表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/43

DAY:12/5 ゼロから始め、ゼロに戻す


 いつもより、早くに家を出て、ゆっくりと二人で学校に向かう。

 


「……寒い。コタツ背負って登校したいくらいだ」


「あははっ。あの変な亀のキャラクターみたいに?」


「キャメ吉君な。次のテストでも出るからちゃんと覚えておくように」


「はーい」


 

 どうでもいい内容が、こんなにも温かく感じてしまう。

 きっとそれは、俺が大人になってみて、ようやくその価値を理解できたからなんだと思う。


(……沈黙も、無駄な会話も、全部が恵まれたものだったんだって気づいたっけ)


 一人暮らしをし始めて迎えた最初の冬。

 それまで一度もかかったことなんてなかったのに、何故かインフルエンザになってしまった。

 そして、何もする気も起きず、高温にうなされる中、静かで冷たい部屋に響く時計の音を聞いていると改めて考えさせられた。

 俺が、どれだけの人の縁の中で生きていたのかということに。


 

「…………いつも、ありがとな」


「え?どうしたの、急に?」


「ふと、思っただけだ」


「……あっ、またテストの勉強してないから山っぽいとこ教えてってことでしょ」


「まっ、それもあるな」


「やっぱり」



 今、ジト目で睨んでくる幼馴染は、恐らくその縁の最たる例だろう。

 いつも俺の味方でいてくれて、助けてくれた。

 あの死にそうに寝込んでいた日にも、連絡が返ってこない俺の様子を気にして、見に来てくれたように。



「そういや、テストはまたそれとして……終わった後に二つ頼みたいことあんだけど、いいか?」


「いいけど、なに?」


「一つ目は凛のこと。もう少し、人と関わるべきだと思ってさ。手伝ってくれないか?」


「っ………………うん、いいよ。私も、その方がいいと前から思ってたから」



 一瞬驚いた様子を見せた後、目を瞑って何か考えていたらしい柚葉が優し気にほほ笑む。


(ほんと、いいやつだよな)


 友達はもちろん。先輩からも、後輩からも、みんなに愛されるやつだ。

 もう少し、自分のしたいことを優先すればいいのにとは思いはすれど、それが優しさの裏返しであることもわかっているので、あまり強く言うことはできない。



「すまん、助かる」


「いいよ。前は、話しかけてもダメだったけど……今度は、本人もそのつもりなんでしょ?」


「ああ。一昨日、そう言ってた」


「……………………そっか。うん、いいことだよね」



 ほんの少しだけ寂しそうな顔。

 同時に、親指を握り込むようにして動いた手に、何かを我慢していることが伝わってくる。


(いつも通り、自分のことは後回しってか)


 本音を言い当てられた時の癖ともまた違う、幼い頃から続くその仕草は、本音を隠すのが上手い柚葉の気持ちを俺が察するために、無くてはならないヒントだ。

 

(お前が羨ましいよ、雄介)

 

 最初に気づいた雄介の、この観察眼がモテる所以なのだろうか。 

 ふと、そんなことを考え始めるも、今はいいかと後回しにする。



「なぁ、柚葉」


「へ?なに?」


「なにか、言いたいことあるんじゃないのか?」 


「………………………………なんで?」


「ないなら、いい。でも、あるなら言ってくれ」

 


 真っ直ぐと目を見つめると、気まずげに反らされる視線。

 何かを言いたいのは明白で、だからこそ、言って欲しいと無言で語り掛ける。

 俺のどうもしようのない鈍さは知ってるだろうと、そんな心持ちで。



「っ…………………………………………変なことでも、いい?」


「ああ」


「…………須藤さんが、羨ましいなって、そう思ったの」


「羨ましい?」


「うん。大ちゃんに、そんなに気にかけて貰えて、いいなって」



 茹でたように赤くなっていく顔と、それに比例してか細くなっていく声。

 上目遣いに視線を向けられては、また反らされるという姿は、今まであまり見ることのなかった姿で、どこかむず痒い気分になってくる。



「あ、あー……そっか」


「う、うん」


  

 こんな空気感、俺達の間にはらしくない。

 一瞬そう口を開きかけて、絶対に言ってはいけないことなのだと、思い返す。

 きっと、これが柚葉の願い。

 ずっと不満に思っていた、違う関係に近いものなのだと、そう感じられたから。



「…………………………悪かったよ。でも、だったら二つ目のお願いから言えばよかったかもな」


「……どういうこと?」



 その言葉を投げかけると、少しだけ期待するような、不安に思っているような、そんな目がこちらに向く。

 俺は、乾いていく口を唾で潤すと、不思議なほどに感じ始めた緊張を無理やりねじ伏せ、もう一度口を開いた。



「今週末……テストが終わったらさ。俺と、出かけて欲しいんだ…………二人だけで」


「…………それって、どこか行きたいところがあるってこと?」


「いや、違う。ただ……デートがしたいってことだな。頭の固い俺が、幼馴染とか、そういうの抜きで、もう一度考え直せるように」


「っ!」



 近過ぎて、一緒にい過ぎて、だからこそ、その記憶が邪魔をする。

 大学生になって、大人になって、何人かと付き合う中でも、ずっとその選択肢に入らない位置に柚葉を置いていたから。

 


「ダメか?」


「…………ダメ、じゃない…………ダメなわけ、ない」


「そっか。ありがとうな」


「…………ううん。私こそ、ありがとう」



 泣き笑いのような顔を見て、可愛いと思った自分がいる。

 きっとこれが、ようやく俺達のスタートになるはずだ。 


 そして、ゼロから作り始めた凛との関係と、ゼロに戻した柚葉との関係。

 

 俺は、いつか選択しなければいけないんだろうなと、なんとなく思ったのだった。







 

年末に仕事が振られまくったおかげで完全に死んでおりました(笑)

とりあえず、感覚も抜け落ちている部分があるかもしれませんが、ざっと描き上げました。

また、明日読み返して違うなと思ったら直すかもしれません。


一応、凛イベントの描写をしばらくしていたので、次は柚葉イベントに移っていく予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ