第七章 ニュース
銀嶺なる国境の山を越え、華の王国フロレチェに入り、北部のミラレセという町に着いた。厳しい寒さに凍えたが、大いなる商業都市は燃え咲くような芸術の街でもあった。
この日、ようやく外国(大華厳龍國以外の国)の傭兵が数名追い附いた。バルバロイという隊長が率いていた。
「素晴らしい都市だね」
双眸を朝の水面のように輝かせてイラフが言う。
遠くにドーム型の大聖堂のオレンジ色の屋根が見える。
大商人が競って屋敷を飾る彫像や絵画を求め、芸術家の地位は高く、詩人は崇敬され、文化が生命の必須であると謳われた。
古代のカノン(規範)が追究されるとともにアヴァンギャルドも熱い。時折、歴史古き街を、大胆で斬新なコンセプチュアル・アートが蓋うこともあった。
ファサードに薔薇窓と黄金のイコンを掲げる大聖堂に荘厳された数々の宗教画は神聖崇高の極みである。
「一度見ておきたい」
エルがそう言った。
白き髪のユーカレはしばし考えたが、
「ふ。それもよい。行ってみるか」
藤色のまつ毛をつんと上げてボルドー・カラーの髪を指に絡ませるチヒラも、
「ふふん。そうさ。ぼくらがいれば問題はない」
「待って。斥候や先遣隊の報告は」
ペパーミントの眼光を尖らせるイラフの問いにストランドが応え、
「今のところ市街地の中は問題ありません。調査隊は現在、報告をまとめ、出発の準備をしています。先遣隊は町の各所に散って警戒を継続しています。
斥候隊と偵察隊は既に町を出ましたが」
「ふ。行けばわかる。ま、このままで済むはずがないと思うが」
ユーカレはそう言った。
「ちっ、何なんだ、あいつは」
チヒラが舌打ちする。
大通りを馬車で進むうちに歩道沿いに新聞売りがいた。エルはそれを見逃さず。
「新聞を」
パウルがさっと降りて買い、エルに手渡す。
「ふむ」
馬車は再び動き出し、エルはしばし静かに読んでいたが、
「おお、遂に」
チヒラが振り返った。
「どうしたんだ、エル氏」
少し沈黙の後、
「シルヴィエの電撃的な和睦交渉。大華厳龍國への進軍を中止し、急遽和平条約を結び、海軍を撤退した」
「それは驚きだ」
そう言ってチヒラが藤色のまつ毛を強く開いて眼を丸くする。いつも冷ややかなユーカレも驚きを隠せず、トーガを締める太いベルトに下げた剣の柄をにぎり締め、
「あり得ない。なぜだ。ならば、じぶんらの闘いは、虚しいことだったのか」
「いや、まだすべては解らない」
「イラフの言うとおりだ」
エルがそう同意するも、依然としてチヒラは疑念を呈し、
「しかし、どう理解してよいのかわからないことは確かだ」
手のひらを向けて彼らの言葉を制し、エルは咳払いし、
「それだけではない。
西大陸の超大国、ヴォードへの突然の宣戦布告だ、シルヴィエが」
モス・グリーンのまつ毛も上げてイラフが思わず声を上げ、
「あり得ない! だって和平の義を結んだばかりでは」
「そうさ。
だって、もともとノルテ(北大陸)の西端諸国と共謀したヴォードがシルヴィエを一方的に攻めていて、シルヴィエが大華厳龍國との闘いを優先したいがために結んだ平和条約だったはずだ」
紅の唇をゆがめてチヒラがうめくも、冷ややかにユーカレは、
「さぞかし憤っているだろうな、ヴォード帝国は」
「当然だ。これは裏切りだ」
といい、憤るチヒラに同意し、イラフも、
「卑劣な攻撃」
と言うも、まだ信じられぬように疑念を呈し、
「しかし、なぜ・・・」
誰も応えない。推測さえない。
皆の言葉が止まったとき、エルが決然と、
「もはや猶予はない。急がねば」
「ふ。じゃ、聖画は諦めて先を急ぐか」
ユーカレが金の眸で冷笑するようにそう言うと、エルはまなざしを深め、首を振る。
「いや。それは省略できない。行こう」
「省略できない?」
チヒラが藤色の睫毛を持ち上げてさように声を上げる。
だがユーカレは意外と思う様子もなく平然と、
「何であるかを理解できないが、どうやらそこへ行く必然性があるようだな。だとすれば、敵もそれを知っていて、待ち伏せている可能性がある。
まずは先遣隊を行かせよう」
そのようにした。
こわばった表情でストランドが報告する。
「推察のとおりです。
シルヴィエの精鋭部隊のいずれかでしょう。恐らくは『聖なる隷・殉教者たちの群れ』かと思われます」
「シルヴィエの? なぜだ? エル氏、説明していただきたい。あなたは、いったい」
エルは黙っていた。
「言えないのか。ぼくらを信頼していない、ということか」
「ふ。行くまでさ、チヒラ。
護衛がじぶんらの役目だ。問うことではない。行って敵がいれば闘う。それだけだ」
「やたら闘うのが戦士ではない」
「しかし、イラフ、どうするつもりか。ふ。エル氏はじぶんらが止めても行くだろう。ならば闘うしか選択肢はない」
眼光強くイラフはエルを振り向いて問うた。
「エル氏、行くことの意義は何か。ただ真・善・美のためか」
フードの奥から蒼く燃える双眸の彼は応えた。
「いや、そうではない。実践上、必要だ。事前に確認しておきたい。それ以上は言えない」
「多くの者が命を賭けるのだ。それでも言えぬのか」
「言えぬ」
桃色の双眸を濃くしたチヒラも憤りを抑えかねて、
「しかもその場にいる無関係の者も巻き添えになるかもしれないのだ。彼らも多くの者がシルヴィエ人に仲間や家族を殺されている。それでもやらねばならぬならせめて理由を」
「言えぬ」
怒りを殺すようにまぶたを閉じてイラフは嘆息しつつ、チヒラを制す。
「待て。シルヴィエ人だからと言って、彼が殺したとは限らない。彼は何事も関与していないかもしれない。同じ民族だからと言って同じ罪にはならない。当たり前なことだ。罪科は常に個々人のその都度の所業に帰する」
「ちっ。確かにね、君の言うとおりさ。
しかし、エル氏の態度、まさに王侯貴族だな。大義のためには民の命など、どうでもよいか。ところが民にとっては明日の命こそが大義なんだ。
高貴な使命を帯びて命を犠牲にしても、それは報われず、人としての夢も希望も家族への愛も、歴史の巨大な波瀾に翻弄され、潰える」
そう言い放つチヒラの桃色の瞳がさらに赤みを帯びる。暗黒の過去を思い出したかのように。魂を悲歎と絶望の暗黒の世界に深く沈め。
しかしそんな想いを敢えて無視するかのようにユーカレはノーズティカを鳴らして嘲笑し、
「臆病風に吹かれたか。さあ、じぶんは逝くぞ。生きるも死すも、ただ使命を果たすのみだ」
「すまぬ」
低くかすれた声でエルが謝った。そして、
「だがこれには意味がある。いずれ、多くの人を救うことにも繋がるかもしれないのだ。時節は動き始めた。風雲は急を告げている」
「どういうことか。さっきの記事と関係があるのか」
ミュールを鳴らしてチヒラが詰め寄ると、エルは、
「ある。少なくとも私はそのように確信している。だがこれは序章に過ぎない」
蒼い瞳は強く光った。
イラフは刹那にその気を読んで水色の髪を揺らしてうなずき、
「わかった。
行こう。あなたとピリピレオを信じる」
大聖堂は広場に面して壮麗なるファサードを誇らしげに、そして悲愴なまでに崇高に顕示し、天へまっしぐらにその尖塔を突き立てていた。広場には多くの人々が行き交い、また物売りが立ち、馬車が通り過ぎた。
蒼穹は遠いほど青が濃く、どこまでも深く碧い。
彼らも馬車から降りる。ストランドも馬を繋いでパウルに見張りを任せ、広場へ歩み出る。その後ろのユーカレが行き、エルが続き、その背後をイラフとチヒラが護った。
ストランドが言う。
「今、先遣隊十四名がこの周囲に散っています。後衛隊九名も呼び寄せました。周囲を警戒しつつ、我々を警護しています。傭兵部隊には馬車を遠巻きに守らせました。
龍梁劉禅の陸海の特殊部隊がようやく集結しています」
海軍特殊部隊の隊長はシルス(支陋栖)少尉、陸軍特殊部隊の隊長はジイク(斎粥)少尉であった。目立たないよう、貧しい旅の傭兵将校のような恰好をしている。
「我が国の援軍は遅かったな。出発の頃には少なくとも数名は来ると思っていた。まさか今になるとは。
まあいい、現状に集中しよう。ぼくも今、最大限に気配を読みつつ警戒しているよ。闘いの気の脈拍を」
聖人の像で荘厳された正面出入口から拝廊を経て、身廊を進む。天井が高く、崇高であった。神々しい聖歌が聴こえてくる。多くの人が厳かな面持ちで礼拝に訪れていた。
「ここでは闘えないぞ」
そう言うイラフを抑え、チヒラが、
「急ぐしかない」
袖廊との交差部には聖のうちにも聖の聖なる聖者の像があった。
「ミラレセの守護聖人、その名の由来となった聖者ミラレーゼだ。彼は最初、山中でしかなかったこの場所に庵を編み、清廉な修道生活を送った」
チヒラが説明する。
その像の後ろに立っている者がいた。まるで床から湧いたかのように。なぜならイラフもチヒラも寸前までそこに気配を感じていなかったからだ。現に偵察隊の警戒や調査隊の調査にも引っかかっていない。
「アグール!」
ユーカレが金の双眸を燃え怒らせ、冷凛剣を抜く。周囲で悲鳴が上がる。
「ぁは、ぁははは、ふわははは」
黒い朱色に艶光する大剣を抜き、狂乱の哄笑をまき散らしながら緋色の髪を振って叫ぶ。
「殺す!」
イラフがエルの前に立ってかばいつつ、
「引き返しましょう、退却した方がよい」
「だめだ。私は行く」
「しかし」
アグールが大剣を振り、狂乱して叫ぶ。
「ふゎは、ふわ、ふわっ、ふゎっははは。殺す、殺す、殺す! ぶっ殺す! ひゃははははあああ」
聖堂内には驚愕と悲鳴が波のように広がった。あまりのことに事態を理解するまでに数秒を要してから逃げ惑う人々。大混乱となった。
母親は幼子を抱き上げ、むやみに駈けてぶつかり、老婆が転ぶ。蒼白な若い男が恋人を引っ張って走り出そうとするも足がもつれる。少年が倒れたお爺さんを起こそうとするが、なかなか起こせない。
チヒラが『天真義』『地真義』を顕し、ユーカレの加勢に入ろうとすると、忽然と現れ、立ちふさがる者が。
「我が名はイジュール。おまえの意の力は私には通じない」
紫色の髪は蛇のように蠢き、瞬きのない眼は赤黒く滾ろう。顔立ちは古代ギリシャの彫刻のように流麗で、古代戦士ふう革鎧にベルトで留めた腰衣、短いマント、背丈はユーカレと同じくらい。槍は穂先が大きく湾曲し、薙刀にも似る。男か女か定かではない。
「何!」
チヒラが意を練成して収斂し、三叉戟の尖先から虹色の稲妻を鞭のように振るう。
イジュールの左腕に楯が現れ、それを弾き返した。嘲笑う。
「意の理を知るはおまえらだけと思うな。この世の形あるものはカタチばかりのもの。それゆえ変幻自在、神出鬼没も当然よ。
一切は揺らぎ滾ろい、争い、抗い、諍い、揺らぎ、滅び逝く。戦いの焔だ。さあ、さあ、この刃と闘え、皆殺しだ、理不尽だ、不可説だ、無差別なる殺戮だ! 『仏に逢うては仏を殺せ。父母に逢うては父母を殺せ』だ。きゃきゃきゃっ!」
そこへガリア・コマータの戦士らが次々押し寄せ、パニックはさらに拡大する。二手にわかれ、アグールやイジュールの周囲に円を描くようならぶ。ストランドが、
「待て待て、そうはさせぬぞ、さあ、皆の衆、今こそ命を捨てよ、武勲を立てよ。歴史に名を留めよ」
そう雄叫びすると、二十三名のガリア・コマータの戦士たちが剣を抜く。あちこちの入口から平民の服の下に鎧を着た大華厳龍國の特殊部隊が侵入するも、同じく宗教者の変装をしていたシルヴィエの特殊部隊戦闘員がヴェールを脱いで忽然と現れ、憤激の形相で妨害する。人々はさらにパニックとなった。
そこに騒ぎを聞いて出て来た聖堂警護の下級兵らも加わり、戦闘は増して混沌化する。
「さ、今だ。この混乱に乗じるしかない」
イラフはエルの手を引いて奥へ、後陣へと走る。すると立ち塞がるように、
「待てっ、待てっ、待てっ、待てっ」
異相の戦士らが次々現れ、行く手を阻む。イラフの剣の下に斬り伏せた。さすがの彼女ももはや手加減する余裕がない。致命傷を負わす。
「ここだ」
エルが立ち止まる。
祭壇の前だった。燭台の置かれた祭壇に聖なる象徴が擱かれ、聖ヴァルゴ教の神聖文字の記された帯がそれを飾っていた。その背後には高さ30mの黄金の衝立があり、様々な聖人の事蹟が彫られたり描かれたりし、衝立の縁を天使や神獣が荘厳している。
聖画はその中央にあった。
見上げてエルが思わず声を洩らす。
「おお」
「あゝ、何て素晴らしいんだ」
双眸を耀かせ、イラフも嘆息を禁じ得ない、
絵に描かれているのは清らかなる若き女性であった。その慈愛と聖性は、この世のものとは思えない燦然たる超越性に輝いている。
「これをよく心に留めて置け、イラフ。この荘厳、この崇高なる静謐を。
芸術家は究極を求める。それは彗星のようなものだ。火が附けば、もはや自分でも止めることはできない」
エルがそう囁く。
「言われなくとも一生忘れられない」
だが背後から、
「そこまでだ。レオン」
イラフが振り返り、眉を顰めてモス・グリーンのまつ毛を翳す。
「レオン? 何だ、それは! 誰のことだ?」
「レオン・フランシスコ・デ・シルヴィエよ、貴様、覚悟しろ」
何者かがエルに向かって大剣を振り下ろす。イラフは驚いた。だが反射的に手は剣の柄をにぎっている。そういう動作のさなかに、どうやら「レオンとはエルのことを言っているらしい」などということにも気が附く、ペパーミント・グリーンの双眸を驚きで大きく瞠きながら。
エルは抜剣して受け止めていた。その有様を見て、身廊・側廊からこの祭壇前まで逃れて来た人々がここでもまた戦闘にかち合ってしまい、絶望の悲鳴を上げる。
イラフは見た。刃と刃のぶつかる烈しい音がして、エルのフードがめくれ、瀧のような長くて縮れた黒い髪が流出するさまを。蒼白で大理石の彫像のように端正な顔立ち、鋭利な強い顎に高貴な鼻筋、燃えるような炎の双眸。
それがエルの隠された真実の姿だった。
「いったい、どういうことだ、レオンとは」
イラフは混乱する。戸惑いながらも剣を抜き、レオンを襲ったシルヴィエの戦闘員を斬る。斃れるときに敵の覆面が外れる。戦闘服の襟が見えた。彼女の記憶に違いがなければ、シルヴィエの精鋭部隊『聖なる隷・殉教者の群れ』の将校である。知って驚く。「レオンと呼ばれるとは、いったい、どういうことか」という疑問と同時に「なぜ、この男はシルヴィエ人で、かつ高貴な身分でありながら、こんなにも狙われるのか」と改めて強く猜疑が過ぎる。過ぎらずを得ない。
だがひとたび剣を抜けば迷いはない。
敵が一振りする間に十二振りする速さはまるで相手が止まっている人形のようですらあった。
しかも無重力の中を泳ぐように体を水平にしたまま、後ろ向きに飛び、その体勢で数人を次々斬る。地に足を着かずに、敵の頭や肩の上を蹴ったり、胸を蹴ったりしながら後転しつつ斬った。変幻自在の自由自在。あらゆる体勢からあらゆる方向に剣を振って、下ろし断ち、上げ裂き、突き、襷がけに切り刻む。
拝廊や身廊・側廊における大混乱もエスカレートする一方であった。
逃げる老人や肥った商人や僧侶らが次々転んで重なり、アグールとイジュールの配下の戦闘員らに踏まれる。ガリア・コマータと戦闘員らの振り廻す剣が当たって血を流し斃れる人々。必死に雑役夫は外に助けを求める。
ようやく完全装甲した聖堂警護の上級聖騎士と、街を守備するミラレセの正規軍が堂内に入って来た。
アグールと死闘を続けるユーカレが悔しそうな表情をし、
「邪魔が入ったか。無念だ」
「ふわはは、心配するな、すぐに貴様を始末してやるから」
「ふざけるな。負けるものか」
「ユーカレ、放っておいて撤退しろ!」
チヒラが叫ぶ。彼女は大きく飛び退いて、イジュールの手から離れていた。イジュールもまた聖騎士らの姿を見て、「なるほど。めんどうな奴らが来たな。こちらも退散するか」
そう言って、忽然と姿を消す。
イラフの傍にストランドが走り寄って来た。
「さあ、撤退です。ヨウクを出します。さあ、あそこです、あちらへ」
装甲した聖騎士や黄色い制服の守備軍正規兵たちが怒涛のように迫り、口々に叫ぶ。
「そこだ、追え、追うんだ。捕まえろ、殺しても構わん。急げ、あいつら逃げるぞ」
ストランドが叫ぶように、
「早く、早くこちらへ、急いでください」
内陣の小さな裏口に誘導した馬車へ導こうとするも、イラフが大声で、
「だめだ、ユーカレが」
「もうっ! 何やってんだ!」
そう罵りながらチヒラがユーカレの元へ疾駆し、イラフも「まったくだ!」と憤慨しつつ向かう。
「ぬぉっ」
三対一で、たちまちアグールが劣勢になる。大聖堂の聖騎士と守備軍正規兵らが来て、
「貴様ら、ここは聖なる場所、無礼者め、神を嘲るか! 不敬の輩め、天誅!」
そう叫び、剣を抜く。囲まれた。
「ぎゃはははは」
アグールが緋色の髪を振り乱し、楽しそうに笑い、踊り乱れながら聖騎士を薙ぎ倒す。そのさまは悪魔そのもの。血飛沫を上げること、肉を切り裂くことを楽しんでいるかのようであった。
イラフとチヒラはユーカレの両腕をつかんで引っ張り、
「今だ! さあ、行くよ!」
「ちくしょう!」
ユーカレが悔しがった。
聖騎士と黄色い守備軍正規兵らが立ち塞がる。
「待て。逃がさぬぞ、この大逆罪人どもめ!」
「すまん」
イラフはたちまち聖騎士を峰打ちで昏倒させる。
「さ、早く、早く」
ストランドが烈しく叫ぶ。
「わかってる!」
イラフ、チヒラ、ユーカレが走る。
「早く!」
すぐ後ろに聖騎士が迫っている。「待て、待て!」
「ああ、つかまる!」
ストランドの声は悲鳴に近い。「もう待てない、おまえらは先に行け! 俺だけ残る」
待っていたガリア・コマータの兵たちだが、命ぜられて龍馬で飛び去った。
「あゝ、もうほんとうにダメだ!」
ストランドも遂にパウルの隣に飛び乗る。
「パウル、出せ! エル殿だけでも脱出させねば!」
ヨウクが動き出す。
イラフ、チヒラはその刹那に、飛び乗った。ユーカレのマントが聖騎士につかまれる。
「こなくそっ!」
イラフが振り向きざまに聖騎士の籠手を激しく峰打ちした。だが放さない。聖騎士は引きずられた。ヨウクは飛翔する。宙吊りになっても放さなかった。
「これでどうだ!」
チヒラが意の力を放ち、衝撃を与える。それでも歯を食いしばって放さない。
「危ない」
火矢が彼女の眼の前をかすめた。地上の聖騎士団が矢を放ったのだ。
「放すものか!」
「放せ!」
ストランドが剣を抜き聖騎士の腕を斬り落とした。
「ぅわああ」
聖騎士が転げ落ちる。
「仕方なかったのです。彼も使命、私も使命です。已むを得ないことです」
ストランドは辛い表情でそう言った。
「わかってる。誰も君を責めはしない。お互い戦士ならば解っていることだ」
チヒラがそう言って肩に手を置く。
イラフは聖騎士の方をずっと見ていた。
ユーカレが呟くように小さく言った。
「すまなかった。じぶんの引き際の判断が適切ではなかった」