第4話 ゴブと参謀の最後の献策
「あは――っ、あはは、いやー、ごめんなしゃい、こげんコミカルなステータスは初めてやけん……」
俺は苦々しい顔をしつつ、彼女を眺めていた。
笑いすぎて涙を流しながらアルシーは一息つく。
「……で! これから、どうすればいいかな」
何度目かの同じ質問をアルシーに向ける。
「そうやなあ。魔王様は魔法の知識と戦闘技術には長けとるけん、基本的な身体的性能ばあげないかん思うとるけん。つまりはレベルアップやね。そん後は近くの都市、ここならウェルニーが近かかね、そこを拠点にして四天王ん情報ば集めるばい。こん当時は皆様はまだ魔王軍に所属する事ものうて散り散りに活動しとりますけん。そもそも、そん魔王様は今現在はうちん目の前の雑魚モンスターやけんねwww」
草を生やすな、草を。
俺だって好きで雑魚モンスターになった訳じゃねーよ。
「なるほどね、それにしてもグリッシュはよくもまあこんな状況を予測してたな」
グリッシュは我が魔王軍の中でも異常と思われる程の神算鬼謀の持ち主、まれにドン引きする程、未来がわかっているのかと思う位に先手を打ってくる。
……それにしたって今回の件は大概ではあるが。
「グリッシュ様は今回の勇者との戦いに向けて強か不安ば口にされとりましたばい。と言うのも――」
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これは魔王城前で勇者の凄惨な殺戮劇の始まる一週間前の事。グリッシュ様は魔王様との作戦会議から自室に戻られた後、ずっと机に向かい難しい顔をされ思案されていました。
「グリッシュ様、どうかしゃれたと? 戻られてから何か考え事ばされとー様子ばってん……」
「アルシーか、魔王様から勇者戦の作戦立案を任されたんですが……、これを見てください」
グリッシュ様は机の引き出しから一つの報告書を私に差し出しました。
彼女の持つ精鋭の情報部隊が持ち帰った勇者の情報なのでしょう。
私はそれを受け取りパラパラと目を通すと信じられない内容が目に入りました。
「な、なんか!? こん勇者ん能力は!? 絶対切断斬撃に絶対物理魔法防御……こげなと無敵やなかと! どげんして倒せっちゅうんか……」
「その二つは神の祝福を受けた勇者固有の万能スキルです。彼の持つ伝説の剣と防具の性能と合わせてその力は貴女のいう通り、無敵と言えるでしょう。そしてその仲間達でさえも同じ様に神に祝福された勇者スキルに準ずるものを持っています。今現在の魔王軍の戦力は決して弱くはありません、むしろ充実していると言えますが、この勇者達の力を鑑みるに、それでも絶望的な状況と言わざる負えないでしょう。」
「グリッシュ様! 撤退を! 撤退を進言しましょう! 今回の戦いは無意味です、今すぐ魔王様に……」
「魔王城を捨てて恥も外聞もなく脱兎の様に逃げろ……、と? 魔王様は今回の戦いに必勝の決意を固めています、とてもそんな進言はできません」
「くっ、しかし、全軍が壊滅してしまっては元も子もありません……。事情を話して説得すれば……」
「アルシー、ですから私はこう考えました。一度魔王軍を壊滅させ人間共の目を惑わせてやろう、と。例え今の魔王軍が壊滅しようとも事前に魔王城全体に大規模な時間遡及魔法を仕掛けておきます。魔法発動後に魔王様には過去へ旅立って頂き勇者達の目から魔王様を隠して再起を図って頂きます。魔王様さえご存命なら魔王軍は復活可能です、……必ずや今回の記憶を元に華麗に復活を遂げてくださいます!」
常々、味方さえも恐れさせ当然の様に神算鬼謀を実現させるグリッシュ様をもってしても、どうにもならない事を知ります。
私はグリッシュ様にこの様な理不尽な決断をさせた魔王様を恨みました。
グリッシュ様の自身をも顧みない作戦を聞き四肢の震えが収まらず只々涙を流すしかなかったのです。
その後、グリッシュ様は部下の中で一番信頼を置く魔法知識に長けたものに魔法の準備をさせました。
そして自分達は時間稼ぎをする為に勇者達に勝ち目のない戦いを仕掛けます。
もちろん四天王全員もそれを知った上で戦いに赴きました。
途中まではデタラメな力の勇者達を相手に善戦していた魔王軍ですが魔法の仕上げにグリッシュ様が戦場を抜け、その発動に残りの全魔力注ぎ込みました。
……勇者にその魔法がばれない様に隠蔽する為にもその時の全魔力、グリッシュの生命を費やす必要がありました。
そしてそれは魔王軍瓦解の序章となりました。
まずグリッシュ様という実力的にも精神的にも重要な柱が抜けた妖魔魔術師兵団が、続いてその魔法の援護を受けて戦っていたダークエルフ弓矢部隊、次に竜人重装歩兵団、最後に悪魔剣士団が次々と壊滅をしていったのです。
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「その後に俺が勇者と戦い完膚無きまで叩きのめされ敗れ去ったという訳か……、本当にすまん」
「恨んでなか……と言えば嘘になるけん、よかばい、全てはグリッシュ様の作戦通りやけん」
……なるほど、ログアウトした俺にメッセージを見せて強制的にゲームの中に戻したのはその魔法の為というわけか。
そして、わざわざ俺をゴブリンまで戻して人間、ひいては勇者達から身を隠しやすい様にしてくれたと……。
「あ、グリッシュ様は敢えて魔王様を劣化種族に退化させる際に選りすぐりんスキルば付与される様に準備もしとった。さすがに一度に付与しきるとは3つが限界やとも言いよったな。それ以上はゴブリンに戻った魔王様ん身体が持たんっちゃろうと。再生スキルは傷んだ身体ん復活を瞬間的にできるが死ぬ事自体は防げなと」
なんて事だ、あいつはどこまで未来を見通していたんだ、預言者かよ。
まあ、しかし魔王軍の全員が命を投げ出して俺一人に全てを託してくれたんだ。
その重圧は計り知れないが皆の願いを無駄にする訳にはいかない。
「グリッシュ様は地獄よりも悲惨な戦場で魔王様の無事と過去転送の成功ば祈っとった。時間ば惜しいけん、さっさと場所ば移動して動き出すばい」
グリッシュ……、お前ってやつは……。
ん?
移動だって?
ああ、街を拠点にして活動するんだったな。
「元の世界でこそ魔王様は世界的な実力者で他から抜きん出とりましたが、こん世界では何より非力な雑魚モンスターなんばい。時間遡及魔法の発動は分かるもんやったら、ばり異質な魔力の動きやけん気づくとよ。感づいたものが必ずしも魔王様の味方とは限りませんけん」
俺の思っている事がわかったのか、アルシーが説明してくれた。
なるほど、異世界転生ものの目立ってはいけないってやつか。
まあ、目立ってはいけない理由が雑魚だからだけどな。
低身長なアルシーだけどゴブリンの俺が掴まると顔が近く良い香りもして少しドキドキする。
ゴブリンが顔を赤らめているのを他所にアルシーが転移呪文らしきものを詠唱すると目の前が一瞬、白くなり次の瞬間には転移は終わっていた。
転移先は後方に森が広がっている小高い丘だった。
方向感覚が完全に狂ってしまったので辺りを見回してみるが、先ほどの場所からそれほど遠くは離れていない様だ。後方には鬱蒼とした森が広がり前方の丘から見下ろしてみると遠くに豆粒位の大きさの城壁に囲まれた建物が見えた。
遠いな……、身を隠すなら都市に潜む方が良いと勝手に想像していたんだが。
見るからに平和な風景を眺め、一息ついているとアルシーの方を向くと……向くと……。
――なんか、その……縮んだ。
もともと小さかったアルシーが更に縮んで……会った時が小5とすると今は小1。
小学生低学年位に縮んでしまった。
「もう少しウェルニーまで近づける思うたんやけんが……。魔王様、魔力切れで近づけきれんかった。身体もこんな状況やけん」
「あ、ああ、だ……大丈夫なのか」
「大丈夫、私は大気中の魔素ば吸収して魔力回復ば増加させる事が出来るけん。直に治るっちゃ」
どうやらアルシーは魔力を酷使する度に都度、身体が縮んでしまうらしい。
そして驚く事に大気中に漂う魔素を体内に吸収し魔力回復を促進させる事が出来るようだ。
「魔王様、元々はウェルニーまで行ってから魔王軍ギルドに所属して訓練ば始めようて考えとったんやが、もうここら辺でも良かたいね。そもそもギルドに入るとに試合形式ん試験もあるし、ここである程度まで鍛えてから行くばい。幸い街も近かけん万一ん場合は身ば隠しやすかやろうし。今から私達の訓練中に滞在する拠点ば設営するけん。ちぃとばかしスペースが欲しかっちゃが……」
そう言うと彼女は目の前の草深い空地に向け右手を前にかざして魔力を集中し火の玉……ファイヤーボールだろうか、それを撃ち出した。そして右手を振りかぶって地面に叩きつける様な動きをするとファイヤーボールも急に軌道を変えて一度上空に上がり地面に着弾した。轟音と共に爆風が俺達を襲い服がはためくが彼女は平気な顔で見つめている。
爆風が収まった後に目を凝らすと草原だった空き地が地肌を晒した広大なスペースに変化していた。
「クレーターが出来ん様に威力ば調節して燃焼能力だけ上げたけん、一気に草刈が終わったと」
アルシーは自分が切り開いたスペースへ歩いていくと満足そうに頷いてから空間魔法でミニチュアの小屋を取り出した。
前の世界で言う箱庭風ジオラマの山小屋バージョンと言えそうだ。
そして何やらブツブツと呟くと小屋が巨大化し見る見る一端の拠点になった。
「はぁーーっ、これでもう完全に魔力切れやね。一滴も残っとらーせん。意識ば失うてしまうばい」
アルシーはその場で尻もちを付いてそう言うと俺に向けて手を伸ばしてきた。
なんだぃ?
「鈍感やね、魔王様。こげな場合は抱っこやろう。もしくはおんぶでもよろしかとや」
……だそうな。
仕方がないのでアルシーを肩車して建物の中に入っていった。
「何か違う気がするばってん、まあよかやろう」
建物の中は、まあまあ広く綺麗だった。
1階が生活圏となり、2階にそれぞれの個室兼寝室。
全体的に樹齢の高い木材の自然な色合いを大切にした建物に白を基調とした家具が配置されよく映えている。
夕焼けで強い西日が差し込む窓を黄緑色のカーテンが柔らかく遮ってくれていた。
辛い訓練に明け暮れる毎日の為に作られた建物は、その疲れを癒す様々なこだわりが随所に見られた、……だがしかし寝室が1つしかなくダブルベットが自己主張激しく設置されている事にビビった。
アルシーは、何で一緒じゃいけないのかという顔をしていた。
気が短くアグレッシブで……意外に幼い。
しかも会った時より更に幼児化してるし。
無謀な采配のせいで俺は恨まれてるのかと思ったが意外と懐いてくれたようだ。
とにかくダブルベットでゴブリンと美幼女が一緒に眠るとかマニアックすぎだ。
せめてもう少し人型に近い種族に進化してから――、
ゲフンゲフン……、一応、説得してベットをもう一つ出してもらったけど本当に状況を理解しているかは不明だ……。
建物の最上階には、まさかの檜風呂があった。
さすがに魔物の棲みつく森で露天風呂は危ないので屋内なのだが、この状況で汗が流せるのは非常に幸運だろう。
ログハウスの様なこの建物でどうやったら最上階に風呂を作れるのか不思議だが水漏れの類は一切なかった。
ちなみに元々この世界にはお湯の張られた風呂に入るという文化は無くサウナの様な蒸し風呂が長らく主流だったそうだ。
だがある時、俺と同じ様に転移してきた過去の魔王様が所謂、風呂を発案し、それが瞬く間に広がっていったそうだ。
先人の努力に感謝しなければならないな。
「ふーっ、ゴブリンの姿になっても風呂の気持ちよさは変わらないな」
明日からは厳しい訓練が始まるという事で俺が一番風呂の栄誉をいただいた。
ゆっくりと湯船につかり手ぬぐいを目元に置いて寛いでいると徐ろに風呂の扉が開いた。
「魔王様! 一緒に入るっちゃ! 背中でも流すけん」
なんと、そこに居たのは一糸纏わぬアルシーだった。
「な、な、な、何で入ってきてんだ、アルシー! 入浴中の札が見えなかったのか!」
「そげん事はどげんでんよかやろう。私と魔王様ん仲やなかと」
「いや、俺とアルシーは伝説の量産ゴブリンとアシスタントだろがぃ……」
俺はそう訴えるが、アルシーは無視してズカズカと風呂場に入ってきた。
動揺する俺を横目に彼女は掛け湯をしてお湯に入ると俺の隣に来て腰を下ろした。
現状、ツルペタなアルシーではあるが、なぜか所作の所々が妙に艶かしい。
まるで中身は年上のお姉さんであるかのようだ。
そもそも、彼女の実年齢は幾つなのだろうか。
どういうつもりなのかは分からないが女性が気にしてないのに俺がギャーギャー喚くのもそれはそれで少し恥ずかしい。
「……まあ、いいか。それよりもアルシー、これからこの世界で生きていく上でゴブリンの俺を魔王様と呼ぶのは不要な注目を引いてしまいかねない、本名のイナバと呼んでくれないか?」
「そげなとやろうか。直に魔王様になるんやけん構わんて思うんやが……確かに目立つのも良くないけんね、イナバ様、よろしゅうお願いします」
今後、街に行っても魔王呼びのままならヤバイので素直に従ってくれて良かった。
その後はアルシーの言う通りに背中を流してもらったりした。
やましい事はない、無いのだが……少し逆上せてしまった。
何を考えているのかも分からないけど、年の離れた妹と思って仲良くしていくか。