第6話 ゴブと火と風の魔法
俺は火属性【ファイヤーボール】と風属性【ウインドウヒール】を習得した。
理由は俺に最初からあった火と風の適正が残りの水と土との相性が悪く同時には会得できないからだ。
火の魔法を習得した時に膨大な魔法の知識が俺の頭に流れ込んできた。
恐らくだが魔王であった頃の知識を取り戻したというのが一番しっくり来る。
お陰で俺は火の魔法であれば詠唱も魔法名も唱える事なくイメージだけで発動する事ができる。
そして後から習得した風属性魔法も火属性ほどではないが同様の現象が起きた。
魔王時代の俺は風魔法をそこまで得意としていなかったのが影響しているのか。
まあ、それでも達人級なのだが。
「イナバ様―っ!! 用意は良かとー!?」
俺達は魔法の試し撃ちの為に森の広場に来ていた。
彼女は広場の端に目標となる木製の的を立てて俺に手を振っている。
的は10個、突き当たり一列に定距離で設置してある。
「良いぞぉー! 撃っていいかぁー!」
彼女は両手で大きな丸を作って笑顔を浮かべた。
それを見て俺は魔力を練り的をしっかりと見定める。
俺の現在の魔力は10だ、少ない。
ファイヤーボールの標準消費魔力は2だから今の俺は5発撃てば弾切れになる。
的は10あるから当たり前だけど5発足りない、敢えてこうした。
そんな時は魔力を絞って残弾を増やせばいい、本来ならばそんな事はできないがこれも俺には出来た。
両手を上に向けてファイヤーボールを片手に5発づつ、計10発を空中で発射待機させる。
標準消費魔力を2から1にすると威力は減るが残弾を増やす事ができるのだ。
魔王時代は全く使う必要がなく記憶の隅に封印した知識だがゴブリンになった今なら大いに役に立てる事ができる。
「いっけぇーっ!!」
掛け声と共に腕を前に突き出すと10発のファイヤーボールが猛スピード、且つ、色んな軌道を描いて的に向かって飛んでいく。
そして全てのファイヤーボールが着弾すると爆散し猛烈な土煙が辺りを覆った。
魔力を1に絞った結果、威力も爆発範囲も最低レベルのファイヤーボールのはずなのだが煙が晴れた向こう側で的が全て粉々に粉砕されていた、魔力1……まあまあの威力だった。
「げほっ……、次はこれ、いくばい」
薄汚れたアルシーが咳き込みながら今度は5つの的を立てた、逞しいな。
俺は消費魔力を2に戻しファイヤーボール5発を発射待機させる。
さっきから魔力を使い切っているので本来であれば魔力枯渇で気を失うはずなのだが……俺の魔力回復は人外の速さなのだ、高々魔力10なんて一瞬で回復する。
実はファイヤーボールを放った直後に既に魔力は全回復していたのだが、これは再生スキルの効果だ。この効果がわかった時、魔力消費の度に身体が縮むアルシーは散々羨ましがっていたものである、彼女も一応超回復の持ち主なのだが能力が異常だと言われた。
今度は5つ、集中してファイヤーボール5発を空中に静止させ一気に放った。
再び火球は猛スピードで今度は的に対して一直線に向かい爆発して四散させた。
「げほげほっ……、威力、上がっているっちゃね。最後はこれやけん!」
再度、煤塗れになったアルシーは一際大きな的を全身を使い地面に立てた。
最後の一撃は実験もあるが全魔力10を使って的を吹き飛ばしてみようと思う。
魔力を絞るのも全魔力を費やすのも魔王時代の技術で可能だ。
「よし! アルシー、今度のは危険だ、少し離れていてくれ!」
ファイヤーボールではあるが俺の全力を込めるのでアルシーを下がらせようとして呼びかけた。
「大丈夫たい! そんなやわじゃなかよぉ! どんときんしゃい!」
どこの方言だよ、吹っ飛んでも知らんぞ!
俺はどでかい火の玉をイメージして魔法を発動させる。
「うぉおおおりゃぁぁぁああ! ファイヤーボォール!」
身体の中の全魔力を込めるととてつもなくどでかいファイヤーボールが生成されて的めがけて飛んでいった。
途端に魔力枯渇の目眩や吐き気に襲われるが何とか堪えると直ぐに回復した。
ファイヤーボールは周りの空気を圧して押し通り轟音と共に的に命中して爆散し、なんと小型のキノコ雲が発生した。
どごぉおーーーーん!!
「うきゃああああーー!!」
えっ?
ファイヤーボールだよね!? 初級の源泉魔法でしょ? 初級ってなんだっけ?
何だかアルシーの悲鳴が聞こえた気がしたが俺の耳には良く入ってこない。
的があった辺りは焦げて黒い煙が上がっている。
数十メートル離れた所に吹き飛ばされたアルシーが転がっていた。
足がピクピクしているので生きてはいるようだ。
「アルシー! 大丈夫か!?」
我に帰った俺は転がっている彼女に慌てて駆け寄る。
これじゃあ、幼女虐待になってしまう!
「あ、あ、あ、あ、あ……」
「どうした? どこか打ったのか? そうだ、【風の意志よ、彼の者を癒し過ぎ去りし日の姿に戻せ、ウインドヒール!】」
俺は風魔法の詠唱と共に魔力を全力で練り右手に込めてアルシーに放った。
「ふぁああああああああ!!」
のびていたアルシーは魔法の光を浴びると今度は尻尾を踏まれた猫のような声を上げて震え上がった。
煤に塗れて擦り傷だらけだったアルシーは光に包まれると時間が巻き戻ったかの様にツヤツヤになった。
「アルシー、大丈夫か?」
「ふぁぁぁぁ……、もう! イナバ様! 加減てものをしるっちゃよ! 過剰な魔力は暴走するとよ! それにヒールも無駄に強力すぎやけん、……鼻血出るかと思うたっちゃんね!」
身体をさすりながらアルシーはぷんぷんと怒っている。
あれ? これって俺が悪いの?
確か俺はアルシーに下がれと言った気がするんだが……。
鼻血出るって……美幼女が台無しだよ。
「全く、実戦じゃなくて良かったと。やはり、魔力生成の特訓と魔法書ば沢山読んで精度を上げないけんな」
その後、俺は理不尽な美幼女によって魔法の特訓と座学に明け暮れる事となったのはまた別の話だ。
✩★✩★✩★
「うーん、魔法の精度はいまいちやけど実戦訓練ばしてみようかね。訓練は明日以降も空き時間ば使うて続けるけん。やおいかんので、もう実戦ばするけん、実戦」
なんだかアルシーが無責任で怖い事を言い始めた。
「え、もう実戦なのか? 早すぎだろう、エイムがまだガタガタだし魔力生成訓練と魔法書で精度上げるんじゃないのか?」
ついさっきは実戦じゃなくて良かったって言っていた気がするが……、
記憶力は鳥並かな。
「大丈夫っつーとるばい! エイム力なんて戦っとる間に高まるもんばい。取り出したるこん魔法具で魔物ば呼び出すけん魔法のみで戦うてくれん。まあ、武器はなかとですが素手の戦いも禁止ばい、よろしかねぇ?」
アルシーは空間魔法で直径1メートル位の輪を取り出すと魔力を込めながらクルクルと回し思いっきり森の方角に放り投げた。
輪は淡い光を放ちながら森の木の中に消えていった。
「アルシー、今のなんだ? それに魔物を呼び出すって?」
「魔物ん種類はイナバ様と同じゴブリン、数は300体位で良かとね、奴らはぶっ殺す気で来よらすけど危のうなったら助くるけん、可能な限り戦闘ば継続してくれん。では行きますばい!」
「アルシー、ちょっ……、待って――!」
「訓練――、開始!」
俺の叫びも虚しく訓練は開始された。
殺す気って……、その割に辺りは静かである――、いや……、何か音がする。
なにか大群が近づいて来る様な……その地響きは段々と大きくなり今や地面を揺らす程となった。
「来るけん!」
アルシーが、そう言うが早いか、森の奥の木々を薙倒し大小様々なゴブリン軍団がやってきた!
個は弱いが群れると途端に狡猾になるゴブリンが、その数、見えるだけで数十!
「ちょっ、ちよっと――、多いよ、多い! アルシー!!」
俺は森から飛び出してきたゴブリン軍団に度肝を抜かれ一目散に逃げ出した。
「大丈夫とよ、イナバ様。逃げたら、つまらんけん。過去世界ば頑張ってきたあんたなら、あん程度、蹴散らせるっちゃ。イナバ様は魔力行使の精度はばり悪か、ばってん魔力枯渇ば起こさんし魔法の威力がおかしか位に高かけん大丈夫ばい」
アルシーは浮遊魔法なのか、走る俺の隣を浮きながら付いてくる。
それ! 楽そうだなっ!
「だからって、いきなりあんな大軍――!」
「つべこべ言わず、よかけん戦いんしゃい! あんたなら負けんっちゃ!」
アルシーは空中で器用に一回転し、俺に廻し蹴りを食らわせた。
「ふべっ!!」
痛たた……、確かに俺の炎魔法の熟練度は魔王の知識のお陰でアホみたいに高い。
なんと俺のファイヤーボールは取得した瞬間に10段階強化の状態だった。
10段階なので次の魔法も解放されてるはずだが覚えた所で俺の技量では暴走する可能性が高い。
なので、まずは基礎であるファイヤーボールの知識と技術をこの身体に馴染ませる事から始めようという事になったのだが……。
蹴られた拍子に地面に転がったまま後ろを向くとゴブリン軍団がドスドスと走ってくるのが見えた。
正直、吐きそうな程のブスっぷりなのだが、俺もあんな感じなのだろうか。
いやいやいや! それどころじゃなかった!
とりあえず、距離を取らないと魔法も使えない。
俺は慌てて立ち上がり一目散に駆け出す。
とは言え、このままでは何時まで経っても事態は好転しない。
……やるしかないか。
ただでさえ魔法精度が悪い俺が走りながらだと更に悪くなりそうだが……。
俺は両手に魔力を生成させると走りながら振り返り、後方にファイヤーボールの連弾を撃ちこんだ。
両手から射出されたファイヤーボールが弧を描き着弾し大爆発を起こす。
この威力なら普通のゴブリンであればイチコロのはずだが……再度俺は走りながら後方を確認する。
えっ!?
おいおいおいおい、でかい! でかすぎる!
立ち上がった黒煙から大きな影が次々と出てくるのが見える。
あれはホブとかソルジャーとかジェネラルとかじゃない!
エ、エンペラーじゃないのか……!?
それをファイヤーボールのみで倒せというのか……ん?
視界の端にメッセージウインドウが開きレベルアップの文字が幾つも流れた。
最初のゴブリンに対する一斉掃射でレベルアップしたのか! これなら……いけるかもしれない!
一筋の希望が見えた時、再度、俺の前に壁が立ちはだかった。
……いや、正確に言うと目の前は崖なのだが……。
逃げている内に崖っぷちに追い込まれてしまった。
くそっ、次から次へとぉ!!
振り返るとゴブリンの大群が相変わらず、こちらに向かってくるのが見える。
すると群れから数匹が先行して俺に向かい地を蹴って襲いかかってきた。
しめたっ!
彼我の戦力差が明らかな時の戦力逐次投入ほど愚かな事はないぞ!
飛び出した標的をファイヤーボールでどんどん仕留める。
まだまだ修業中とは言えゴブリン程度の速さなら魔法を外す事もなく時間が経つにつれ群れの数は削られていく。
右、左、正面、上、左……。
いいぞ、大分エイムのコツが掴めてきた。
――と言うより、何だかわざと時間差で突っ込んできてる気がしてきた。
まさか……、さっきからずっと視界の端でレベルアップのメッセージがバンバン流れていっているのが見える。
うーん、こうも簡単にレベルアップするのはやはりスキルの効果だろうか。
俺は魔法を無尽蔵に放ちつつステータスを確認する。
名前: イナバ(♂)
種族: ゴブリン戦士
称号: 伝説のゴブリン戦士長
レベル: 30
HP: 255/255
MP: 220/220
固有スキル:再生 LV5
:成長促進 LV5
:絶影 LV5
常時スキル:言語LV4、筆記読解 LV0
魔法スキル:【炎属性】ファイヤーボール LV10
【風属性】ウインドウヒール LV10
……うん、確か、俺、ゴブリンだったよな。
強くなりすぎだな、たかが実戦訓練でここまで強化出来ちゃったら、あっと言う間にチートだよ。
まあ、常時スキルと魔法スキルは別らしいが……。
そんな事を考えながら魔法を撃ち続けていると一匹の紅いゴブリンが弾幕を潜り抜け俺の方に向かってきた。
なんだ!? あの紅いやつは! 速い、速いぞ!?
見る見るうちに間合いを詰められ俺の脇腹めがけてダガーを突き刺そうとする紅ゴブリンの攻撃を紙一重でかわす。
――が、死角からの追撃である紅ゴブリンの蹴りには全く対応が出来ず背中にモロに食らう。
「ぐはぁっ!!」
肺の空気を吐ききる程の衝撃に顔を顰めながら為す術なく真っ直ぐに木の幹にぶち当たる。
「ううっ、油断した……、崖から落ちなくて良かった……」
強力な回復スキルと鎧の性能のお陰で痛みはすぐに引くが身体にかかる衝撃や呼吸困難などの外的要因のダメージは残る様だ。
頭を振り起き上がった俺は紅いゴブリンの更なる追撃を確認すると間合いを取る為に地面を蹴った。
――すると、自分の思った以上に高く遠くに飛んでしまった事に驚く。
「な、なんだ、これは!?」
俺の身体能力はレベルアップを繰り返した結果、驚く程に上がったようだ。
少し面食らったが能力が上昇して困る事はない。
間合いも取れた事だし全力の一発を叩き込んでやるか。
俺は崖下に落ちない様に着地すると同時に再度空中に跳び全力の魔力を練り始める……が、ふと思う。
MP10を込めたファイヤーボールで小さなキノコ雲ができるレベルだ。
少し抑えないとここら辺一体が消し飛んでしまいかねない。
全力の20、いや15%位を込める程度で十分だろ。
よしっ、うまくいくか分からないけど……。
俺は左手でゴブリンの群れに牽制のファイヤーボールを連打で撃ち込み右手に魔力を練り込み狙いを付ける。
ファイヤーボール連打でゴブリンの群れを上手く誘導し向かってくる紅いゴブリンとゴブリン共が一直線上に並ぶ位置に移動させた後に育てた右手の火球を撃ち込む。
紅いゴブリンが火球の圧力で押し込まれた。
瞬間、カッと閃光が走り次に巨大なキノコ雲が発生し最後に轟音が響き渡る。
「ぐっ、わぁあああああ!」
俺は自分のアホ出力魔法の威力に吹き飛ばされた。
地面を転がり続けた俺は崖から落ちたが辛うじて岩壁の小さな出っ張りを掴む。
「うむむむむっ……、よいしょっと」
人間だった頃はひ弱だったが崖から何とか這い上がると物凄い爆風の流れてくる爆心地の方を見た。
先程の実験の時とは比べ物にならない巨大なキノコ雲と爆風に顔をしかめながら、どうにか視界を確保する。
爆煙が晴れてくると魔法が炸裂した辺りの地面は盛大に抉れており最大深さ4メートル位の穴が口を開けていた。
そして辺りには元ゴブリンのあれやこれやの残骸が焼け焦げて異臭を放ちつつ散乱していた。
全く自分の魔法ながら凄まじい威力だ。
「おーっ、イナバ様、凄まじか威力やったね。ほらね、こん実戦訓練でエイム力も魔法生成の精度も強化できたやろう? こん実戦訓練も定期的に行うけんよろしゅうね」
アルシーの弾んだ声が聞こえた。
どうやら上空で俺の戦いをじっと見ていたようだ。
スキルの効果で身体的には全然元気、しかし精神的に疲労しきった俺。
にっこりと微笑む彼女を見てやはりゴブリン共はコントロールされていたんだなと思った。
アルシー、恐ろしい子……、
いや、歳上かもしれないから恐ろしい女性だ。