挿話2 困惑するメイドのクレア
「じゃあ、姉さん。行ってきます」
「アンディ! ちゃんと私のところへ帰ってくるのよー!」
坊ちゃまが屋敷を出発し、心配するベアトリス様から声を掛けられながら街を出る。
この一年間……最初は何度も坊ちゃまの部屋に忍び込もうとして見つかったけど、ここ最近は見つからずに潜伏出来ていた。
ベッドの下やクローゼットの中に、天井の隅に張り付いて息を殺す。
そして、坊ちゃまが完全に眠ったところで……と、それはさておき、坊ちゃまに気付かれない程に気配を断てるようになったおかげで、こうして同行させていただけるようになった。
ベアトリス様には申し訳ありませんが、この旅行の間に坊ちゃまをしっかり誘惑するんだからっ!
「……レア。クレア?」
「ふぇ!? は、はい。何でしょうか、坊ちゃま」
「いや、街へ戻るぞ」
「え? 何かお忘れものですか?」
「そういうのでは無いのだが……まぁついて来ればわかるよ」
そう言って、坊ちゃまが街の中へ戻り、何処か見知らぬ建物へ入る。
かと思えば、すぐに出てまた違う建物へ。
一体何をしているのだろうかと思い、聞いてみようとしたら……突然街並みが大きく変わる。
「え? ぼ、坊ちゃま? ここは!?」
「お、イベントバグがちゃんと有効だったな」
「イベントバグ……?」
「いや、何でもないよ。それより、次はこっちだ来てくれ」
突然の事で訳が分からず、思わず一緒に坊ちゃまへついて来ているマッチョさん――ヒューゴさんと顔を見合わせる。
「あの、ヒューゴさん。ここは何処なんでしょう?」
「ヒャッハー! 知らん! ……が、我らはアンディ様に付き従うのみ!」
「はっ! そうでした! 坊ちゃまが何をしようとも、信じてついて行く! それこそが、真の従者! まだ未熟でした。ヒャッハー!」
「うむ。分かれば良い。ヒャッハー!」
未だに、どうして掛け声がヒャッハーなのかは分からないけど、同行させてもらう候補に入れていただく際に、大事な言葉だと教わった。
早く慣れないと。
改めて決意を固めたその直後、坊ちゃまが見知らぬ大きなお城に向かって行ったと思うと、突然お城を囲う堀の中へ飛び込んだ!?
「坊ちゃま!? な、何をなさっているんですか!?」
「すぐに戻る。そこで待っていてくれ!」
「えぇぇぇっ!?」
城の前には兵士が立っていて、こっちを見ている。
ふ、不審者と思われたら、捕まって投獄されてしまうのでは!?
そう思った時には、
「ヒャッハー!」
ヒューゴさんが叫びながら堀に飛び込んでいた。
こ、これは私も行かないとダメよね?
ついさっき、坊ちゃまが何をしようとも信じてついて行くって言ったばかりだし。
私……お、泳げないけど、そこまで深くないよね!?
「ひ……ヒャッハー!」
堀に向かって飛び込み……深いっ! 足が届かないっ! お、溺れるっ!
バタバタともがいていると、
「いや、上で待って居ろって言ったのに」
坊ちゃまの声が聞こえてきたけど……無理っ! 死んじゃうっ!
「ちょ、クレア!? 大丈夫だから! 落ちつけ!」
「ぼ、坊ちゃま! 助け……息が!」
「いや、呼吸は出来るだろ。もう水から上がっているんだから」
「そうなんです! 水が……あれ? 水……」
気付けば、目の前に坊ちゃまの顔があって……これってもしかして、抱っこされてる!?
「し、失礼致しましたっ!」
「いや、俺も何をするか言っていなかったのが悪かったよ。とりあえず、何処かで服を乾かそうか」
「は、はい。ところで、何をなさっていたのですか?」
「ん? あぁ、これを取りに行っていたんだよ」
そう言って、坊ちゃまが鞘に納められた一振りの剣を見せてくれた。
ただ、ずっと水の中にあったのか、苔がついていたり、所々錆びていたり……どうして、こんな剣が必要なんだろう?
出発の前に、ベアトリス様から剣を受け取ったはずなのに。
わからない事だらけだけど、とりあえず私としては兵士さんの視線が怖いので、再び何処かへ向かう坊ちゃまについて移動する事にした。