愛していれば許してもらえるとでも?
ラストの部分あたりが一部残酷表現に感じるかもしれませんのでスプラッタ苦手な方はご注意ください
ローズの香りの紅茶に生クリームたっぷりのケーキ。
過ごしやすい季節の風がゆらりとふいて心地よい。
「幸せですわ」
私、マリー・ミエレットと申します。
うら若き16歳の伯爵令嬢でございます。
先日2歳年上の侯爵令息に婚約破棄しました。
彼の名は、トニー・ヴァーグナー様。ヴァーグナー侯爵家の三男です。
一人娘のミエレット伯爵家に婿に来て頂くことになっており、二年後の私の成人とともに婚姻をあげることになってました。
10歳の時からの婚約関係でした。
鉱山のあるヴァーグナー家と加工業や商売の強い我が家との政略でした。
ですがそれは貴族として珍しくもないので私も最初から納得しておりました。
始まりこそ政略結婚でも幸せな家庭は我が家含めて少なくはないのですから。
ただ私はそこに含まれなかったのですが。
最初はそんなに悪い関係ではなかったと思う。
定期的に文通や贈り物、お茶やお出かけなど何度もしていった。
しかし彼が15歳の時学園に入学してから徐々に関係は変わっていった。
手紙を書いても返信が来るのは3通に1通程度。
贈り物も私の好みでないもの。
お茶やお出かけには学園の女生徒を私に断りなく連れてくる。
それだけでも辛いのに彼に伝えると少しニヤリと笑って「マリー嫉妬かい?」と言うだけ。私が学園に入学したら少しはマシになるかと思えば昼食の度にいつも同じ女生徒と一緒に誘ってくる。本来学園の昼食は婚約者か同性の友人ととるのが常識なのに。
学食で奇異の目で見られているのに彼らは気付いていないのだろうか。
「レイはー」「レイならー」「レイが言うにはー」
彼が言うのはいつもこんな。
レイシャ・イーウェル男爵令嬢。目の前で彼の腕に絡みついている女性だ。
彼らを見てるとまるでどちらが婚約者なのか分からなくなってくる。
2歳年上だから彼らと在学期間がかぶったのが短いのが幸いだった。
今年卒業だからそればかり願っていた。・・・・あれ?こんなの願う相手と結婚なんて無理じゃないか?
そう気付いた私は彼らがどれだけ一緒にいるのか、手紙にもレイシャ様の名が出てきて、プレゼントも彼女と選んだり、個室のあるお店に二人で何度も通っていたり、私とトニー様が二人で出掛けた先には彼女が必ずいることも全て報告書にまとめ両親に婚約解消を願い出た。それにより愛娘を侮辱されたと感じた両親は激怒し、ヴァーグナー家に婚約破棄の申し立てをして私の報告書をトニー様からの手紙、贈り物セットで叩きつけた結果文句なく了承して頂いた。さすがに揉めたらこの報告書を他の貴族にも知られると思ったのであろう。
けれど学園での彼の行いからほとんどの貴族には噂が回っている。
そんなこんなでやっと私は穏やかな日々を手に入れた・・・はずなのだが。
「お嬢様本日も手紙が」
顔をひきつらせた侍女が私に手紙を差し出す。
「ありがとう・・・またなのね?」
「はい」
彼女は持ってきたくなかったのだろう。けれど侍女にその権限はないから持ってくるしかない。
差出人を見てため息をつく。
「はぁ、せっかくのティータイムが台無しね」
『トニー・ヴァーグナー』
婚約破棄してからまだ一月ほどしか経っていないのに連日彼からは謝罪と弁明の手紙が届いていた。
彼とレイシャ様は今回の件から周りから遠巻きにされている為か卒業式に参加せず卒業資格のみ受け取り各々の領地に引きこもっているらしい。
別に私に関わりなければお二人が婚約しようがどうでも良いのだけれど上手くいっていないみたい。
彼曰く、愛していたのは私だったそうだ。レイシャ様とは何の関係もなかったと。
あれだけの証拠を残しながら何を言っているんだと思われるだろうが私は知っている。
彼らに不貞はなかった。
正確には、レイシャ様はトニー様を狙っていたのだろうが不貞にまでは至れなかったのだ。なぜなら彼は私マリー・ミエレットを愛してやまないのだから。
初めて会ったときから一目惚れだったそうだ。
政略もあったが彼が親たちに懇願して婚約はなされた。
では何故このような事態になったのか。
「あのお方は救いようがありませんわ」
手紙に一通り目を通しまた紅茶を一口。
もとより不器用だが実直な性格を分かっていたから素直に愛を言えないことなどは愛嬌程度に思っていた。
だが彼が学園に入学した年に流行った恋愛物語がきっかけで私たちの関係は捻れていった。
その内容はヒロインの令嬢と一見冷たいが実はヒロインを愛していている主人公との恋愛模様。素直に愛を伝えられず、他のライバル令嬢といちゃつく主人公に嫉妬して「私だけを愛して」と主人公に抱きつくヒロイン。
そうしてお互いの絆を強めていくお話。
そうお話。所詮は夢物語なのだ。
初めて見たときから私はこの主人公が大嫌いだった。
何故、素直に言わない。
何故、ヒロインを試すのか。
何故、他人を巻き込んで問題を起こすのか。
何故、『最後は許されて当然』と思い込んでいるのか。
つまりトニー様はこの物語を真似ていたのだ。
愛を縋る私にしたかったのでしょう。
レイシャ様はそんなトニー様に女性の好きなものや場所を教えるというていで一緒にいたらしい。まぁ、既成事実でも作りたかったのだろう。
けれど私一筋なトニー様はさすがに物語の主人公のようにいちゃつくのは最初は嫌がっていたのだが私からの苦言を嫉妬されたと勘違いしてからは嫌がらなくなったようだ。まぁ、私に見せつけるとき限定だが。
嫉妬される=愛されているとでも思っていたのだろう。
本当にくだらない。
今更過ちに気付こうが関係ない。
「私は片方だけが縋る関係などごめんですわ」
現実は物語のようにはいきませんの。
ミエレット伯爵家は、遊学にきていた隣国の公爵家の次男がマリーの婚約破棄の首尾の良さに興味を示し、彼女の卒業とともに婿入りが決定した。
彼は博識だが興味ある事以外ができずマリーを女伯爵にたて、その補佐に徹底した。
自制心の強いマリーと自由な彼。二人の相性はよく二男一女をもうけ幸せな婚姻生活を送り、国内有数の資産家へとミエレット伯爵家を成長させた。
トニー・ヴァーグナーは、婚約破棄後に何度もマリーに復縁を申し出たが当然断られ。
それでも諦めきれず彼女の結婚した年にミエレット家に忍び込み無理心中を図ろうとしたが彼女の夫に計画がバレ、彼女の目の前にすら行けずその生涯を閉じた。
レイシャ・イーウェルは、他家の婚約破棄の原因とされ両親に年老いた富豪の後妻として嫁ぐ事を命令された。
トニーに助けを求めたがマリーに婚約破棄され、おかしくなっていた彼は「お前のせいだ」とレイシャを斬りつけた。
ヴァーグナーの騎士に助けられることで一命は取り留めることはできたが身体に大きな傷が出来た事で後妻の話はなくなり、娼館に売られてしまった。
その後の行方はわからない。
ツンデレ主人公が愛していれば許してもらえるという設定が嫌いで素直になれないならそのまま破滅してほしくて書きました!
誤字報告ありがとうございます。訂正いたしました。