第5話 唐突な旅立ち
「はぁっ! アンディ、脇が甘い!」
「くっ! まだまだぁっ!」
ブルスカのアンディに転生して、早一年。
当初は半年修行をしたら、ブルスカの攻略を始めるつもりだったのだが、俺の運動神経が悪いのか、それともアンディの身体能力が低すぎるのか、姉にすら勝てないので修業期間を伸ばす事にした。
そして、毎日剣を振るい、筋トレと栄養管理の行き届いた食事を続けた結果、
「たぁぁぁっ!」
俺の一撃で、姉の手にした練習用の木剣が地面に落ちた。
「アンディ、まさか訓練開始から一年でこの域にまで到達するとはな」
「いえ、やっと姉上に一勝出来ただけなのですが」
「いや、私から一勝出来たというのは凄い事だ。誇って良いだぞ? ……そうだ。私から騎士団への推薦も出来るが、どうだ?」
えぇ……もっと凄く強そうな人から一本取ったのなら自信になるけど、二十歳くらいの猫耳カチューシャを着けた姉から一本取っただけで誇るって、かなり痛いんだけど。
確か姉さんは騎士団で働いているって言っていたけど、毎日定時で帰って来るし、身体も細くて柔らかいし、事務とか経理とかをしているんだろうな。
事務員さんが推薦してきても、騎士団側も困るだろうに。
「俺は俺でやりたい事があるから、大丈夫だよ」
「うーん、そうか。アンディ程の腕を持つ者が騎士団に入ってくれると非常に助かるのだがな。ところで、アンディのやりたい事というのは何なのだ?」
「あー、実は見識を広める為に、世界を見て回りたいと思っているんだ」
「なっ!? そ、それは家を出るという事なのかっ!?」
俺の言葉を聞いて、姉さんが泣き出しそうになったが、どれだけ弟に依存しているのやら。
この一年間、何度言っても新人メイドが夜に俺の部屋にやって来て、週に一度来ない日があって安堵していたら、代わりに姉さんがやって来る。
流石に姉さんは服を脱いだりはしないけど、抱き枕代わりにされて、全く落ちつけなかったんだよな。
「家を出るんじゃなくて、ただの旅行だよ」
「そ、そうか。それならちゃんと帰ってくるんだな?」
「もちろん。俺の帰るべき場所はここだからね」
「わかった。それならまぁ……そうだな二週間くらいは一緒に寝られないのを我慢しよう。その代わり、帰ってきた時には、毎晩私の部屋に来てもらうからな」
いやあの、姉は俺を抱き枕にせず、普通に抱き枕を買えば良いのではないだろうか。
あ……もしかして、ブルスカの世界に抱き枕が存在しないって事?
「そうと決まれば、今晩は私が腕によりを掛けた手料理にしよう! アンディが私の美味しい料理を食べたくなって、早く家に帰ってくるようにな!」
いやあの、盛り上がっている所に悪いんだけど、別に明日旅立つなんて言ってないし、もしも旅立ったら、二週間では帰ってこないと思うんだが。
……けど、いくら姉にすら勝てないとはいえ、家で一年も過ごしてしまった。
魔王が世界を滅ぼすまで二年を切ったし、この機にそろそろ旅立つのもアリか。
街の外へ出れば魔物が現れるが、最弱のモフラビットくらいは倒せるようになっていると思いたいな。
「アンディ! 私は先に戻って美味しいご飯を作ってくるから、ゆっくり来るのだ! あと、今晩は一緒に寝るからなーっ!」
姉が恥ずかしい事を大声で叫びながら屋敷の中へ戻って行った。
さて、急な話ではあるが、俺も旅立ちの準備を始めるか。