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第1部 北大陸(ノルテ)中央南部西側   第一章 運命の序奏曲


 (しの)()く雨の中を頭巾の附いたオリーブ色のマントで足下まで覆って、俯きながら歩く人。数百年を経て磨り減った古い石畳の路地であった。小柄で華奢な躰にも似合わず、大きな剣のフォルムが浮き上がっている。刀身は幅広で長く、この人物が鞘から一気に抜くことができるのかどうか疑わしいほどであった。


 またそれをじっと見る者もいる。

 ハラヒは特に考えがあってのことではなく、ただ漫然と肘を窓枠にかけて雨の路地を眺めていたのだが、ふとその人物が眼に留まったのであった。

 彼女が今いる建物は酒場を兼ねた宿屋で、一階が酒場、二階が宿泊室である。しかし彼女の泊まった部屋は一階の隅にある宿泊代の安い部屋で、物置同然に殺伐とし、狭く暗いが、よいこともあって、こうして道行く人の様子がまざまざと観察できたのである。

 ハラヒはその小柄な人を見た瞬間、思わず『きよかみ(清神)』と銘打たれた自分の剣を取って、柄を強くにぎった。片刃で日本刀のようなその剣はぐいっと身に寄せたときにかちゃりと金属の音を鳴らした。  

 その人物の動きには無駄も隙もない。頭巾から時折見える薄いペパーミント・グリーンの双眸は光が水面のように揺れ動いていた。隅々をにらみ、射抜くように鋭い。

 石造の建物が狭く(そばだ)つ峡谷のように迫る路地は、昏い夜がさらに深い黒に沈む場所。ここに着くまでの間、右へ左へと細い路地から細い路地を繋いで渡り、双眸を鋭く燦めかせながら旧市街を歩いたであろう人物は足を止める。

 開け放たれた戸口からは強い光があふれていた。ハラヒが泊まっている店の入口である。吊るし看板には『バルドスβάρδος亭』。竪琴を弾く牧人の象形。バルだ。(やす)くて、立ち飲み中心の庶民の酒場、テーブル席もあるが料金が割り増しになる。

 石段を二段上がった。中の様子を瞬時うかがう。


 湯気、農夫や鍛冶職人や狡そうな顔をした貧しい行商や土木・建築人夫らの喧騒であふれていた。

「おおよ、まったくだ、実際のところ、世の中ァ、どうかしちまってるぜ」

「あのあまっちょろはよぉ」

「うらあ、乾杯だあ」

「棟梁の女房ったら、ありゃ、ひでえもんだ」

「どうせまた戦争だぜ」

「早く酒をよこさねえか」

「ああ、そうともよ、エジンバールEdinbaurの川の流れに賭けてもいい、次は」

「まったくだぜ、あの女房殿ときたら」

 天井は暗く、太い梁が半ば闇に消えている。カウンターの中で太った顎髭の店主の怒気を含んだ低い声が「そら、ビールだ」と言って大きなジョッキをドスンと置く。

 給仕の女の子は乱れた縮れ毛をスカーフで雑にまとめ、頬が汚れていた。十二、三歳か。店の隅の暗がりに立っている売笑婦の娘だった。


 炎の揺れる暖炉に燃える薪の匂いが強い。

 カウンターは伐り出したままの粗い無垢で、古びて色あせ、疵だらけで、削られ、傷み、艶もなく、人々の袖が擦らない片隅には埃が積もっていた。

その人物はテーブル席の前で止まる。

 マントを脱いで、雫を振るい落とし、あらわれたのは、少女であった。複雑な紋章や意匠の彫られた鞘をマントで包み隠す。その鞘に隠された幅広の剣は重く、ベルトから外してテーブルに立てかけたときにゴトっという音がした。


 ペパーミント・グリーンの眼であたりを()め回す。

 首筋あたりで内巻きする水色の髪は濡れたせいでさらにカールが強くなっていた。縁取りの強い、眼尻の上がった眼(眼窩の化粧は魔除け、主に眼の病気の原因となる魔から護る力があると彼女の部族に伝えられていた)、白皙の皮膚、背は高くなく、肩や胴に馬革と金具の鎧、同じく硬い革のブーツを履いている。


 暖炉の傍のテーブルが空いたばかりだった。二人の厳つい傭兵が立ち去る。いらふ(彼女のなまえは正式には〝尹良鳬〟と錄す。東大陸(オエステOeste)にルーツを持つ民族は氏名に漢字を使う者が多い。本文中は主にイラフと表記する)は坐った。

 場所は憂欝なるエジンバール川に近い、街道沿いの小さな町、ストラングラー。数千年前に処刑場があって絞首刑人が多く住んでいたため、この名がある。200年前からは地の利を生かし、街道を使った陸運や川を使った水運で通商の要所として栄えていた。最近では鉄道も敷かれている。

「チーズ。骨附きマトン。ビールやワイン以外で飲み物は何があるのかな」

「え? お酒がダメってこと? じゃあ、水か、ジンジャーね」

 給仕の少女はじとっとを見ながらそう訊いた。イラフはあえて眼を逸らし、

「ジンジャーにしよう。パンは何?」

「ライ麦よ。

あなた、もしかして、あたいと同じくらいじゃない」

「早く持って来てくれ」


 運ばれたチーズはヴァルゴーVir-Goeax国北部山岳地帯のヤギの乳からできたもの、羊の肉は裂大陸大海洋Mar-Medditerranoに泛ぶローディス島Lordhsessの滋味豊かな草を食むローディス羊の肉だ。場末の貧民窟にある酒場のメニューに、外国の名産品が当たり前のようにある。いかに国が豊かで物資にあふれているかがわかった。

 為政者の心と力次第でこんなにも違うのだ。


「クラウド・レオン・ドラゴCloud Lion Drago連邦(通称「クラウド連邦」)。けして大国ではないが。噂どおりだな」

 イラフはつぶやく。そのつぶやきにはある種の憂いのようなものが含まれていた。

 クラウド連邦。小さなグループが聖典を護るために小さな砦を造ったことから始まった国家。神聖シルヴィエ帝国の陰謀に抗うためにネットで連帯を叫び集めた仲間たちで創り上げた国家。やがて帝国に操られたレオン・ドラゴ王国の強大な騎馬隊を斃し、王国の領土や国家施設を吸収して、小さな強国となった連邦国家である。


 扉からふしぎなオーラを帯びた人影が入ってきた。

 全身をフード附の外套で覆い隠している。その外套を脱ぐことなく、顔を蔽ったまま、細身のシルエットの人物は迷いなく彼女の坐っているテーブルに向かって歩む。外套の下に大剣が隠されているのがわずかにわかる。

 その人はためらいなく、イラフと同じテーブルの向かいの席に坐った。

「イラフ、だね?

 すぐわかったよ。ふ。その姿勢、全身から発する威風、眼差し。一分の隙もない。(ひと)()で達人とわかる」

 イラフはわずかに目を丸くしながらうなずく。

「あなたが・・・イース様ですね。初めてお目にかかります。ほんとうにわたしくらいの方なんですね」

「君よりも一つ上だ」

 ただし、この世界での歳の取り方は自分で選べる。実際、イースも4年間ほど年齢設定を変えなかった。変える義務がないからである。最後まで同じ齢という設定も違反ではない。

「しかもクラウド連邦の軍事大臣であられる」

「運命だ。已むを得ざる状況で国を創らざるを得なくなった。たまたまその創成メンバーの一員だったに過ぎない」

「伝説です。

 ジン・メタルハートを打ち破ったこの世で唯一の存在でもある」

「それも運命だ。

 正義は勝たなければならない。神の(おぼ)()しによって正義の側にいた」

「あの怪物に勝ったのです。

 彼女がどれほど強いか知らない者は、この北大陸(ノルテNorte)にはいません。いや、今や東大陸エステでも鬼神のごとく怖れられている。

 一騎当千とはあの女のためにある言葉です。

 しかし彼女はその自己記録を最近更新しました。イン=イ・インディス(殷陀羅尼帝国)の西部ゴルン(五覧)の平原で完全装甲した兵二千騎が壊滅しました。

 一人も生き残れなかったのです」

「信じ難いな。

 いくらジンの黒き炎の剣とは言え、刃毀れもしないのか」

「あの剣は一度、あなたの氷青の剣によって真っ二つに裂かれました。しかしその後、メタルハートとともに復活し、さらに強靭な剣となって甦ったのです。

 彼女同様に」

「なるほど。

 次に会えば敗れるのはこちらというわけか。ふふ。しかしながら僕はかつて彼女に殺されている。あの戦争以前の闘いで。生まれ変わるたびに交替でどちらかがどちらかに殺される運命なのかな」

 そう言ってくすりと笑う。

 彼女(イース)は彼女自身を〝僕〟と称していた。なぜだろうと思うこともなく、イラフは別のことを考えていて、口をつぐんだままだった。その様子をフードの奥からじっと見ていたイースは再び口を開く。

「我が身は今この国から外へは動けない。

 最近は動きを見せないが、以前から、神聖シルヴィエSwllvyeie帝国の軍隊がこの中央南部にあるさまざまな国の国境附近に軍を集めていて、緊張状態が継続している。(※北大陸のうち、中央南部と西端部、東端(一国のみ)の三地域以外はすべて神聖シルヴィエ帝国の領土)

 ちなみに、数年前だが、帝国の策略によって王政が倒され、連邦制となってシルヴィエの傀儡政府が政権を握るユヴィンゴUvingorr連邦では市民による革命が起こったが、反ってそれがシルヴィエ軍の介入の口実になってしまった。

 諸国は依然として帝国軍の侵略活動が再び盛んになる日が来るはずと見ている。だから我々は今、敵の動きの少ないこの好機に西端諸国と、こちらの中央南部西側地域とで連合し、ノルテ(北大陸)西諸国連合として大結束しようとしている。

基本的な合意が済んでいるから、軍の大臣は実務レベルの協議を始めなくちゃならない」

「存じています。

 神聖帝国は昨今、東への活動を活発にし始めています。我らがオエステを攻めようとして、東征軍に力を傾けています。とは言え、西の国々が安心してよいレベルではありません」

「そのとおりだ。見掛けは信用できない。彼らはいくつかのやり方を持っている。

一つは力を背景にした一方的な主張をして国土を侵蝕する方法。

 もう一つは侵略しようとする国に煽動家を送り込んで内乱を起こさせた上で、善良な第三者を装い、内乱平定を理由に軍を送り込んで暫定政府などに介入し、自分たちに都合の良い政権を作り出して実質的に支配する方法。

 企業や人材を送り込んで経済を牛耳り、社会を実効支配する方法。

 シルヴィエ聖教の布教を背景にしながら革命思想を流布して革命を起こし、政権を打倒して実質的に属国化する方法、などだ」

「ユヴィンゴの件といい、飽くまでも正しいことをしているふうに装うのは、やはりこのIE(Idea Earth理想の地球)という世界のルールのせいなのでしょうか」

「むろん、それもある。ここIEでは、悪を為せば滅びる。プログラムが狂わない限りは」

「かつてウイルスにやられたことがありましたが」

「そうではない。あれも実は正規プログラムのうちだったのだ。IEの正義とは、肯定的な正義だ。積極的で、事実的、無空的な正義だ。理想的・教条的な正義ではない」

「どういう正義でしょうか」

「理想や本質よりも、実存や現実こそが最高の真理・真実であり、真の理想である、という考え方だ」

「現実が正義とは? しかしそれではすべてが正義ということになってしまいますが。妄想すら妄想という現実です」

「そのとおりだ。しかし人の心や行動に於いてはそうではない。いにしえの聖者も正しいと(おも)うことを為せ、と言っておられる。

 世界はただ事実的で、無空だが、心機こころのはたらきはいずれかを正義と決することができる。

 これが事実だろう。つまり現実を正義とする思想はいわゆる真理としては成立し得ない類の真理だとも言える」

 碧色の眉を顰めてイラフは困惑した顔をした。

「わたしたち凡夫には、理解不能ですね。神慮のごとく推し測り難い。

 もしそう考えるならば、すべては解決済みということになります。今も多くの問題があり、現に我々人間は苦しんでいますが、全的な解決はなくともよい、ということになりますね」

「あってもよい。

 ただし全解決は考えようによっては生命の終わりだ。矛盾と葛藤なくして生命の躍動はない。自己の承認を廻る闘いが躍動を維持しているとも言えるからね」

「もしそうならば、なぜ、さような回りくどいシステムなのでしょうか。

 全知全能なる神を以てすれば、そんな奇異なことをしなくとも、世界生命を存続させる方法があるように思えます。

 わたしには、問題の解決はとても簡単なことのように思えるのです。神がたださように為せば、さようになるはずなのだから。

 それを思うと、誠に不敬ではありますが、憤りさえ覚えます。葛藤なくしても維持されるシステムを構築すればよいだけの話なのに。そうすれば、どれほどこの世の不幸がなくなるでしょうか。あゝ、神は万能だというのに」

「それこそ計り難い神慮なのだろう。

 思い煩うな。我らの前にはただ現実が横たわるのみだ。どうあれ、闘うしかないんだ。この理想世界に於いてさえもね」

「そうですね。余計な話をしてしまいました。さあ、目的を果たしましょう。まずは自己紹介させてください。

 わたしはリョンリャンリューゼン(龍梁劉禅=大華厳龍國)に雇われた者で、島嶼国家コレイ(古羚Κόρη)で生まれ育ったコライ(古雷:コレイの複数形。コレイ人の意)です。

 両親は貧しく、地元で子供たちに無償で学問を教えていたラオ師に就いてイア(非在)を学び、先生の勧めに従い、7歳のときに国を離れてリョジャド(龍蛇土)や大華厳龍國で武の修業をしました。特に大華厳龍國の真正義神奥寺でイアの奥義とジムイ(神彝)を学び、『()』のうちの傭兵部隊となりました」

 彼女の言う『非』とは、大華厳龍國最強の特殊部隊である。

 命知らずの軍隊でその狂破非情冷厳不敵峻酷は世界中から怖れ、シルヴィエ帝国の『屍の軍団(聖教のために命を棄てて生きながら屍となった軍団)』に匹敵すると言われていた。

 イラフ自身もアンギラの戦闘などさまざまな戦いに参加しているが、彼女のような外国出身の『非』は正規軍よりも格下となる傭兵部隊として別途に雇用契約されている。

 失敗や裏切りは必ず死で報いられ、また解雇後は一応、自由の身ということになるが、その実態は秘密厳守のため抹殺され、魂が身体からの自由を得させられてしまうという末路となってしまうのであった。

「そうか。

 なるほど君はカムイ(神剣士)なんだ。(カム)()(さき)(とう)の使い手か。

しかし『非』の中で、カムイは少ないのではないか」

「そうです。

 神彝裂刀はどちらかというと、リョジャドやコレイなどの大華厳龍國の西にある島嶼が起源なので、卑しく思われているのです」

「そうか。狭量な考えだが、因習は人が思う以上に人を支配している。それは悪だが、根絶やしにはならない。自覚されにくいせいもある。習慣を超えて客観的視点で物事を見ることはとても難しいことなのだ。

 しかしコレイ生まれで、リョジャドで暮らした経験もあるなら、辛い思いもしたんじゃないかな。

 数年前、『非』はリョジャドのアンギラ(リョジャドの一地方都市)で大きな戦闘を行い、市民も含めた多数の犠牲が出たと聞く。

 アンギラのリョジャド人は市民までもゲリラとなって戦ったが、コレイ出身の外国人傭兵部隊や超特殊部隊『非』の容赦ない襲撃によって殲滅され、非戦闘員にも多くの犠牲者が出た、と。

 もしかしたらその功績で今回の任務が任されたのかもしれないが。いずれにせよ、この難しく、危険な任務が命ぜられたということは、外国人にしては、君はかなり認められた存在であるということだね」

 イラフの碧の眉毛は顰められ、ペパーミント・グリーンの双眸がモス・グリーンのまつ毛に深く翳された。闇の底に沈んでいる暗い記憶を思い出して。

「捨て駒ということでもあります。

 アンギラのことについては、(その頃、わたしは未だ『非』ではありませんでしたが)実際、あまりにも犠牲が大きかったにもかかわらず、虚しい戦いでした。

 リョジャド奪還は、ほんの一時的な、しかも部分的なものに終わりました。シルヴィエ軍の巻き返しによって再び占領されてしまったのです。

 2ヶ月前の戦では、また一地域(二つの県)を奪還しましたが、どうなることやら、いつまた奪い返されるかわからず、情勢は不安定です」

「ふむ」

「さて、本題に入りましょう。わたしが命ぜられた仕事は二つです。

 一つは、シルヴィエとの戦争に勝った国、クラウド連邦に秘密裏に協力要請をすること、そしてもう一つは、ジン・メタルハートを斃した唯一の人物と会って、そのオーラを吸収すること」

「すべてにおいて協力する。この約束だけだ」

「深く感謝いたします」

「大華厳龍國のリョン(龍)皇帝との連絡方法は」

「029054781です。秘密情報部に直結します」

 イラフはマイクロPC(MPC)を懐から出し、番号を表示させた。

MPCとは、マイクロ・パーソナル・コンピュータの略称で、軽量小型、通話機能もあるコンピュータのことである。ちなみに、IEではPC通信は絶対不可侵で、リアル世界のように傍受されることは絶対にない。

 登録を終えると、イースは尋ねた、

「実際、東大陸方面の状況はどうなのだ。SNSの上では、さまざまなことが言われているようだけど。

 ちなみに、僕らの西側地域(※この場合、彼女が言っているのは、北大陸中央南部の西半分の地域)は小競り合いがあることを除けば、この1年は、近年になく、平穏だ」

「ネット上の情報は残念ながら正確とは言い難いと思います」

「現実世界もこちらのサイバー世界も同じだな」

「現在のシルヴィエの基本戦略は東征南下です。

 大華厳龍國を中心とするエステ(東大陸)及びその領海島嶼へ北から攻め入り、南下して行こうとしています。

 大軍が動いています。我が軍は果敢に戦っていますが、わずかな勝利を除けば我が方が劣勢です」

「一つの大きな戦争があるわけだ。世界中から戦争の無くなる日はないね。

 しかもすべてにシルヴィエが絡むように見えるのは気のせいかな。では、今は東征というわけなんだね。

 西征の時期もあったが」

「ありました。3年前です。

 シルヴィエ帝国は西大陸(オエステOeste)のヴォード帝国に対し、突如、一方的に宣戦布告し、侵攻しました。

 エステ(西大陸)の大国ヴォード帝国はその少し前にシルヴィエと通商条約を結んだばかりで、(北のシルヴィエから攻められる心配がなくなって)南大陸(スールSur)のマーロ帝国との紛争に専念しようと、南へ進軍を開始したばかりの時期だったのです。

 完全に裏切られ、意表を突かれたかたちでした。

 ヴォードに攻撃され始めていたマーロは大華厳龍國がその2年前(今から5年前)のシルヴィエとの海戦で疲弊しているのをよいことに、オエステへ向けて北上し、このために軍力を東北に寄せていた時期だったので、シルヴィエのヴォード攻めは幸いでした。

以上、三つの大きな戦争があったことになります。 

 数のうちに入らない小さな戦いではありましたが、わたしのアンギラに於ける闘いも、その大きな潮流の中の一つであったと考えます、今顧みれば」

「潮流か。なるほど、うまいことを言う。北→西→南→東(東→北:アンギラの闘い)、確かに一つの方を向いている。流れのようだ」

「そうですね。

 一連の戦争の端緒は5年前の二つの大きな戦争でした。

 二つのうちの一つ目は、大華厳龍國とマーロ帝国の間で起こった、領海を廻る争いです。

 マーロの漁船が違法操業し、その後、龍皇帝の直轄地である島に寄港して略奪を行いましたが、龍皇帝がこれを憤り、マーロの皇帝、羅氾ラハンに宣戦布告して、大艦隊を南へと進攻させ、海軍力の弱いマーロ軍を海上から一掃し、その勢力範囲を奪って実効支配しようとしました。

 実は、この裏にシルヴィエ諜報部の暗躍があったと言われています。

 二つ目は、同じ頃、大華厳龍國の海軍が南に集中しているのを好機と見たシルヴィエが艦隊を東征南下させ、島嶼を占拠し、我が大華厳龍國がこれをコレイ島沖で迎え撃った海戦です。

 結果的には我が国が甚大な被害を受け、数々の島が属国状態となりました」

「今の東大陸周辺の島嶼の詳細は、実際、どんな感じかな」

「5年前からあまり変わっていません。マグドーMuggdauex、カナレイCanleii、リョリュジュLyrrlyjeなど、ノルテとオエステの中間にある島国は次々と武力で侵略されるか、内部陥落させられてしまいました。

 ニカNicaはそれ以前から属国状態でしたが」

「そうか。変わらないか。やはりね」

「リョジャドなどの場合は、ニカとの領有権を廻る小さな争いに端を発しました。

 膠着状態が続きましたが、5年4ヶ月前に、シルヴィエ軍が密かに混入したリョリュジュ国軍が軍事介入してきたのです。大義名分は紛争の調停ということでした。その名目でリョリュジュ国軍に仮統治されてしまったのです。当時のリョリュジュは未だシルヴィエに占領される前でしたが、既に深くシルヴィエ勢が浸透していて、リョジャドはシルヴィエの配下になったも同然でした。

 だからその後、(5年前の大きな戦争によって)簡単にシルヴィエに侵略されたのです。

 ちなみに、侵略後、リョジャドは完全なる帝国領となりましたが、2ヶ月前、南のバウ(海吠)岬から大華厳龍國の精鋭部隊が上陸し、二つの県だけを奪回しました」

「なるほどね。

端緒となったニカとの領有権争いが既に仕組まれた感じがするね。だってニカはその頃(5年4ヶ月以上前)にはもう、シルヴィエの属国に等しかったのだろう?」

「そうです。お考えのとおりです」

「状況はわかった。

 何しろ、敵は一般市民から成る予備隊も入れれば、総勢5億もの大軍を持つ超々大国だ。それでも国の人口の十分の一以下でしかない。

 国の富は世界随一で、また科学技術も超の上に超が附くくらい特出している。未だ騎馬に跨って刀剣や弓矢で戦う国がほとんどだというのに、()の国に於いてはミサイルや戦闘機を有している。

 IEルールがあるからどうにかなっているものの、もしもこれがリアル世界のことであったら、1年もかからずに世界は制覇されているだろう」

「南大陸のマーロ帝国、西大陸のヴォード帝国、東大陸の龍梁劉禅(大華厳龍國)、この三つの超大国を合わせても人員数や物量では敵わないのが今の世界情勢です」

「神聖帝国との戦いはIEのアイデンティティを護る戦い、正義を護る戦いでもある。君の行動もまた、東世界の情勢のみならず、或る意味、世界の運命にもかかわっているのだ」


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