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12/13

12、幸福



 部屋に誰かの気配を感じて、ラゼの意識は一気に覚醒した。

 こういう時は飛び起きてはいけない。

 相手の位置と武器、退路を確保してから、目を開けるのが正しい。


 足音からして相手はひとり。

 こちらに近づいてくる。


「――誰!?」


 自分に手を伸ばそうとするその人物に、ラゼは一瞬でベッドの上で戦闘体制に入った。

 そして、


「――――え」

「ごめん。俺だよ……」


 片手に握ったナイフを突きつけてしまったのが、アディスだと知って、ラゼは大混乱だった。


「えっ。え、な、なん……!? ど、どうして、アディス、様が……」


 意味がわからなすぎて、ナイフをしまうことができない。

 彼は本物のアディス・ラグ・ザースなのか?

 自分は可笑しな幻術にでもかかっているのだろうか。

 もしくは、まだ夢でも見ているのか。


「昨日のこと、どこまで覚えてる……?」


 アディスは混乱するラゼを見て、彼女から後ずさって距離を置いた。


「昨日……。ザース邸で婚約の挨拶をして……。夕食をごちそうになって、それから……………………あ」


 ラゼは酒で記憶が飛ばないタイプだった。

 昨晩の失態がみるみるうちに蘇り、彼女は顔を真っ青にした。

 どうして彼がこんなところにいるかって――?

 そんなのは、酒に酔った自分のせいではないか!


「申し訳ございませんっ!!」


 ラゼはベッドの上で土下座した。

 それは見事な土下座だった。


「わ、私、なんてことを。同意もなく、アディス様をこんなボロい部屋に転移させてしまうなんて!?」


 カーテンの隙間から差し込む光からして、もう朝だ。

 彼はこの一晩、一体どこで寝たというのだろう。


「本当にすみません! 今すぐ! 今すぐにでも、ザース邸にお送りします!!」


 ラゼは泣きたくなった。

 昨日、アディスのために努力すると言ったくせに、この有様。

 一体どの面さげて彼に顔向けすればいいのか分からない。

 

「…………ごめんなさい……。昨日、役に立つって言ったのに……」

「…………ラゼ」

「………………」

「こっちを向いて、ラゼ……」


 ものすごく優しい声で名前を呼ばれた。

 彼が優しい人だということは知っている。

 知っているからこそ、甘えてはいけないと理解していたはずなのに……。


 化粧も落とせず寝ているから、酷い顔をしていることだろう。

 ただでさえ美人ではないのに、こんなことでは幻滅されるかもしれない。


「……合わせる顔がありません……」

「…………こういう時の君は頑固だよね……」


 呆れた声に、びくりと肩が震えた。

 せっかく彼が許してくれたのに、こんなことで嫌われるなんて最悪だ。


「…………ねぇ。ラゼ。ひとり暮らしの女性の部屋に居座った挙句、勝手にお湯を沸かしてコーヒーを淹れた俺を君は許してくれる?」

「…………え?」


 話の流れが変わって、ラゼは顔を上げた。

 自分が土下座をするベッドの前で、アディスはしゃがみ込んでこちらを見ていて。


「ここに俺がいるのは、俺のせいだ。君が謝ることなんて何もないよ」


 幼子に言い聞かせるような、困ったように目を細めるアディスに、ラゼは肩の力が抜ける。

 彼は怒っていない。そう分かって、言葉が出てこなかった。


「おはよう。コーヒー、冷める前に飲もう。二人分用意したから」

「…………………………は、い……」


 落ち着いて来たラゼは、こくりと頷いてベッドを降りた。


「……顔を洗って、着替えてきます……」

「うん。……あ、そうだ。簡単に朝食用意しようと思ったんだけど、冷蔵庫のもの使っていい?」

「もちろんそれは大丈夫ですが……」

「わかった」


 呆然とアディスに返事をして、我に返ると顔を洗いに行く。

 化粧を落として、服を着替えて。

 そっとキッチンを覗くと、袖をまくって慣れた手つきで食器にパンとベーコンと目玉焼きを載せるアディスがいて、目が釘付けになった。


「――ちょうどできたよ。一緒に食べよ」


 貴族の男子なのに、料理をするのか。

 ラゼはその事実に驚いたが、彼がなんでもできることには納得してしまった。

 二人分用意された朝食が、自分の家のテーブルに並んでいる。

 見慣れない光景に戸惑いながらも、ラゼはちょこんと席に座った。


「……いた、だきます……」

「どうぞ。ま、食材は君が用意したものなんだけどね」


 アディスがそう言って苦笑するのを見た後、ラゼは目玉焼きとベーコンが載ったトーストを両手で持つと齧り付いた。

 たぶん、誰が作っても、そう味は変わらない簡単な料理だ。

 それでも、どうしてだか、自分で作って食べるよりも、ものすごく優しくて温かい。


 ひとくち。もうひとくちと食べている間。

 キラリと光ものが左手に見えて、ラゼは開いた口をそのまま閉じる。


 無論、左手の薬指にあるのは、アディスからもらった婚約指輪だ。




 ――無性に、泣けてきた。


 幸せすぎて。


 


「…………ラ、ゼ?」


 急にぼとぼと涙を流すラゼに、アディスが大きく目を見開く。

 ラゼは無言のまま、袖で涙を拭う。

 自分でも、こんなに涙もろい奴だとは知らなかった。

 情緒不安定すぎて、びっくりだ。

 もう彼の前で泣くのは、これで最後にしよう。


 全部涙が溢れた後、ラゼは笑った。


「……おいしいです。すごく――」


 

 

お読みいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
クックック よかったね
幸せすぎます、。 ラゼが幸せになるにつれて私も幸せになれるって、最高です。 本当にいつもありがとうございます。
ラゼさん寂しがりやだもんね…。 泣ける場所(アディス)ができて良かった良かった。
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