表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

【後編 封凍核、恋を解凍せよ】

 香雪の森を抜けた先、地下坑道の口は半開きの鉱石の口腔(こうくう)のように闇を湛えていた。

 凍梁(いてばし)冬芽(ふゆめ)雪柳(ゆきやなぎ)昴光(あきら)の掌を頼りに、ぬかるんだ斜路を降りる。岩壁に塗り込められた情結晶(エモジェム)の鉱脈がほの白く脈動し、遠い心臓音のような響きを返した。冷気は衣の下へ針の列を滑り込ませ、肺の奥で薄氷をはらせる。それでも冬芽は立ち止まらない――彼の体温が脈で伝わり、胸の中心に炉を灯していた。


 「怖い?」

 振り向いた昴光が問う。額の汗が灯火を弾き、淡い虹を散らす。

 「ううん。怖いより、あなたと同じ景色を見逃したくない」

 声は震えたが、それ以上に熱を孕んでいた。


 最深部。〈共鳴坑(レゾナンスピット)〉の天蓋は塔の裏返しのように高く、中央には凍晶の柱――封凍核(フローズコア)が刺さっている。純白の巨大心臓は鼓動のたび結晶を吸い上げ、光を無彩へ溶かし込んでいた。

 そこに立つ影。黒いスーツ、銀の三雪片徽章。整列長Conductor。ネクタイの先が鞭の刃先のように揺れ、視線のない仮面がふたりを射抜く。


 「列を乱す恋情は、ここで凍結される定めだ」

 淡々とした声が坑内に反響し、冬芽の鼓膜を凍らせる。


 昴光が一歩前へ。竪琴を肩に担ぎ、凛と弦をはじく。硬質な高音が坑壁を巡り、結晶の脈動と干渉し合う。

 「恋は列車でも隊列でもない。譜面だ。演奏する自由を奪うなら、その秩序ごと壊すしかない」


 ネクタイ鞭が唸り、足元の黄線が凍土を這い登るように出現する。Conductorが指を鳴らすと、封凍核が脈打ち、冷気が暴風となって坑道を満たした。

 「三」――昴光のマフラーがはためき、冬芽の睫に霜が降る。

 「二」――鼻腔がしびれ、息が凍る前兆の甘い痛みを帯びる。

 昴光が冬芽の頬を包み、震える唇をそっと重ねた。白檀と柑橘に似た香りが一瞬で全身を巡り、冬芽の胸を溶鉱炉のように熱くする。

 「一」――カウントが落ちる刹那、二人は同時に深呼吸をした。


 冬芽はくしゃみを――いや、息を――解き放つ。凍気は白い玫瑰(まいかい)となって開き、その中心で昴光の竪琴が轟く。弦が砕け、破片が氷晶の矢と化して封凍核へ突き刺さる。

 純白の心臓に亀裂が走り、無彩が悲鳴のような光を噴いた。Conductorのネクタイ鞭が暴れ狂うが、吹雪と旋律の渦に呑み込まれ薔薇色へ溶解する。


 「ゼロは……私たちが描き直す!」

 冬芽の叫びとともに亀裂が爆ぜ、封凍核は七色の濁流となって崩落した。桜色――恋の欠片がもっとも濃く、坑道を満たす光は白夜のオーロラのように揺れた。


 整列長は膝を折り、仮面の奥で呟く。「秩序が……混色に浸食される……」

 だがその声もすぐ色の奔流に飲まれる。黄線は溶けて水彩の川となり、足元に春先の泥の匂いさえ運んで来た。


 吹雪の残滓が静かに沈む。冬芽は砕けた竪琴の残弦を抱えた昴光の胸へ飛び込む。彼の心音が激しく、しかし迷いなく打ち続けている。

 「見える? 私たちの色」

 「見えるよ。世界が滲んでも、君の色だけは輪郭を持ったままだ」

 囁きは鼓動のリズムを揺らし、頬が林檎より赤くなる。唇が再び重なり、薄氷の下で温い水脈が弾けた。


 足元に転がる情結晶は、誰かの喜びと誰かの痛みを同じ光で抱き、混ざり合って新しい白へ近づいていく。

 「列がなくても、人は歩ける?」

 冬芽の問いに昴光は頷いた。

 「列を捨てた分だけ手を繋げばいい。君の息がまた凍りつきそうになったら、僕が歌で融かす」

 涙と汗が頬で混じり、甘い塩味で舌が震える。くしゃみはもう来ない。胸が熱で満ちて、吹雪の居場所を失ったのだ。


 坑道の天井が蜘蛛の巣のように割れ、外の夜空が覗く。そこには王都の灯がにじみ、七色の霧が街路を包むのが見えた。凍った世界は融け始めている。

 冬芽はその光景を見上げ、心の奥で静かに呟く――

 「恋は瓶詰めにできない。けれど、こうして抱きしめれば溶けこぼれることもない」


 昴光が肩を抱き寄せ、唇を耳許に落とす。

 「さあ、帰ろう。初めて“色”を売らない朝日を、君と隣で迎えたい」

 坑道を抜ける風はもう冷たくなかった。二人の歩幅がそろうたび、足跡は淡い夜光で縁取られ、まだ名もない新しい白を描き続けた。

 ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます!

 じつは今回の物語と“平行世界”の関係にあたる 『#凍梁ダイアリー 本日、恋心包装完了。』 を、創作投稿サイト Tales にアップしています。そちらでは 凍梁冬芽 と 雪柳昴光 が大学の同級生という設定で、恋騒ぎを描いています。

https://tales.note.com/noveng_musiq/wq5ynf2hhz2z5


 本作とはまた違う甘酸っぱさを意識して書きました。もし「もっと日常寄りの冬芽と昴光を見てみたい!」という方がいらっしゃれば、ぜひTales版にも遊びに来てください。コメントや評価で感想をいただけると、作者はハッシュタグ付きで喜びを凍結し損ねます(笑)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ