DAY:12/3 たとえ扉をこじ開けてでも
エレベーターを降りて廊下を進んでいると、丁度部屋を出てきたらしい男女の二人組と鉢合わせる。
(…………まぁ、違和感あるよな)
ありふれた学生の組み合わせは、それだけ浮いているのだろう。
彼らは、怪訝そうな表情をして、そして、すぐに厄介事は御免だとでもいうようにさっさとエレベーターに向かい始める。
(しっかし……相変わらず、極端というか、なんというか)
それでも、前にいる凛は、そんなことには気づいていないとでもいうように歩き続けていた。
まぁ、学校では誰が相手でも基本的に無視を決め込んでいるくらいだ。
心の内に寂しさを感じているとはいえ、その感性は人とは少し違っているのだろう。
(人のこと言えたもんじゃないんだけどさ)
昔なら露知らず、一応は営業マンとしてやってきたこともあるので、そういったことには鋭くなったつもりだ。
だからこそ、この凛以外他に誰も出てこない部屋に対して、誰も不思議に思ってこなかったとは思えなかった。
「…………どうしたの?」
「悪い。ちょっと考え事だ」
しかし、そんな考え事に、思わず没頭し過ぎてしまっていたのだろう。
気づくと、既に部屋の前まで来ており、凛が入ってこない俺を不思議そうに見つめていた。
「………………なんか、嫌だった?」
気弱そうな目。
らしからぬそれは、二人の仲が進んだからこそのものなのかもしれない。
捨てられた過去を重ねて、機嫌を窺う。
今まで両親がいたはずの位置に、恐らく俺が近づいてきている証拠なのだ。
「……嫌なことがあったら言う。知ってるだろ?」
「……………………ん。知ってる」
「だから、言いたいこと、ちゃんと言えよ?」
「…………………………………………わかった」
きっと、もう少し、凛の心の中に踏み込めば、彼女は全てを我慢するようになるのだろう。
今まで、そうしてきたように。俺に嫌われないようにするために。
(……そんなの、さっきのと何が違うんだ?)
でも、仲が良くても、悪くても、凛の本音を聞けないのだとしたら、そこに何か意味があるのだろうかと、そんなことを考えてしまう。
いい子でいようと、いい子でいる奴は嫌いだ。
言いたいことがあるなら、言えばいい。周りと、仲が良くなりたいのだとしたら、余計に。
昔から、そう思ってきたし、今考えても、それが正解に感じてしまう。
「…………なぁ、凛」
「……なに?」
「さっきの特別なキャメ吉君、あげるって言ったら、どうする?」
「…………………………もう、じゃんけんで決まったでしょ?」
少しだけ逸らされた視線。
躊躇いがちに放たれた言葉。
そこに、やっぱりだと、納得してしまった。
心に深い傷があるからこそ、凛は近づけば近づくほどに、離れていってしまう。
きっと、本人すらもわからないうちに。
(…………ほんと、不器用にもほどがある)
本当に、面倒くさい女だ。
でも、それでも、嫌いにはなれないし、仲良くなりたいとそう思ってしまう。
「はぁ…………他に、言いたいこと、あるだろ?」
「……無い、けど」
どれだけ、嘘が下手なのだろうか。
思わず笑ってしまいそうなほどに、わかりやすいやつだ。
そして、だからこそ余計に、その心に抱えた闇が深いのだと、思い知らされる。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
真っ直ぐぶつけた視線が返ってくることはないことに、僅かな寂しさを覚える。
「……わかった。なら、お互い、相手にして欲しいことを一つずつ伝える。やるかどうかは別としてな?そういうゲームをしよう」
「……ゲーム?」
「ああ。ちょうど、止むまで雨宿りさせてもらおうって思ってたんだ。丁度いいだろ?」
不思議そうな顔。
強引なことは重々承知だ。
でも、こうでもしなければ、きっと凛との関係は進んだようで、止まってしまう。
それが、何よりも嫌だった。
「いい、けど」
「じゃあ、決まりだ。まず初めは、そうだな………………ああ、これでいいか」
始めの一歩は、突拍子もない方が、相応しい。
そう思った時、ふと浮かんできたものがあって、それを伝えることにした。
「俺さ、ポニーテールの女の子に、エプロン姿でただいまって言って貰えるのが夢だったんだ」
「…………え?」
「ん?聞こえなかったか?だから――」
「いや、聞こえたっ!聞こえた、けど」
「けど?」
「………………本気で言ってるの?」
ちょっとだけ、気持ち悪そうな顔に、思わず笑えて来てしまう。
いい顔だと。エムでもないというのに、そんなことを思ってしまうほどに。
「ははっ。悪いか?最高だろ?」
「………………悪くは、ないけど」
「じゃあ、やってくれるのか?」
「……………………………………………………別に、いい、けど」
「マジでっ!?よっしゃっ!!じゃあ、逆にやって欲しいことはあるか?」
「…………………………後で、言う。ちょっと、恥ずかしいから」
半分冗談で、半分本気の言葉。
嬉しいのは本当だ。昔から夢だったということも。
でも、それ以上に、凛の本音が少しずつ顔を見せようとしていることが嬉しかった。
(…………頭のいいやり方は、わかんねぇ。でも、結果オーライだよな?)
照れくさそうな顔は、ある意味、心に近づいた証なのだと思う。
いくつも鍵の付いたその扉の、一つだけでも開けたという証。
(やっぱり、こっちの顔のが、俺は好きだ)
たとえそれが、気持ち悪いという表情でも、呆れたという表情でも。
言いたいことを言い合って、思ったことを、表現し合う。
そうでなくてはいけないと、そうでありたいと、心の中で思った。
最近、尺が伸びすぎて丁寧に描写し過ぎかなーと思い始めました。
凛ちゃんパートだけで既に七万字。
このペースだと、いつ終わるのやら。




