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ボールに向かって一直線!

ダンダンッというボールの重たい音が響く。その音を追いかけるように、キュッキュッとシューズのこすれる音とダダダッという忙しない足音が束になって動いていた。


走りながら、ぺたんと張り付く前髪を右手でかきあげ、額の汗をぬぐう。二階の大きなガラス窓には雲一つない青空と、燦燦とした太陽があった。


コート内にその日差しで照らされている箇所があり、そこだけ白く輝いている。まぶしく暑苦しそうで、その部分を避けて走った。


むわっとした熱気の中、コートの中を行ったり来たり。走っても走っても、ちっとも涼しくはならない。身に着けている赤のビブス、この薄い布一枚ですら、今すぐ脱ぎ捨ててしまいたかった。


体育館の中には大型扇風機が設置されていた。しかし、その真ん前を体育教師が陣取って、パイプ椅子に座っている。こちらに来るのは、暑苦しいファン音だけ。背もたれに寄りかかっている、そのクマのような男をさりげなく睨みつけた。


苛立ちが足を加速させ、団子になった赤と青の集団を置き去りにして、ゴールネットまで駆け抜ける。そして、ドリブル中の赤の男子に向かって笑顔で右手を上げた。


「ヘイ、パス!」


青に挟まれて窮屈そうなその男子は、俺の声を聴くと安心したように軽くうなづいて、茶色のボールを投げてきた。


それを受け取るや否や、大きく二歩ステップして、ゴールに向かって高くジャンプした。右手のボールを、ネットの中へ運び込むように腕を伸ばすと、スポッという音が鳴った。


クラスメイト達の歓声と、「ナイス!」というチームメイトの声が自分に集まる。同時にブザービートが鳴り、試合は終了した。どうやら勝ったらしい。


チームメイトたちがハイタッチをしあう中、自分は素直に喜べなかった。勝利したチームが、続けて試合をすることになっていたからだ。この酷暑の中、休む暇もなく連戦させられる位なら、わざと負けてしまったほうがよかったのかもしれない。


そんな感情はおくびにも出さず、チームメイトと笑顔で手を合わす。その衝撃で手汗のしぶきが飛び、照り付ける日差しを反射してキラッと光ったように見えた。万が一でも目に入らないように瞼を閉じた。


肌とシャツが張り付く感じと、暑苦しいビブスの感覚が不快だった。今すぐあのクマを押しのけて、大型扇風機の風を顔から浴び、服の中に流し込んで、独り占めしてしまいたかった。


そんな妄想をしていると、次の試合相手たちがコート内に入ってくる。先ほどの青チームからビブスを受け取っている新生青チームは、クラスでもおとなしめの所謂文科系男子達だった。


対してこちらは、運動部が複数人いる体育会系チーム。戦闘力の差は一目瞭然で、まともにやりあったら赤チームが圧勝してしまうだろう。


試合としてのバランスの悪さに授業としてどうなのか、と思う。ちらりと教師のほうを向いてみると、出席簿か何かを団扇代わりにパタパタとしながら、明後日のほうを向いていた。

その様子にあきれて、睨みつけもしなかった。


まあ、試合が成り立つようにある程度手を抜けばいい。体育の授業において一番重要なのは、運動神経の有無に関わらずみんなが楽しめることだ。


勝ち負けにこだわる人物がいると、クラス内で不和が起きかねない。幸い赤チームは、授業に部活の空気感を持ち込まないメンバーたちだったため、その点は安心だ。


視線を元に戻すと、遅れてコート内に誰かが入ってくるのが見えた。その人物はビブスに首を通しながら、ふらふらと歩いていた。スポッと飛び出たのは、悪人面を暑さでさらにゆがめた、小林の顔だった。


目が合うと、苦虫を嚙み潰したように露骨に嫌な顔をして、視線をそらされる。顔が引きつった。


今日はまだ小林と会話をしていない。朝、おはようと声をかけようと思っていたが上手くいかなかった。どう声をかけようか、まごついている合間にクラスメイトに囲まれてしまい、そのまま朝のHRが始まってしまったのだ。


放課後の時のように話しかけたいのに、やはりまだ学校だとうまくいかない。声をかけようとすると詰まってしまう。それに、周りからどう思われるかがどうしても脳裏にちらついてしまった。


「よろしく」の一言を言いたいのに、視線が合わない。クラスメイトたちの目が集まる中、肩をたたいて話しかける勇気もない。大きく出そうになるため息を歯で噛み殺した。


試合開始のあいさつのために両チームが整列すると、赤と青で体格の差が顕著に分かった。こちらのチームで一番背が高いのは自分だったが、相手チームで一番高いのはなんと小林だった。


大抵の場合ジャンプボールを担当するのは、チームで一番身長が高い人物だ。おのずと、俺と小林が選出されることになった。


コートの中央に立つ。小林は大きくため息をついてから俺の向かい側に立つと、こちらに顔を向けることなく、斜め下を向いた。そして、一向に正面を見なかった。


ギリッと歯を噛みしめ、拳を強く握る。目線の少し下にあるつむじを、親指でぐりぐりとしてやりたい衝動を抑え、口角を表情筋で無理矢理持ち上げた。


試合開始の直前、小林にだけ聞こえるような小声で、見下ろしながら囁く。


がんばって


にこっとそういうと、小林は顔を上げてこちらを見てきた。それに満足していると、審判役の生徒がボールを持って、二人の間に立った。


審判がボールを掲げると、グイッと目の前の小林が大きくなった。思わず「えっ。」と小さくつぶやいてしまう。目線の少し下にあった頭が、自分と同程度の位置にあった。


よく見ると、いつも曲げられている背と首がピンッと伸びている。姿勢悪く座っている姿ばかりが見慣れていて、目線が同じ位置にあるこの状態に固まってしまった。そして、自分のかかとがほんの少し浮いた。


しかし、同じ位置にあるはずの小林の目と視線が合わない。彼は斜め上をジッと見据えていた。普段、スマホ首で隠されている首元が、大きくさらされている。


いつもと真逆のそのアングルで、首筋につたう汗とごくりと動く喉元がはっきりと見えた。つたった汗が、シャツの中へ落ちていった。


突然、青色が眼前に広がる。そして、22の背番号と目が合った。


ハッとして、慌てて自分も飛び上がった。遅れて、掌の上の部分でボールに触れる。ボールを挟んだ反対側から、ものすごい力が加わって来るのが分かった。なんとか押し返そうとしたが、上からの押さえつけるような力に押し負けてしまう。ダンッと背後から音がした。


振り返ると、ちょうど日差しで白くなった場所にボールは転がっていた。それはオレンジが発光しているかのように強く輝いて見えた。その下には、真っ黒な楕円の影が落ちている。しかし、照らされた場所から転がりぬけると、ボールの色はくすんで、影は薄くなった。


視線を戻すと、ニィっと口角を上げ、目を細めてこちらを見る小林がいた。そのドヤ顔に、口や眉、顔全体がピクッと動いた。


気がついたら走り出していた。足をダダダッと動かし、白く照らされた部分を駆け抜ける。熱の光線が降り注ぎ、その熱さとまぶしさに一瞬目を細めたが、すぐにそこを過ぎる。過ぎると、また一瞬だけ周囲が暗く涼しくなったように感じたが、ただ茶色のボールに向かって一直線で走った。


勢いそのままに、青の男子からそれをひったくると、一人でゴールまで向かった。誰にもパスを回すことなく、がら空きの守備を素通りする。バッと飛んで、ネットにレイアップシュートした。


少し間をおいて、控え目な歓声が起こる。クラスメイトたちの顔は、先ほどよりも曖昧な笑顔だ。チームメイトにもナイスと言われたがハイタッチをすることはなく、新生青チームは気まずそうに棒立ちしていた。タイマーを見ると試合開始から20秒しか経過していなかった。


周りの空気感を肌で感じて、シャツに張り付く感覚は冷たくなっていった。試合のバランスが云々と言っていた自分自身がそれを助長し、チームプレイのスポーツで一人突っ走ってしまった。


部活の試合や大会ならいざ知らず、ゆるい体育の授業では、先ほどの行動は空気の読めないものだった。それを自分は理解していたはずだったのに。


動揺から、どこを見ていればよいかわからず、視線を迷わす。視界に、肩をふるわせて可笑しそうに笑っている小林が映った。その細められた弧に向かって、「お前のせいだ」という恨めしい視線を送った。しかし、その睨みに再度小林は吹き出した。


一瞬流れた微妙な空気はすぐに消えて、何事もなかったかのように試合は続行される。俺は、ブザーが鳴るまでパスに専念してシュートはうたなかった。


けれど、小林を徹底マークしてどこまでも張り付いた。飛んでくるボールはすべてカットし、彼がパスコースにいようがいまいが付きまとった。目の前に立ちふさがると鬱陶しそうに顔をゆがめるのをみて、少しだけ胸がすいた。


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