第七章 コプトエジャの秘文
「ユリウスからの返事が返ってきた」
人間違いの誘拐をした犯人を追跡する馬車の中で、チヒラがそう言い、メールの文を次のごとく読み上げた。
「彼はこう書いてきている。
《『聖ルシアの録』という古文書がある。そこにアクアティアに関する記述がある。抜粋して送ろう。こうだ。
〝苦行者の前に神は竟に降臨し、こう述べた。
「(略)・・・・世界には精髄とも言うべき原理(アルケーαρχη)がある。その一つのものにすべての本質が収斂し、大本となる。それが一切の究竟である。世界の心臓とも言うべきもの、聖典のうちの最も深いところに秘められた、尊い真言(陀羅尼)のように。
大いなる宇宙曼荼羅の円の御中なす神髄とも言うべき究竟の本質なり。これによって円環は回転を為し得る。これによりて世界は活命す。歴史は流れ、世界は生成なり。
それはありふれた場所にある。求める者に理は理自らに於いて理を晰らめる」
「しかしありふれた場所とはどこでしょうか」
ルシアは問うた。
神はこう言った。
「海を渡り、北の緑の草靡く豊かなる平原。アクアティアにある」
「世を革めるにはいかにすべきでしょうか」
ルシアはさらに問うた。
神は再び応えた。
「円環は日時計のごとし。世を革めんと欲する者は、その代象を為せ」〟
代象というものが何であるかは定かではないが、ジニイ・ムイはこれを為そうとしているのだろう。健闘を祈る》
と言うことだ」
チヒラが読み終えても誰も口を開く者がなかった。
レオンも顎に手を当てて考え続けている。
「宇宙という名の曼荼羅が円環で、その円環が廻ることで世界が成り立つ、と言うことか。むろん円環といっても、その名称で普通に示唆される考概のとおりではない。だからそれがいわゆる円環ではなく、エオレアであっても、何ら不可思議ではないということだ」
「円環はダイヤル(日時計)のごとしか・・・・それがわかりそうでわからない」
イラフが苛立つ。
ユーカレが自分自身に言い聞かせるように、
「ダイヤルとは日時計だが、後に時計の文字盤を指すようになった。さらに後代には電話機に附いている指先で廻すダイヤルにも使われるようになっているが・・・・・」
チヒラが手を打つ。
「それか。もしくは金庫のダイヤルとか。曼荼羅を円環に見立て、そのダイヤルを廻して何らかの作用を起こさせる・・・・か」
「少なくとも戦争には関係なさそうだな。レオン殿は5年前からの数々の戦争のことを言うが」
ユーカレが無関心そうに言うも、チヒラは、
「だがそれでもわからない。ダイヤルを廻すことの代象って、何だ」
「と言うか、代象って何だ」
イラフはお手上げのようだ。ハラヒも、
「何だろう」
チヒラはもっともらしく、
「代理となる現象?」
「どういうこと?」
イラフは納得できずにそう問い返すと、替わってユーカレが、
「本来のものは顕現しないので、何かその代りになる現象を作用させて本来のものを作用させたような効果を得ること、ではないか」
「呪術的だな」
レオンがさらに考え込む。イラフはさらに、
「だがエオレアの代わりって何だ」
と問い、チヒラも、
「エオレアはダイヤルなのか」
「そうさ。エオレアを仮にダイヤルとした上で、そのダイヤルの代用を探すんだ」
ユーカレはわかったようにそう言った。
「まったくわからない」
イラフが肩をすくめると、チヒラは、
「もう少し考えてから言えよ」
「うん・・・」
「でも何でしょうか」
やはり困惑顔でハラヒ。
「ジニイ・ムイが為そうとしていることを見ればわかるんじゃないか」
ユーカレがそう思い附くも、イラフは、
「何をしているかな」
「戦争、侵略?・・・かな? レオン殿は5年前から一連の戦争が始まって、そこに暗号じみたものを感じると言っていたが」
チヒラは考え考えそう言った。しかし、
「戦争のどこがダイヤルなんだ?」
イラフが一刀両断。
再び皆黙り込んでしまった。
「取り敢えずぼくは追跡に集中させてもらう」
「そうだ。まずは彼女を助けなくては」
イラフもはっと気が附いたようにそう言ったが、ハラヒは、
「だがイラフ、今はチヒラと手綱をにぎる者たち以外のわたくしたちにはできることがありません。もう少し考えてみてもよいのでは」
「ふ。日が暮れてしまうさ」
ユーカレが皮肉な表情で言う。
黄昏は崩落するように燃え墜ちて終に日が暮れた。
チヒラが言う、
「どうやら奴らは休憩しているらしい。止まっている。チャンスだ」
「どのくらい先にいる」
「だいぶ先だ。向こうは龍速よりも速いから」
「奴らは眠るのだろう」
「たぶん」
「夜明けまでに追い附ければよいが」
「龍速を使っても、どうかというところか」
「だがそれしかない」
夜明け前。彼女らは追い附いた。
イラフは草薮に身を隠す。数十m先に、山賊のような二人の男が焚火をはさんで向かい合い、酒を酌み交わしていた。
「そっと近づくぞ。わたしとハラヒで十分だ。むしろ気配を消せない者は来ないで欲しい。
皆は周りをぐるりと円形に囲んでいてくれ」
気配を消して、音を立てずに進む。近附くと、縛られて龍に繋がれ、すっかり疲弊し切ってうなだれているマリアも見えた。
「ぐわぁっああ」
応龍が突如、吠える。サムとベンは驚きつつも、すばやく立ち上がって逃げようとする。
「しまった、龍がここまで敏感とは」
イラフがうめくも遅い。「ええい、一か八か」
凄まじい勢いでイラフは駈けてサムを切り捨て、返す刀でベンをも、と思うと既に敵は応龍に乗り、飛ぼうとしている。
「行かせるか」
ハラヒが飛びかかるも、わずかの差、間に合わず。悪党どもはマリアを吊るして飛び上がってしまう。
「しまった!」
無念のあまりイラフは地面を拳で殴った。
戻ると、ユーカレが冷たく言い放った。
「これで奴らは休みなく、眠りもせずに一直線にヒムロまで行くだろうな。
そしてエオレアだと思って連れて来た女性が間違いであったことを指摘されて懲罰、最悪は処刑され、そして」
「そして・・・・マリアはどうなるのか」
イラフが碧き眉を力ませ喰い入らんばかりに訊く。
「この失態を隠すために陰謀を企んだ者によって消されるだろうな」
「そんな馬鹿な。禁足地から無理矢理連れ去ったんだ。用がないならば解放すべきであろう」
「禁足地だからだ。
もしエオレアを連れて来たのならば、そのまま拘禁しておくつもりだったのだろうが、偽物じゃ、拘束していても意味がない。だからと言って、そこいらに放っておくことも、ましてや返すこともできまい。略取が露見してしまうからだ。
だからもう、手っ取り早くなかったことにしようとするだろう。この世からの抹消してしまうってことだ」
レオンが立ち上がった。
「龍速でヒムロまで行こう」
「追い附けない」
ユーカレが表情もなく言い放つ。
「ヒムロに着いた瞬間に処刑するわけではあるまい。その時間を有効に活かせば未だ可能性はある。何としても阻止するんだ」
レオンが反論したが、ユーカレは批判し、
「ヒムロに着く前に、じぶんらが見つかる。たとえ、見つからずに着いたとしても、どうやって城壁の中に入るのだ。城門の衛兵は飾りではない」
だがレオンは決意の表情で、
「それでもやるべきだろう。見捨てることはできない」
その言葉にうなずきながらチヒラもレオンに賛成の意を示し、
「そのとおりだ。貴人を警護することだけが正義ではない」
全員の顔が引き締まった。
「そうだ、やりましょう」
ストランドらもそう言い、少尉や傭兵隊長は首をゆっくり縦に振る。
「ふ。仕方ないな」
ユーカレも同意した。
イラフとハラヒはうなだれて言った、
「すまない。我々がミスしたために。こうなってはもはや生きて帰らぬ覚悟で行く。絶対に無事に連れ帰る」
「君らだけの失敗ではない」
チヒラが言うと、ストランドも、
「そうです、皆が作戦に賛同し、その場で見守っていたのです。我々も同罪です」
それでも二人はうなだれたままで、
「言葉もない」
横目で見ていたユーカレが、
「時間の無駄だ。ほんとうに助けたいのか?」
それを聞いてレオンが珍しく微笑する。
「ユーカレの言うとおりだ。急ごう」
ヨウクはいなないて疾駆する。
龍速する馬車の中で五人は再び代象について考え始めた。
議論はなかなかはかどらない。すぐに言葉に詰まり、沈黙となってしまう。
「代象とは必ずしも似たものとは限らないんだよね。どこかが重なってはいるが、それはパッと見にはわからないもの、という可能性もあるわけだよね」
イラフがそう切り出すと、チヒラが藤色のまつ毛を翳して桃色の双眸の色を濃くし、
「それはある。
何だかの一致があればいいんだ。だからいろいろな角度から物事を見なければ見つけられないと思う」
ユーカレが異議を唱え、
「しかしジニイ・ムイは実践している。彼がやっている何かで、しかも規模が凄く大きいことである可能性が高い、とすれば」
「では、やはり戦争では」
ハラヒがそうぶり返すも、イラフは、
「でも、どう繋がるんだ。戦争がどう廻るんだ」
またも沈黙が訪れるのであった。
追っても追っても影さえも見えず、一行の思考同様、旅も永久凍土の上を虚しく過ぎ行く。
天気は荒れた日が多く、人跡稀な土地が多かった。時代に日照時間は短くなる。帝国の土地ゆえ、安易に旅籠や民家に泊まることは危険で、野宿する日も多かった。
しかも、それまでのように雪洞を造ることはできなかった。極寒地でとても乾燥しているので、雪洞を作るような雪質ではない上に、雪の量自体も少ないからだ。
已むを得ず、寒さをしのげるようなテントが必要になってきていた。旅の途中の町や村で、馬車に積んであった商品を少しずつ売り払い、資金にすると同時に収納スペースを空けて、テントの材料になりそうなものを買い集めて積み、終にはパオ(包)のようなものを組み立てられるまでになっていた。もはや商人らしさの欠片もない状態である。
三度目の山脈の街道をたどった。また永久凍土を渉り、最北の山脈を越え、氷河を越える。ヒムロを目前とし、広大な氷原の中をまっすぐ貫く街道を疾走していたとき、斥候が騎馬ごと斃された。
ジン・メタルハートだった。
「くそっ、ここで邪魔するか!」
イラフが思わず歯ぎしりするが、チヒラは冷めた表情で、
「いや、ここまで何事もなかったのがふしぎだ。シルヴィエ側は絶対に、ぼくらが来ていることに気が附いていたはずだ」
ユーカレが、
「ふ。
その議論は後でしようか。見ろ、アグールもいる」
ハラヒも緑の髪を揺らしてうなずき、
「ええ。しかもイジュールもいます」
「それに」
イラフが言った、
「見たこともないのが二人いる。何だ、あの化け物どもは」
初めて見る二人の女戦士の一人は翼があり、下半身は鷹のようであった。顔には血の気がなく、死人の表情をしていた。どこか土偶のようでもある。
もう一人はケンタウルスのような体で、下半身が獅子の首から下で、前後の脚があり、獅子の首から上であるべき部分が筋肉の盛り上がった女戦士の上半身になっていて、その上半身の全体に獅子の鬣のような長い毛が黄金に煌めいてなびいている。
チヒラがクリムゾンの髪を傾けて肩をすくめ、
「つまりはジンと四天王の勢揃い、っていうわけだ」
ユーカレが補足し、
「翼のあるのがユイス、ライオンもどきがゼノだ」
「マリアが心配だ。戦う暇はない。状況的にこれほど気の進まない戦闘もあまりないな」
イラフはそう言って微笑した。
「私が行く」と言って、レオンが馬車を降りた。「いや、止めるな。止めないでくれ。今回ばかりはどうしても行く」
「むろん、わたしも行くさ」
イラフも降りる。他の三人も降りた。ガリア・コマータ隊長のストランド、外国人傭兵隊長のバルバロイ、海軍特殊部隊少尉シルス、陸軍特殊部隊少尉ジイクらはそれぞれの兵を率いて騎乗のまま進んだ。
レオンはその戦闘でジン・メタルハートに向かって大きな声を張り上げ訴える。
「聖なる不可侵の禁足地アクアティアでさらわれたエルフがいる。彼女は彼女とよく似た女性と間違われ、さらわれたのだ。そのことを知っているか」
メタルハートが冷厳に応えた。
「知っている。サムとベンという者らがさらった。奴らは禁を犯した。禁を犯した者は何人であろうとも罪で処刑される。奴らももはや地上にはいない」
レオンが焦りと悲痛の表情を浮かべる。
「マリアは」
「エルフは追放される」
「彼女は聖なる場所からさらわれた。元の場所に還すべきだ。聖なるエオレアに使えていた」
「ヒムロまで連れられる途中で二人の男によって世俗の穢れに汚されてしまった。もはや聖なる場所に相応しくない。二度とアクアティアには戻れぬ場所に追放する」
「バカな。彼女に罪はない」
「誰にも罪はない。神は無謬だ。しかし裁きはある。それがどうした。愚かなことを」
「ならば通せ。止めるならば止めよ。私は突破して行く。人々を説き伏せる。皇帝をも」
「愚か者よ。たとえヒムロに到達したとしても、禁を犯した者は処刑される。さように言ったつもりだったが、聞こえなかったか」
「何!」
「おまえは処刑だ。我が裁きの剣を受けよ」
「聖なる禁足地ではあるが、足を踏み入れたからと言って、即処刑、などという法や掟はなかった。いつからそうなったのか。
いや、たとえそうであったとしても、正しい目的であれば必ず赦されるはずだ。赦されなければならない。
法は手段であり、目的は正義だ。主客転倒すればそれは悪だ。
第一、あの場所を訪れた人間は少ないのかもしれないが、現実的にいないわけではないではないか!」
「言葉は言葉に過ぎない。皇帝の命で物事は動く。神がさように定めた。第199祖なる絶対神聖皇帝が唯一の法だ」
「では禁足地に足を踏み入れた者は無条件に死刑なのか。確かにそうなのだな。ならば、私は言おう。皇帝を処刑せよ。なぜならば、皇帝も同罪だからだ。5年前、皇帝もあの地に足を踏み入れている」
「知らぬわ。
さっきも言った。言葉は言葉に過ぎない。うんざりだ! 我はただただ実行するのみ。貴様は死すべき」
「どけっ、下郎! 私は皇帝の不正を糺す。絶対神聖皇帝たる者、不正であってはならない、どのような理由であれ!」
レオンが激しく叫ぶ。
「何んだと、貴様!」
ジンの形相が凄まじくなる。
静かな声でレオンは言う、
「おまえは悪だ。去れ、邪悪なる者よ」
緑の髪をなびかせてハラヒも進み出た。
「そうだ。おまえは悪だ。ハン・グアリス平原の虐殺を忘れたか。罪もない女やこどもまで殺した。天をも焦し焼き尽くすこの激烈な怒りを知れ!」
冷然と睥睨するジンは、
「言いたいことはそれだけか。さっさとかかって来い」
モス・グリーンのまつ毛を翳した冷たいまなざしでイラフが進み出て、
「愚かな」
とつぶやく。全身のオーラが激しく燃え上がっていた。彼女はそれがアクアティアで得た境地であることをこの瞬間に明確に実感する。心塵を落とし、世界生命に触れている。
メタルハートが眼を瞠った。
「ほう。
変わったな」
イラフはそれに応えず、青眼に構え、
「神彝裂刀、その真髄を貴様に、今初めて見せよう」
飛ぶ。
「むん」
まばゆいまでの大きな火花が激しく散る。ジンが剣でイラフの剣を受けたのだ。
「お、おのれ」
メタルハートの眼が睜らかれる。イラフの剣を押し返す。大きく振りかぶる。
上段から一気に振り下ろした。イラフは避けながらジンの上へ飛び、斬り附けるも、かわされ、横から迫った黒剣をすれすれで逃れ、刃に乗り、至近距離から再び斬り附けるも、籠手で受け止められる。いや、ジンの認識からすれば、受け止めたはずであった。しかし。
籠手が砕け、砕けて落ちた。
「ぬうう」
メタルハートが眼を剥く。驚愕と恐怖で。周りの者は呆気に取られた。彼女が苦戦することを想像していなかったからだ。
アグールが叫ぶ、「奴を斃せ」
「おお」
ゼノとユイスが進み出た。
「そうはさせるか」
チヒラが応じる。ミュールで地を蹴って飛び上がると、三叉戟『天真義』と楯『地真義』を顕現させ、ゼノを制した。海軍少尉シルスは将兵を率いてジンの加勢に進むユイスに向かって突撃する。
イジュールがシルス少尉を阻止しようと向かうも、チヒラの做る青い炎の壁に阻止された。動きの止まったイジュールの腿をハラヒが『きよかみ』で斬る。
アグールがチヒラの集中を断ち切ろうと迫った。それをユーカレが剣で制し、「貴様の相手はじぶんだ」 陸軍少尉ジイクが助太刀しようとして来たが、「手出し無用。ユイスをやれ!」と叫ぶ。
冷凛剣が黄金に燃えて純白のトーガに黄金が映った。首の刺青の神咒も強く燦めく。彼女は柄を両手で握って剣尖をまっすぐ天に向けて右方に構え、斜めに斬り下ろしつも、アグールが受け止めようと突き出した剣に当てずにかわし、そのまま背後に廻して頭上に放り、また両手でつかんで上段から振りかぶった。アグールはすかさず飛び退きかわすも、ユーカレが飛鳥のように跳躍して、猫のようにしなやかに追いすがり、一気に間合いに入って、右につかんだ剣で下段より裂き上げようとする。アグールは横にかわしてユーカレの側面に立つも、白き左拳でしたたか殴られ、「ふぐゎっ!」
ユーカレに断られたジイクは海軍特殊部隊を率いてシルス少尉を援護するため、ユイスに立ち向かい、バルバロイの率いる外国人傭兵部隊がチヒラとともにゼノを追い込んでいた。ガリア・コマータは騎馬でイジュールを囲み、ハラヒを援護する。勇猛果敢なストランドの兵はイジュールを苦戦させる。ここはよしと見たハラヒはイラフと闘うメタルハートの方へ攻撃を転じるため、身を離し、女傑に向かって立った。
「貴様は勝てない。貴様は悪だ。二十万の人々の恨みを知れ!」
そのときイラフは再び青眼に構えていた。
瞑目し、甚深微妙なる気を読む。世にはさまざまな気が横溢している。係わり合い、複雑系的に絡む因果関係をなす。これを読み解いて世界の情報構造を解し、十一次元の時空の中で、因果の一つであるジン・メタルハートを捉える。
「天誅!」
ハラヒが叫んで振りかぶり、ジンの刃と切り結ぶ。その刹那、イラフは弾丸よりも速く疾駆し、メタルハートの間合いに入る。体を地面と平行に倒して振りかぶり、水平にジンの鎧の銅を裂く。
「ぅぐわゎあ」
初めて聞くメタルハートの絶叫に四天王すら震撼する。
その隙を逃さず、ハラヒが水平に『きよかみ』を振るってジンの首を狙う。同時にイラフは眉間を突こうとする。
しかし神をも凌ぐ闘神ジン・メタルハートはハラヒの刀剣を噛んで銜え、イラフの剣尖を兜で頭突きして弾き返し、奇声を上げる。
「ぬぅきゃぅぉおおおおーっ!」
渾身の力を込めたジンの一振りの剣がイラフとハラヒを同時に襲い、一瞬空気が裂かれ、摩擦熱で炎と燃え上がり、後につむじ風が起こる。
ハラヒとイラフはかろうじてかわすも、体勢は大きく崩れた。もしメタルハートが気勢を上げたときに口を開かなければ、剣を銜えられて(ほんの刹那だが)動きの止まっていたハラヒは斬られていたかもしれない。
ジンは二人の体勢の崩れを逃さず、怒涛のごとく襲う。イラフは気の力を以てその剛剣を受けるも、足が地面にめり込む。
ハラヒはジンの足下を狙い、斬りかかった。メタルハートは『きよかみ』を踏んで止める。ハラヒが腰の短剣を抜いてくるぶしに刺す。
「阿毘羅吽欠蘇婆訶!」
叫んでイラフは受けていた大剣を鉄棒のようにぐるりと廻り、その上に乗ってジンの兜を縦裂きに真っ二つにする。
「ふぬぐわ」
メタルハートの髪が解放されてなびく。よろめくかと思いきや、腕を広げ、胸を張って仁王立ちになり、
「ふわあああああ」
全身から放射状に発射される闘気にハラヒもイラフも吹き飛ばされる。凄まじい勢いで、二人は背中や腰を強打し、動きが止まった。
「貴様ら、よくも、よくも・・・・」
そううなりながら歩み寄る。
「切り刻み、肉片にしてやる」
しかしその足は止まった。白眼を剥いて昏倒する。
「おお、ばかな!」
アグールが切り結んでいたユーカレの剣を払い、メタルハートに駈け寄る。
「退却だ、ゼノ、来い!」
「ちくしょう!」
イジュールもユイスも寄って来た。
「覚えておれ!」
アグールはゼノの背にジンを載せて応龍に乗り、飛び去ろうとする。
「あゝ、待て、逃げるな!」「卑怯だぞ!」「追え!」
しかし敵を追い込めるような状態ではなかった。味方の損傷も相当なものだったのである。
ジイクは深手を負っていたし、バルバロイの剣は折れていた。負傷者は将兵の八割近かった。まさに死闘であった。




