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DAY:12/5 変化:早乙女 柚葉

 一日中、部屋に籠って終えてしまった日曜日。

 再び朝日を迎え、睡眠不足の頭を無理やり起こして下に降りていくと、お袋と柚葉の笑い声からリビングの方から聞こえてくる。



「あっ……おはよう、大ちゃん。今日は早いんだね」


「ああ、おはよう」



 お袋はニヤニヤと笑うだけで何も言ってこない。

 しかし、いないものとして扱うにはあまりにも存在感が強すぎて、中途半端な感は否めなかった。



「……なんだよ、お袋」


「別にー……あっそうだった。草駆りするつもりだったんだった。いけない、いけない」



 棒読みのわざとらしい台詞に、ため息とともにジト目を向けるも、下手な口笛が返ってくるだけで効果はまるでないようだ。

 

(……相変わらず、大雑把というか、図太いというか)


 どちらかといえば几帳面な親父のことを鑑みるに、自分の性格は、明らかにお袋譲りだろう。

 優しい柚葉はいつものように苦笑するだけで、何も言うつもりはないようだが。



「じゃあ、あんた達はよろしくやってなさい。私は、ちょっと外いるから」


「あー、はいはい。わかったわかった」



 そう言って、リビングを出ていくお袋。

 急に静かになった空間に、湯気を立てる茶碗が机の上にそっと置かれる音が響く。



「さんきゅ」


「どういたしまして」



 一人暮らしを始めてからは、当然お袋も家におらず、柚葉と二人だけでいることの方が多かった。

 だからだろうか、今はもう、こちらの方が普通に感じてしまうのは。


(…………ほんと、世話になってたもんな)

 

 かかった金はもちろん、事あるごとに何か渡して、それなりに恩は返してきたつもりだ。

 でも、やっぱり、昨日一日思い返して改めて思った。 

 柚葉には、一生頭が上がらないってことが。

 そして、同時に……どれだけ自分にとって大事な存在なのかってことが。



「………………………………なぁ、柚葉」


「なに?」



 注いでくれた優しさと時間に――そのいつも浮かべていた笑顔に嘘はなかったはずだ。

 だからこそ、不満があるとそう言っていたことは、単純なお小言のレベルではないに決まっている。


(きっと、もっと深くて、根本的なことなんだよな)


 寝ずに考えて、頭がぼーっとして、ようやく至った答え。

 あまりにも一緒にい過ぎて、自然過ぎて、思わず見過ごしていたヒント。

 


「俺の中ではさ、柚葉は幼馴染で……妹とか、姉とか…………どちらかと言えば家族みたいな、そんな感じなんだ」

 

「っ!……………………そっか」

 


 答えかわからないながら紡いだ言葉は、恐らく核心に近いものだったのだろう。

 穏やかな笑顔が固まり、やがて、一度唇を噛みしめた柚葉が、震えた声で一言だけ伝えてくる。



「……うん、そうだよね。そうだと、思ってた。それが答えで、正解なんだ」



 矢継ぎ早に放たれる言葉と、鞄の方に延ばされる腕。

 そして、俺は、その腕を掴み、逃がさないようにギュッと握りしめる。



「……………………離してくれないかな?私、ちょっと用事を、思い出したの」


「ダメだ」



 向けられた背中。当然ながら、その表情は窺えない。

 でも、その声はさっきよりも震えていて、どんな顔をしているかは手に取るように分かった。


(…………ほんと、優しいよな)


 いつも笑顔を浮かべているのは、人の気持ちを考え過ぎているからだと知っている。

 運動が出来て、頭がよくて、優しい。

 それが、自分が評価されたいからではなくて、誰かの力になってあげたいという温かさの延長で身についてしまったものだということを、知っているのだ。



「きっとさ、その考えは、一生変わらないと思う」


「わかったっ!……もっ、もう……わかったからっ」



 悲痛な叫びに、らしくないほど強く解こうとする力に、伝え方が悪いのは理解している。

 でも、それでも。

 これを伝えずに前へ進むことはどうしてもできないと思った。



「わかってない」


「わかったのっ!もう、わかったの」



 怒った顔を見るのは、鋭い感情をぶつけてくるのは、いつぶりだろうか。

 ふと、そんなことを考えてしまう。


(なぁ、柚葉。俺達はさ、もっと言いたいことを伝えなきゃいけないと思うんだよ)


 柚葉の表情は、取り繕うのが上手すぎて、本気で隠されると俺にはわからないことのが多いのだ。

 それこそ、前のクリスマスのあの日、きっと限界まで我慢していたはずの柚葉に、気づけなかったように。



「わかってないんだ。俺が、どれだけ柚葉のことを大事に思ってるか。どれだけ、失いたくないって思ってるか。自分でさえ、やっとわかったくらいなんだから」


「っ!」



 堂々巡りの考えの中、たどり着いた答えはごく単純なものだ。

 

 『大事で、失いたくない』

 

 ただ、それだけで、でも、だからこそ強い想いだった。



「俺さ、柚葉のことが大事で、大事で。絶対に失いたくないんだ」



 今この手の中にある関係が、終わってしまうかもしれないと思うだけで、らしくないほどに震えてしまうほどに。

 怖いものの少ない俺にとって、それだけ恐ろしいことなのだ。



「だからさ、クリスマスまでにもう一回考えてみるよ。大事な柚葉が、俺にとってどんな風に大事なのかってことを」



 こんなこと言わずに、ただクリスマスに答えを言えばいいとわかっている。

 無駄に傷つけて、不安にさせて、悲しませていることもわかっている。

 だけど俺には、これしかできない。

 大人になった自分が心の中でどれだけ諭しても、やっぱり言わずにはいれなかった。



「…………………………あは、ははっ。あははははっ」


「なんか、悪い。不器用で」


「…………ううん、いいよ。逆に、大ちゃんらしくて、安心した」



 にじませた涙が、目を細めたことで滴り落ちていく。

 思わず、ポケットに手を入れてみるも、ハンカチなんて当然なくて、自分で自分にため息をつく。



「あー、悪い。ハンカチ、持ってねぇや」

 

「ふふっ。今日の大ちゃんは、謝ってばっかだね」


「そういえば、そうだな。俺に謝らせるとは、大したやつだよ、柚葉は」


「あはははっ。ありがとう」



 朗らかな笑い声が周りに響く。

 そして、そのままゆっくりと伸びた柚葉の手が、逆に俺の腕を掴み取ると、なおさら深まった笑顔がこちらに向けられる。



「…………私、待つよ。今まで、待っていたみたいに、これからもずっと」



 健気で、慎み深いその言葉。

 でも、その腕に込められた力は、驚いてしまうほどに強くて。

 まるで、絡みついているかのように、俺には感じられてしまったのだった。


 

 

 

 












公私ともに忙しすぎて、しばらく手を付けられませんでした、申し訳ありません。

また、特に十二月は予定がぎっしりであまり更新できないことがあるかもしれません。


空く時間が出来次第、いずれ更新はしていく予定ですので、よろしくお願いいたします。

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