第5話 ゴブと魔法訓練
風呂から上がり台所で食事の用意に取り掛かった。
この山小屋はアルシーのマジックアイテムである為、諸々の設備は彼女のサイズに合わせて設定されている。
彼女の魔力残量――身体の大小――に応じて家具の大きさも決まるそうだ。
思ったよりも有能なアイテムだな、これ。
俺には少々大きかったが概ね使い心地は良かった。
用意されていた材料で白ご飯と卵焼きにソーセージ、赤味噌で味噌汁を作った。
甚だ簡単であり前の世界で作れる俺の数少ないメニューだったが何とも言えない懐かしさがこみ上げてくる。
――で、何でこの世界に日本の食材があるのかをアルシーに聞いてみた所、俺が転送された後に部屋のPCで検索して冷蔵庫からめぼしい物を持ってきて保管していたんだそうだ。
まあ、この世界にも地球の食材に近いものはあるが、最初は慣れた食べ物の方が良いだろうとアルシーが気を遣って幾つか用意してくれたという事だ。
足りない物は俺のカードを使いネットスーパーで調達したそうだ。もう持ち主いないが口座は残ってるだろうし大丈夫か。
まあ、これは素直に感謝だ、有難う、アルシー。
ただな、アルシーよ。
俺のPCの隠しフォルダを見つけだし設定されたパスワードを奇跡的に破り、その中に保存されていたものについて事細かに質問するのは、俺の弱い心がポッキリと折れてしまうので本当にやめろください。
あー、一言一句正確にタイトルを読み上げるのは止めてさしあげろ!
個人の趣味趣向なんだから何点付けようが良いだろがぃ!
食事の片付けを終え俺達は居間で座学を開始した。
ゲームでの知識は十分ある俺だが、この世界のスキルや魔法の知識に齟齬がないか改めてアルシーと確認するつもりだ。
まず、固有スキルだがこれは簡単だ、個々が産まれながらに所持しているスキルで基本的には増減はしない。
もちろん固有スキルを全く持たない場合もあれば2つも3つも持つ事もある。
その昔、固有スキルを5つ持っていた伝説の魔王の記録が古い文献に残っていたとアルシーが教えてくれた。
だが、ゲームの世界で俺は固有スキルを12もっていたけどな、それを言ったらそれは頭がおかしいとか言われ少し引かれた。
俺の現段階の固有スキル3個持ちと言うのも大概おかしいとの事だった、持たせた本人が言うのはどうなの……。
ちなみに経験値による基本レベルアップで固有スキルの性能もどんどん上がる。
そして固有スキルはセミオートで術者のイメージでオフオンを切り替えられる。
次に常時スキル。
後天的に得られて常時という名の通り、燃費0で常時発動する超お得スキルだ。
取得方法はそれに対応する行動をひたすら行う事、つまり言語スキルならひたすらヒアリング、耐性や無効スキルならひたすらその攻撃を受け続ける、武器を持たずに戦い続ければ体術スキルなんかも取得できるのだ。
俺は幸いにも元から言語スキルを持っていた為、アルシーとも普通に話せた。
だが、読み書きについては別なのかアルシーの魔法書は全く読めず勉強して学ばなければいけないのはテンション落ちた。
常時スキルのレベルアップ方法は取得方法と同じ様にひたすら使う事、つまり熟練度方式だ。
魔法についてはその属性に適性がなければ取得できず、適性があってもレベルが上がるにつれ取得は困難になる。
理論上、全ての生命体はレベル8の魔法まで習得は可能であるはずだが必ずと言っていい程、どこかのレベルで頭打ちとなるのだ。
属性は一般的な地、水、火、風の4つを代表として他に光と闇魔法、変わった所で時間魔法というものがある。
魔法の強さはレベル1からレベル8の8段階有る。
レベル8は禁呪クラスだと言われ、レベル3が大体中級クラスだ。
取得方法は属性毎に適性のある源泉魔法を取得した後、その魔法を使い続ける事で10段階まで強化でき、それを成せば次のレベルの魔法が解放されるという訳だ。
例えば、ファイヤーウォールはレベル2の火属性魔法である。
取得条件は火属性源泉魔法であるファイヤーボールを10段階まで強化すればレベル2のファイヤーウォールが解放される。
ちなみに今更であるが適性がある属性で最初に取得できる魔法を源泉魔法といい取得時のレベルは1だ。
火属性であればファイヤーボール、風属性ならウインドヒール、水属性ならアクアシールド、地属性はサンドショット。
発動方法は単純で基本的にキーワードを唱えればそれをきっかけに魔力を消費して魔法が発動する。
魔法は発動時のイメージが重要であり、それ次第で威力は幾らでも左右される。
だが、実は全ての魔法には対応する呪文があり、それを詠唱すればイメージが薄くても発動も威力も段違いに安定させる事ができる。
だから魔法初心者は詠唱により魔法を安定させ、熟練の魔法使いは無詠唱でも魔法を安定して操れるのだ。
ちなみにこの世界の魔法にはプラスアルファの変わった強化方法が有る。
魔法書を解読して魔法についてのイメージの質を高めると段階を上げるのとは別枠で性能を高める事が出来るのである。
ゲームの検証動画でLV10のファイヤーウォールより魔法書で性能を高めたLV5のファイヤーボールの方が破壊力が上になったなんて結果を見た事がある。
極端な話ではあるが本当の話だ。
――そんな感じで俺はこの世界の知識を確認し直した。
もちろん、ほとんどが知っている情報だったのだが、理由は不明だが微妙に違う事もあったので大いに役立ったと言っておこう。
一通り確認を終え、俺はアルシーから文字の読み書き習得のお題を貰った。
アルシーから手渡された一冊の絵本、あるスライムが様々なスキルを取得して強くなりゴブリンやオークやウルフなどと協力して、強敵と戦い、時に協力し合って魔物だけの都市を作る内容だそうだが、どこかで聞いた事があるな……。
子供用ではあるが文字の習得にはある程度のイメージが大切であり挿絵と文章が並んでいる絵本は最適だという事だ。
文字習得の為の勉強。
こんなに真面目に頑張ったのは学生以来だな……。
そもそも俺は何語で話しているのか?
慣れない文字の羅列をみているうちに俺はふっとそんな事を考えた。
恐らく言語スキルの能力で聞いた内容を瞬時に日本語で理解、話す内容を瞬時に現地言語に変換して話している……のではないかと考えている。
あくまでも推測に過ぎないが、もし当たっていたら物凄い高性能スキルだ。
そこまで高性能ならば読み書きの方も面倒見てくれたら良かったのにとも思う。
まあ、そうは言え全く理解できないという事はなく文面を眺める内にニュアンスは掴める様になり始めた。
このまま勉強をしていれば文字の読み書きも問題なく出来る様になりそうだ。
「こん分やと文字習得については問題なかっちゃね。一つん事ば煮詰めすぎると成長が止まってしまうけん、気分転換も含めて並行して魔力の使い方について思い出していくばい」
アルシーは徐ろに俺の前に立つと自分の右手を俺の腹辺りに優しく添えた。
いきなり身体を触れられた俺は柄にもなく、少しドキッとしてしまった。
密かにときめいているとアルシーの右手が淡く光り始め、触れられているお腹の辺りが段々温かくなっていくのに気づく。
温かい何かがアルシーの右手から俺の腹部、それから俺の心臓付近を通り過ぎ俺の全身を流れていく。
流れてくる何かはどんどん多くなり、スピードも速くなって俺の体が仄かに光り始めていく。
ううう、これは思ったよりもキツイ。この温かい何かが魔力……なのか。
「イナバ様、生物は全て身体に魔力生成器官ば持っとりまして、それはお腹にあるばい。ここに魔力ば流して活性化すりゃ魔力の流れが顕著になるけん。放っておけば身体の末端ば流れていくばい。どげんな? 魔力ん流れは理解できそうと?」
魔王だった頃には強力な魔法をバンバン使っていた俺だがゴブリンである今現在は全く使えない。
当然といえば当然なのだが現実世界から来た人間に魔力の何たるかは分かる訳がなかった。
アルシーが強引に活性化させて初めて理解した俺のそれはとても動きが鈍い。
例えると落ち葉や土の溜まった水路に清掃せずに水を無理やり流す様なものか。
下手をすれば水があふれて辺りは水浸しになる様に身体が只では済まない。
額に汗水たらしながら耐えていると徐々に魔力生成器官の動きが安定し苦しさも軽減してきた、するとそれに並行して俺の身体の淡い光が段々と弱くなり始めた。
やがて、その光も完全に治まり魔力の動きが止まると俺はひざをつき荒い息を整えるのがやっとだった。
「イナバ様、凄かねぇ。ばり強制的な魔力活性療法やったんやが、ここまでん急速な処置ば耐えらるとは思わんかった。途中で死ぬ輩も多かとばい」
アルシーよ、手っ取り早くて良いのかもしれないが、やり方が大雑把だぞ……。
まあ、そのお陰で俺は自身の体内にある魔力生成器官とやらを認識できたが。
試しに今度は自分だけで魔力生成器官を活性化させ魔力を体中に流してみる。
「こんな……感じか?」
俺の身体が淡い光を放ち始め身体の中で魔力が生成されているのが分かる。
元々人間の俺には魔力生成器官の動かし方など分かるはずも無いのだが……。
詰まりに詰まった水路に少しずつ水を流し込んでいく、押し流していくイメージ。
アルシーの手を借りた時の様にはまだ無理だが、それでもゆっくりとではあるが俺なりに魔力を生成し始める。
「おー、凄かねぇ。魔力生成は毎日空いとる時に、こまめに行ってくれんね。それが魔法の制御に影響してくるけん努力ば惜しまず頑張ってくれん」
「あ、ああ、わかった。努力する、けど生成した魔力はどうするんだ? せっかく生成したのに霧散させるの勿体無くない?」
「これに溜めりゃあ良かて、マジックアイテムの魔力タンクばい。コンパクトやろ? 貯まった魔力量は水晶の色でわかるけん」
そう言って彼女は小さな石……水晶? を掲げた。
そんな便利なものがあるのか、もはやどんなアイテムでも出てくるな。喜んで使わせてもらおう。
俺は首にかけたタオルで冷や汗か脂汗か分からんものを拭いながらアルシーにお礼をいいアイテムをしまう。
せっかく風呂に入ったのに汗だくになってしまった。
そんな事を考えていたら俺の首に下がるステータスプレートが光り始めた。
「魔力生成が出来たけん、魔法習得が可能になったばい。まだ高度な魔法は使えんて思うばってん……イナバ、ステータス情報ば見てくれん」
ステータス?どれどれ。
アルシーに言う通りにプレートに触れるとステータス情報ウインドウが浮かぶ、それを確認するとそこには【火】【水】【風】【地】の文字があり【火】と【風】だけがタッチパネルで言うところのアクティブ化しており押す事が出来そうだ。
他の2つの文字はグレーになっており案の定、触っても反応は無い。
「イナバ様は火と風の適性があるんやね。まあ、他2つは相性的に同時には習得できん属性やけん、ちょうどよか。まずは火と風から身につけていこうと思うばい」
火と風か、なんか攻撃的で楽しそうだなあ。
ステータス情報ウインドウの火の文字を押してみると画面が変わり幾つかの火属性魔法名が現れた。
しかしアクティブ状態になっているのは源泉魔法の【ファイヤーボール】だけだった、なるほど、これが火属性魔法のスタートとなる源泉、ファイヤーボールという訳か。
「火属性魔法は……一つだけでファイヤーボール、か」
「レベル1やけん、仕方なかとです。まずは源泉魔法ば極めていくと。最初の魔法といえども鍛えていけば威力だって馬鹿にできん魔法になるっちゃ」
そうだな、確か書物と並行して魔法を鍛えていけば普通にレベルアップさせるより性能が上がるんだったな。
俺はアクティブ状態の【ファイヤーボール】にタッチした。
「えっ?」
その瞬間、俺の頭の中を溢れんばかりの知識が流れて消えた。
まるで自分がファイヤーボールの魔法を昔から知っていた錯覚をうける。
発動方法、威力、消費魔力、魔法の応用、あらゆる事が最初から自分のものであるかの様な万能感がある。
俺が何が起きたのかわからず自分の両手を眺めているとアルシーが訝しげに声をかけてきた。
「イナバ様、どうしたと? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫……だと思う。なんか思い出したよ、色々とね」
「ん?」
これは、俺が魔王だった頃に得た知識だ。
それがゴブリンになった今、思い出せたって事は……
雑魚ゴブリンにも勝算が出てきたか。