虹の人
よく晴れた五月の終わりだった。
梅雨の気配は晴天にかき消され、穏やかだった。庭師が長いホースを伸ばしながら、立派に植えられた植物達に水をかけている。
いつも通り、くるみは外出する為に、ゆっくりと準備をしていた。しなやかに伸ばしたセミロングは、ふんわりとゆるく柔らかさを出しながらも、邪魔のないように高めにひとつに束ねられている。
雫の形をした小さなオパールイヤリングを耳たぶからぶら下げて、艶のある白いトップスにグレージュブルーのテーパードパンツを着こなしていた。5センチヒールのパンプスで、小さな身長を大きく見せようと頑張っていた。
くるみは出かけようと広い屋敷の廊下まで下りて歩いてくると、ふと、外の景色が目に入ってきた。
庭師は先ほどと変わらずに、ホースを伸ばしながら水をかける。彼女はジョウロから出る水を廊下からじーっと見つめて、無心で立っていた。シャワーの水圧が植物に当たり、小さく音を立てる。
庭師が進行方向を決めようと軽くジョウロを持ち上げると、ふいに太陽に反射して虹が出来た。
くるみはその瞬間を食い入るように見つめた。
目が離せなかった。
窓にそっと手を触れると、彼女はあの日の思いに駆られるのだった。
◇
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「…………は?」
綿木誠一は目の前にいる若い女に聞き返した。くるみは全てを見据えたような、挑発的な視線を誠一に送りつけながら、ほんの少しだけ顔を斜めに傾けて言った。
「綿木さん、今からあなたを引き抜きたいとおもっています。どうか、私と一緒に来てください」
くるみはにこりと口角をあげて、誠一をもう一度、見つめた。誠一は呆気に取られたまま、何と言っていいのかわからなかった。やっと口から出た一言が、自分至上何番目に来るのかというくらい風の悪い返事になってしまう。
「はぁ」
「やりたいことがあるんです。でも、私1人ではきっと出来ない。あなたの力が必要なの。お願い、誠一さん。私と一緒に来て」
くるみは真正面から誠一を見つめて、真っ直ぐに伝える。誠一は恐らくこれは嵐の前の静けさだ。と感じた。だが、どうしてか見つめてくる目をそらせなかった。
7月に入ったばかりの、暑い日の出来事だった。