DAY:11/30 Side:早乙女 柚葉
クレープを食べ終わり、やがて家の前に着くと、手を振って大ちゃんと別れる。
「………………もう、冷たいよね」
引っ張る時に繋いでしまった手。
彼の手はとても温かくて、それに何か大きなものに包まれているような安心感があった。
今思い返すと、少し恥ずかしいことをしてしまったかもしれない。
相手は何も意識していないみたいに、のほほんとした顔で笑っていたけど。
「うぅ、寒い。中入ろっと」
秘めた想いを伝えようと何度も思った。
だけど、今の関係が壊れるのが怖くて、居心地の良い場所が無くなるのが怖くて、今までずっと、言うことができなかった。
小学生の頃から育て続けた、この想いを。
◆◆◆◆◆
小学四年生の時、大ちゃんと初めて同じのクラスになった。
突然わけのわからないことをやり始めては周囲を巻き込む彼。
その以前から問題児として有名だったから私は少し怖く思っていたけど、それでも、雄介君や男の子達にいつも笑いながら囲まれているのを見て、徐々に話しかけるようになった。
けれど、昔から今のように仲がよかったわけではない。
最初は、それこそただ普通に仲の良い友達、その程度だったはずだ。
まぁ、女の子と男の子では遊び方も違うし、小学生の頃なんてそれが普通だ。
そして、そんな関係が変わり始めたのはきっと、彼に憧れを抱いてからだと思う。
あの頃、気づくと一人の女の子が、クラスのリーダー格の女の子に軽いイジメみたいなものを受け始めていた。
きっかけは、ほんの些細なことで、好きな相手が被ってしまった、ただそんなようなことだったようだけど。
当然、最初は私もその子を庇おうとした。
でも、その子を気遣う私に周囲はちょっとずつよそよそしくなっていって。
仲が良かった友達とも、何となく気まずくなっていって。
やがて、私は何もできなくなってしまった。
自分が、そうなるのが怖くなってしまったから。
それにきっと、他の人も同じだったのだろう。
その時点では些細なものしか無くて表面にはあまり出てこなかったけれど、今思えば段々とエスカレートするそれに、ほとんどの人は気づいていたように感じる。
だけど、誰もそれを止めることなんてできなかった。
自分が傷つくのが、何よりも怖いから。
そして、そんな欠陥のある平穏が続いていたある日の休憩時間。
いつもはすぐさま外に遊びに行ってしまう大ちゃんが、何故か教室の出口とは逆の方向に歩き始め、やがて不機嫌そうな顔で一つの席の前で立ち止まった。
『お前、弱い者イジメしてんの?』
そのよく通る声が、教室中に響くと、私も含め誰もが唖然としたように会話を止めた。
後で聞いたところによると、その前の日、大ちゃんは雄介君から聞いてそれを初めて知ったらしい。
彼は、授業中は寝ているし、休憩時間も教室にいることなんてほとんど無い。それに、細かいことを気にしない大雑把な性格だから余計に気づくことができなかったのだろう。
『なら、お前のこと嫌いだ。もし、次にやったら俺がぶん殴るから覚えておけ』
あまりにも直接的過ぎる言葉に、相手が大きく動揺しているのは一目で明らかだった。
誰も言葉を発することができずに静まり返った教室と、伝えることは伝えたとボールだけ持って外に出ていく迷いのない背中。
芯の強い、頑なな雰囲気。
それに、嫌なことがあれば上級生や先生にもぶつかり、変わらず自分を貫き続ける彼の言葉が本当だと全員がはっきりと理解できたのだろう。
次の日から、まるでそんなことなかったかのようにイジメは無くなり、ぎこちないながらも平穏な日々は戻っていった。
◆◆◆◆◆
私の憧れが、やがて恋になっていくのにそれほど時間はかからなかった。
そして、それは薄れていくことなんてまるでなくて、カッコいい人に出会っても、誰かに告白されても、逆にどんどん大きくなっていく。
でも、想いを伝えることは、やっぱりできない。
今の関係が壊れるのも怖い。
しかし、それ以上に大ちゃんの心が本当の意味で私の方を向くのは難しいと何となくわかってしまうから。
彼は芯の通った人が好きだ。
それこそ、真っ直ぐ研ぎ澄まされて、無理し過ぎて折れちゃうくらいのそんな不器用なくらいの人が。
いつも、口ではたれ目だ、巨乳だ、メガネだ、なんだと言っているけれど。
その心はそう容易くは誰かのものにならなくて、一時の関係をなんとか形作れはしても、それ以上先はありえない。少なくとも今は。
そして、私にはそうなるのはやっぱり難しい。
その心の在り方は、ある意味才能とでも呼べるようなもので、努力や慣れで身に着けられるようなそんな程度のものではないと思うから。
「とりあえず、今は時間稼ぎ」
今、告白すれば付きあうところまではいけるのかもしれない。
でも、最後まで隣にいるには、まだ早すぎる。
彼が、今ではなく将来のことを考え始めて、周りを見渡すようになるその時が、勝負なのだ。
恐らく、長い戦いになるだろう。でも、可能性としてはまだ自分が一番近い位置にいる。
「………………須藤さんだけは、あり得なくもないのかな」
不思議な魅力を持つ彼女に、大ちゃんは惹かれている。
きっと、強さを演じながらも、どこか張り詰めたようなその雰囲気に何か響くものがあったのだろう。
「…………負けたくないなぁ」
彼が嫌がるから、趣味を合わせることは出来ない。
なら、自分のままで、自分の勝てる選択肢を取るしかない。
私は、繋がれた手の感触を再び思い出すように、右手にそっと力を入れた。
これまで恋愛ものでは一途、ヒロイン一人を基本としてきたので、この作品にはちょっと思うところがあります。
ちなみに、最後にどうするかは少し悩み中です(笑)