後編 「桜花を咲かすは英霊達の思い」
堺県防人神社が護国神社と同様に戦没者を英霊として祀る招魂の社である事は、私自身が良く分かっている。
だけど私としては、この独白を単なる湿っぽい話にするつもりなんて無かった。
何せ今からする話は、私達の未来にも関わって来るのだから。
「士官学校時代からの親友に、信太山駐屯地で仲良くなった友達や先任士官。それに、ユーラシア大陸の戦場で私の下で勇敢に戦ってくれた部下の子達…私より年下の子も大勢亡くなってしまいましたし、あの時は年上だった先任士官や上官の方々の年齢も、もう追い越してしまいました。」
あの壮絶な戦地から五体満足のままで故国に帰還出来た私の状況は、普通だったら「生き残った」と形容すべきなのだろう。
だけど親しい人達を戦地で看取ってきた身としては、「取り残された」という感覚がどうしても拭えなかったんだ。
「今の私があるのは、あの戦争で散っていった大勢の戦友達の存在があったからです。運命が違っていれば、今頃は私が英霊として祀られていても、不思議では無かった…」
「だからこそ里香さんは、此方を詣でられたのですね。英霊となられた大切な戦友の方々と旧交を温め、御自身の近況を御伝えする為に…」
私の後を受けた善光さんの一言は、私の核心を的確に突いていたの。
陸と海という違いはあるとはいえ、流石は同じ大日本帝国の職業軍人。
こうした心の機微を理解して貰えるというのは、話が早くて本当に助かる。
「その通りです、善光さん。みんなが命懸けで守ってくれた皇国で、私は確かに生きている。その感謝の想いを忘れないためにも、そして英霊となったみんなと何時までも共に在るためにも、私は結婚後も軍に残る事を決めたのです。」
敢えて多くを語らず、微笑を浮かべて静かに頷く善光さん。
その優しさが有り難かったよ。
私なんかには、本当に勿体無い程に。
「そして今日こうして善光さんに防人神社へ御越し頂いたのは、ここに私の戦友達が護国の英霊として眠っている事を、善光さんに改めて実感して頂きたかったからなんです。」
そんな素敵な方と御縁を頂ける幸運に恵まれたからこそ、英霊となった戦友達の眠る防人神社へ、こうして一緒に参詣したかったんだ。
それも桜の花が咲き誇る今の時期にね。
咲く時は美しく、散る時は潔く。
そんな桜の特徴は、日本人の死生観に例えられてきた。
私達が青春を捧げた大日本帝国陸軍女子特務戦隊も、その例外ではない。
「御国の為に命を散らせたら、護国の英霊となって故郷へ帰り、一緒に防人神社の桜を咲かせよう。先の戦争に参加した女子特務戦隊の将兵達は、このように誓い合って死地へと赴きました。この堺県防人神社に咲き誇る桜の花は、故郷を愛する私の戦友達の想いなのです。」
一休宗純禅師曰く、「花は桜木、人は武士」。
忠勇の志士として戦いに臨んだ大日本帝国陸軍女子特務戦隊の護国の思いは、たとえ肉体は朽ちようとも、防人神社に咲き誇る桜花となって永久に生き続ける。
そのように信じられるのだから、何も寂しい事はなかった。
「そしてそれは、里香さん御自身の思いでもあるのですね。」
優しく穏やかに語り掛けてくる婚約者の声が、胸に沁みるようだった。
「軍務を続けられる以上、いつかは里香さんも、この防人神社に英霊として祀られる。その時のために、この桜を私に見て欲しかったんですね。今日は里香さんの御友人が咲かせて、将来は里香さんが咲かせる、この境内の桜花を…」
「ええ、善光さん…」
何から何まで、善光さんにはお見通し。
この分では隠し事など出来そうに無いけれど、その代わりに腹蔵の無い爽やかな結婚生活が期待出来そうだ。
軍務で会えない事も多いだろうし、私が善光さんを残して逝ってしまう可能性もあるのだから、どれだけ続くかは全くの未知数だけど。
「たとえ私が戦場の土になろうとも、英霊となった私の魂は、永遠に此処に在り続ける。桜の花咲く今の季節に堺県防人神社を詣でられたら、思い出して頂きたいのです。肩を並べて桜見物に訪れた今日の事を。そして、私という人間が確かに居たという事を…」
「勿論ですよ、里香さん…」
そっと抱き締めてくる青年将校の力強い腕に、私は静かに身を任せた。
そうして濃紺色も美しい第一種軍装の胸に顔を埋めると、その逞しくも温かい感触が如実に伝わって来るのだった。
「忘れませんよ、里香さん…今日見た桜の美しさも、貴女のその笑顔も…」
「善光さん…」
その逞しさに、その温もりに、私は何時までも浸っていたかった。
恋を知る機会もなく英霊となった、私の大切な戦友達の分まで、ずっと…
だけど、私は気付いてしまった。
「里香さん…里香さん!」
私の愛しい人の声が、何時の間にやら湿り気を帯びて震えていた事を。
「決して忘れませんよ、里香さん!」
「よ、善光さん…」
涙ぐむ婚約者と目が合ってしまった私は、今しがたまでの自分の言動を後悔しかけてしまったの。
私との死別を想像しただけで、思わず涙ぐんでしまう。
そんな優しい人には、あまりにも酷な話をしてしまったのではないだろうか…
「里香さん、里香さん…」
「いけませんよ、善光さん…御顔がグシャグシャになってしまいます…」
だけど、すぐに思い直したの。
話だけでも涙ぐむ程に優しい人が、本当に私が戦死した時に、果たして落ち着いていられるのだろうか?
それならば、今のうちに私の魂が帰る場所を見て頂いた方が良い。
いざという時の覚悟や決意も、自ずと定まるはずだから。
覚悟や決意といえば、私の心中にも新しく定まった物がある。
こんな優しい善光さんを、戦地に送る訳にはいかない。
善光さんには主計将校として、何時までも安全な内地で平和に事務仕事をしていて欲しい。
善光さんのいる皇国を守る為なら、私は己を肉弾に変えてでも戦うだろう。
そして何より、善光さんとの間に子供を欲しいと思った。
善光さんは私が結婚後も軍務を継続する事を快諾してくれたばかりか、私の実家へ婿入りして園の苗字を名乗ってくれる事も了承してくれたのだ。
たとえ私が戦死しても、両親には善光さんという義理の息子が残るだろう。
ならば善光さんには、私との愛の結晶を残してあげたい。
きっとそれが、私に先立たれた善光さんの新しい生き甲斐になるのだから。
「私が戦死しても泣かないで下さい、善光さん。私はただ死ぬのではなく、護国の英霊に生まれ変わり、貴方の生きる皇国に帰って来るのですから。この堺県防人神社の英霊になった私は、善光さんの御参詣を笑顔で御待ちしております。だから善光さんも、朗らかな笑顔でいらして下さいね。」
「も、勿論です…勿論です、里香さん!」
そんな私と善光さんの頭上に伸びた桜の枝が、穏やかな春の風に吹かれてサワサワと揺れている。
それはあたかも、この防人神社に英霊となって帰ってきた戦友達が、私達の仲を祝福してくれているかのようだった…