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DAY:12/10 最初は、甘めのカレーを


 食欲をこの上ないほどに刺激してくるスパイスの香り。

 マスターお手製らしいその秘伝の調合で作られたカレーは、それだけで違うジャンルにしたいくらい絶品で、見るだけで歓声を上げてしまうほどだ。

 


「うおーっ!」

「あははっ。大ちゃん、涎が垂れそうだよ」

「おっと、危ねぇ危ねぇ。しかし、ほんといつ見ても美味そうだな」

「確かに、美味しそうだね。正直、思ってたのと違うかも」

「ん?ああ、そっか。確かに、初めて見るとちょっと驚くよな」


 

 ライスで半分に区切られた円形の皿には、二種類のルーが盛り付けられている。

 片方は、赤黒い辛めのもの。もう片方は、緑色の甘めのもの。

 マスターの気分で種類が変わることはあれど、普通に頼むと辛めと甘めのハーフで出てくるのが基本だった。



「うん。見た目も、お洒落で素敵だね」

「ちなみに、ルーの種類説明してくれることもあるんだけど、正直俺は一つも覚えてない」

「えー、それはさすがに覚えておこうよ」

「確か、パラなんちゃらとかだった気はする。でも、横文字はピンと来ねぇんだよなぁ」

「…………なんか、大ちゃんに食べさせるの勿体無い気がしてきた」

「ははっ。美味いもんは美味いでいいだろ? マスター本人もそれでいいって言ってたしな」


 

 基本厨房に引き籠って出てこない人だが、常連の顔を見かけるとけっこー話しかけてくる。

 特に、俺は営業ルートによっては毎日のように来る日もあったからよく話しかけられたし、名前は一つも覚えてないと言うと、舌で覚えてくれればそれで十分と笑っていた。

 ぱっと見、ゴツイ見た目の怖そうな人なのに、実はめちゃくちゃいい人なのだ。



「大ちゃんって、昔からけっこー常連の店あるよね。年上の人にも好かれるし」

「そうだっけか? でも、確かにそう言われると顔だけ見て料理出てくる店ちょいちょいあるな」

「きっと、覚えやすいんだろうね。どこにいても、目立つから」

「まぁ、こんだけデカいとな。お袋にはエコ社会に逆行してるとか揶揄われるけど」

「あははっ、そうなんだ」

「食費が嵩むとかまで言うんだぜ? ほんと、酷いよな」

「ふふっ。そっか」


 

 そう言って、穏やかにほほ笑む柚葉。

 上品さの中に、仄かな色気を混じらせたその姿に、一瞬ドキリとする。

 そして、俺のそんな内心を知ってか知らずか、柚葉はさらに笑みを深くすると、スプーンをそっと手に取ち、カレーの方に近づけていった。



「…………私はね。そういうとこも、すごく好きだよ。強くて、頼もしくて、昔から勇気を貰えるから」

  

 

 日焼けして、ごつごつとした俺の物とは違う。

 色白で、細い、女性らしい指のやけにゆっくりとした動きに、何故だか目を引き寄せられる。



「…………昔からね、大ちゃんは私にとってのヒーローなんだ。いつも隣にいて欲しい、素敵なヒーロー」


 

 トロンとした目に、熱っぽい声。

 そんな大層なものじゃないと言っても、何度も否定し返されてしまったその柚葉の口癖は、今日はいつも以上に強い感情を含んでいて、口を挟めない。

 きっと、このどこか重みすら感じる感情の吐露は、一歩踏み込んだからこその結果なのだろう。

 いや、もしかしたら、俺が想像している以上に、柚葉は俺のことを想ってくれているのかもしれなかった。

  


「…………だから、さ。たくさん食べて? 私は、そんな大ちゃんを、ずっと見ていたいの」



 一口分乗せられたスプーンが、微笑みとともに口の前に差し出され、その意図を伝えてくる。

 思わず動かしかけた利き手に、柚葉の反対の手がそっと重ねられながら。 

 


「ほら、食べて?」 



 妖艶なとでも喩えた方がいいのだろうか。

 初めて見るような表情に、頭の中が一瞬真っ白になる。

 しかし、どう考えても答えは一つだ。

 俺は、無意識に唾をごくりと飲み込むと、まるで餌付けされているかのように、それを口の中に放り込んだ。 

 


「どう?」

「…………美味い」

「ふふっ、そっか。でも、そんな顔されると、ほんのちょっとだけ、嫉妬しちゃうな」

「……柚葉でも、嫉妬とかするんだな」


 

 それは、もしかしたら不用意な言葉だったのかもしれない。

 柚葉は、不満気に頬を膨らませると、ジトっとした目でこちらを睨みつけてくる。

 そして、そのままもう一度カレーをスプーンに乗せると、何故だか今度は持ち手の方を俺の方に向けてきた。



「……………………昔から、してるよ。大ちゃんのことに関してはね」



 いつだったか、柚葉の友達が言われたことがある。

 初めて会った時から、清楚で、奥ゆかしくて、お淑やかで、柚葉はびっくりするぐらい裏がないと。

 嫉妬なんて無縁で、他人の成功を一緒になって喜んでくれる子だと。

 その時は、確かこんないい子を泣かせたら容赦しないという言葉で締められていた気がするけど、正直その内容については納得していた。

 だって俺は、柚葉が誰かのことを悪く言っていることを聞いたことがないのだ。

 いつだって、良いやつで、だから俺みたいなわがままなやつとも、ずっとつるんでいられた。

 

  

「…………………………………………俺は、色々知らないんだな。柚葉のこと」

「ふふっ。女の子は、難しいんだよ?」

「…………そうか。じゃあ、勉強させて貰うとしようか」 



 今は、わかりやすいくらいの答えが目の前に出されている。

 難しいことを考えるのが苦手な俺でもわかる、単純明快な答えが。



「あー、なんかこれ、恥ずかしいな」

「…………私だって、恥ずかしかったんだからね?」



 いわゆるあーんというやつに堪えきれずに言うと、再び浮かべられる不満げな顔。

 それでも柚葉は、しばらくすると笑い始めた。

 それはもう幸せそうに、俺が思わず気恥ずかしさで頭を掻いてしまうくらいの笑顔で。 



 

  



ちょっと、会話文の間に空けるスペースは迷い中です。

なんか、見る日によって読みやすさの感じ方が変わるんですよね(笑)

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