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   第三章 ケーレ(転回)

 イヴィルは書斎でその報告を聞いた。午後1時であった。陽射しは淡い黄昏となっている。この季節、帝都ヒムロの1ヶ月の日照時間は5時間程度だ。最近までは極夜の日々であった。


「やはり。

 神の領域ゆえにか。そのことはさすがの私もわからない。まあ、どうでもよい。

さて、大枢機卿フィロソフィ・タウロ・シルヴィエに先んじて行わなければならないが」

「大枢機卿猊下はそもそも皇帝が国外におられることも知りません」

「それが確かかどうしてわかろうか。人の心を見ること適わぬがゆえに。

動きを阻止しておくに越したことはない。そうだ、陳情団を行かせろ。

 新たなる寺院の建設でも何でもよい。いやいや、宗派争いが良い。微妙な問題ゆえ彼もすぐには結論が出せない」

「皇帝は2時間後にはこちらへ帰着されましょう」

「すぐに行くぞ。賽は投げられた」


 この密議の1時間前のこと、海鳥島に少年は着いた。まさに正午であった。南の熱い太陽が頂点にある。

 彼は南下する途中から屈強なる戦士ダドン、ムーガル、ジョン・ドンの三人に警護されてここまで来ていた。最初は独りで海鳥島を目指していた。亡くなった彼の両親が夢に出てそう懇願したからだった。


 眼の前に背の高い、顎鬚の長い男が立っている。フードを深くかぶり、全身を覆う黒いローブを引きずっていた。南の島では見ないスタイルだ。だが少年には見覚えがあった。夢を見る前の夕方に、街で偶然、会っていた。

「来たな、リアイヰよ。エル・パッハロ・デル・マルへようこそ。

 さあ、今こそ巨大なるケーレ(転回)が始まる。おまえこそが究竟の真奥義となり、最真央の原理としてこの世を()すのだ。

 平凡な、路傍の石のようなおまえが」

 手を取る。

「さあ、世界の臍へ行こう」

 古代ミノタ文明の跡地。ラビュリントスと言われた宮殿、両刃の斧の紋、恐らくこの作者はクレタ文明を念頭に置いたのであろう。しかし大きな違いは宮殿がまったく残っていないことであった。


 赤茶けた岩しかない丘に登る。神が降臨したと伝承される磐があった。皇帝は命ずる。「そこに立て」

 少年は立った。

 しばらくは静寂であった。

 だがやがて身体から一筋の小さな発光が天を真っ直ぐに差し、貫くように衝く。その筋はいく筋にもなり、太さも太くなっていく。八方を照らす太陽のようになる。

 するとどうだろうか。凄まじい光が放たれた。青き炎。磐を中央としてその一帯が直径9㎞の巨大な光輪の大曼陀羅になり、島が揺れた。海が揺らされたかのように動揺する。

 曼荼羅に神仏が躍る。聖なる文字が現れ、鐘のように蒼穹に鳴り響く。

「おお」

「これは」

「ああっ!」

 少年は聖なる光燦に包まれ、そのまばゆさは驚くべきもので、光の力ですべてが吹き飛びそうであった。見る者たちは手のひらで眼ばかりか顔までも蔽わずにはいられない。さらに驚嘆すべきことは、少年が見る見る間に少女へと変じていくことであった。光は凄まじいエネルギーを孕んで膨らんでいく。あたかも宇宙創成のときのような凄まじい力であった。言葉では言い尽くすことなど到底できない。究竟の宇宙爆発とでも言えばよいのか。

 際限もなく速く、際限もなく烈しく、際限もなく強く、際限もなく大きな炎の光燦であった。

 光のarrow放射の無際限なる拡がり、超弩級の勢い、だが一切はまったく自然で優しく、何事もなく無傷だったのである。

 際限もない光の横溢、氾濫であった。静寂なる光の潮は460億光年の宇宙を超えてあふれる。すべての並行宇宙に大波瀾のごとくに氾濫し、10次元の空間と1次元の時間を超越し、超えてさらに際限もなくあふれた。

 無限をも超えたのである。

 すなわち彼女(彼)はあたかも光明神アスラのように一切万象となり、他者というものがない存在となり、他者がないので識別不能であり、パルメニデスの言う『真の存在』のように対立する存在がなく、常に全体であって、完全で、動揺がなく(変化もなく、過去に生じたことも、未来に滅することもない)、何に対することも、異なるということもあり得ず、それゆえに見ることも聞くこともできず、畢竟の無空なる存在となった。

 放逸無際限ということの凄まじさ、陰が極みを超えて極まって陽へと変じ、陽が極みを超えて極まって陰となる。色即是空・空即是色、超絶を超越して一と廻り、ただのありふれ、今のこの日常茶飯事となる。喫茶去(きっさこ)となる。

 あゝ、茶飯事、茶飯事よ、平常道をなさんとすれば、平常道に非ざる。されども何を以て非ざるとは言わんや。〝非〟さえも死に絶えるこの場所で。

 古来云う処の、無為自然の道(Tao)か、凡庸な日常使いの茶碗の缺けた侘寂か、趙州無字(禅宗の公案にある言葉)か、いやいや、さような奇態な言辞、いくら尽くそうと追いつかず。

 カタチでしかなく、現象でしかない、感覚的なもの、憶見・独断(ドクサδόξα)でしかなく、ニューロンを走るインパルスという物的な化学的現象、()()()()()の戯れ。

 されどもそれも又よし。

 しょせん、諸思考概は戯れ。(なんぞ)や、何をか謂わんや、誰もが(知らぬ者さえも)知り得ても誰も知り得ざる無空だ、何処にも達せず、至らず、収まらず、言いかけたまま次の句が継げず、呆然と口を開いたままのようなもの、(つい)に未遂不収のまゝ。

 少年のような儚い肉体の面影を残した美しい青林檎のような女の子を見て、皇帝に随行して来ていたカッサドール・デ・ドラゴーネスの聖殉教騎士アヴアロキとその従者アムト、セトン、ミハルらは畏怖と感嘆の声を上げる。

 しかしこの期に及んでも、不気味なる『屍の軍団』のロキ少佐、ザンキ中尉、グロヴィス少尉、ヨギ少尉、そして巫女リリアらは表情を変えず、木偶のようですらあった。

 皇帝ジニイ・ムイは紅潮し、

「ケーレが起こった。世界の運命は転回した。天命は革まった。革命は起こったのだ」

 歓呼の声を上げる。

「偉大なるかな、我らが皇帝陛下」

 聖殉教騎士はひざまずく、誰もがそれに倣った。木偶のような者たちさえも。ただし表情だけは変えなかった。

「これで世界は変わった。運命は新たる世界へと転じた。

 おお、偉大なるかな我が人生よ、さあ、リアイヰよ、おまえは朕を愛するか」

 しかし少年の双眸は移ろう。陽光に燦めく海のように。それは神のごとく崇高で近附き難いものであった。

「応えよ」

 皇帝は眉を少し顰めた。

「どうした、自分の変貌に動揺しているのか」

 皇帝は怒りで目を(みひら)く。拳をにぎった。

「なぜだ、聞こえぬか、あまりのことに、自らに驚愕しているのか」

 だが彼女(彼)に驚愕の様子はない。澄み切った、超常的な、埴輪のように空漠なる顔である。

「き、貴様、応えぬか」

 黙っている。

「おのれっ」

 しかしジニイ・ムイは憤りを抑えた。ここで殺してはこれまでの世界規模の努力が無為になる。無為に・・・・。まさか。そんな・・・・。いや、あり得ない。初めからこうなると決まっていたと言うのか。あり得ない。


 皇帝の顔は蒼白になった。

「バカな・・・・・そんな莫迦な・・・・・」

 汗が垂れる。再び少女(少年)を見遣る。

 リアイヰの眼は皇帝を睥睨するかのようであった。その表情は、以前とは、まったく変わっていた。容赦ない自然のごとく非情、地上の価値を無みする神のごとく荘厳なる無表情であった。皇帝は大宇宙の無際限な空間を前にしたかのような根源的な畏怖を覚える。


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