記憶のレストラン
「いらっしゃいませ。お客様」
レストランに入ると、黒いスーツに身を包んだ紳士風の男が声をかけてきた。
「すいません。予約していたアールですが」
私が言うと男は予約標を確認した。
「アール氏ですね。では、こちらの席へ」
男は、私を奥のほうの、窓際の席へ案内した。
「いやいや。まったくすごい人気ですね、この店は」
私は、その男に話しかけた。
「確かに、とても人気がありますね。予約が次々に入ってきて、今では10ヶ月先まで予約が」
男は嬉しそうに言った。
「私も、色々なところでうわさを聞いて、急いで予約したんですよ」
それを聞いた男は少し笑って、入り口の方へと歩いていった。
今、街中やテレビ、新聞、雑誌でうわさになっているこのレストラン。
このレストランに行った、人々は皆、とても和やかな顔になり出てくる。
入り口で並んでいる人達と、レストランから外に出てくる人達の顔を見れば、
それは、一目瞭然だった。
しかし、このレストランに行った人々は、なぜかその理由を言いたがらない。
そんな不思議なこともあり、この店を訪れたいという人は、後を絶たないのだ。
私もその中の一人なのだが、運良く予約ができ、このレストランに訪れたのだ。
私はテーブルの上にメニュー標がないことに気づき、従業員を呼んだ。
「すまないが、メニュー標を持ってきてくれないか」
すると従業員が奇妙なことを口にした。
「お客様、当店にメニュー標はありません」
「何だって? それならこのレストランはすべての料理があるのか? なるほど、だからこの店を訪れた人々は幸せそうな顔になるのか」
「いいえ。この店は洋食専門ですし、洋食の中でも決まったものだけですよ」
私は、従業員がからかっているのかと思い、聞き返した。
「ではどうやって、料理を頼めばいいのだ?」
すると、従業員はまた奇妙なことを言った。
「心配いりません。お客様の料理はすでに作っております」
この男は一体何を言っているんだ?
あざけ笑うように微笑する男に怒りが込み上げてきた私は席から立ち上がった。
「この店は客をからかっているのか!? なぜ、こんな失礼な店が人気なんだ!」
「そう言われましても、今まで来たお客様は、それで満足していますので」
私は訳が分からなくなり、再び席に着いた。
「まあ、いい。それなら料理がさぞ、うまいのだろう」
私がそう言うと、ちょうど奥から料理が運ばれてきた。
「ではお客様、当店の味をご堪能くださいませ」
そういって従業員はどこかへ行った。
運ばれてきた料理はとても美しく、そして見ているだけでも、
よだれが出てくるようなものだった。
「そうか。従業員と違い、料理は良いようだ」
私は愚痴をこぼしながら料理を口に運んだ。そして私は驚いた。
まさかこんなに……
「う、うまい!」
私は思わず声を出した。
「おい、誰か来てくれ!」
私が叫ぶと、先ほどの従業員が駆けつけてきた。
「お客様、どうしました?」
「この料理はいったい何なんだ?確かにとてもうまいのだが、なんだか不思議な味がする」
「いったい、どんな味がしたのですか?」
「分からない、ただとても怖い、そして安らげる……そんな味だ!」
すると従業員は何かを悟ったように言った。
「お客様、それではすべてをお話しするので、まずは、その料理をすべてお食べください」
男に言われるまま、私はその不思議な味の、しかし、とてもうまい料理を夢中でほうばった。
すると、なぜか和やかな気持ちになった。
「これは……どういうことだ?」
「お客様が食べたものは、お客様自身の悪い記憶です」
「悪い記憶?」
「はい。当店ではお客様自身の悪い記憶を、料理にして出しているのです。そして、その料理を食べることで、不安や恐怖、そして罪悪感などを記憶とともに、消し去ってしまいます」
「そうだったのか。では、あの鉄のような味は……血」
「これは、あくまで私の予想ですが、お客様は過去に殺人をしたのでは?」
「ああそうだ。確かに私は人を殺したことがある」
「やはりそうですか。しかし、ご安心ください。じき、その記憶と事実はこの世界から消滅しますよ……」
レストランから出ると、なぜか気分がよく、気がつけば私は和やかな顔になっていた。
そして、わたしは思った「なぜこんな、穏やかな気持ちになったのだろう?」
入り口に並ぶ人々に目をやると、うかない表情でこれから食す料理に、
目を輝かせていた。
最後まで読んでくれてありがとうございました!これからもよろしくお願いします!