第20話 ゴブと地下への階段
「これが例の階段か……」
翌朝、俺達は例の階段の前にいた。
街の住人が避難していた部屋は縦横数十メートル、奥行は数百メートルもある超広い空間だった。
壁も天井も頑丈に固められてしっかりと補強もされており空気の流れも微かにあるため閉鎖空間特有の息苦しさは然程感じられない。
しかも壁全体が仄かに光を放っており地下ではあるが視界は良好だ。
これなら確かに相当数の住人を収容してかなりの時間を持ち堪えられるだろう。
……とは言え悪い点が全く無い訳ではない。
この空間には窓がない、時間も分からなければ太陽の光も届かない。
設備が整っており戦闘継続能力があったとしても立て篭る側の身体と精神が持たないかもしれない。
実際に立て篭った住人達からは疲労困憊の様子が見て取れた。
今回の探索パーティーは俺とリリアとヒルベルダ様、そして助っ人のギルベルトとマリンダ。
メンツとしては申し分ない頼もしい面々だ。
ただ魔法系の火力が俺しかいないのが不安ではある。
出力が馬鹿な俺が一発ぶっぱなしてしまったら如何に頑丈でも地下迷宮が崩壊しかねない、気を付けよう。
「では諸君、ここは所謂未踏破エリアとなる。この先、気を引き締めてお願いしたい。マリンダ、灯りを」
「はい、わかりました」
ヒルベルダ様がマリンダに魔法の光源を出すよう依頼する。
マリンダが何やら呪文を唱え杖を軽く振ると明るい光源が出現し空中にフワフワと浮かび始める。
果てしなく続く階段が光源で照らし出されたのでリリア、ヒルベルダ様、マリンダ、俺、ギルベルトの順で足元を確認しながら用心しながら降りていく。
どれだけ階段を下っただろうか。
なにか罠でもあるかと思ったが何事もなく長かった階段に終わりが見えた。
階段を降りきると今度は先が見えない程にまっすぐに通路が伸びていた。
通路の幅は人が3~4人並んで歩ける位に広く水の流れる音が聞こえる。
「両脇に水路あるにゃん、暗いし流れが結構速いから落ない様に気をつけるみゃ」
流石、猫人族の能力か、水がどこで流れているのかをリリアは言い当てた。
そして注意喚起を行うがそこまでまぬけな奴はいないだろ。
「ははっ、確かに暗いとはいえそうそう落ち……「きゃっ!!」……えっ!?」
「大変っ! ヒルベルダ様が落ちたわ!」
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ―――っ!!」
まじか、そんな奴はいたわ。
流されていったわ、やばっ、見えなくなって声もきこえなくなったわ。
「大変! 早く追わなきゃ!」
マリンダが光源で水路を照らしながら流されたヒルベルダ様が流された方へ、通路の奥へと走っていく。
「あっ! 待つにゃ! 何か変にゃ「きゃぁーっ!」……あぁ」
「二人共 流された」
「あああ、だから言ったにょにぃ……何か気配がおかしいから気をつけろといったにょにぃ……」
「ん? リリア、それはどういうぅぅぅぅーーっ!」
俺がリリアに問いかけようと思った瞬間何かに足を引っ張られ凄い勢いで水路に引きずり込まれる。
「むっ!」
「あっ! イナバさぁぁーーん!」
ぐぼぼぼぼぼあぁぁぁぁぁ……
暗い水路の中を強烈な力で引っ張られる俺。
やばい、やばい、服が脱げる、ぬげちゃうぅぅぅ……。
ざぱぁぁぁぁぁああん!
いい加減、気が遠くなりそうな頃に今度は高々と引っ張り上げられた。
足から持ち上げられている為、頭が下になり少々頭痛がする。
何とか目を開けて周りを見ると僅かに岩が光を放ち視界が確保する事ができた。
そして何とか足元に視界を移すと……俺の足にタコ足が絡まっているではないか!
タコ足は水路のどん詰まりにある小さな地底湖から出ており良く目を凝らすと他にも数本のタコ足のシルエットが確認できた。良かった、着衣は脱げていなかった。
「あっ! イナバ殿、無事でなによりぃぃぃぃいいいいいいいえぁぁぁあ!」
「ああ、ヒルベルダ様! いやぁぁぁぁああっ!」
俺が逆さ吊りのまま情報収集していると周りで聞き覚えのある声がした。
些か騒々しい。
どうやら先に水路に落ちたと思われた二人もこのタコ足に捕まったようだ。
そして現在進行形でグルグルと振り回されている彼女達は悲鳴を上げる事しかできない。
冷静沈着でクールな印象のあるヒルベルダ様も意外にエグい悲鳴を上げるもんだ。
なんか萌えるシュチュエーションであるがヤバイ!
このままでは俺達はタコ足に弄ばれて壁に叩きつけられ湖に落ちる可能性がある。
この湖にタコしかいないとも言い切れない。
みれば2人は武器を手放してしまったのか丸腰だ。
水中で襲われればひとたまりもない。
何とか本体をおびき出して叩かないと。
その時、水の中に二つの怪しい光が見えた!
あれって目か!?
タコの目って光るっけ?
いや、そもそもここは異世界、俺の常識は通じないだろう。
急な話なので周りが崩壊しない程度に適度に魔力を抑えつつその二つの光に目掛けて魔法を放つ!
「どうか、水路が崩れませんようにぃ!」
俺は命中するとか倒すとよりも先に出力がバグった魔法のせいで水路が崩壊しない様に願った。
幸いな事に光の見えた位置にほぼ正確に高々と水しぶきを上げて着弾したが如何せん水中にいる魔物には効き目が薄い様だ。
俺の魔法は大出力だが収束が雑なのか水に着弾すると四方に霧散してしまった。
「マジかよ……、こんなのどうすれば……『主様! 危ない!!』……えっ!? ぐふっ!!」
突然、シャルルの逼迫した声が聞こえたかと思ったらとんでもない衝撃を身体に受け全身が軋む。
どうやら先ほどの予想通りタコ足に水路の壁に叩きつけられたらしい。
ちょっと生きるの難しすぎじゃないかね、この世界さぁ……。
スキルのお陰で怪我や体力、魔力の消耗が瞬間で治るとしても、その瞬間は痛いし苦しい様だ。
俺の意識は混沌とした暗闇に落ちていった。
✩★✩★✩★✩★
油断してしまった。
まさか地下水路にタコ型モンスターが巣食っているとは思わなかったよ。
不覚にも私はそのタコの足に絡み取られ水路に引きずり込まれて現在は無様に空中に釣り上げられて振り回されている。
私のすぐ後にもマリンダとイナバ殿が水路を引きづられて来たのは確認できた。
3人とも下半身をタコ足に絡め取られ逆さ吊りの状態でどうにも脱出できそうにない。
「あっ! イナバ殿、無事でなによりぃぃぃぃいいいいいいいえぁぁぁあ!」
「ああ、ヒルベルダ様! いやぁぁぁぁああっ!」
私がイナバ殿に声をかけた瞬間、私とマリンダはグルグルと振り回され始めた。
「ふぉぉぉおおおおわぁああああーーーーっ!!」
振り回されて奇声を上げた私の乱れた視界が捉えたのはイナバ殿が魔法を放つも水中のタコには効果が薄く壁に向かって叩きつけられる姿だった。
まずい、リリアさん達ともはぐれてしまったし、武器も引きづられてる内に手放してしまった様だ。
このままでは全滅待った無し……だな。
……仕方がない、奥の手だ。
こんな所でこんな厄介な敵に会うとは思わなかったよ……あまり派手に暴れたくなかったし制御に不安もあるのだが少し魔王一族の本気を出す事にしようか。
ロマリアス戦にも使わなかったんだがな……。
私には特殊な能力がある。
短い時間であるが基本能力が数段階跳ね上がるのだ。
体力や魔力も大幅にアップするのでこんな芸当もできたりして。
「はぁっ!」
右手の延長線上に魔法で具現化させた1.5メートル程の光の剣を発生させ身体をくの字に曲げると絡み取られている自分の足に剣を振りかぶる。
「えいっ!」
タコ足を気合一発で切り落とすと頭を上に一回転する。
そして落下中にマリンダに絡まっているタコ足も切り落とすと彼女は力なく地底湖に落ちていくのが確認できた。
どうやらマリンダは気を失っている様だ。
まずいね……。
このままじゃまたタコ足にマリンダが捕まってしまうよ。
実際、暗い水の底を新たなタコ足がマリンダに向かって伸びているようだ。
私は爆上がりした身体能力を頼りにマリンダの方へ全力で泳いだ。
「ぶぁぶくぶくぶくぶぇぇぇい! (でぇぇえええぃっ!)」
魔力剣を横一閃でなぎ払うと水の中ではあるが衝撃波が起こり何とかタコ足を防ぐ事に成功した。
マリンダ、今行くぞ!
「ぶびょぶびぃっ! (よしっ!)」
私はマリンダを小脇に抱えると急いで水面への浮上を試みる。
「ぶっふぁっ! やった! 息ができる!」
ホッとしたのもつかの間、一瞬の隙をつかれた私は再度、タコ足に絡まれてマリンダ諸共、凄まじい勢いでつり上げられ壁に向かい投げ捨てられてしまう。
このタコ!
この場所での戦いになれてる……、って、当たり前だな。
くっ! そんな事を考えている場合ではない。
このままでは2人一緒にあの世行きだ!
やむを得ん、ここは私がクッション替わりとなってマリンダを庇い、後程、回復してもらうのがベストだろう。
私は来るべき衝撃に備えて身体を丸めてマリンダを抱えこむ。
せめて背中から突っ込みたいのだが、既に自分が上を向いてるのか下を向いてるのか分からないわからん。
全く……未踏波エリアで一番油断していたのは私だったのかもな。
バシィッ!!
壁に向かっているはずの私の身体が不意に止まる。
どうやら何者かに抱き止められた様だ。
私が恐る恐る目を開けるとそこにいたのは……。
☆★☆★☆★☆★
我はリリア様と共に3人が引きずり込まれた水路を伝い行方を追った。
するとその先には広い部屋があり奥に信じられない程の大きさの湖があった。
驚く事にその湖には巨大なタコの様な魔物がいたのだ。
頭部は湖から全てが出ている訳ではないが我の知る大きな建物よりも一回り、いや、三回り位は大きい。
頭だけではない、水面から出ている足もとてつもなく太い。
恐らく先に水路に落ちた3人はこの足に絡め取られたのかもしれない。
「イナバさん!!」
我がタコに気を取られている間にリリア様が壁に打ち付けられたイナバ殿を見つけ走っていた。
イナバ殿はかなりの強さだとヒルベルダ様から伺っていたのだが……。
あのタコは危険である。
よく見ると湖の中で何者かがタコと戦っているようだ。
ヒルベルダ様とマリンダ殿だとしたら……これは少しまずい。
我は泳げない。
「えっ? イナバ……さん?」
我がそんな事を考えているとリリア殿の戸惑った声が聞こえた。
振り返るとイナバ殿が立ち上がり湖の方に歩いていくのが見えた。
フラフラと覚束無い足取りであるが何かがおかしい。
「イナバさん?」
リリア殿が近づいて肩をつかもうとした瞬間、凄まじい怒気が辺りを包んだ。
「きゃっ!」
「むぐぅっ!」
イナバ殿の凄まじい怒気に晒され視界を奪われた我らは吹き飛ばされた。
「くっ!」
転がり続ける途中で何とか体制を整えるとタコが何かを投げつけたのが見えた。
いかん! あれは!
と、次の瞬間、イナバ殿が現れその何か――ヒルベルダ様とマリンダ殿――を抱きとめた。
なんて速さだ……、先程まですぐそこに居たのに。
イナバ殿は壁際に二人を下ろしタコに対峙する。
なんて迫力だ、あれがゴブリンか……。
先ほどの彼とは全くの別人ではないか。
あれではまるで……。
我は一介のゴブリンに魔王の将器を感じたのだった。