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神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

作者: ラララキヲ






 フライアルド聖国は神を称え、聖女に護られた国だった。


 国は一つの島であった。


 巨大な大陸とまではいかないが、地上にある二番目に大きな島であった。


 その島ができたのは神の気まぐれだったと言われている。自分の愛し子が地上に遊びに行きたいと言うので、ではその子らが安全に幸せに地上で生活できる様にと特別に作り出されたのがフライアルド聖国がある大地だった。

 そこは緑に溢れ、水は清らかで美しく、天候も安定していて生き物には楽園の様に住み心地が良かった。


 他の地上が『神が()()した土地』だと言われてしまう程に、フライアルド聖国がある土地は豊かだった。


 それもこれも、50年に一度、必ず聖女が生まれるからだ。

 聖女はフライアルド聖国のどこかで生まれて、10歳の頃に教会に自らやって来て自身が聖女だと名乗る。

 そして50年が経つと忽然(こつぜん)と居なくなるのだった。その時、聖女に伴侶が居るとその伴侶も同じ様に居なくなる。二人は共に神の国に帰るのだと言われている。


 そして次の聖女が()()()までの10年は、女子を持つ親はもしかしたら自分の子供が聖女かもしれないと期待と不安を持ちながら子育てするのだった。


 そんな国の在り方に不満を持つ者が居た。


 この国の王族だ。


 聖女は王族には決して産まれない。

 平民に多く生まれる聖女を王族に生まれた者は不満に思っていた。

 王族という『一番の地位を持つ者』に生まれた自分たちよりも上の地位に立つ()()()聖女に、王族としての自尊心が傷付けられるのだ。


 何百年と続いているフライアルド聖国はいつの間にか【聖女派】と【王族派】という派閥ができていた。


 【王族派】の主張はこうだ。


「聖女とはなんだ?!

 彼女たちも人として生まれた我々と同じ人間ではないか!?

 両親の血を引く者が『神の子』を名乗る事こそが神への冒涜ではないのか!?

 50年毎に人が消える事に、何故教会は疑問視しない!? 誘拐、殺害、失踪、それらの調査もしないで『神の国へ帰った』などという眉唾ものの理由を信じるなどおかしいではないか!?

 それを誰が証明するのだ!?

 聖女の力もそうだ!!

 誰か聖女の力が『本当にこの国を平和にしている』と証明出来るのか?!

 聖女が力を使う時、キラキラと輝く光が皆の目を奪うが、それがタネのある手品でないと誰か証明した事があるのか!?

 皆、騙されているんだ!!!

 あんなものはまやかしだ!!

 長い年月を掛けてこの国は教会に洗脳されているんだ!!

 聖女など本当は存在しない!!

 全ては用意され、我らを騙す為に作られたハリボテだ!!!

 神とは所詮自然信仰により生み出された人の幻想だ! 人の欲が生み出したただの概念に過ぎない!!!


 みな目を覚ませ!!!


 聖女に、教会に支配されたままで良いのか!?

 人の尊厳を思い出すんだ!!!


 我々は、自由なのだ!!!!」


 この主張は昔であれば聞いた者全員が嫌悪し一蹴したものであったが、時代が代わり、この国の作られた歴史が『ただの言い伝え』だと思う者が現れた事によって、一定数の支持を得る事になってしまった。

 その所為で、聖女に嫌悪感を抱く者も現れた。


 【聖女派】は当然聖女を信じているし神を信じている。

 聖女は詐欺師でも嘘吐きでもない。

 ()()()、神の国から“人へと転生”して遊びに来ているのだ。だから神の国での記憶もある。

 その為に聖女の親たちは早くから自分の娘が聖女だと気付く。何故なら聖女は全員『子供らしくないから』だ。

 聖女は喋れる様になると必ずと言っていい程同じ言葉を言う。


「人間って面白いのね」


 そして親は皆決まって


「貴女も人間よ?」


と答えてしまうのだ。

 それだけではない。聖女は当然聖女の力を有する。彼女たちが歩けば枯れた花は咲き、彼女たちが悲しめば空が曇る。

 親馬鹿と噂の神が聖女が特に幸せになる様にと幸運度を上げる所為か、時々聖女が空に向かって「これじゃあ何の為に地上に来たのかわかんないでしょ!!」と怒る姿が見られたりした。

 そして何より聖女は治癒の力を持って生まれてくる。美しく優しい光を放ち、怪我や病気を治してくれるその力の恩恵をフライアルド聖国の国民は受けられるのだ。


 だが【王族派】はそれも気に入らない。

 人は自然のままに生きるべきだ。

 病気も怪我も、あるがままに受け入れ、抗うべきではないと王族派は考える。

 得たいの知れない“力”でそれを無かった事にするなど『人間への侮辱』とさえ言い出す者も居た。


 聖女は別に権力を持つ訳ではない。


 ただ『誰よりも護られる者』だった。


 それこそ、王族よりも護らねばならないのが聖女なのだ。


 王族派が認められないのはそこだろうと、聖女派は思っていた…………






   ◇ ◇ ◇






 今代(こんだい)の聖女、セラスティーアが17歳になった時、それは遂に起こった。


 当代の国王とその息子が神に反旗を翻したのだ。


「聖女は要らない!!

 神の名を掲げて人々を惑わす教会もこの国には必要ない!!

 我らはこの国を正常な状態へと戻そう!!!


 大地は、空は、何者にも支配されない! 我ら人間も同じ!!

 神など教会が言い出した妄言である!

 我らの上には何も居ない!!!

 王侯貴族は国民の為に立ち上がった!!

 我らが導く! 我らが国民()の平和を築いていく!!


 得体の知れない者に(かしず)く時代は終わったのだ!!


 これからは我ら人間が歴史を作っていくのだ!!!

 自称“神の愛し子”、聖女の言いなりにはならない!


 聖女などこの国には必要ない!!」


 宣言したのは当代の王、ゼクト・レ・フライアルドだった。

 その横にはその一人息子であるファウスト・レ・フライアルドが勝ち誇った笑みで立っていた。


 国王は宣言する。


「一週間後! この国から全ての教会関係者とその信者を排除する!! 神や聖女を信仰する者たちは、一週間後に、この国の国民を惑わせ王族に楯突いた罪により、見つけ次第投獄する!!

 これは冗談などではない!!

 罪人となりたくなければ信仰を捨てよ!!

 そうでなければ一週間以内にこの国から出て行くが良い!!

 これは慈悲である!!」


 国王の発言に国は大騒ぎになった。聖女派は突然犯罪者にされた事に驚き青ざめ、王族派はやっとこの時か来たかとほくそ笑んだ。

 教会の上層部たちは苦虫を噛み潰した様な顔をして対応に追われた。


 そんな中で、聖女セラスティーアの下にファウスト王子が先触れもなく現れた。


「セラスティーア。お前の所為で罪のない人たちまで犯罪者となる。

 今どんな気分だ?」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるファウストをセラスティーアは不思議そうな顔をして見返した。

 不快な感情など一切なさそうなそのセラスティーアの表情にファウストは不満げに鼻を鳴らす。


「嘆く事もせんか。つまらん女だ。


 だがお前は顔と身体だけは一級品だ。だからお前たちの為に、優しい俺が慈悲の手を差し伸べてやろう。


 セラスティーア、

 お前が俺の妾になれば、父に願って教会を排除する事を止めさせてやろう」


 勝ち誇った顔でセラスティーアを見下ろしてそう言ったファウストに周りの者たちが戦慄した。

 皆が一瞬で理解した。


 ──これが目的か!!──


 ファウストはセラスティーアに前々からちょっかいを掛けていた。


 王族よりも護られるべきてある聖女には、例え王子であろうと彼女の気持ちを無視して近づく事はできない。

 セラスティーアはファウストから常に距離をとっていた。どれだけ誘われても乗らなかった。

 平民の女が王子の誘いを袖にするのだ。ファウストからすればこんなに屈辱的な事はない。


 ──最初の誘いでこの手を取っていたならば、正妃にしてやったものを──


 ファウストは既にセラスティーアに首輪を付けて床に這いつくばらせる妄想に浸っていた。妾という名の性奴隷にする気満々だった。


 この国は一つの島だ。外に出るには必ず船を使わなければならない。

 だが、既に港は王族派が制圧している。船は出せない。

 体一つで泳いで他の国に行くことは海流的に見ても距離的にも不可能だった。


 セラスティーアは、聖女は、

 信者を守る為にファウストの要求をのむしか道は無い。


 まぁ……もし最後まで(あらが)って抵抗するならば、それこそ正当な理由によりセラスティーアを奴隷として可愛がってやることかできる。


 ファウストは見えている勝利に口元を歪めて笑った。


 そんなファウストにセラスティーアは困った様な顔をして頭を下げた。


「ファウスト様のお話。

 謹んでお断りさせていただきます」


「なっ!? 貴様正気か?!

 自分可愛さに皆を見捨てると言うのか!!」


 怒るファウストにセラスティーアは妖艶な笑みを浮かべて笑った。


「国王様は一週間下さると言われました。

 私たちは一週間以内にこの国を出て行きますので、ファウスト様の提案は受け入れられません」


「ハッ! 出て行くだと?

 船が無くてどうやって出て行く気だ?!」


 馬鹿にして笑うファウストにセラスティーアはただただ微笑む。

 その微笑みに一瞬見惚れたファウストが我に返って頭を振って、それを誤魔化すかの様にニヤリと笑って大袈裟に両手を広げてセラスティーアを見下す。


「一週間だ!!

 お前の悪足掻きがどんなものか、お前に似合いそうな踊り子の衣装を用意して待っているぞ!!」


 高笑いしながら去って行くファウストにセラスティーアは小さな溜め息を吐いた。

 そして周りには聞こえない声で


()()()……、大丈夫かしら…………」


と、心配そうに呟いた。






   ◇ ◇ ◇






 国王の宣言から6日後、

 フライアルド聖国に地響きが鳴り響いた。


 慌てて国王やファウストを初め、王族派が音のする方へ向かうと、大多数の国民が島から海上と続く()()()()()()()()を歩いている姿が目に入った。


「なっ!? なんだあれは?!?」


 国王の言葉に側近が真っ青な顔をして報告する。


「わ、分かりません!!

 しかし昨日までなかった土地が、地響きと共に突然現れて聖女派の者共が渡って行きます!!」


「どこへ向かっているんだ!?」


「分かりません!!

 王族派の者は誰一人近付けないのです!! あそこを見てください!!」


 そう言って側近が指差した先では国所属の騎士たちが泥濘(ぬかる)みに足を取られて進めなくなっていた。

 遠くからは「ヤバいっ!! 底無しだ!!」なんて声が聞こえてくる。

 国王やファウストは青ざめた。

 泥濘(ぬかる)みに沈む騎士の横を台車に荷物を乗せた国民が普通に通って行く。

 本当に『王族派()近付けない』のだと皆が理解できた。


「へ、陛下っ!! あれをっ!!」


 誰かが叫んだ。

 皆が同じ方向を向いて騒いでいる。

 国王もそちらに視線を向けた。突然現れた道の先、聖女派が向かって行く先には……


 昨日まで存在しなかった『島』の影が見えた。


「なっ?! なんだアレは!?!」


「分かりません! 確認の為の船も近づけない様です!!」


 ()の存在に気付いて、いち早くそちらへと向かった王族派の乗った船は、荒れ狂う波に翻弄されて行きたい方向へと船を進める事ができなかった。それどころか、最初に動いた船は突如出現した渦に飲まれて沈んだ。


 何が起こったのか訳がわからず慌てふためく王族派の頭にポツリポツリと雨が降り始める。それは一気に激しくなって国王やファウストたちをずぶ濡れにした。


「なんだこれはっ!?!!?」


 濡れ鼠になって騒ぐ王族派の目に、未知の島へとゆっくりと進んでいく聖女派の人々とその上に爽やかに広がる青空が見える。


「あ、……あ、やはり神は……」


 誰かの震える声が雨音の隙間から聞こえてくる。


「な、なんて事だ……」

「わ、私は違うっ!!」

「早く行かないとっ!!」

「う、嘘だ……」

「信じられ、ない……」


 王族派の中から様々な声が聞こえだし、一部の者たちは青ざめた顔で大慌ててその場から去った。


 国王とファウストやその側近たちも激しくなる雨を避ける為に仕方なく城に帰った。



 帰った城の中にはおかしな違和感があった。

 それを訝しむ国王に青ざめた執事や侍女長などが集まってくる。


「へ、陛下……大変ですっ、一部の城仕えの者たちが寝返り、城から出て行きました……」


「な、何だと?!?」


 国王が驚き叫んだと同時に城の外でありえない大きさの雷鳴が響いた。


「キャァ!!」「うわぁっ?!!」


 そこら中から悲鳴が上がる。

 国王は速すぎる自分の心音と無意識に上がった息に意識が遠退く気がした。


「父上っ!! ど、どうなっているのですか?!?」


 ファウストが父親に詰め寄る。

 生まれてからずっと尊敬してやまなかった父の初めて見る表情にファウストの不安が一気に増大する。


 父が……

 父上が言ったのだ。


 神は存在しないと。

 聖女など教会の作り上げた虚構だと。

 この地上で一番力のある存在は“人間”なんだと……


 ファウストはその父の言葉を信じて生きてきたのだ。

 それなのに………


 ガシャーンっ!!

 と雷鳴が響く。外の雨は酷くなり風が何かを壊す音がする。


 グラリ、と床が揺れる。


「ち、父上…………?」


 ファウストは愕然として父親を見ていた。






   ◇ ◇ ◇






 王族派が大変な目に合っている時、セラスティーアはゆっくりと荷馬車の荷台で揺られながら新天地を目指していた。


 セラスティーアを慕い、側で(つか)えている侍女のレネが期待に頬を赤くしながらセラスティーアに訪ねる。


「セラ様! 新しい土地はどんな所なのですかね?!」


「まぁレネ。楽しそうにしてるけど、向かってる場所は何もないただの大地よ? 家も何も無いところに行くのだから大変よ?」


「何も無いところには“何も無い”があるではないですか!? 王族派が居ないだけで私は嬉しいですよ〜!」


 キャッキャとそんな事を言うレネにセラスティーアは困った様に笑った。


 今から行く場所は、元居た大地の直ぐ近くに新しく作られた『今まで住んでいた土地と変わらない大地』だ。

 緑に溢れ、水は清らかで美しく、天候も安定していて生き物には楽園の様に住み心地が良い場所。

 『聖女の為に作られた大地』


 そこに(いち)から街を作る事になるのだ。セラスティーアは仕方が無いことだとはいえ、待ち受ける苦労を想像して小さく溜め息を吐いた。

 そんなセラスティーアに気付いて、馬車の馭者(ぎょしゃ)をしていた男がセラスティーアを振り返った。


「大丈夫かい?」


 セラスティーアに声を掛けた男、アラン・エルチャルコ(元)侯爵令息にセラスティーアは笑みを返して返事とした。

 アランは前に向き治りながらセラスティーアに声をかける。


「これから大変にはなるが、僕たちにとっては最高の幸せが待っているんだ。苦労のしがいがあるってもんさ」


「……家と畑も持っていけたらいいんだけど」


 そんな事を言うセラスティーアにアランは笑う。


「滅多な事は言うなよ、聖女様。

 君の()()()が張り切っちゃったら皆で考えてる国造りの設計図が意味なくなっちゃうだろ?」


 ケラケラと笑うアランにセラスティーアも苦笑を浮かべた。


「そうね。大地は神が作るけど、街を作るのは“人”だものね。私も花壇づくり頑張らなくちゃ」


「着いたらテント立てて、トイレ用の穴掘って、水確保して、資材も集めて…………」


 そこで一旦口を止めたアランにセラスティーアは小首を傾げてアランを見た。


「? どうしたの?」


 そんなセラスティーアを振り返ることなくアランは言う。


「……あっちに着いたら結婚しないか?」


「……!」


 背を向けたままのアランの耳が真っ赤になっているのがセラスティーアには見える。

 セラスティーアの側に居たレネが「まぁ!」と小さく声を上げた。そしてニマニマしながら「後ろ向いてますね」とセラスティーアに背を向けて両手で耳を塞いで見せた。

 そんなレネの背中を真っ赤な顔をしたセラスティーアが見つめる。

 思いがけないプロポーズにセラスティーアはなんと答えていいのか困ってしまった。

 カポカポ、ギシギシと馬車の動く音だけが響く。

 そんな緊張感に耐えられなくなったのか、アランが前を見たまま空を見上げた。


「あ、あー……! 返事は、今じゃなくても」


 そう言ったアランの言葉を遮ってセラスティーアが口を開いた。


「宜しく、お願いします」


 小さな声だったが、ハッキリと聞えたセラスティーアの返事に、アランは持っていた手綱を手放してセラスティーアの側に行き、真っ赤になってうつむいていた彼女を抱きしめた。


「っ!! 必ず、幸せにするっ!!!」


「……っ! はい……」


 荷馬車の中で抱きしめ合うアランとセラスティーアに、息を潜めて荷馬車の周りで一緒に歩いていた人々の口から歓声が上がる。

 その声か段々と周りに感染していき、大移動中の聖女派の人々の不安げで疲れていた表情を一気に明るくした。


「聖女様が結婚する!!!」


 子供の喜ぶ声に大人たちも喜び、突然大空からリ〜ンゴ〜ン♪とどこからともなく鐘の音が響いた。


「っ!? お、()()()っ!!」


「ははっ! やった! 僕は君の夫として認められたんだな!!」


 アランの腕の中で更に赤くなって羞恥で震えるセラスティーアをアランは更に抱きしめて喜びを表した。

 二人は幸せに包まれる。

 まだ耳を塞いだままだったレネの耳にも鐘の音は聞こえていて、レネは喜びに涙した。


 新天地へ向けて歩いている聖女派はたくさんの喜びを浴びて楽しげに笑う。

 悲観することなど何も無い。


 我らには神と聖女がついているのだから……──






   ◇ ◇ ◇






 笑顔に包まれる聖女派とは真逆に王族派は絶望に包まれていた。


 嵐を体験した一部の者たちは慌てて鞍替えして、王族派を抜けて聖女派となって聖女たちを追いかけた。

 都合よく派閥を移動する事に神はとても寛容で、遅れて移動しだした者にもちゃんと道を用意してくれた。


 神は自分の聖女()に敵対しないのであればそこに在る事を許してくれるのだ。


 心が王族派から離れた者たちの周りは突然雨が止み、泥濘(ぬかる)みは乾いた。それを体験して更に神を信じる気になった人々は、心の中で不信心を神に()びながら涙ながらに移動した。


 しかし天変地異を目の当たりにしても改心しない者は改心しない。


 国王も息子のファウストも不安と怒りで心を支配されても神に頭を下げる気にはならなかった。


「何が神だ!?! ただの嵐だ!! 天候がたまたま悪くなっただけの事を何でもかんでも神の所為にするなどと! これだから弱い人間は淘汰されていくのだ!!

 だが我々は負けん!!! 

 我々は強い人間なのだ!!!

 自然になど負けはせんっ!!!

 嵐など、必ず止む! 海が永遠に荒れることなど無い!! 空は必ず晴れるのだ!!!

 我ら『人』は知恵で自然に勝ってみせようぞ!!

 神になどっ! 負けぬっ!!!」


 国王ゼクト・レ・フライアルドが宣言した。

 残っている者たちが歓声を上げた。

 息子のファウストも大きく両手を掲げて父に賛同する。


「あぁそうだ!!

 我らが正しい!!!

 そんな我らに唾吐いた聖女など、いつか必ず殺してやる!!

 この手で必ず裁いてやる!!!

 我らこそが正義なのだと、世界中の人々に教えてやるのだ!!!

 人間こそが一番なのだと!!!」


 ワーーーー!!!!


 大歓声が響いた。


 国王もファウストも満面の笑みを浮かべていた。



 そんな王族派の足元が揺れる。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 地響きが地中の奥底から鳴り響き、ガタガタと地面が揺れだした。


「な?! なんだ?!?」


 感じた恐怖に誰とも無しに騒ぎ出し、そこに居る全ての人が青ざめ、パニックになった。


 地面が……

  揺れ…………


 どんどんと…………


 沈んでいく………………


 ただただゆっくりと揺れ、沈んでいく地面に、人々の逃げ場など無い。


 大きな音を立ててどこからともなく流れてくる水は、川の水かそれとも海水か。


 全員が慌てて走り出して高いところへ高いところへと上がって行くが、大地そのものが沈んでいく事に抵抗できる訳もなく……


 逃げ場もなく沈む大地に恐怖だけが沸き起こり、泣き叫ぶ者の悲鳴と世界が崩壊する音だけが響き渡った。


 その内地響きも聞こえなくなり、水の荒れる音だけが聞こえだした。

 見える範囲に大地は無くなり、大地が海に沈んだと皆が理解した。


 城の天辺だけが唯一の逃げ場となり、国王とファウスト、その側近の一部が何とかへばりついていた。

 だがそこももう持たない。


 沈んだ先にはいくつもの渦が巻き起こり、泳ぎを得意とする者さえも海の底へと引きずり込む。

 フライアルド聖国の大地が全て海へと消えていくのを目の当たりにしたゼクト国王は絶句してその地獄の光景を見ていた。


「な……何故こんなことに…………」


 父のその言葉にファウストは震える唇で呟いた。


「そ、そんな……

 セラスティーア…………」


 生き残っていた者たちの頭に同じ答えが浮かび上がる。


 ──神が、居たと言うのか……──


 ザブザブと音を立てて波が迫る。

 しがみついている城の天辺はもう意味をなさず、ただただ沈んでいく。


 暗い海の底から引っ張られる様に水に抗えず、国王だった者も、その息子だった者も、全ての人が海へと消えていった。


 最後まで(あらが)い水の中で暴れていたファウストは消え失せる息の中でただただ生きたいと願った。


 ──セラスティーアっ!!──


 ただ恋をしただけだった。

 あの身体を好きにしたいと思って何が悪いのかファウストには分からない。愛する女の身体で快楽を得るのは男として生まれた者の特権だろう。しかも王子の自分がその身体を欲してやったのだ。セラスティーアは歓喜に打ち震えてその身体を差し出すべきだった。それなのにその褒美を放棄してセラスティーアはファウストを拒絶した。ファウストが手を差し伸べてやったというのに、その手を取らなかったのだ。セラスティーアはなんて傲慢で酷い女なのだ。ファウストを受け入れなかったセラスティーアが全部悪いのだ。

 ファウスト(自分)がこんな目にあっているのはセラスティーアの所為なのだ。全部全部セラスティーアの……

 ファウストは怒りと憎しみで目の前が真っ赤になった。


 ──許さない許さない許さない……っ!──


 憎しみに燃えるファウストの意識が消える瞬間、

 音とも声とも思えない言葉が聞こえた。



『お前マジで気持ちが悪いな』



 ──は?──


 ファウストの命はそれで終わった。






   ◇ ◇ ◇






 その日、世界に激震が走った。


 “神を否定したフライアルド聖国が消滅した”


 世界中の神官たちが正確に情報を人々に伝えた。


 『神を怒らせて』国が無くなったのではなく、

 『神を否定したから』国が一つ無くなったのだと。


 この世界そのものを作ったのが【我らの父()】だと世界中の人が習う。信仰や宗教の話ではなく【世界の成り立ちの話】として、教えられるのだ。

 いくつかの宗教が存在するが、全ての宗教が【その“父”が世界を作った主神(しゅしん)である】と理解している。


 そんな神を否定したのだ。

 そりゃ住んでる土地が消えても仕方がないな、と全世界の人が思った。


 そして、『一つの国と大地が消滅した』という話と共に『新たな大地が誕生した』という話も世界中を駆け回った。


 そしてその新たな大地が今後の『聖女の住む国』になるということも教会から発表された。

 その事によりたくさんの人が引っ越しを準備する。


 “国”が出来上がる前に聖女の居る土地へ行けば、そこに住む権利を得られるのだ。

 いそいそと準備する者とそんな人たちを苦笑して見守る人たちとで世界は2分した。

 『聖女の国』に住めば飢餓や天災に合う事はないが、神の気まぐれで何が起こるか分からないからだ。


 千年程前、男からの性被害にあった聖女が一言

()()()、私、男性が怖いです」

と言った事から一度あの国の男が()()地上から消えた事があった。男の伴侶や男児の母親も()()()()()()とその人たちも一緒に消えた。


 ()()()()()()()()()()()、神に畏怖の念を抱いた者は多い。

 その話を理解している者は、いくら楽園だからと言っても“聖女の国”に行きたいとは思わないのだ。


 聖女の居る大地以外は『神が()()した土地』だ。

 “放置されるぐらいが丁度良い”

 と世界の国々の王たちは理解していた。


 ある大国の王は教会からの話を聞いて溜め息を吐く。


「やはり神は適度に(まつ)っておくのが丁度いいな」


 “触らぬ神に祟り無し”


 お〜怖い怖い、と王は日常生活に戻っていくのだった。








[完]



※この話の【神とその愛し子】のイメージは、漫画『ピグマリオン』に出てくるゼウスと娘たち(精霊?)の様な感じをイメージしています(知らない人は是非読んで!!!)愛し子の母は居らず、みんな神の国の花から産まれてきます(*^^*)

※神の国に帰った聖女と伴侶は気が済むまで神の国でイチャコラします。飽きたら人間に転生して“運命の再会”を楽しみます(笑)

※聖女は産みの親である地上の父親の事は「父上」や「パパ様」と呼びます。神が時々『私もパパと呼んで〜』と言いますが聖女は無視します。


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