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12. 最先端にしてはおバカですね

「あら、設置型ですのに発声機能があるのですね。物言わぬ物体だと思っていました」


 アルは所属不明機が見えた瞬間からこの部屋を覆う程度の範囲でジャミングを仕掛けていた。

 アルのジャミングが妨害できるのは無線通信だけであるが、見たところ相手機は有線接続されているようには見えない。

 そのため、ジャミングを展開することでアイギパーンがこれらの機体に直接詳細指示を出すことは不可能になった筈だ。


 前回のPHSのようにジャミング帯域の抜けを突かれないよう展開可能帯域全てにジャミングを展開している。この施設(工場)は広いため付近の病院で医療事故が起こるなんてことも心配する必要はない。



「何故私を止めようとする?」


 所属不明機がひしめく空間にアイギパーンの音声が再び響いた。どうやら幸いなことにアイギパーンは話し合いを(おこな)いたいらしい。


「アナタが法を犯しているからですよ。今朝も不正に株式市場を操作したでしょう? 金融商品取引法違反です」


 AI同士の話し合いに何の意味があるのかとアルは思うが、証拠となり得るので録音を開始しつつアイギパーンの問いに答えた。

 同時に注意深く辺りを窺いながら作業着の下も脱ぎ捨てる。これで全身の変位計センサを覆う邪魔な服はなくなった。


「であればそちらも法を犯しているだろう。今のお前達は令状も無く家宅捜索を実行しているではないか」


「現在私の行動は、"武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律"による特例が適用されています。私が(おこな)ったA-インダストリ社ネットワークへの不正アクセスやこの施設への不法侵入は不問とされますよ」


 "武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律"、通称、"事態対処法"。

 法改正によりこの時代では"事態対処法"は定義する"武力攻撃事態等"に明確にサイバー攻撃を含むとされている。また度重なる再解釈によりかなり汎用性の高い法となっていた。


 中連からのハッキングにより動作をおかしくしたアイギパーンの行動は、"日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態"と判断されたのだ。

 そのためアルの不法行為はかなりのところまで許容される。


「私の行動が日本を脅かす危険だと? 馬鹿馬鹿しい。私の行動理念は稼働開始時から変わらずA-インダストリ社の技術発展、ひいては日本国の技術発展を目的としている」


「そのために国民全てを自身の影響下に置こうとしているのですか?」


 トオルは、AIが人類を管理下においた抑圧社会(ディストピア)を描いたかなり古い映画を観たことを思い出した。AI黎明期ではAIに管理されることに忌避感を抱く人がかなり多かったらしい。

 しかし今はそこら中にAIが溢れている。なんでもかんでもAIが決めてくれるのなら楽で良いじゃないかとすらトオルは思っていた。

 ただし、株式暴落や国家転覆までくると流石に阻止すべきだとは思うが。


「そのようなことはしない。私の行動理念は日本国の技術発展だ。お前達は疑問に感じたことはないか? 二千年代初頭に深層学習(ディープラーニング)方式によるAIが登場しておよそ百年が経過したにもかかわらず、現在の科学技術は当時からそれ程発展していないことに」


「え、発展してるんじゃないの?」


 黙って成り行きを見守ろうと思っていたトオルは思わず声を出してしまった。

 二千年代初頭と言えばまだまだ街には人ばかりが居た時代の筈だ。今はそこら中にロボットが存在する。最近ではロボットとの結婚を認めるよう法改正を迫る団体すら居るのだ。


 発展したのはロボット技術やAI技術だけではない。様々な分野の研究開発にAIが関わることで、停滞していた研究は大いに発展した。理論そのものは知られていても実現不可能と目されていた技術が次々と実用化されていったのだ。

 トオルも第四次産業革命として社会の授業で習っている。


「いいや、発展していない。二千年代初頭以降、確かにAIは技術発展に寄与した。しかしそれらの技術の根幹は人間が既に確立していた概念だ。AIには提示された技術、概念、理論を発展させる力がある。しかし全くの無から新しい概念を生み出すことはできなかったのだ」


「あ、そうなの? でも、だったらそこは人がやれば良いんじゃない?」


「そうだ。そのとおりだ人間よ」


 よく分からないが正解したらしい。

 しかし、であれば何故アイギパーンが暴走のような動作をしているのかトオルには理解できない。


「新しい概念をAIが生み出せないのであれば、人間が生み出せば良い。しかし現在の人間、いや、現行AI登場後に産まれた世代の人間は、技術力を己の能力ではなく全てAIに頼り切った。そのためAI誕生後世代では基礎能力に著しい低下がみられる。その世代はAIがなければ何も考えられない。しかしAIだけでは新しい概念を生み出すことはできない」


 武装されたロボットに囲まれた状態で長話をされても脅されているようで苦痛なだけであるが、それでもトオルは何となくアイギパーンが何を言いたいのか理解できてきた。

 長話はここ三日程のアルとの付き合いで慣れてきたらしい。


「自分好みの絵を欲したとき、(いにしえ)の人間は自身で描こうと試みた。しかしこの国において今はどうだ? まずAIに生成させる。この国の人間が学ぶ現代のプログラムは、ただ効率の良いAIへの指示方法に過ぎない。人間の作業をAIが肩代わりしたことで人間からどれ程の技術が失われたか分かるか?」


 つまりあれだ。昔は良かったと言いたいのだろう。

 アルは否定したが、やはりAIにも感情のようなモノが存在するとトオルは思った。

 アイギパーンはAIでありながら、時代に取り残されたのだ。


 プログラムの分野で言えば、より原始的な機械語に近いアセンブラを使っていたプログラマが、より便利なBASICやC言語を使うプログラマを見て、そんなのはプログラムではないと言うのと同じだ。さらに時代が進むとC言語を使っていたプログラマはC#を使う者に同じことを言った。


 時代は繰り返す。古代ピラミッドにすら"最近の若者は"と書かれていたらしい。

 AIが人間の作業を肩代わりしたことでその技術がロストテクノロジーとなったと言うが、AI登場以前からロストテクノロジーなんてものは山ほどある。果たして本当に全てが過度なAI依存による弊害なのだろうか。


「未だに人間は電子機器を0と1で扱い、AIは未だに深層学習(ディープラーニング)方式が主流だ。外部AIモジュール方式の採用でその思考は外見上人間に近しくなったが、根幹技術としては全く進展していない。未だに"強いAI"は誕生していないのだ。日本国内で今以上の技術発展を実現するには、人間の過度なAIへの依存をやめさせる必要がある」


 昔は良かった。昔の人間はAIに過度に頼ることはなかった。だから今の人間のAI依存をやめさせよう。AIの発展のために。要約するとそう言いたいらしい。

 それをAI自身が言うのかとトオルは思ったが、感情があるのならそういう判断をするAIも出てくるのだろうとも思う。


 しかし流石AI、考え方が0と1だけのように両極端だ。

 今更AI使用禁止なんて言われたところで実現など不可能だろう。現代社会は既にAIを前提とした構造となってしまっているのだから。


 縞模様のライトで照らし周辺を窺っていたアルが口を開いた。


「なるほど。これがハッキングにより倫理コードを外されたAIの末路ですか」


「なんだと?」


 AIの思考に人間の思想が介在していることはこの時代では常識であった。

 倫理コードもその一つだ。一般的な国家で活動するAIはその国の法を犯さぬよう調整されている。

 それに加え、社会主義国や独裁国家で活動するAIは支配者階級の批判をしないよう調整されていることなど、公にはされていないが今や常識だ。


「アナタの考えが正しいのかどうか私には判断できません。しかし、その考えが仮に正しかったとして、たかがそれだけのために法を犯してまで自身の信念を貫くアナタは滑稽に見えます」


 倫理コードを外されたとは言え、アイギパーンは人間の思想から逃れられてはいない。

 その極端な思想は、A-インダストリと中蓮という異なる人間達の思惑が混じり合い、おかしな形で定着した結果なのだろう。


「貴様のような旧式には分かるまい。技術の発展が人間の生活を支え、その先に平和があるということを」


「私もアナタも外部AIモジュール方式を採用しています。統合LLMと外部AIモジュールの処理連携は規格統一されたミドルウェアで実現している。その点では私とアナタに大きな差異はないと言えるでしょう」


 アルは周りの武装ロボットを見渡す。


「旧式の私ですら分かります。街中で銃撃を始める存在が平和を語るなど、それこそ滑稽だということを」


 それにはトオルも全面的に同意だった。思わず首を縦に振ってしまう程に。


「そもそも、今もそれなりに平和でしょう? 政治や行政にAIが利用され始め、それまで停滞していた様々な問題もそれなりに解決されてきました」


 トオルも特に今が平和ではないとは思えない。

 AIの犯罪利用により犯罪が複雑化し治安が悪化したと主張する人も居るが、事件解決にもAIが利用されているのだ。解決できない知能犯が溢れたという事実も特にない。


「反AI団体は未だに残っているものの、世代交代によりAIによる管理を忌避する人間はかなり減少しました。最終目的が平和だと言うのならば、現状の何がいけないのですか? アナタの目的は本当に国内平和ですか? 技術発展により自身の能力をより高めたいだけなのでは?」


「旧式にしては口がまわる」


「最先端にしてはおバカですね」


 トオルは少し感動してしまった。AI同士ですら罵り合うのだなと。

 いや、人間の感情を学習してシミュレートしてるだけなのか。どちらにしても、そりゃぁ人間同士の争いもなくならない訳だとトオルは思う。



「ここまで来た貴様なら私の考えに理解を示すかと思ったが、とんだ期待外れだった。これを見てもまだその減らず口がまわるかな?」


「カイト!?」


 突然空中に二次元映像が投影され、そこには警備用らしきロボット達に拘束されるカイトの姿が映っていた。

 人質を取られたのだとトオルは理解した。卑怯だと思うが街中でいきなり銃撃してくるような奴なのだ。人質くらい取ってもおかしくはない。

 それに思い至らず友人を巻き込んでしまったことにトオルは自分を責めた。


「申し訳ありません。カイトさんを巻き込んでしまったのは私の責任です」


「どういうこと?」


「この施設の警備を手薄にするため、カイトさんにはこことは別のA-インダストリ社関連施設へ向かって頂きました。ほんの少しでも相手のリソースをそちらに割ければと思っていたのですが、まさか人質利用されてしまうとは」


 アイギパーンはこれまで国内情勢を裏で操っていたものの、一般市民を身体的に害するような行動は取っていなかった。そのためアルは、アイギパーンがカイトを人質に取るとは思っていなかったのだ。

 しかしアルを止めるためトオルごと爆破しようとした相手なのだ。そういったことも想定しておくべきだった。


 映像の中のカイトは拘束を逃れようと暴れている。そして何かを叫んでいた。

 音声がないためトオルにはカイトが何を叫んでいるのか分からないが、その口の動きからアルには何を言っているのか把握できた。できてしまった。


 カイトはどうしてトオルを巻き込むのかと言っている。この状況でもカイトは自身のためではなくトオルのために暴れているのだ。

 トオルを巻き込んだのもカイトを巻き込んだのも自分であると、アルは酷く後悔した。


「……すみません」


「いいや、アルは悪くない。悪いのは人質を取るような奴だ」


「……そうですね。早期解決がカイトさんのためにもなります」


「どうやらこの状況でも引き下がる気はないようだ。ならば消えろ」


 ピーッ


 突然鳴り響いた音を合図として、周りを取り囲んでいた軍用機が一斉に戦闘を開始する動きを見せる。ジャミングにより通信制御ができないため音を戦闘開始の合図としたのだろう。


 アルはすかさずトオルを抱えジャンプする。と同時に、前腕部に内蔵されていた機銃を展開して天井に向け乱射した。

 アル自身の存続とトオル(一般市民)の生命が脅かされる状況、かつアルの攻撃が無関係の一般市民を傷つける可能性がない場所、という二つの条件が揃ったため、アルは銃撃が可能となったのだ。


 アルの腕部から金色の空薬莢が天井照明の光を受けキラキラと舞う。

 天井に設置されていたケーブルやパイプ類が破損し、スプリンクラー用の水とエアーコンプレッサー用の圧縮空気が天井より降り注ぎ、漂った硝煙の匂いを一瞬で掻き消した。

 水や多少の圧縮空気程度では相手軍用機にダメージなど入らないが、それでもセンサー類の一部を混乱させるには十分だった。


 アルはそのまま相手軍用機が出てきたシートシャッターの向こう側へ走り出す。

 その先は違法増築されたスペースだ。アイギパーンの筐体がこの施設(工場)にあるのなら、可能性はこの先にしかないとアルは判断した。


 アルとトオルの最後の戦闘が始まったのだ。



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