第7話 ゴブの武器選び
翌日も陽が昇ると朝食を済ませて訓練を始めた。
「今日も魔力生成と実戦訓練かぁ……」
「そうはイカンっちゃ、イナバ様。魔力の訓練ばかりでは先に進まん。今日からは武器ば使うた実戦ば始めると。こればーい!」
「う、うわ――っ!!」
俺の独り言に合わせてアルシーの声が聞こえたかと思うと頭上から巨大な箱が落ちてきた。
そうはイカンってお前のスケジュール通りにやっているんだが!? とツッコミを入れるが箱は無慈悲にもグングン迫ってくる。
「ぐへっ!」
俺は潰されたカエルの様な悲鳴を上げて無残にその巨大な箱の下敷きになる。
這う這うの体で箱の下から這いずり出てくると目の前にアルシーが立っていた。
「順調にレベルが上がっとーんに、こん程度ば受け止められなは不甲斐なかねぇ」
「なんだい? この箱」
巨大な箱に手をかけて立ち上がった俺はアルシーの嫌味を華麗に流し箱を見る。
「武器やろ」
「武器はわかっているよ。何でこんなにいっぱいあるのさ? 俺は何の武器を使って戦うんだい?」
箱の中は片手剣、両手剣、双剣、刀、弓、クロスボウ、槍、棍棒等々、様々な武器が入っていた。
「そげな事、私に分かる訳なかやろう。やけん、今からイナバ様に適性のある武器がどれなんか調べるとよ」
「そりゃそうだ」
こうして俺は武器箱に入っていた様々な武器を片っ端から試していった。
俺はゴブリンにしてはスピード特化型らしく、どちらかと言うと稀有な部類に入るのだそうだ。
アルシーと相談して折角、スピードがあるのに片手を盾でつぶすのは勿体無いという結論に至り、両手に小手を装備してそれで相手の攻撃を受ける事にした。
片手剣は小柄なゴブリンにはとても扱いやすい武器だが剣身の長いものを使うと、どうしても戦闘中にバランスを崩してしまい剣身が短いと破壊力が小さい、……まあ、ゴブリンにしてはレベルの高い俺の一撃はそこそこの威力がある。
……であるが効率を考えて却下、ゴブリンに華麗な剣術もないだろう。
両手剣はというと、これは単純に重たい。
力はあるので取り回しに不都合はないのだが、それでも俺の膂力に耐えうるものというと剣自体が大きくなり重くなる。
そうすると剣を振りきった時にどうしても多少身体が流れる為、僅かながら動きに隙ができる。
スピードがあるのに意味がない、やはり却下。
お次は槍だが、これも剣に似た結果だった。
柄が長ければ短躯のゴブリンには取り回しが難しく、短いと取り回しは容易いが槍のメリットが犠牲になる。
なにより槍は武術の心得がない俺には熟練度が圧倒的に不足していた。
弓とクロスボウも同様だった。
と言うのも当初、非力なゴブリンで転移してくる予定だったので遠距離特性を活かしてという目論見だったのだが俺が割とスーパーゴブリンになった為、攻撃力が固定の弓やクロスボウでは勿体無いという結論になった。
もちろん、色々な追加効果のある弓矢を使えば、それなりに有利に戦闘を運べるのでその利点を否定するものではない。
的を粉砕……というか地面ごと抉り取る事も出来たけど……。俺の戦闘スタイルには合わないと言う事で却下だが……サブウェポンとしては魅力のある武器だ。
残ったのは双剣と棍棒……
双剣は悪くない。片手剣でデメリットだった破壊力の無さを両手持ちにする事で手数を増やして補う事が出来そうだ。素早さ特化の俺にはいい武器だと思うが、それだけだ。振り出しに戻ってしまうが破壊力が必要な時に困ってしまう。
「ふぅ――っ、あとはこの棍棒だけか……」
「そうやなあ。まあ、ゴブリンなんやし棍棒が一番無難そうと言えるやろうが……、ああっ!!」
「わあっ!」
アルシーが突然叫んだ。
「ビッ、ビックリした……、どうしたんだよ。アルシー」
「あ、ああっ、すまん。ずっと探しとったシャルルがこげん所にあったけん思わず……」
シャルル……?
この棍棒の名前かな、一端にお洒落な名前付いてるんだな。
『シャルルは私の名前です。お洒落ですが何か?』
んっ?
「アルシー、何か言ったか?」
「へっ? 何も言いよらんよ」
おかしいな、確かに聞こえた気がしたんだけど。
異世界に転移してきたんだし自分が気づかないだけで相当疲れてるのかな。
俺は箱から棍棒を取り出し数回振ってみるが中々具合が良さそうだった。
うーむ、ついに見つけた俺に合った武器だ!
そう思ってホレボレとその棍棒を眺める。
『ブサイクなゴブリンに使われるのは不本意ですが貴方には何か感じるものがあります。いいでしょう、甘んじて受け入れましょう』
ほえっ?
またなんか聞こえた。
俺が間の抜けた顔をしながら左右をキョロキョロとしているのをアルシーが不思議そうに見ていた。
『何をあほづらしてるんですか。私ですよ、私』
間違いない。
本当に誰かが俺に話しかけており、且つ、それはアルシーではない。
この棍棒が俺に話しかけたのか?
『棍棒ではない! シャルルとその娘が言ったでしょうが! 敬意のない扱いは主でも容赦しませんよ!』
お、おう、シャルルか……、それは失礼したな。
……えっ!
「ぶ、武器が、しゃ……喋った……」
「何を言いよらしたんか? 大丈夫かい、イナバ様?」
俺のつぶやいた言葉を聞いてアルシーが訝しげに尋ねてきた。
『落ち着きなさい、武器が喋るわけ無いでしょう?』
「喋ってる! 喋ってるよ! アルシー、ほら、ほらっ!!」
「いきなり沢山の武器ば触ったけん、疲れて混乱しとるんかね? 今日はもうやめて明日にすると?」
やめて、そんな可哀想な奴を見る目で俺を見ないで!
俺、頭おかしくなったのかな??
『落ち着きなさい、私は今テレパシー的な何かで貴方の脳に直接話しかけています。その娘には聞こえなくて当然です』
え! そうなの?
それならむしろ、やめてくれないか、怖いからダイレクトに脳に話しかけんな!
『もちろん音声でも話せますが……ただ、なんかこの方が伝説の武器っぽいじゃないですか、敬って諂いなさい』
なんじゃそりゃ。
伝説の武器とかどこの厨○病患者だよ。
まあ、確かに銀色に輝く外見は美しいのだが……。
『冗談です、別に私は主の貴方と意志の疎通ができれば不都合ありません。特に音声での交信の必要性を感じませんし』
主? 俺の事か?
確かに戦闘中にこうして意思の疎通が取れて、それでいて他人に聞こえないというのは利点ではある。戦闘中に作戦を立てる事も出来るし仮に極限状態に追い込まれても話し相手がいるだけで正気を保てる事もあるだろう。
まてよ、……こうして意思の疎通が取れるという事は逆に言えば俺の思考は常にお前にダダ漏れなのか?
『そうですね、ダダ漏れですが、そんな些細な事は私と主の間では気にしないでOKですよ』
どんな関係だよ、装備者と武器の関係だろう。
重たい彼女みたいなこと言うなや。
『彼女だなんて……、まさか貴方は私という武器に興奮しているのですか? いくら私が美しいからって……変態ゴブリンですね!』
何言ってんだよ!
確かに俺はゴブリンだけど人型の女性を選ぶわ!
……うーん、力説すればする程コンプラに引っかかりそうだ。
それともあれか? 擬人化しちゃうってか?
そんな訳ないか……。
へし折っちゃうぞ、本当に!
『わかりました、わかりましたよ。……冗談が通じないですね、……では、必要以上にテレパシーで話しかけませんので、そろそろその娘の可哀想なものをみる視線に気付いた方が良いですよ』
あ、忘れてた……。
あと、サラッと悪口言うのやめてくれません。
「イナバ様、大丈夫と?」
シャルルを持ったまま惚けていた俺を見かねて再度、アルシーが話しかけてくる。
「あ、ああ。アルシーの言う通り、少し疲れたみたいだけども……大丈夫だ」
正直、未だパニック状態なのだが、この場はアルシーに悟られないよう誤魔化す事にした。
「わかりよした。ばってん、まだ訓練は始まりよしたばっかりっちゃ、調子が悪かりゃあすぐに言うてくれんね」
何とか不審に思われながらも誤魔化す事に成功したようだ。
そして彼女はいつか見た直径1メートル位の輪に魔力を込めると森の奥の方角に放り投げて続ける。
「さてと……それでは、今からイナバ様の格闘適正ば調べるけん、そこそこん魔力ば使って魔物ば多めに発生させるばい。奴らは殺す気で来よらすけど危のうなったら助くるけん、可能な限り戦闘ば継続してくれん。準備はよかと?」
なに、このデジャブ……?
「えっ! 今度は格闘のみでこの前みたいな群れの相手をするのか!? ちょっと待ってく――」
「訓練、開始――!!」
俺の静止も虚しく、再び訓練は開始された。
たった今無理はするなと言ったばかりじゃないかぁ!
知ってる、……知ってるよ。
この前は確かに少しでも気を抜いたら死にかねない数のゴブリン達に襲われた。
今現在、静かな森がやがてはゴブリンパレードになる事を俺は既に知っている。
そう思うが早いか森の奥から大群がこちらにやってくる足音が最早轟音となり響いてくる。
「来るけん!」
アルシーが、そう言うと森の奥の木々を薙倒し大小様々な野良ゴブリン軍団がやってきた!
例によって個々は弱いが群れると途端に狡猾になる数百体のゴブリン達が、こちらに雪崩込んでくる!
「ちょっ、ちよっと――、だから! 多いってば! アルシー!!」
俺は森から飛び出してきたゴブリン軍団から無駄とは知りつつ逃げ出した。
「やけん! 逃げたら何もならなかろうもん! 大丈夫ばい、今のイナバ様が更に武器ば持っとーばい! 例え上位種ゴブリンが混じっとっても負くるわけなかばい! ほら、戦うてくれん! ほら、ほら!」
アルシーは浮遊魔法なのか、走る俺の隣を浮きながら着いてくる。だからそれ! 楽そうだよなっ!
しかも今シレっと上位種がいるって言ったよね!?
「だからさ! ちょっと数を減らしっふべっ!!」
アルシーはいつかの自動再生の様に空中で器用に一回転し、俺に問答無用の廻し蹴りを食らわせた。
「くっくっそぉ――、何度も何度もこんな事で……」
アルシーの強烈な蹴りの破壊力にゴロゴロ転がりながら、何とか体制を立て直すと頭を振り悪態をついた。
すると右手に持っていた銀色の棍棒が光り出して俺の脳内に女性の綺麗な透き通った声が響き渡る。
『落ち着きなさい! 逃げなくても良いですよ。あんな連中、大した事ないです。私がいれば貴方に敗北はありませんよ』
え?
この武器か……、シャルル……だっけか。
俺の正面から悍ましいゴブリン軍団が向かってきている!
俺もゴブだけど……
『ゴブ同士で醜いですがいいでしょう、私の準備運動位にはなるのではないでしょうか』
「よ、よろしく頼むよ、ゴブリンになっちまったけど直ぐに死んだらさすがに悔いが残るしな……」
シャルルに一喝され多少の落ち着きを取り戻せた。
もうどうにでもなれ!!