DAY:11/30 ぬめっとキャメ吉君・ギガジャンボ Vol.2
「…………さっきのあれ、何?」
授業が終わると同時に、不機嫌そうに目を細めた須藤がそう問いかけてくる。
しかし、その低く唸るような声に気圧されるとかはぜんぜんなくて、むしろ、こんな声してたんだなとアホみたいな感想を抱く。
「あれってのは、『ぬるっとキャメ吉君・ギガジャンボ Vol.2』のことか?」
ちょっとズレたような答え。
ただボケただけのつもりだったのだが、どうやらそれは思った以上にいい釣り餌になったらしい。
みるみると須藤の顔が怒りで紅潮していく。
「……はぁ?『ぬめっと』でしょっ!?間違えないで」
須藤らしからぬ大きな声に、周囲の関心が集まる。
しかし、当の彼女はそれに気づかぬほど頭に血が上っているようで、掴みかかるような距離で再びこちらを睨みつけてきた。
「というか!そんなギチギチに詰め込んで可哀想だと思わないわけっ!?」
「一瞬思った。でも、顔だけ出してるとなお可愛くね?」
「…………確かに」
「だよなっ!?思うよなっ!?」
母にはキモいと言われ、父には愛想笑いをされ、雄介と柚葉も理解できなかったこの可愛さをどうやら須藤はわかってくれるらしい。
ゲーセンをはしごしてようやく見つけた奇跡の一台。その成果がようやく正当に評価されたことに涙すら出てき始めた。
「…………うっ、ありが、とう」
「え?なに?急にどうしたの?」
「……この素晴らしさを分かち合う相手ができて、俺は嬉しいんだ。本当に、ありがとう」
「え?あ、うん。どういたしまして?」
怒ったり、無視したりせず、戸惑いながらも言葉を返してくれる須藤は、もしかしたらいいやつなのかもしれない。
いつもの不機嫌そうな仮面の外れた彼女は、意外と表情豊かで、ふとそんなことを思った。
「それと、すまん。変なことして」
「………………別に」
真面目な会話に、すぐに戻ってしまったいつも通りの無表情。
でも、その顔にはちょっとだけ柔らかさが含まれているようにも見える。
もしかしたら、ただ俺がそう思いたいだけなのかもしれないけど。
「ただ俺は、須藤と話してみたかったんだ。それに、驚かせてみたかった。いつも、つまらなそうな顔してたから」
死んで会えなくなるからどうとか、そんなことは正直なところ微塵も思っていない。
ただ俺は、知りたかっただけだ。須藤 凛が、どんなやつかってことを。
元々、興味はあった。だけど、十年以上経って余計にそれが強くなった。
何もせずにはいられないくらいに、強く。
「………………それであんなことしたの?バカみたい」
「バカでけっこう。でも、これくらいしなきゃ会話さえできなかっただろ?」
「…………まぁ、そうかもね」
「なら、少なくともやってよかったよ。キャメ吉君に感謝だな」
リュックを開け、ぬいぐるみの頭を労うように撫でる。
きっと、こいつがいなければ、スタートラインにすら立てずに終わっていたと思うから。
「………………変なやつ」
「須藤もな」
呆れたような呟きに、ムッとして答えると、首を竦めて返される。
しかし、今日の作戦は成果としては上々だろう。
会話の糸口を掴めた今、これからは話しを返してくれる可能性が若干とはいえ高くなった。
「なぁ須藤。これからもちょくちょく話かけて――――」
「篠崎 大和っ!!」
「え?」
最後の言葉は出せないまま、かけられた野太い声。
同時に掴まれた首元には毛むくじゃらの真っ黒な腕が伸びていて、誰かが一瞬で分かった。
「お前また学校に変なもん持ち込んだな?とりあえず、没収するから職員室まで来いっ!」
「ちょっ、待って岡せん!今、めちゃくちゃ大事なところだから」
生徒指導の岡 虎次郎。通称岡せん。
ちょうど廊下を通った時に見えてしまったのか、キャメ吉君とともに連行され始める。
「知るか!とっとと来い」
「いや、ほんとに!一生のお願い」
「お前の一生のお願いは聞き飽きた。言い訳無用、反省しろ」
「そんなー」
助けを求めるように伸ばした腕は宙を掴み、雄介は満面の笑みで、柚葉は呆れ笑いをしながら手を振っている。
恐らく、あの楽しそうな笑顔を見るに、雄介のやつは絶対に気づいてはずだ。
「………………あいつ、覚えとけよ」
笑うだけ笑ったなら、見物料くらいはもらわないとな。
俺は、昼飯のパンで何を奢らせるかを考えながらキャメ吉君とドナドナされていった。
◆◆◆◆◆
篠崎 大和が、喚きながら引きずられていく。
何故か、キャメ吉君をずっと撫で続けたまま。
子どものような悪戯をしたと思ったら、急に大人びたような顔で真面目なことを言いだす。
本当に、掴めないやつだと思う。
誰かと、慣れ合うつもりは無かった。
どうせ、作り上げたものなんて、意味がなくなってしまうから。
でも、あんな面倒くさいやつに目を付けられてしまったなら、今までのようにはきっといかないだろう。
「…………話してみたかった、か」
綺麗で澄んだ、真っ直ぐな瞳とその言葉に、少しばかり心が動いたのは事実だ。
もしかしたら、あまりにも予想外過ぎて、理解が追い付いていないだけかもしれないけど。
それに、持っていったリュック以外、他に荷物は無い。
キャメ吉君のサイズを考えるに、恐らくあれくらいしか入れられないはずなのだが。
「……………………ふふっ。ほんと、変なやつ」
またあんなことになるくらいなら、一言二言話した方が面倒がなくていい。
話したいわけではない、ましてや仲良くなりたいわけでもない。
でも、それくらいなら、少し話すくらいなら、してもいい。