卵の殻が入っちゃった!
後々改稿するかもです!
昼休み、この時間が学校生活の中で、一番の苦痛の時間だった。
4限目の授業が終わると、クラスメイト数人が自分の席に集まってきて、周りの机をくっつけ始める。一番前の席の自分は机を回転させ、そして、向かい合った状態になる。
授業がつまらない、あの先生は外れであの先生は優しいと、愚痴で盛り上がる。毎度同じようなことをよく飽きずに言えたものだと、周囲の幼稚さに呆れかえった。
それをおくびにも出さずに、笑顔で「わかるー。」といつものように同調する。これを約一時間もの間、繰り返し続けるこの時間を、とても退屈に感じた。
しかし、退屈なだけなのはまだよかった。周囲の話に、機械的に反応するだけでよいからだ。苦痛の要因は他にあった。
自分の机に目線を映す。そこには、青色の包みがあった。
自分にとってそれは嫌に存在感があって、見ていると、空腹の気分が霧散し、代わりに何か重たいものが腹の中を満たすような気分になった。
漏れそうなため息を飲み込んで結びを開き、白色のお弁当箱を取り出す。これは高校入学を機に新しく母が買い換えてくれたものだった。
触ると、その箱は冷たい。母が、わるくならないように保冷剤を入れておいてくれるのだ。その気遣いに胸を締め付けられる気持ちのまま、ふたを開けると、綺麗なおかずたちが姿を見せた。
「斎藤君のお弁当、いつみてもおいしそう!」
俺の弁当を見て、ひとりの女子がおだてるように言ってきた。それに対して「母さん、料理好きなんだー。」とテンプレートで返事をした。幼いころから、お弁当についてよく褒められたので、この問答はよくあった。そしてそのたびに、返答に違和感はないか、笑顔はひきつっていないかと、内心冷や汗が止まらなかった。
周囲が食べ始めたのを確認して、箸をとり、そのお弁当を眺める。
ミニハンバーグ おそらく豆腐ハンバーグだ。白に、きつね色の焦げ目がついている。
卵焼き 茶色のない明るい黄色に、綺麗な断面。まるで機械で作ったかのような精巧さ。
肉じゃが 皮の剥き残しのないじゃがいも・にんじんに、細い薄切りの豚肉。
ほうれん草の胡麻和え 葉の深い緑と、茎の鮮やかな黄緑、みずみずしい。
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弁当全体の色や配置のバランスも、調和がとれていた。
だがそれをみても、腹の中を満たす嫌な感覚はかえって増すばかりで、一向に箸が進まなかった。
しかし、周りが食べていて、自分が食べ始めないのは不審に思われる。
そこで、ふーっと、周囲に気づかれないように息を吐く。
重たい何かを、すこしでも体の外へ吐きだせることを期待した。けれど、ただ息が吐かれただけであった。
そのことに肩を落としたいのを抑えて、気持ちを切り替えることにした。
ただ息を吐いたことで、先ほど飲み込んだため息を体から吐き出せたのだ、と無理やり前向きに考えた。その無理くりつくったポジティブをよすがにして、覚悟を決める。
半ばやけくその勢いで、ミニハンバーグを口の中にポイっと放り込んだ。
ひんやりとしたそれを噛むと、予想通り豆腐ハンバーグで、特有のふわふわの食感を感じた。やわらかく、口の中でほぐれていく。
しかし、噛めども噛めども、一向に味がしない。ただ豆腐のようであった。いや豆腐本来の、素朴さを感じられるならまだよかった。
ひき肉と混ざることで、豆のあおの匂いの中に、肉の匂いがほのかに感じられて、豆腐としても純粋に味わうことができなかった。
他のおかずも同様で、咀嚼しても塩味といった調味料の要素が感じられない。決して不味いわけではないのだが、食べても食べても無であった。箸が止まる。
「全然食ってねーじゃん!うまそうなのに。食欲ないなら俺が食ってやるよ。」
ひとりの男子がそう言いながら、俺の弁当に箸をつけようとした。
バッ!と反射的に弁当箱を守るように、自分の腕のなかに抱えた。突然のことだったので、本当に嫌なことをされた時の反応をしてしまい、不自然さが隠し切れていなかった。
なんとかごまかさなくては。
激しく脈打つ心臓に気が付かれないように平常心を装って、できるだけおどけて、わがままをいうすねたような顔を作った。
「だめ、ママのごはんは全部僕が食べるの!」
まるでマザコンのように、かわいこぶってそういうと、男子たちはゲラゲラと笑い始めた。女子たちもくすくすとその冗談を笑った。
よかった、乗り越えたみたいだ。
額ににじんだ汗をさりげなくぬぐって、まるで大きな窮地を脱したような気になった。
しかし、ほっとしている時間はない。おどけて見せた以上、食べなくてはならない。箸が止まれば、またあの窮地に立たされるかもしれない。
腹の中の何かを無視して、弁当をかきこんだ。まるで空腹に耐えかねた子供が、食い意地を張って、必死になってご飯を食べるように。あまりの美味しさに、思わず笑みがこぼれるといった風に。美味しい、美味しいとバクバク食べた。
それを見て男子はまた笑って、女子は「かわいい」とニコニコ楽しそう。
対して自分は、気持ちをぴくりとも動かさないように、ただ味のしないそれらを流し込んだ。そして、どんどんおなかの中が重たくなった。
しかしどうしても、自分の家の料理の味について、周囲にバレたくなかった。
「おいしそう」ともてはやされてきた斎藤くんの家のご飯には、なんの味もしないことも、
味のしない料理を平然と美味しそうに食べていた自分のことも、何より母親の料理の腕を疑われることも。
何一つ、周囲に悟られたくはなかった。
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しかしその日はいつもの苦痛の時間に、異変が起こった。
「うわ今週のプリドレ☆の神FAきたー。ファボリツ失礼しまーす。いやーやっぱ今回のプリドレ☆最高だったよな。プリティシリーズの母の日父の日回は毎度涙腺を崩壊させることに定評があるけど、今回もその期待を超えた仕上がりだったよなあ。」
突然、後方から教室中に響き渡るほどの声量で、わけのわからない独り言が轟いた。
クラス中の視線が一点に集中し、一緒に食べていた周囲の目も、自分からそちらへと移動した。
小林和人
クラスでは唯一浮いた存在で、誰かと親しくしている姿を見たことがない。自分も、4月の最初に話したことがある。一人でいたので、親切心で話しかけたのに、あまりに不愛想に応対されたため、それ以来交流はない。教室の中で目に入ると、いつもスマホをみて、にやにやとしていて、薄気味が悪かった。
ヲタク趣味で何を考えているかわからないぼっち。
それが彼への評価だった。交流を持つメリットは一切感じられず、また、交流を持てば自分も同類だと周囲に思われる危険性すらあった。そして4月の終わりには、彼を関わりたくないリストに入れた。
そんな小林が、アニメか何かについて、恥ずかしさの一片もなく、いっそ誇らしげに語っている。周りはドン引きして、彼の席から距離をとっていた。小林の周りだけ、ぽかんと空洞ができているようであった。
その光景が胸をちくりと刺し、一人で座っている小林から目をそむけたくなった。
しかし小林の顔を見ると、予想外に、にやにやと笑っていた。まるで、その空洞にかえって満足しているように。
それから彼は、お弁当箱から卵焼きをつまみあげると、ぱくりと頬張った。それから本当に無意識のように「うまっ」とつぶやいた。
その、あまりに場違いな吞気さに、俺はぷふっと噴き出した。
周囲の人間たちはこそこそと、小林の話題でもちきりになった。そこには、俺の食いっぷりに期待する目はなくなっていた。
腹の中の何かが、少しだけ吐き出されたような気になって、自分も卵焼きをつまんだ。
口に入れても、味はしなかった。しかし、ちくりと口の中を刺す感覚を覚えた。少し品のない行為で躊躇われたが、箸でその原因を取り出した。
正体は、卵の殻のちいさなかけらであった。
その白いかけらに目を見張り、そしてなぜだか無性にお腹がすいたようになって、それを再度ぱくりと食べた。ごくんと飲み込む。その喉を刺す感覚は、不快ではなかった。
小林を見ると、にやにやとスマホを見ながら、ぱくぱく弁当を食べている。その姿はやはり薄気味が悪い。
しかし、楽しそうに、おいしそうに食べる小林を見ていると、気がついたら、お弁当のおかずが少しだけ減っていた。