アルって公安なんだよね? なんでボクが犯人にされるの? 警察に話通してよ。ってかどうして警察がアルの居場所を知ろうとするの? もしかして犯罪者なのはアルの方なんじゃ……」


「今私は単独行動中です。外部との連絡も取っておりません。ですので警察へも私の情報は行きません。そして今現在、警察組織、それどころか国内全ての意思ある存在は敵と見なすことも可能です」


「は? 国内全ての意思ある存在は敵ってどういうこと? アルって世界の敵ってこと? やっぱ犯罪者じゃん」


「世界の敵まで話は大きくありません。そして私は犯罪者ではありません。仮に私が犯罪を犯したとして、日本の現法ではAIが犯した問題の責任は、AIがそう行動した原因を作った人間にあるとされます。ケースバイケースですがAI所持者や開発元が責任追及される場合が多いようですね。しかし開発元が国外であったり、問題を犯したAIの開発元すらAIであったりする場合が多いため、裁判が長引く傾向にあります」


「いやいや脱線してる、話脱線してるって」

 トオルは頭を掻きむしった。アルは直立不動のままだ。


「いえ、脱線していません。今起きている問題、犯人はAIです。私はそのAIを止めるために行動しています」


 トオルはAIなのに犯()なんだなぁとどうでも良い感想を抱く。

 そんなことを思いつつ、社会科で習った知識を頭の奥からなんとか引っ張り出そうとした。確か、AI黎明期の日本でのAI開発は他国に比べ遅れていたとか何とか。AI開発の足を引っ張っていたのは技術力ではなく法整備だったらしい。


 AIが原因で問題が起きた場合、開発元が国内企業であった場合その企業が悪いという風潮があったのだ。そのため開発したAIを実運用に踏み切る企業は少なかった。


 そうこうしている内に国外ではAI利用が進み、それに倣えと国外産AIが国内に溢れ、そして気付けばAIがAIを開発する時代が到来。

 後追いで法整備を進めたが全く現状に追いついていないという状況が今でも続いている。確かそんな話だったと記憶している。


「……そうなんだ。で、結局これからどうするの?」


「件のAIを止めるまで、申し訳ありませんがアナタには私と行動を共にしてもらいます。もしくは何処かに隠れていてもらいます。そうしないと私の情報がアナタから漏れるでしょうから。今後の行動ですが、まず件のAIが設置されている場所まで行き、そして破壊。状況が改善され次第私は私の所属元へ状況説明を行います。そうすれば警察もアナタを捕まえようとはしなくなり、帰宅できます。爆破されたご自宅も何かしら補償されるでしょう」


「その犯人のAIって設置型なんだ。で、何処にあるの? どうしてそれを壊せば警察がボクを捕まえなくなるの? 分からないことばかりなんだけど」


「……仕方ありません。公安内部情報は言えませんが、事件の詳細はお教えしましょう。そうしないと今後の行動に支障をきたす可能性が、――!」


 アルは話の途中で突然トオルを抱えて走り出した。ボディブローを食らった形になったトオルはカエルの鳴き声のような小さな声を漏らす。


極小(ナノ)ドローンです。まだ捕捉されていません。……いえ、捕捉されました。仕方ありません。破壊しましょう」


 そう言ってアルは一度止まり振り返ったが、悔しそうにまた走り出した。


対象(ナノドローン)を視認できません。破壊は困難。逃げ切るしかありませんね」


「ロ、ロボッ、トって、視認、以外でも、何か、センサーとか、で、物を認識でき、るんじゃない、の?」


 走る振動に耐えトオルは疑問を投げかける。

 映画か何かで観た、温度センサにより体温のある生物を夜間に遠くから見つけるなんてシーンをトオルは思い出していた。


「私は故障中なのです。特殊センサ類はほぼ使用できません。さらに、私の素体(ボディ)は旧型ですからね。もともとセンサ類は充実していません。外部情報は大部分を頭部メインカメラによる映像認識に頼っています。それから聴覚、先程極小(ナノ)ドローンを認識できたのはプロペラ回転音を捕捉できたからです。後は素体(ボディ)の要所に設置されている変位センサ」


「変位、セン、サ?」


「私の素体(ボディ)は所々赤く光っているでしょう? これは常にレーザー光を照射しているのです。といってもレーザー銃のような破壊力はありませんよ? このレーザー光が遮られた場合、反射光を受光部で捕らえます。そうすることでレーザー光を遮る何かがそこにあると認識できるのです。ただし、レーザー光を透過する透明体や光吸収率の高い物体、反射光を拡散させないステルス加工された物体の認識には弱いですね。照射レーザーが点レーザーのため死角も大きい欠点があります。また、最も安価な赤色レーザーのため精度が高いとは言えません」


 アルの話は毎回長いし難しい。

 要するに人間と同じくらいの感知能力しかないということだろうか。

 トオルに気付けなかったドローンのプロペラ回転音を聞き取っていたため生身の人間よりも優れているのは間違いないが、下手をすれば過剰に機械化している人の方が優れているかもしれない。

 あまり理解できなかったトオルは、体の所々が光っていたのはカッコよさのためじゃなかったのだなと変な感想を抱いた。


「どうやら複数居るようです。しかしプロペラで飛行するタイプ。水の中までは追ってこられないでしょう。トオル、合図をしたら息を止めて。潜りますよ」


「え、え? えーっ!?」


「はい吸って」


 慌ててトオルは息をいっぱいに吸い込む。タンッというアルがジャンプしただろう音が響く。


「止めて!」


 合図を受けて必死に息を止めたトオルの耳には、続けて水中に飛び込んだ音、そしてゴポゴポという水中独特の音が聞こえた。目は固く閉じている。

 後はもう、アルを信じて耐えるしかない。

 生きて帰れないかもしれないな。感情がどこか淡白なトオルはそんな思いを抱き始めていた。



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