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   第二章 龍梁劉禅=大華厳龍國

「ともかく皇帝に報告もしなければならないね」

 彼らは大いに光明を得たわけではあるが、明白な見解には至らず、大華厳龍國への旅路に就くこととなった。

 応龍で大陸を北上する。

 乾燥した瞑想的な土地はやがて樹木の多い、水墨画のような奇岩や湖のある風景に変わっていった。それはそれでまた深く幽玄で、哲学的である。やがて耕作地も見え始めた。畑よりも水田が多い。

「春になれば、水牛に犂を引かせて水田を耕す光景が見られるよ。今は冬だから水もないけれども」

 チヒラが説明した。さらにしばらくすると、耕作地ばかりではなく、瓦葺き屋根や石造に交じって、木造建築も目に附くようになって来る。

 イラフたちにとっては、懐かしい風景だった。

 朝に発って夕に着くとはこのこと、一行は大元汎都を遠望する。これもまた広大な帝都であった。


 歴史を紐解けば、大華厳龍國の中心をなす龍民族の最初の王朝はリョン(龍)王朝である。齊歴971年のことである。最初の王はリョーガ(楞伽)王であった。

 彼の民族の歴史を説き出せば、恐らくは数万頁にも及ぶ大著になるに相違ない。いや、それでさえ足るまい。

 後にリャン(梁)王朝が起こり、またリューゼン(劉禅)王朝が起こった。劉禅の頃、国土は拡張し、現在と同じくらいの規模になる。

 現在の皇朝は、この古代三国を踏まえて龍梁劉禅を国号とするのである。また大華厳龍國と言うのは、イン=イ・インディス(殷陀羅尼)帝国で隆盛し、後に世界宗教となった毘盧舎那宗を取り入れて国号に加えたものである。これを特に荘厳称号とも言う。

 龍梁劉禅は楞伽の法(楞伽聖王勅諭之法)を布き、皇帝は代々龍皇帝を称し、天命によって世を統治するとし、善政を国是とした。


 皇帝は即位と同時にこう宣言する。

「善政とは民衆の幸福である。リョーガ王の正統なる後継者にして民族の正統なる主導者、領土の正当なる統治者である朕は初代王の宣言した国是を継続する。我が国の国是とは天帝の命じたまうもの、天命なり」


 火薬充填型点火式の砲台がならぶ都城の壁は十数の門を持ち、それぞれが龍脈の入り口になっていた。風水的な意味を有する。リョーガ王の叡智を表わす、霊性のある智慧の紋章である蛇と鷲と白虎の徴を掲げる西の門に、イラフたち一行は着陸する。

 華々しき楼門を見上げてチヒラは、

「とても久しぶりのような気がする」

「初めてリョジャドから渡って来たときはこの門をくぐった」

 イラフもそうつぶやく。門衛は歴戦の戦士を優先して通し、少し待つと迎えが来て宮殿に導かれた。壮大なる皇帝が住まい、政を行う大龍神城に入ると、その中でいくつもの門をくぐり、太徽極熈殿(たいききょくいでん)に登る。汚れた鎧兜や装いを改め、髪を洗って整え、礼装に替えた。皇帝の謁見の間に入る。

 繁縟なる龍の彫刻が内壁にも円柱にも階にも欄干にも玉座にも精緻精細に彫り込まれていた。生命あるかのごとき龍の像の群れ。これこそが(おお)いなる(しるし)であった。

 輿に乗って現れ、階の上にある玉座に坐して龍皇帝は髯を撫でる。龍のごとく鋭く切れ上がった眼尻で眉は秀麗、龍のごとく強い意志を秘めた鼻先、その下には不退転の口が固く結ばれていた。龍気があふれている。


 レオンがまず進み出でて名乗った。

「神聖シルヴィエ帝国枢機卿レオン・フランシスコ・デ・シルヴィエ、皇帝陛下の御前(みまえ)にて拝謁の栄誉を賜い、光栄の至り、恐悦至極にございます。このたびは辛き窮地を天穹よりも高邁なる御心の甚深なる神慮と海よりも深き慈悲によってお救いいただき、お礼の申し上げようもないほど、誠に感謝に堪えません」

「レオン殿。

 貴国シルヴィエとは長く相争う仲であったが、貴殿の境地を想えば、義に照らしてお救い申し上げるのが天理に適うと想えたまでのこと。

 我が国は常に大義とともにあり。我が国是は天命とともにあり。

 まずはゆっくりと疲れを癒されるがよかろう。後に行く末のことなど細やかに話そう、人を交えず。最も高貴なる者同士にて」

 そして今度はイラフたちを見、雷のごとく低い声で、ねぎらって言う、

「よく努め、任務を果たし帰って来たこと、実に苦労であった」

 その言葉を待ってチヒラがすべての事実を報告した。

「大儀であった」

 聞き終えて龍皇帝はそう言ったのみである。一行は沙汰を待った。皇帝の次なる命令を待ったのである。

「汝らはよく働いた。次はよく休むがよい」

 それだけ言うと、再び輿に担がれて行ってしまった。

 唖然としたままのイラフたちが残される。

「さあ、聖なる戦士らよ、さがりたまえ」

 侍従官に促され、それぞれにあてがわれた部屋に入って荷を下ろし、湯につかり、平服に着替えて(チヒラは普段から平服に近い恰好だが)、一休みした後、チヒラ、ユーカレ、ハラヒはイラフの部屋に集った。

「どう思う。暗号にすら興味を示されなかった」

 イラフが口火を切った。ユーカレが応える。

「じぶんらの考えることではない」

「しかし」

「ユーカレ、そう言うが、イラフの気持ちも、もっともだ」

 間に入ったチヒラにハラヒも同意し、

「そうですね。さまざまな犠牲やクラウド連邦に世話になったことを考えれば、納得いかない気持ちは自然です」 

「そうだ。納得いかない。皇帝のお考えは変わられたように見受けられる。もはや我々の為したことへの興味を喪われてしまったかのように。それで他の者たちやクラウドのイース様に面目が立つか。

いや、敵だって命懸けで戦ったのだ。戦士は駒ではない」

 ユーカレは窓の外を眺める。

「レオン殿は皇帝陛下と何を話すのかな」

 誰もが黙った。


 さて、皇帝の私室の一つとも言える(へき)(ぎょく)の間である。レオンと龍皇帝は対面していた。陰深き異郷の枢機卿は立ち、活力旺盛なる長鬚の皇帝は坐っている。

「レオン殿、朕は貴殿を支援する。将来、貴殿が皇帝になれるよう強く支援しよう。永劫の同盟を結ぶためだ」

「永劫同盟」

「そうだ。

 貴殿は今の情勢を知っているか。

 オエステのヴォードとスールのマーロとが同盟してシルヴィエと闘おうとしている。もし我が大華厳龍國とシルヴィエが同盟すれば世界を二分することとなるが、西と南の帝国が力を合わせたとしても、国力の差から我らの勝利は間違いない。さすれば世界に永劫の和平と安定が訪れる。朕と神聖帝国が仲違いさえしなければ。そうすれば永遠の繁栄だ。

 そのためには次期皇帝になるであろう貴殿の父君を貴殿が説得して朕との同盟を承諾すること、そして貴殿がその次の皇帝になって朕と同盟を結ぶこと。それが必要だ」

「同盟ですか。

陛下は反シルヴィエの(おん)(かた)と考えておりましたが。現に和睦を反故にしてシルヴィエ帝国軍を追撃されました。貴国は現に我が国に上陸し、軍隊を進めています。我々の国は互いに戦争状態にあります。

 また、イラフをノルテに(つか)わしたのも、クラウド連邦など中央南部諸国と連合して、反シルヴィエ運動をするためではなかったかと、私は推察しています。

 さらに邪推すれば、私をお救いくださるのも、理由の一つには、シルヴィエの現体制に反する勢力になるからというお考えなのではないでしょうか」

「そのとおりだ! そのとおりだ! だからこそではないか。

 朕が厭うのは貴国の現体制、現皇帝ジニイ・ムイだ。或いは(残念ながら貴殿の祖父も含めた)歴代のシルヴィエ皇帝だ。

 だが貴殿が権力を掌握し、我が国と同盟するならば、クラウド連邦などのノルテの中央南部や西端地域も含めたオエステ・ノルテの大連合を作ることが可能になる。貴殿ならばクラウド連邦ら諸国も何の異存があろうか。貴殿の開明、非侵略主義的理性主義の高邁な思想は諸州の王侯貴族らの知るところだ。

 逆に、マーロやヴォードとは連合可能な筋道がない。むしろ、我が帝国はノルテの国々に近しい。価値観に於いても。

 朕は反シルヴィエではない。我が国の脅威となる過去及び現シルヴィエ帝国に対して戦旗を翻すのだ。

 貴殿が権力を掌握するのであれば、むしろ貴殿の創る新シルヴィエに投資する」

「少し考えさせてください」

「よいだろう。休むことも必要だ。だが時運が大きく動き始めていることも忘れるなかれ」

「一つだけうかがってよろしいですか」

「何であろう」

「4132の暗号を陛下はいかようにお考えでしょうか」

「それについては解明に努めよう。朕も暗号の専門家ではないのでな」

 レオンが退室した後、(りゅう)(げん)大丞相が入って来た。

「陛下、いかがでしたか」

「何とも言えぬな。思慮深き男にて」

「暗号の件はジニイ・ムイが何を為さんとしているかを解く契機になるかと思いますが」

「それを知るまでもないであろう。

 解明はせずとも、結果は見えておる」

 そのとき、丞相を補佐する大輔弼(ほひつ)官、(いん)(いん)卿が入って来た。かねてより呼ばれていたのであった。

「来たか、卿よ、何か情報は入ったか」

「ジニイ・ムイの命運は尽きたものと思われます」

「そうか!」

 龍皇帝の顔が不安と歓喜のないまぜによって陰影を深めた。


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