走馬灯
※主人公の抱える暗い過去について描写が続きます。苦手な方はスキップしてください。
いまでも思い出す。
両親の運転する車が、反対車線から飛び出してきたトラックにたまたまぶつけられ、たまたま橋の上で、宙に浮かび、ドボン。
目が覚めたら、シーンと静けさが煮込まれたようなにおいのする白い天井。
自分にめちゃくちゃにつなげられた管。途端に恐怖がよみがえった。
衝撃と、赤くて鉄臭いにおい。両親の姿。
妹の姿。今思うと動悸なのだろう、きゅるるるると甲高い音が鳴り響き、いつの間にか俺は泣いていた。
弱い奴だ。やれやれ。ナースがきた。ようやく意識が戻ったのねとか言ってたな。
身体が震えた、ひたすらに。寒くてしかたなくて吐きそうになった。
ベッドは暖かく、空気は暖かいのに、芯から震えた。いまでも思い出す。
意識を取り戻した瞬間と意識を失う瞬間。ふわりとして、そのまま意識喪失をしたときと起きた時の自然にそこにいた感覚となぜここにいるんだという困惑。
震えている俺を安心させようとしていたのかナースは手を握り話し出した。「みんな大丈夫よ、安心して。あなたが起きるのをみんなで待っていたのよ。いま、ほかの人を呼ぶからね。」と、PHSを出し、ほかの人を呼びだし始めた。
俺は、さらに心が凍り付いた。そのときは意識がもどったばかりでわからなかったが、いまになり、思う。こいつうそつきだと。赤い血を、思い出す。自らに降り注ぎ、生ぬるくぬめぬめした肉。
いまでも覚えている。それから、隣の席にいた妹のことを思い出す。そうだ、妹はどうした。
「あ、、、、あ、、あ、、、。」言葉が出ない。口が震えて動かない。
声が形にならずに空で消えていく。ナースは手を握りながら、電話で話し続けていたが、ひと段落したのか俺のほうを向き、意味をつかもうとしている。しばらくしてつかんだようだ。
「、、、、、。ご両親も大丈夫よ、安心して。妹さんも隣のベッドで寝ているわ。立派なお兄さんね。妹さんを救い出したのよ。妹さんとペットボトルを抱きかかえて、、ほんとうに、、、。立派よ。立派なお兄さんよ。」そういってナースは涙を流した。
おれは、、、。うつろだった。言葉が頭に伝わるが、血流がしびれたように意味がわからない。意味が分かったのは何年もあとだ。それも黒い墓石の前で意味を唐突に理解した。いや、腑に落ちた。
小学校で習っていた、ペットボトルを使って浮上する方法をとっさに行ったらしい。
妹のシートベルトを外し、飲んでいたペットボトルで一緒に浮かんだらしい。
正直どうやって助かったのか、覚えていない。いまこうやって書いている中で思い出せない。
思い出せないのだが、警察やら親族やらナースやら様々な人から話を聞いていて、それを作り出したのだろうか。
それが本当にあったのかわからないが、イメージして思い出している。
衝撃、割れたガラス、赤く生ぬるい血、頭のない両親。妹のシートベルトを外す。ペットボトルと浮かぶ。両親の横を通って、水の中でおぼれていこうとする自分。上を向いていたはずで見ているはずがない、水の中でそう見えるはずがないのに、沈んでいく銀色に光る車。よく父親が洗車してたな。そうえば一緒にしていたっけ。
ただ、自分の脳裏に色濃く残るのは鉄のにおいと病院での白と器具、そしてナース。
それが頭にこびりついて離れない。それらを感じると吐きそうになる。
妹はどうなったのか、ナースにぼうっとした頭を抱えながら聞く。
隣のベッドにいる。近くに行きたい。と伝えるも、だめだといわれる。
おれは泣き始める。まったく弱い奴だ。泣いて何になるわけでもないのに。
しばらくして、医師と看護師たちがぞろぞろと現れる。
バイタルを確認され、瞳孔のチェックもされる。
おれは怖くてたまらない。何なのだ、こいつらは。涙を流しながら震えていると、ずっとついていてくれたナースが妹の状態をみたいといっていると医師に伝えたらしい。
医師はだめだといったらしい。絶対安静だと。
おれは涙を流し続けていた。看護師たちは攻め立てたようだ。医師は許可を出した。
ナースは俺を起立性の低血圧やショックを気にしながらゆっくりと抱きかかえるように数人で起こしてくれた。カーテンを開ける。隣のベッドが見える。安堵した。
そして、こいつを守らなければならない。と腹の底から思った。
おれはこいつを守る。なんにかえても。命に代えても守る。
こいつを害するやつはぶっ殺す。と当時は殺すという意味は分からないが、死という概念は分かった。いやわからされた。正しくはこいつを害するやつは命を奪う。死を与える。ということだ。
妹は同じように管がたくさんつけられていた。マスクもしていた。酸素のだ。
ピコん、ピコんと動く線は一定だ。それを見ていると安心した。
バイタルサインを確認する機械だ。いま思い出すとそう思う。
妹に声をかけようと思うが、声がでない。けれど、声を心で伝える。
・・・・おれがお前をずっと守る。ずっと守るから。
伝わっているはずはないのに、妹が身じろぎをし、おれはまた固く誓う。
そして、運動が始まった。
運動を始めて、ゆっくりと自分でできることが増えてきた。
リハビリというやつだ。
リハビリを続ける中で、帽子を被った青いおっさんと女のひとがきた。
横にはナースが一緒にいてくれた。
警察だ。おっさんはメモをひたすら取り、女の人が俺にいろいろと聞いた。そのたびに、記憶がこんがらがった。涙は出なかった。いや出さなかった。ぐっとこらえて、目を見ながら話した。こんがらがった記憶で夜中、夢を見た。さらに記憶がこんがらがった。
警察はなんどかきたが、そのうち来なくなった。
その次に来たのは、正月によく行くことがあった、父親と母親が実家と呼ぶところに住んでいる人たち、つまりはどちらかの両親、俺から言うと祖父、祖母だ。
家だと、一人で暮らせない。私たちと暮らさないか。ということだった。
おれは、、、わからなかった。けれど、うなずいた。それが正しいと思った。
ナースがそれからいろいろと教えてくれた。
・・・特別養子制度を利用して、安心して過ごせるようになるから。
大丈夫だよ。大丈夫。
相変わらず、この人は両親が死んだことを言わない。
それが優しさと思うと同時に、、信じられないという気持ちが少しづつ積み重なっていった。
ナースだけでなく、大人全員だ。
何回かの祖父と祖母の面談のあと、バニラアイスを腐らせたように、甘い香水の香りの女性と黒いジャージでくぐもった煙の香り、変な香りのする日焼けしたおっさんがきた。
親戚と称する人たちだった。あとあとわかったが母親の姉らしい。
そうして地獄の扉は開かれた。
病室で行われる、その女性とおっさんが祖父祖母と病室に響くような怒鳴り声。
看護師たちが出ていくように伝え、怒鳴り散らすおっさんの姿。
おっさんが祖父祖母を脅す姿。
ナースが大丈夫、大丈夫と手を握る。
祖父と祖母が来なくなる。
代わりに女性とおっさんが来る頻度が上がる。
そして、クソガキの面倒めんどくせえなというおっさんと
金のためよ。もう少しじゃない。と女性の声。
いままでは、気に留めていなかったが、
こいつらに気をつけなくちゃならない。と心で誓う。
一般病棟に自分は移った。妹はまだ目を覚まさない。
しばらくしていろいろなところに歩いていけるようになった。
同じ病棟の子供たちやナースとも仲良くなる。
数か月たっていた。いつのまにか肌寒い季節だ。
おっさんが面会に来た。これがこの病院生活の中で苦痛の瞬間であった。
病室でたばこを吸い始める。ナースが咎める。おっさんがなにかをいう。
ナースが咎める。おっさんが自分のほうを向いて何かを言う。よく聞こえなかったが
ナースがおっさんを殴った。
それ以降、そのナースとはあっていない。
いや、一回だけあった。最後にあったときに自分にネックレスをくれた。
黒い石で作られたペンダントだ。細い金属紐に、軽くてずっとつけていても痛みを感じないしこの数十年さびない。そこに黒く丸い石が付いていて、、やや重いが、開けられるようになっている。祖父母が両親の墓石と同じ素材で作ってくれたらしい。中には両親の遺骨が入っている。メッセージが入っていた。祖父母の言葉「必ず、いつか助けるから。」と名前。ナースの「大丈夫、そばにいるから。」と名前。自分はいまでもそれを首からかけている。これもまた、自分を生かす糧だろう。
妹が目を覚ました。うれしいと同時に、弱い自分に恐怖を抱いた。
おれはなにも変わっていない。と。
それからは妹の様子を見に毎日妹の病棟へいった。
妹はまだ何もしらない。どうしてここにいるの?と聞かれたので
車の事故で、怪我をしたからだよ。それを治しているんだ。と答えた。
まだ6歳の妹にすべてを告げられるほど、まだ自分は言葉を知らなかった。
パパとママは?ここにいるの?
ここには、いまはいないよ。
元気になって先に家に帰ったのかな?大人だもんね。
・・・・。
それから、妹はゆっくりと日常へ戻るための訓練、、、。リハビリを開始した。
およそ6か月はかかるらしい。筋力が思っていた以上に落ちていたとのこと。
筋力とあとは傷の開き具合だ。
車いすに乗り、散歩しては歌を歌っている。
妹の歌は自然と心が落ち着く。
声が、すんなりと心に入ってくる。柔らかな羽毛がふわりとそこに落ち着いたように。
そうえば、病院のリハビリの担当にお願いして、筋トレを始めていた。リハビリの人は最初はびっくりしていた。だめだといわれたが、守りたいものができたから。と伝える。黒い石のネックレスを見てから、そうか。君か。と訓練をつけてくれた。
彼は、キックボクシングもしていたようだった。
時折、世界まで行けそうだったんだけど、彼女を俺はとったんだ。安定した職業がいいなと思ってさ。とにやけながら自慢をしていた。
それも教えてもらった。それが、人生で自分自身の軸となった。
おもったよりも早く妹の退院が決まった。
4か月。あっという間だった。病院は歩いて帰れる距離だったけど念のためということで
タクシーで帰ることになった。お金がないから、帰った先に払ってくれる人が待っているらしい。
妹は惜しがられて、病院のほとんど全員に一声もらっていた。
よほど歌がうまかったらしい。さみしいと泣いて見送るおじいさんもいた。
自分には、リハビリの兄さんくらいだった。
兄さんには頭が上がらない。いまだにつながりがある。今では互いに切磋琢磨している。
感謝しかない、、、。固く握手をして互いに目を、目の奥を見ながらうなずきあって別れた。
タクシーがついて帰る家は、自分たちのものだったはずなのに
面会に来ていた女性とおっさんがすでにいた。
もはや自宅とは言えなかった。自宅ではなく、ごみ溜めだった。
それからの生活は病院に帰りたい。とずっと思いながら過ごした。
まず、食事はなかった。やつらの食べ残しだった。
やにが入っているときがあった。それを食べないと殴られるから自分が食べた。服もなかった。妹と自分で互いに縫ったり、食事も合わせて病院に時折行ってもらったりしていた。
風呂もない。自分たちは人として扱われなかった。家畜だった。
あいつらが期限のいい時にはかわいがって、機嫌が悪いと機嫌が悪いなりに扱われた。
祖父母はどうして助けてくれなかったかと思っていたが、あとあと
あいつらが脅していたんだと知った。しかも、自分たちあてのお金をもらっていたんだと。
病院に行けば助けてくれたから、よくいったけど、あいつら、クレーム入れまくって居場所をなくそうとしやがってた。リハビリの兄さんから聴かされた。兄さんだけは味方だった。
あいつらは家の中で、自分と妹は外だった。
いや、正確には物置の中だ。あいつらこっちが生きてないといけないからな。
近所の人たち、、、。あいつらも、無視していた。
理由はある。おっさんが、法の範囲内でできる嫌がらせをしまくっていたからだ。
役所もそうみたいだ。
俺は、この世界がくそまみれだと知った。
大人っていうやつらは、大人じゃねえ。
自分はこの時すでにこの世界が血でできた泥沼でできていると知っていた。
その血は現在も流れ出ていて、息をしているそれらを踏みつけながら前に進むしかないこと。後ろを見てもなにもないし、前を向いて歩いていても得るものはなにもないこと。
そうして必死で歩いて先に進もうとしても、すでに前もってだれかが仕掛けた落とし穴があること。
あいつらは、他者という踏み台があって
自分たちで勝手にその箱を高くして、手が付けられねえとそれを飛ぶことせず逃げる奴らだ。
くそみたいな世界の中で、妹と、リハビリの兄さん。そしてペンダントの黒い石が自分の存在意義だった。なければ、どうなっていただろう。殺していただろう。
耐えた。光がないことを知りながらも、強くあろうと自分を鍛えた。病院のリハビリの兄さんの所へ通い肉体を鍛えながら、自分でできることで稼いだ。
それから3年。俺は12歳になっていた。
稼ぎ始めておっさんが物置に来て、こちらの金を奪おうとしたから殺すつもりで蹴った。
それ以降、物置にはだれもこない。
妹は、まだ9歳ながら自分でもほれぼれするほど美しかった。親ばかの気持ちがわかる。
娘がいればこういう気分なのだろうね。
彼女は学校でも、人気者だった。歌がうまく、優しい彼女は。
風呂にも入ってないのにって?俺が稼いだ金はぜんぶ彼女のものだった。
銭湯に行かせたり、服も優先して買った。物置はほとんどすべて彼女のためにあった。
太陽光パネルを盗んできて、使ったりもした。寒さ、暑さは感じさせないようにした。
妹に真実を伝えたのは物置で暮らし始めて1年たってからだった。
両親の死と自分たちが孤独であることを伝えた。
世界は敵で、だれも信じられないことを。
けれど、彼女は違った。まっすぐで、したたかで強かった。
相談した児童相談所は最初役に立たなかった。おっさんたちが逆上してひどさがよりひどくなった。
彼女は考えた。大人というのは大人の言葉を信じる奴らだ。
中身がくそな大人でも、やつらは見てくれのいい大人であれば、そいつの中身が腐っていても、その言葉をだれでも信じる。
それを知っていたからだろうか、妹は
ゆっくりとこちら側の味方をつけていった。
歌と、話を通して、ゆっくりと、ゆっくりと理解者が増えていった。
世界がようやく自分たちのものになろうとしていた。
あの時までは。
おっさんが、女性、、、。母さんの姉を殺した。
ようやく、うちが売却予定が立ったらしい。
お前たちとようやく離れられる。とおっさんは酒を飲みながら笑ってた。
女性は、さすがにそれは、、。と反論したみたいだ。
しばらく言い争う声が聞こえた。
物置からそれを聞いていただけだけど。
悲鳴が聞こえた。だだん。と大きな音がした。
また悲鳴が聞こえた。途絶えてしばらくして
それからサイレンが聞こえた。
おっさんは、わめきながら連行されていった。
自分たちはまた、どこにもなにもなくなった。
家は、、、。売却されて、解体された。広場みたいな感じだった。
いまは知らないアパートになっている。
行き場がない自分たちは、祖父と祖母にすがろうと思った。
はは、死んでたよ。
正確には、祖父は死んでいた。祖母は、、、。自分がわからなくなって施設に入っているようだ。自宅は後見人という代理人にすでに売却されていた。
だれもいなくなった。
死のうかって妹に聞いた。
やだって言われた。もうお兄ちゃんに会えなくなるんだよって。
馬鹿みたいに泣く妹が泣き止むまでごめんと謝った。一緒に生きていこうって
まだ、生きなきゃいけないってもう一度思った。
認識を改めた。お前は誰しもに望まれていない。
けれども、お前は希まなければならない。と。
妹と自分は、孤児院へ行くことになった。
この地域で一番大きな社会福祉法人。界隈を牛耳っている。
病院、幼稚園、保育園、学校、寮、コンビニ、エトセトラ。
この地域。市そのものがやつらの生息地だった。
このくそ孤児院でもどん底を味わった。
この孤児院は18歳で出ていかなきゃならない。
あと6年、妹は9年。
けれど、寮というシステムがあった。
この孤児院の法人が経営する会社。老人施設だ。
そこに勤めれば、寮で過ごすことができる。
それを目指すこととした。
それが、狂いそうになった一つだ。
いままで自分がしたいように生きてきた。真面目に義務教育なんて受けたことが正直ない。
臭いものに蓋だったからな。それでいままではよかった。
妹から勉強するようにとは言われていた。厳しくな。しているふりをしていた。
妹は俺が普通に勉強が出来るものだと思っていたらしい。
自分は勉強はできなかった。
子供の世界はな。大人になる奴らの根っこなんだ。
言いたいことはわかるか?くその詰まった世界だよ。標的が見つかればそいつで遊ぶんだ。
大人のようにうまくごまかして表現しないから、直接的に表現してやってくる。
とどのつまり、いじめだな。
自分は耐えた。ここで暴れちゃ妹の居場所まで奪われる。
耐えて耐えた。そのうち、ボスのお眼鏡にまでかなったみたいだった。
孤児院の経営者の息子だよ。12歳の俺より年下。9歳。妹と同年齢だ。
このばか息子はその親と同じように、くそまみれな奴だった。
こいつの親は親グループにこびへつらいながら、孤児院の経営をうまくしているように見せかけて、孤児院を自分の好きなようにおもちゃ箱にしていた。
こいつに襲われた女の子たちが何人いたか。
許せなかった。こんなくそを放置しているやつらを。
しかし、自分たちの居場所はここしかなかった。
耐えた。耐えて耐えて、気が狂いそうに耐えた。
肉体は頑丈で、少々のこと、、、。一クラス全員が俺をリンチしても、多少の鼻血とあざで済んだ。精神的には狂いそうであった。なぜ自分は死なないんだ。と。
死にたくあった。けれども、死ねなかった。
妹、両親、リハビリの兄さん。自分を優しくした人たちを考えたらできなかった。
小学校から、中学校、、小中高まあ同じ学校なのだが。
しかし、新しいクラスである。小学校のばか息子もいない。
多少はましかと思っていたが、そうだよな。くそだめの中にいるんだ。
くそまみれにならないと思っているほうが悪い。
精神のほうは変わらずのダメージだが、肉体へのダメージが増えていった。
13歳の肉体に15歳、16歳の武術を習っていないとは言え、重なる暴力は肉体に悲鳴を上げさせた。自分は、、、リハビリの兄さんには合わなかった。このグループが経営しているところだし、兄さんも家庭ができた。その家庭を俺は壊したくない。
音を上げそうになった。こいつらをぶっ殺してやろうかと。
我慢の限界と妹を守る気持ちの天秤が逆方向へ上がりそうになった。
自分はこのままだと、このくそたちを殺してしまう。したい。
どうすればいい。だれか、だれか助けて。苦しい。苦しいんだ。
自分の生きる意味の二つ目が現れた。
サモリミナ。14歳の同学年の暗い奴。
急に転倒してきたやつは、だれからも絡まれなかった。
黒になにか足しても黒だけど、それが黒になじむまで時間がかかるだろ。
そういう様子見だった。
相変わらずだった。
そうして、日々がまた黒のまま過ぎるだろうと思ってた。
いつものようにぶん殴られておもちゃにされていた時だ。
ばか息子もそこにいた。ばか息子の顔が笑って歪んでいた。
加えて、妹がそこにいた。
なんで、あの日あのばか息子が妹をそこに連れてきたのかわからない。
自分の精神を折ろうとしたのだろうか。
ぶん殴られて立ち上がれない間に、縄で巻かれた妹を見せつけてきた。
あいつは、妹を凌辱するつもりだった。
もう我慢できなかった。
大切なものを、こいつが、こうも踏みにじっていくなら。
自分はいい。だが、大切な家族を踏みにじるなら。
このとき割れた右下の奥歯はいまも戻っていない。
取り巻きをぶっ倒して、いざ、ばか息子を殴ろうとしたとき
ばか息子はこういった。「へええ、僕を殴っていいのかなあ?ほら、足し算も引き算もできない頭でよく考えてみなよ。お前みたいなくそが僕を殴っていいのかなあ。」
「ほら、くそはくそらしく野垂れてろよ。お前の妹は僕がくその妹らしく扱ってあげるから。」「僕が一番にこの世で面白いと思うのはね、ヒトの生き死にを自分で扱えるときだと思ってるんだ。究極の娯楽だよね。ねえ、妹を傷つけられて君はどう思う、ねえ。」
妹は、私なら大丈夫って笑ってた。お兄ちゃん、ここに私たち一緒にいれば大丈夫。だから、大丈夫。てさ。
わからなかった。わからなくなってた。止まっていた。考えたら。
そしたら、捕まった。動けねえ。あいつがにたにたと、妹のほほに舌を近づけた。
その顔がひどく歪んでいた。
なにが起きたのかわからなかった。
お前が殴ったなんて思わなかった。妹がなんかやったのかと思ったんだ。
妹もきょとんとしながらあいつの手下につかまれたままになってたな。
次の瞬間、お前の腕の中にいたけどな。
そっからは生きてきた時間の中でも最高に楽しい思い出のひとつ。
ばか息子がくたくたに、ぐちゃぐちゃにされていく瞬間。いま思い出しても最高だ。
ミナがあの野郎に行った言葉覚えてる。
「強く生きている奴の邪魔をお前みたいな弱いやつが、そうやって、自らに力があるようにして、他者を簡単に傷つける。それを許せないんだよ。」ってさ。
ミナと二人で、蹴散らして、妹は真っ青になってたけれど。
それから友達になったんだよな。
初めてだ。記憶ある中でこうして友達ができたのは。
ミナ。本当に感謝してるんだ。
お前と妹がうまくってくれるように、そう思って、お前に任せられるくらいに、、。いや、少し寂しいけどね。
一発殴らせろよ、将来、お父さん娘さんをってなった、いざって時には。
勉強を始めから覚えられたのも、お前のおかげだ。
からかわれたりもしたな。
ミナ。お前と一緒だと、これからも大丈夫って思えるんだ。
自分とミナとシヅル。お前と妹のシヅルが一緒になって、家族でずっと一緒であれたら
最高に生きていてよかったと思って過ごせるんだ。
いまの気持ちだ。自分は生きて、生き抜いていこうと思う。
あれからいろいろあったけど。5年か。
いつの間にか時間が過ぎていって、いま振り返っているけど
時間って溶けるんだね。固形だと思ってたんだ。動かないカッチカチの頑固な奴。
違った。やわらかくて、抱きしめることもできるんだって。そう思えたんだ。
自分は就職して、介護士になった。学校を優秀な成績で、推薦受けて就職できたのも、ミナ。お前のおかげだ。なんで介護士だったんだろうな。お前に聞かれたとき、うまくいえなかったけど。ほんとは看護師になろうとおもったんだ。でも、お金がなかった。早く稼ぎたかったし、妹の夢もかなえてやりたかったしな。だから、少しでも兄さんや、あの時のナースさんとかさ、恩人たちに、少しでも近くなろうと思ってさ。俺のできることからやっていこうと思ったんだ。少しづつ。前を向いて、この泥の海をお前たちと一緒に歩いていこうって。
ミナ、お前は教師なんだよな。大学受かったって聞いて、すっげえうれしかった。よかったと思った。
お前が教師なら、いい人生過ごせる奴が増えるだろ。
と同時に悔しさも覚えたよ。追いついてやるからな。ミナ。学歴コンプレックスってやつか、これ。
シヅルと、まだキスもしてないのかよ。
真っ赤にしてな。あいつ。思わず笑ったわ。お前も照れると真っ赤になるんだな。
ミナのおかげでシヅルも笑うの増えてるんだ。そのまま、うまくいってくれよ。
ああ、幸せだな。