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Chapter 3

……んぅ…。

ここは…？

あれ、あの後どうなったんだっけ…？

目を開け周りを見回すとよく知っている風景、自分の部屋だった。

風斗様が運んでくれたのだろうか。

時計を見ると夜の11時。

寝ていたのは数時間…か。

とりあえずベッドを降りようと上半身を上げようとする。

「うっ！」

できない…。

腰、すごく痛い…。

そしてそう思うのと同時にさっき起きたことが鮮明に頭に浮かんできた。

「……」

体を見れば赤い花が散らかっている。

布団には精液のあと。

それが決して夢でなかったと物語っている。

「……うぅっ」

私は、風斗様が好きです。

だから、体を繋げるときも私から抱きたかった。

小説では執事があまりに好き過ぎてそういう行動に出てしまったから。

その後、両想いになれるっていう最高のハッピーエンドだったから。

そうしたらきっと幸せな結果になると信じてたから。

…いえ、問題はそこじゃない。

本当は別に小説どおりじゃなくても、ご主人様からでも全然構わない。

私が受けでも全然構わない。

ただ、なにが一番悲しかったかって、ご主人様は……

ご主人様は…

私で遊んだってことです…。

「ぅっく、ふぁ…っ」

無意識のうちに流れだした涙。

そして手の甲で少し跳ねて滑り落ちた。

「かざ…ッどうしって…」

何度も声に出してそう呟いた。

何度も現実から目を背けようとした。

でも、あの行為は夢なんかじゃなくて。

そして、あの行為のせいで全てわかってしまった。

風斗様は私の事はなんとも、もしたしたらただの興味だったのかもしれない。

強いて言うなら遊べる玩具程度にしか思っていないのかもしれない…。

そんな辛い事実だけが頭を過る…。

「い、いやだっ！そんな現実見たくない…！」

「へぇ、どんな現実逃避をしたいんだ？」

私は誰に言ったわけでもないのに返ってきた言葉、正確には声に体がビクッと跳ねた。

「か、風斗さ…」

ドアに寄りかかって立っていたその人は、意地の悪そうな、そして最高に楽しそうな

顔をしていた。

「おい八重、体調はどうだ？え？」

「…大丈夫…です」

本当は全身痛いし、頭はグラグラするしで全然大丈夫ではないのですが…。

風斗様にとってはとても嬉しい返事だったようだった。

「ハハッ！マジで！？じゃあさぁ…」

そこで一旦切ると、ベッドまで来た。

そしていきなり頭を掴んで無理矢理視線を絡ませられて…

「明日もご奉仕できるよなぁ？」

いつもなら綺麗だと思う笑顔でそう言った。

その発せられた言葉に思わず絶句してしまう。

そ、んな…また遊ばれるのですか？

「いやぁ、予想以上に結構気持ちよかった。これなら毎日やってもいいな！」

「……」

「返事は？」

「………はい…ヒック」

また涙が流れる。

それを見た風斗様が怪訝そうな顔で覗いてきた。

「は？何でお前泣いてんの？お前は俺の執事だろ？

それに、男とやりたいって夢、俺が叶えてやったんだぞ」

もう、悲し過ぎて何も言えなかった。

そんな夢なんかではないのに…。

「………いつからかなぁ、お前の方が泣くようになったのは」

嗚咽しか出てこない私を見ながら、そうぽつりと風斗様は呟く。

「幼い頃、ぼんぼんな俺はなかなか他のクラスメイトに馴染めなくて当時まだ中学生だったお前に毎日泣きついてたのにな。まさか逆になっちゃうなんて…さ」

「風…斗さっヒック…？」

なんで…？

なんでそんな苦しそうな顔するんですか？

私のほうが苦しいはずなのに…。

そう私が思った途端、風斗様はしばしその長いまつげを伏せる。

そして、またゆっくりと持ち上げ、

「明日の夜７時だ。また遊んでやるから、な？」

すぐにさっきまでのに楽しそうな顔に戻って、そう言い放つ。

そうするとさっさと部屋から出て行ってしまった。

扉が閉まり、廊下から漏れていた光も無くなった。

暗闇に支配される。

それが心を不安にさせた。

でも…ほんの少しだけあの人の瞳に映った辛そうな影はなんだったのでしょう…。

あんなに酷いことされたのに、それを見ただけで、また胸が騒いだ…なんて。

私はどうしようもない愚か者です。

次の日、

風斗様はさっさと学校を出ました。

いつもなら遅刻ぎりぎりになるまで家にいるのに、今日はこんな早く出て行くなんて…。

私とご飯を食べるのも嫌になってしまったのでしょうか。

でも今日はそのほうが都合がいい。

あまりすいてないお腹に、少し無理をして朝食をつめる。

そして、深呼吸を2、3回するとある人に電話をかけた。

プルルルルッ

そう電子音が数回鳴ってからその人は出た。

『八重君かい？久しぶりだね』

「あ、おはようございます…」

私がかけた相手、それはBL本をくれた張本人だった。

この人は、昔私の近所に住んでいて、仲良くしてくれたお兄さん。

風斗様と3人でも遊んだこともあるくらい、優しくて本当に信頼のできる人だ。

そして、私が唯一心の内を打ち明けた人。

彼は今、同じように男性を好きになり、その人と暮らしている。

『こんな朝から一体どうしたんだい？びっくりしちゃったんだけど…』

「すみません…迷惑なのはわかっていたのですが…。

　あの…実は相談したいことがあって…」

『相談？いいよ。君は苦労することが多そうだからねぇ』

向こうから穏やかな笑い声が聞こえる。

やっぱり私は苦労性なのだろうか？まぁ、そんなことは今はいい。

私はほっとして、内容を伝えようとして…。

そこで口が閉じてしまった。

もちろん相談したいことは風斗様のことだ。

しかし、悪口になってしまわないだろうか？

私はもちろん風斗様の悪口なんていうつもりは無い。

でも相手にはそう聞こえてしまうかもしれない。

それが私には不安になってしまったのだ。

そしてしばらくお互いが言葉を発っさない時間が過ぎる。

『もしかして、風斗君のことかい？』

「え！？」

いきなり相手から出てきた内容はまさにその通りで、思わず驚きの声を発してしまった。

『図星だね。前々から好きって言ってたけど…もしかして何かあったのかい？』

「……」

一気に心が揺れる。

もし言ったらきっと相手は酷いと感じるだろう。

事実だけを述べたら、彼は私で遊んだことになるのだから。

でも、もう相談できる人は彼しかいない。

彼は、私の風斗様に対する想いを唯一打ち明けた人だ。

だから、あのBL本をくれた。

上手くいくといいねって、その一言を添えて…。

「…た、助けてくださ、い……！私、このままじゃ…」

そして昨日の出来事を最初から、最後まで、すべて話した。

『――…そっか。風斗君、しばらく会わないうちにそんな子になっちゃったんだね…

それに、あの本がきっかけでこんなことになるなんて…』

「ほ、本は関係ありません…。貴方は私を思って渡してくれたので…。

でも…もう、どうすればいいのかわからなくて…。

私、あんなことされてもまだ風斗様のことが好きなんです。それが、一番辛く、て…」

涙が言葉を出すたびに流れ、嗚咽を漏らしながら話したから正直相手に伝わっていたかは

よくわからない。

でも、相手は何度もうん、うんと優しく相槌を打ってくれた。

『八重君。1回ちゃんと風斗君と話してみなよ』

「…え？」

『それでしっかりと気持ち伝えて。やっぱり言わなきゃわからないことはあるし、そうしたらわかってくれるかもよ？

ただ、それでも八重君に酷いことするなら…もうすっぱりあきらめて慕うのをやめるというのも手だよ』

ズキッと胸の奥が痛む。

お兄さんの言葉ははっきりと、的を得たアドバイスだった。

゛風斗様を慕うのをやめる…″

確かに、風斗様と心が通わずにずっと玩具にされるのなら、それがいいのだろう。

誰でもそう言うに違いない。

でも、それを決断するのはすごくすごく苦しい。

だって今までずっと彼だけに恋をしてきたのだから。

『……大丈夫？八重君』

またしばらく黙ってしまった為か、心配そうな声でたずねられてしまった。

「あ、すみません…。そうですね、私、自分の想いを伝えないで泣いていたなんて恥ずかしいです。

風斗様が帰ってきたらきちんとお話したいと思います！」

その心配を拭うように明るい声を出す。

道は決まったのだ。

『うん、がんばってね。八重君はすごくいい人だから自信もって！

…進展あったらちゃんと報告しろよ？』

ニコリと、受話器越しでも笑ってくれているのがわかる口調だった。

あぁ、この人に相談してよかった。

じゃなきゃ、今頃はずっとずっと泣いていたかもしれない。

ありがとうとお礼を言った後、しばらく私たちは雑談で花を咲かせた。

勝負は風斗様が帰ってきたら。

絶対に、この想いを伝えよう。

小説とはもう違ってしまっているけれどもう逃げない。

この後、どんなお話が待っていても―――…。

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