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DAY:11/30 それでも、俺は、覚えている

 昼休み。

 キャメ吉君を奪われ、沈み込んでいたはずの俺の腹が、そんなこと知るかとでもいうように盛大に音を立て始めた。



「ははっ、すげー音。早く飯買いに行こうぜ」


「メロンパンメロンパンメロンパン」

 

「はいはい、分かったから。そんなに言わなくても、ちゃんと奢ってやるよ。めちゃくちゃ笑わせて貰ったしな」



 休憩時間の度に催促し続けたのが効いたのか、観念したような顔で雄介が頷く。



「……とチョココロネ」


「あっ!お前、さりげなく追加してんじゃねぇよ」


「あははっ。二人とも早く行かないと食べ損ねちゃうよ?」


 

 同じ部活の連中と一緒に食べている柚葉からかけられた声。

 そう言われて時計を見ると、確かにチャイムが鳴ってから意外に時間が経過していた。

 さすがにそろそろ、行くかな。急いで詰め込むのも嫌だし。



「よしっ、行くか。雄介」 

 

「へいへい。ほんと、調子のいいやつだな」


「腹が減らねば戦はできぬ」


「……腹が減ってはだろ?なんで、腹減るまで何もしてねぇんだよ」



 アホみたいな冗談を言い合いつつ教室の扉に手をかけた瞬間、ふと気になって後ろを振り返る。

 


「どうした?忘れもんか?」


「……いや、なんでもない」

 

「それなら早く行こうぜ」


「ああ」



 昼飯時、いつもどこかへといなくなる須藤の席は、やっぱり空席だった。

 そして、その誰にも見向きもされない寂しい机に、ふと彼女がいなくなった後の記憶が重なる。



「…………どっちにしろ、食ってからか」


「ん?」


「いや、こっちの話。とりあえず、腹が減り過ぎて脳みそ動かん」


「ははっ。お前は動いてないくらいのがちょうどいいんじゃないか?」


「はいはい。ワロタワロタ」


「うわっ。めっちゃムカつく」



 クリスマスの後、周囲から彼女の記憶はどんどん薄れていった。

 誰とも関わらず、誰とも想い出を共有せず、ただ窓を黙って見ているだけだったのだからそれも仕方ない。


 それに、振り返ってみると、彼女はあえてそうしていたんじゃないかと思う節がある。

 

 自分の死期を知っていたのか、決めていたのか、それとも違う理由なのか。

 今も全くもってわかっていないが、そこに何かしらの意志があったのは確かだ。



「なぁ」


「ん?」


「誰にも覚えていて貰えないって、なんか寂しくないか?」


「は?なにそれ?」


「いや、ふと思ってさ」



 数年後に集まった同窓会、須藤の話を出したときに言われた言葉は今でも記憶に深く刻まれている。

 

 『誰だっけ、それ?』


 当然、中には覚えているやつもいた。

 でも、言われたら思い出す程度の存在でしかなくて。

 

 自分の脳裏に、しつこくずっと居座り続けていた彼女は、他の人にとってはそうではなかった。

  


「……体調でも悪いのか?」


「いや、やっぱなし。いらんこと言った」



 変なことを考え始める頭を、とりあえず切り替える。

 少なくとも今、俺をずっともやもやさせてきた存在は確かにこの世界にいるのだ。


 だったら、まずは目の前のことを考える。

 過去がどうとか、未来がどうとかなんてことは関係ない。

 

 自分が不器用で、いろんなことを考えて動けるようなやつじゃないなんてこと十分知っているから。








◆◆◆◆◆








 昼休みの終わる数分前、机に体を乗せぼーっと外を眺めていると、須藤が無言で席に着くのが見えた。



「なぁ、昼飯どこで食べてるんだ?」


「………………」


 

 朝の騒動は無かったことにされてしまったのか、返ってこない返事。

 感触は悪く無いと思ったんだが、俺の勘違いだったのだろうか。



「もしかして、便所か?」


「………………」



 いっそ清々しいほどに微動だにしない頭。 

 相変わらずの塩対応に、またもや俺の中の炎がくすぶり始める。



「あー、あれだろ。ちょっと大人に、三年生たちの便所だろ」


「………………」



 よく見ていなければわからないほどの些細な反応に、何か言いたいのを堪えているのが伝ってくる。

 これは、チャンス。図星か、それ以外か、ちょっと揺さぶってみるか。



「うーん、違うか。じゃあ、今日はマニアックに、北館の便所だ」


「………………」



 先ほどより大きな反応。確かな手ごたえを感じる。



「わかった!気分はバカンス、プール前便所でどうだ」


「あーもうっ!なんで、トイレしか選択肢に無いのよっ!?」



 俺が便所を連呼しすぎて関心を集めてしまったからか、恥ずかし気に少し目を潤ませながら、頬をほのかに染めた須藤が大声で怒鳴ってくる。

 もしかしたら、須藤は意外に顔に出やすいタイプなのかもしれない。 



「だって、それしか思いつかなかったし」


「他にいくらでもあるでしょっ!?あんたの頭の中はどうなってるのよっ!?」


「でへへへへ」


「うわっ!その顔止めて。すごい気持ちわるい」



 まるで黒光りするGを見たかのように顔を歪める須藤に、さすがに傷つく。

 今まで散々似たようなことをしてきたが、ここまでの反応をされたことはまだないのだが。



「いや、さすがにそこまでドン引かれると、死にたくなるんですが」


「じゃあ、さっきの顔はもう絶対しないで」


「あ、はい。わかりました」



 それほど、気持ち悪かったのだろうか。

 いちおー後で柚葉様にチェックしてもらおう。



「…………はぁ。ほんとに、わけのわからないやつね」


「ははっ、すまんすまん。で?結局のところ、どこで食べてるんだ?」


「………………なんでそんなに知りたがるのよ」


「うーん。そう言われると特に意味はないな」


「はぁ?なによそれ」 



 改めて言われてみると、特に理由はなかった。

 一緒に食べるかと誘うつもりもなかったし、ただ気になって聞いただけというのが一番の理由だろう。



「知りたかったってだけじゃ、ダメか?」


「別に……ダメではない、けど」


「なら、いいじゃないか。教えてくれよ」


「………………変なことは、考えてないのよね?」


 

 ちょっとだけ、探るような目。

 何かを警戒するようなその様子に、何のことを指しているのかさっぱりわからなかった。

 

 

「変なこと?例えば?」


「…………一人で、食べてるから揶揄ってやろうとか」


「は?さすがにそんな気分の悪いことしないわ」


 

 そんな下らないことを、俺は絶対にしない。

 そもそも、一人の時間はめちゃくちゃ大事だと思っているし、実際、時が戻る前も一人カラオケ上等、一人焼肉上等派だった。



「約束する。そのことを揶揄ったり、バカにしたりは絶対しない。それに、もしそんなことをしてくるやつがいたら俺に言え。最悪、一発ぶん殴ってやるから」



 関わりを持つ中で傷つけてしまうことはある。

 でも、相手を傷つけるために関わりを持つやつだけは本当に嫌いだ。反吐が出る。



「………………なんで、あんたが殴るのよ」


 

 わけがわからないとでも言うような須藤。

 だけどそんなことすごく単純で、理由なんて一つしかない。



「決まってるだろ?俺が気に入らないからだ」


「…………特に、仲良くもないのに?」


「関係ない」



 どうしても我慢できないことを、呑み込んで耐えることなんて俺にはできない。

 それに、例えそれが他人事であったとしても、見てみぬふりをする自分を嫌いになるくらいなら俺はそれに首を突っ込む。 

 大人になって、子どもに戻って、前よりはいろいろ考えられるようにはなったはずだけど、きっとそれでも変わらずに。



「…………そんなの、損するだけでしょ」


「自分を嫌いになるよりずっといい」


 

 そもそも、既に前の時ですら、いろいろと無駄なことをして、嫌になるくらい反省文を書かされてきたのだ。

 

 人がそんなに簡単に変われるものなら、俺はとうの昔に変わっていただろう。

 もっと楽に生きられるやり方なんて、いくらでもあったんだから。



「ほんと、変なやつ」


「ほっとけ」


「……………………………北館、自販機の奥」


「え?」


「だからっ!そこで食べてるって……言ってるのよ」



 普通の教室は無く、理科室や音楽室、そういったものが並ぶ北館。

 自販機はもっと近くにあるし、昼休み中にそこに近づくやつはほとんどいないはずだ。

 それに、冬場は寒いし余計にだろう。



「そこ、寒くないか?」


「…………いろいろと、持ってきてるから」


「へー、なかなかの上級者だな」


「うっさい!もう話しかけないで」


 

 拒絶するような鋭い言葉とともに、須藤は再び窓の方を向き背中を向けてしまう。


 まるで、いつものような、光景。


 だけど、隠せないほどに真っ赤になったその耳が、今の彼女のそれが照れ隠しであることを俺に教えてくれていた。


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